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第17話「茜の願い」
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茜の部屋に付き手首を見ると、冬木に掴まれたところがまだ変色している気がした。
「私氷持ってくるから」
あいつに会ってから元気のない茜が消え入りそうな声でそう言う。
しばらくするとキッチンの方から氷同士のぶつかる音が聞こえてくる。
「……、痛くない?」
患部にそっと氷を当てると、光の消えた目をした彼女がそう尋ねてきた。
「大丈夫」
氷の割れるパキッという乾いた音が何度か部屋の中に響いた後、覚悟を決めたように口を開いた。
「さっきの冬木さんの話ほんと?」
「言い方に悪意しかないけど、嘘ではない。ただあいつとはバイト先が一緒って関係だけだから」
酒を飲みながら一晩中話を聞いてもらったこともあるし、茜のことを思い出すたびにその気持ちをぶちまけたことも何回もある。
ただあいつと一線を越えたことは一回もない。
これだけは自信をもって断言できた。
「わかった……」
「ごめん、あいつがあんなこと言うとは思わなくて」
ああ明白に敵意を向けてくるとは思わなかった。
あんな風になるとわかっていれば鉢合わせないよう工夫できたのに。
失恋中何時間も嫌がらず話を聞いてくれたあいつにあんな一面があると思うと少し物寂しかった。
今まで見せてくれた顔と今日見せた顔、どちらが本物なのだろうか。
「大丈夫、けどバイトの時は毎回迎えに行ってもいい?」
「いいけど、大丈夫かもしまたあいつに会ったら……」
冬木のことだ、もし茜が迎えに来てると知ったらまた適当な理由を付けて絡んでくるだろう。
「大丈夫だよ、今日のは全部私にじゃなくて達也に向けられたものだろうから、一人の時には来ないはず」
「わかった……」
「だからこそ、私と二人きりより、達也と二人きりにさせたくないんだよ」
「ならバイト以外では二人きりに――」と言いかけたところで、一つ思い出した。
飯の約束してたんだった……。
ただこれは言わなくていいか、なにを言っても不安にさせるだけだろうし。
それにあの時あとでキャンセルすると決めたんだった。
なら問題ないな。
などと一人で納得していたが、茜はそうじゃないらしい。
「二人きりになに?」
「いや二人きりにならないよって、言おうと思って……」
「そう、ならいいんだけど」
誤魔化したのがバレているんだろうか不満あふれる顔をしていた。
ただ追及しても碌な目に合わないと知っているのだろう。
それ以上その話題に触れることはなかった。
「ねえペアリングってまだ持ってる?」
数舜の沈黙のあと、茜はこう切り出してきた。
「あるよ」
別れた後何度捨てようと思ったことか。
結局捨てるに捨てられず、かといって目に見える範囲に置くのも嫌だったので陽菜に預かってもらっている。
預けた時の「お兄ちゃん重ーい」という少しふざけた言い方が強く印象に残っていた。
「よかった……、ねえ好きなところにつけて。帰ったら達也も同じ場所につけよ」
どこから持ってきたのだろうか、リングを無理やり俺に握らせるようねじ込んできた。
渡し終えると、すべての指が見えるよう両手を差し出してくる。
どこにつけるのが正解なんだろうか……。
いや薄々わかっているがそれが確実に当たっているという自信はなかった。
「ねえ、今日すごい不安だったんだよ。絶対あの人のものにならないって教えてよ」
じっと手を見て一向に動き出さないことに痺れを切らしたのか、ぽつりぽつりとつぶやき始めた。
「わかった……」
これで外していても後悔はない。
さっきの不安は絶対に合っているという確信に変わっていた。
茜から受け取ったリングをそっと左手の薬指に通す。
それを見た茜の目はクリスマスプレゼントを受け取った子供の様にキラキラと輝いている気がした。
「ありがと、よかった達也がちゃんとしたところつけてくれて」
茜は俺を力強く抱きしめると、その姿勢のまま倒れ込んできた。
「ごめん、心配させるようなことして」
「大丈夫だよ、けどあの人のことを全部私で上書きしてほしい」
そう言うとそっと唇を重ねてきた。
何度もキスを重ねる間、時折プチ、プチとボタンの外れる音が聞こえる。
「なあカーテン」
「そうだね閉めないと」
茜はそう指摘されるといそいそと部屋中のカーテンを閉め始めた。
