12 / 62
第12話「茜の誘惑(1)」
しおりを挟む
「クソっ……、責任ってなんだよ……」
シャワーを浴びながらそう嘯く。
あの陽菜のこちらのことをすべて見透かしたような、冷酷な表情が深くこびりついていた。
「それに大丈夫ってなにがだよ……」
触られたあの感覚を洗い流すように、シャワーの勢いを最大出力にする。
少し皮膚にめり込むような水圧が、答えのない考えも洗い流してくれた気がした。
「達也《たつや》?」
滝行の代わりと言わんばかりの水量で体を流していると、外からそう呼びかけられた。
慌ててシャワーを止め、「なに?」と聞き返す。
「着替え忘れてたでしょ? ここに置いておくから」
「ありがとう」
そういえば、手ぶらで風呂に来たんだった。
あのすこし不気味さが漂う茜から早く離れたいがために、何も持たずに来たことを思い出した。
「ねえ達也、私のこと飼いたくないなら言ってね」
「飼いた……、いや一緒に居たいと思ってる」
ただもし陽菜が猫ではなく元カノとして連れてきた場合、全力で拒否しただろう。
猫というカムフラージュがあったからこそ、元恋人という関係性にとらわれず受け入れられたのかもしれない。
けどそれでもまた話せるようになったのだから一緒に居たい。
そんなことを考えてると、茜は呟いた。
「わかった……、今日一緒に寝られるの楽しみにしてる。私に気を遣って別の部屋で寝ようとか思わないでね」
そう一方的に言い放つと、返事も聞かず去っていった。
「……わかってるよ」
受け取り手のいない返事が静かに水の中へ溶けていく。
そんな気を遣うぐらいなら端から俺の下手に入れてないよ。
髪も乾かし、どんな顔で部屋に入ろうかと苦難していると、誰かが階段を上がってくる音がした。
「あ、達也!」
茜は俺に気が付くと、さっきのことが嘘のような明るい声で話しかけてくる。
なんと声を掛けようかと考えてるうちに彼女は続けた。
「入らないの?」
「ごめん、入るよ」
顔を合わすのが気まずかったから入れなかったとはとても言えなかった。
ドアを開けると、先に入るよう促す。
ずっといたせいだろうか。
さっきは気が付かなかったが、自分の部屋とは思えない甘い匂いで満たされていた。
「懐かしいな……」
「なにが?」
久しぶりにその匂いを嗅いで落ち着いたせいだろう。
考えが口からこぼれていたらしい。
不思議そうな顔をしながらこちらを見てくる。
「いや部屋の匂いが茜の家と同じになってるなって思って」
「あ、もしかして嫌だった?」
「ごめん、服出したからかも」と言いながら彼女は慌てて片付け始めた。
「大丈夫、嫌じゃない」
正直別れた直後は似たようなにおいを嗅ぐたびに今までの日常を思い出して辟易としてた。
もうあの頃には戻れないし、もう二度と直接あの香りを嗅ぐことがないという現実と記憶とのギャップが俺を苦しめた。
ただもうそんなことを気にしなくていい。
そう思うとこの香りは好きなものに変わっていた。
「そういえば服それだけで足りるのか?」
茜が出していた服は三、四枚程度であり、雨なんか降ったらたちまち着る服が無くなりそうだった。
「そのことなんだけどね……」
少し考える素振りを見せながら言った。
「実はまだ向こうの家に置いてあって取ってこようと思ってるんだけど、付いて来てくれない?」
「午前はバイトあるし、午後ならいいよ」
間違っていないよなとシフト表を確認すると、確かに明日の午前出勤となっている。
「わかった、なら何時にバイト先行けばいい?」
「一時半ぐらいに来てくれれば多分終わってる、場所は前働いていたところから変わってないから」
「わかった、じゃあ明日ね」
嬉しそうにそう言うと、荷物の整理に戻っていった。
「あとはさっさと居候出来たって送っちゃわないとな……」
そう思ってスマホを付けると、もうすでに11時と表示されていた。
やっば、明日から朝作らないとだし、このままだと寝坊する。
長々打ちかけていたLINEをすべて消すと、一言「居候ができた、陽菜の友達」とだけ親に送り、電源を切った。
「じゃあ先寝るから、寝る時電気消してくれ」
こっちを向いたのでそこな、とスイッチを指さすと彼女は言った。
「なら私ももう寝るよ、荷物の整理はまた明日でもできるし」
パチッと電気を消すと、ベッドに滑り込んでくる。
二人で寝るとぎりぎりなせいか、普段以上に密着した茜の体温は湯たんぽのような安心感をもたらしてくれた。
月明りによって薄っすらと見える彼女の顔は普段以上にきれいだった。
そんな彼女に見とれていると、足を絡ませてくる。
