上 下
14 / 62

第14話「二人の日常」

しおりを挟む
 時計を確認すると、時刻はもう少しで7時になるところだった。

「やばっ、寝坊じゃん!」

 そりゃ陽菜ひなも不機嫌になるわ。
 などと思いながら急いで服を探すと、慌ただしくあかねに話しかける。

「ごめん、朝ごはん作るからゆっくりしてて」
「私も手伝うよ、私のせいで毎日作ることになったんだし」

 そう申し訳なさそうに笑うと、脱ぎ散らかされた服の中から自分のものを探し始めた。

「わかったありがとう」
「何作る予定?」
「うーんわかんない、なんか冷蔵庫にあるもので適当に」

 これ以上時間のロスがないよう急いでキッチンまで行くと、勢いよく冷蔵庫を開ける。

 閑散かんさんとした中に使いかけの大根と、鮭を見つけた。
 そのほかにもいくつか見慣れない瓶があったが、中に入っていた粉末が昨日茜が食べたものとそっくりな色をしていたので、記憶のふたと一緒に冷蔵庫を閉じた。

「グリルで魚焼ける?」
「焼けるよ大丈夫」

 そう言いながらどこが魚焼きグリルのスイッチか探し始める。

「ならこれをお願い」

 鮭の切り身を手渡すと、大根の準備を始めた。
 味噌汁でいいか。

「ねえ達也、これ二尾しか入ってないけど」
「知ってる、俺はなんか適当なので食べるから鮭は二人で食べて」
「え、けど悪いよ」
「大丈夫。それに多分食べてる時間がないから」

「気にしないで」と言いながら水を張った鍋に短冊切りにした大根を適当に放りこむ。
 カチカチという耳障りのいい放電音のあと、ボッと一気に火が付いた。

「鮭は任せた、大根は沸騰待ち、あとは……米か」

 簡易的にやることを確認すると、今更ながら炊飯器すいはんきのふたを開けた。
 ボアっという蒸気じょうきかたまりのあと、最高の状態で米がき上がった米が見える。
 やっぱ文明の利器りきは違うな。
 これがないと毎朝戦場で戦う兵士の気分になるな、などと考えながら炊飯器ごと食卓に運ぶ。

「鮭平気?」
「たぶん大丈夫」

 グリルとにらめっこしている茜は目線を外さずそう言った。

「ならあとは味噌汁かな」

 鍋の中を見ると、大根に混じってふつふつと小さな泡が見え隠れしていた。
 いい感じだなと思いながら、冷蔵庫の方へ向かうと彼女とぶつかる。

「あ、ごめん」
「二人だと、ちょっと狭いかな」

 今度はこちらをしっかりと見て、少しはにかみながらそう言った。

「まだお互い動きなれてないしね」などと口を動かしつつも、味噌を溶く準備を始める。

 二人でやったせいだろうか、鮭を気にしなくていいというだけで大分調理が楽になった気がした。
 一息つこうかと思ったが作り始めた時点でほぼ7時だったのを思い出し、慌てて時間を確認する。
 乱暴らんぼうにスマホを付けると、時刻は7時半前を示していた。
 これ以上遅くなると遅刻になりそうだ。

「鮭と一緒に味噌汁もお願い」

 洗面所に向かいながらそう指示を飛ばすと、急いで身支度みじたくを整える。

「まあいいだろう」

 決して完璧にできたわけではない。
 ただあの短時間でやったと考えれば及第点きゅうだいてんだろうと自画自賛じがじさんしながら、声をかけた。

「ごめん時間やばそうだからもう行くけど、大丈夫?」
「もう一人でもできるよ」
「皿とかそこらへんに入ってるから」

 そうやって大雑把おおざっぱな位置を指し示すと、急いで靴に足をねじ込んだ。

「じゃあ行ってくるから」
「気を付けていってらっしゃい」

 ドアノブに手を掛けると、見送りに来てくれた彼女に呼び止められた。

「あ、待って」
「どうした?」

 不思議そうに振り返ると、そっと唇を合わせてきた。

「ごめん引き留めて、バイト終わったころに連絡するから」

 一瞬事態を飲み込めず、気の抜けた返事をすると、再度「気を付けてね」と言い手を振ってきた。
 その日玄関から見た景色は少しだけカラフルだった気がした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

処理中です...