「これでやっと二人きりになれたね」
そう言う彼女の表情はなぜか陰になっており、伺い知ることができなかった。
「私氷持ってくるから」
あいつに会ってから元気のない茜が消え入りそうな声でそう言う。
しばらくするとキッチンの方から氷同士のぶつかる音が聞こえてくる。
「……、痛くない?」
患部にそっと氷を当てると、光の消えた目をした彼女がそう尋ねてきた。
「大丈夫」
氷の割れるパキッという乾いた音が何度か部屋の中に響いた後、覚悟を決めたように口を開いた。
「さっきの冬木さんの話ほんと?」
「言い方に悪意しかないけど、嘘ではない。ただあいつとはバイト先が一緒って関係だけだから」
酒を飲みながら一晩中話を聞いてもらったこともあるし、茜のことを思い出すたびにその気持ちをぶちまけたことも何回もある。
ただあいつと一線を越えたことは一回もない。
これだけは自信をもって断言できた。
「わかった……」
「ごめん、あいつがあんなこと言うとは思わなくて」
ああ明白に敵意を向けてくるとは思わなかった。
あんな風になるとわかっていれば鉢合わせないよう工夫できたのに。
失恋中何時間も嫌がらず話を聞いてくれたあいつにあんな一面があると思うと少し物寂しかった。
今まで見せてくれた顔と今日見せた顔、どちらが本物なのだろうか。
「大丈夫、けどバイトの時は毎回迎えに行ってもいい?」
「いいけど、大丈夫かもしまたあいつに会ったら……」
冬木のことだ、もし茜が迎えに来てると知ったらまた適当な理由を付けて絡んでくるだろう。
「大丈夫だよ、今日のは全部私にじゃなくて達也に向けられたものだろうから、一人の時には来ないはず」
「わかった……」
「だからこそ、私と二人きりより、達也と二人きりにさせたくないんだよ」
「ならバイト以外では二人きりに――」と言いかけたところで、一つ思い出した。
飯の約束してたんだった……。
ただこれは言わなくていいか、なにを言っても不安にさせるだけだろうし。
それにあの時あとでキャンセルすると決めたんだった。
なら問題ないな。
などと一人で納得していたが、茜はそうじゃないらしい。
「二人きりになに?」
「いや二人きりにならないよって、言おうと思って……」
「そう、ならいいんだけど」
誤魔化したのがバレているんだろうか不満あふれる顔をしていた。
ただ追及しても碌な目に合わないと知っているのだろう。
それ以上その話題に触れることはなかった。
「ねえペアリングってまだ持ってる?」
数舜の沈黙のあと、茜はこう切り出してきた。
「あるよ」
別れた後何度捨てようと思ったことか。
結局捨てるに捨てられず、かといって目に見える範囲に置くのも嫌だったので陽菜に預かってもらっている。
預けた時の「お兄ちゃん重ーい」という少しふざけた言い方が強く印象に残っていた。
「よかった……、ねえ好きなところにつけて。帰ったら達也も同じ場所につけよ」
どこから持ってきたのだろうか、リングを無理やり俺に握らせるようねじ込んできた。
渡し終えると、すべての指が見えるよう両手を差し出してくる。
どこにつけるのが正解なんだろうか……。
いや薄々わかっているがそれが確実に当たっているという自信はなかった。
「ねえ、今日すごい不安だったんだよ。絶対あの人のものにならないって教えてよ」
じっと手を見て一向に動き出さないことに痺れを切らしたのか、ぽつりぽつりとつぶやき始めた。
「わかった……」
これで外していても後悔はない。
さっきの不安は絶対に合っているという確信に変わっていた。
茜から受け取ったリングをそっと左手の薬指に通す。
それを見た茜の目はクリスマスプレゼントを受け取った子供の様にキラキラと輝いている気がした。
「ありがと、よかった達也がちゃんとしたところつけてくれて」
茜は俺を力強く抱きしめると、その姿勢のまま倒れ込んできた。
「ごめん、心配させるようなことして」
「大丈夫だよ、けどあの人のことを全部私で上書きしてほしい」
そう言うとそっと唇を重ねてきた。
何度もキスを重ねる間、時折プチ、プチとボタンの外れる音が聞こえる。
「なあカーテン」
「そうだね閉めないと」
茜はそう指摘されるといそいそと部屋中のカーテンを閉め始めた。
「これでやっと二人きりになれたね」
そう言う彼女の表情はなぜか陰になっており、伺い知ることができなかった。
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