「寝ないの?」
そう聞くと少し恥ずかしそうに笑った。
「なんか見られてると思うと眠れなくて」
「なら反対側向こうか?」
態勢を変えようと起き上がると、「このままでいい」と言ってがっちりと足を絡められた。
動けない……。
「けど茜寝れないじゃん」
「寝落ちするところ見たいし平気」
暗闇で見えにくいとは言えじっと見つめられるのは少し気恥ずかしかった。
まあさっき見てたから人のことは言えないんだろうけど。
「茜が寝てくれないと俺も寝られないんだけど」
「ならどっちかが寝るまで疲れることしよう」
彼女は暗闇のなか立ち上がると、なにやら探しものを始めた。
「どうした?」
ベッドの上から尋ねても曖昧な返事しか返してこない。
痺れを切らし、彼女の近くまで行くと、手のひらより少し大きな箱を渡してきた。
中に何か入っているのかと振ると、動く様子がなく空箱であると簡単にわかった。
「もうなくなっちゃった……」
箱のパッケージを月明りに照らして確認するが、これに代わりになるようなものは持ってない。
「俺も別れてから使ってないし、ないぞ」
「そっか、よかった使ってなくて」
そうほっとしたように呟きながら距離を詰めると、囁いた。
「今だけは猫のままでいいよね」
シャワーを浴びながらそう嘯く。
あの陽菜のこちらのことをすべて見透かしたような、冷酷な表情が深くこびりついていた。
「それに大丈夫ってなにがだよ……」
触られたあの感覚を洗い流すように、シャワーの勢いを最大出力にする。
少し皮膚にめり込むような水圧が、答えのない考えも洗い流してくれた気がした。
「達也《たつや》?」
滝行の代わりと言わんばかりの水量で体を流していると、外からそう呼びかけられた。
慌ててシャワーを止め、「なに?」と聞き返す。
「着替え忘れてたでしょ? ここに置いておくから」
「ありがとう」
そういえば、手ぶらで風呂に来たんだった。
あのすこし不気味さが漂う茜から早く離れたいがために、何も持たずに来たことを思い出した。
「ねえ達也、私のこと飼いたくないなら言ってね」
「飼いた……、いや一緒に居たいと思ってる」
ただもし陽菜が猫ではなく元カノとして連れてきた場合、全力で拒否しただろう。
猫というカムフラージュがあったからこそ、元恋人という関係性にとらわれず受け入れられたのかもしれない。
けどそれでもまた話せるようになったのだから一緒に居たい。
そんなことを考えてると、茜は呟いた。
「わかった……、今日一緒に寝られるの楽しみにしてる。私に気を遣って別の部屋で寝ようとか思わないでね」
そう一方的に言い放つと、返事も聞かず去っていった。
「……わかってるよ」
受け取り手のいない返事が静かに水の中へ溶けていく。
そんな気を遣うぐらいなら端から俺の下手に入れてないよ。
髪も乾かし、どんな顔で部屋に入ろうかと苦難していると、誰かが階段を上がってくる音がした。
「あ、達也!」
茜は俺に気が付くと、さっきのことが嘘のような明るい声で話しかけてくる。
なんと声を掛けようかと考えてるうちに彼女は続けた。
「入らないの?」
「ごめん、入るよ」
顔を合わすのが気まずかったから入れなかったとはとても言えなかった。
ドアを開けると、先に入るよう促す。
ずっといたせいだろうか。
さっきは気が付かなかったが、自分の部屋とは思えない甘い匂いで満たされていた。
「懐かしいな……」
「なにが?」
久しぶりにその匂いを嗅いで落ち着いたせいだろう。
考えが口からこぼれていたらしい。
不思議そうな顔をしながらこちらを見てくる。
「いや部屋の匂いが茜の家と同じになってるなって思って」
「あ、もしかして嫌だった?」
「ごめん、服出したからかも」と言いながら彼女は慌てて片付け始めた。
「大丈夫、嫌じゃない」
正直別れた直後は似たようなにおいを嗅ぐたびに今までの日常を思い出して辟易としてた。
もうあの頃には戻れないし、もう二度と直接あの香りを嗅ぐことがないという現実と記憶とのギャップが俺を苦しめた。
ただもうそんなことを気にしなくていい。
そう思うとこの香りは好きなものに変わっていた。
「そういえば服それだけで足りるのか?」
茜が出していた服は三、四枚程度であり、雨なんか降ったらたちまち着る服が無くなりそうだった。
「そのことなんだけどね……」
少し考える素振りを見せながら言った。
「実はまだ向こうの家に置いてあって取ってこようと思ってるんだけど、付いて来てくれない?」
「午前はバイトあるし、午後ならいいよ」
間違っていないよなとシフト表を確認すると、確かに明日の午前出勤となっている。
「わかった、なら何時にバイト先行けばいい?」
「一時半ぐらいに来てくれれば多分終わってる、場所は前働いていたところから変わってないから」
「わかった、じゃあ明日ね」
嬉しそうにそう言うと、荷物の整理に戻っていった。
「あとはさっさと居候出来たって送っちゃわないとな……」
そう思ってスマホを付けると、もうすでに11時と表示されていた。
やっば、明日から朝作らないとだし、このままだと寝坊する。
長々打ちかけていたLINEをすべて消すと、一言「居候ができた、陽菜の友達」とだけ親に送り、電源を切った。
「じゃあ先寝るから、寝る時電気消してくれ」
こっちを向いたのでそこな、とスイッチを指さすと彼女は言った。
「なら私ももう寝るよ、荷物の整理はまた明日でもできるし」
パチッと電気を消すと、ベッドに滑り込んでくる。
二人で寝るとぎりぎりなせいか、普段以上に密着した茜の体温は湯たんぽのような安心感をもたらしてくれた。
月明りによって薄っすらと見える彼女の顔は普段以上にきれいだった。
そんな彼女に見とれていると、足を絡ませてくる。
「寝ないの?」
そう聞くと少し恥ずかしそうに笑った。
「なんか見られてると思うと眠れなくて」
「なら反対側向こうか?」
態勢を変えようと起き上がると、「このままでいい」と言ってがっちりと足を絡められた。
動けない……。
「けど茜寝れないじゃん」
「寝落ちするところ見たいし平気」
暗闇で見えにくいとは言えじっと見つめられるのは少し気恥ずかしかった。
まあさっき見てたから人のことは言えないんだろうけど。
「茜が寝てくれないと俺も寝られないんだけど」
「ならどっちかが寝るまで疲れることしよう」
彼女は暗闇のなか立ち上がると、なにやら探しものを始めた。
「どうした?」
ベッドの上から尋ねても曖昧な返事しか返してこない。
痺れを切らし、彼女の近くまで行くと、手のひらより少し大きな箱を渡してきた。
中に何か入っているのかと振ると、動く様子がなく空箱であると簡単にわかった。
「もうなくなっちゃった……」
箱のパッケージを月明りに照らして確認するが、これに代わりになるようなものは持ってない。
「俺も別れてから使ってないし、ないぞ」
「そっか、よかった使ってなくて」
そうほっとしたように呟きながら距離を詰めると、囁いた。
「今だけは猫のままでいいよね」
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~
海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。
そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。
そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。
学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった
白藍まこと
恋愛
主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。
クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。
明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。
しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。
そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。
三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。
※他サイトでも掲載中です。
雨、時々こんぺいとう
柴野日向
ライト文芸
「俺は、世界一の雨男なんや」
雨を操れるという少年・樹旭は、宇宙好きな少女・七瀬梓にそう言った。雨を操り、動物と会話をする旭を初めは怪しく思っていた梓だが、図書館で顔を合わせるにつれて次第に仲を深めていく。星の降る島で流星を見よう。そんな会話を交わす二人だったが、旭が更に背負う秘密は、相手を拒む大きな障害となっていた――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる