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第3話「陽菜は知っている」

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「ね、あかねちゃんかわいいでしょ!」

 あごの下をでるのに夢中になっていると、陽菜ひなが突然話しかけてきた。

「あ、ああ」

 あまりに急だったため、返事になっていない返事を返す。

「お兄ちゃんも気に入ってくれたみたいだし、茜ちゃん飼うってことでいいよね?」

 ああそんな話をしてたっけ。
 でるたびに甘い吐息を漏らし、自身の吐息を恥ずかしがるかのようなうれいに満ちた表情を浮かべた茜に夢中になっていたため、すっかり忘れていた。

「だから飼わないって……」

 何度このやりとりをしただろうかと、あきれ交じりにそう言い放つ。
 一緒に居たくないと言えば嘘になる。
 まだ好きな中振られたストレスは尋常じんじょうじゃなかった。
 話しかけていいのかもわからなかったし。
 ただ、それと飼うかどうかは話が別だ。
 そもそもで茜は飼う飼わないの議論ぎろんに上がるような存在ではない。

「えーさっきあんなに楽しそうに茜ちゃんのこと触ってたのに」
「それは……」

 実際どんな形であれ茜に触れられるのは嬉しいし、そんな気持ちを自覚している以上強く否定することができるわけない。

「茜ちゃんもお兄ちゃんが楽しんでるように見えたよね?」

 陽菜はニヤリと笑いながら、先ほどしていたようにあごの下を撫でながらそう言う。
 茜は陽菜に問われてから数秒間、助けを乞うような目で俺を見ると、ぎゅっと目をつぶり、羞恥しゅうちの混じった声で小さく「にゃぁ」と鳴いた。
 その後ゆっくりと目を開け、目が合うと、さっと視線をそらしてしまった。
 なんだか見てはいけないものを見てしまった気になり、つられて俺も視線を外す。
 陽菜は茜がちゃんと猫の真似をしたのに満足したのか、「よくできました」とゆっくりと頭を撫でている。

「だからって飼うわけじゃないからな」

 このままなし崩しに飼うことにならないよう、しっかりと釘を刺す。
 陽菜のペースで話してたら知らないうちにまるめ込まれてしまいそうだ。

「私がちゃんと世話すればいいんじゃないの?」
「世話とか云々うんぬん言う前に茜は人間だろ!」

 あまりの陽菜の話の通じなさに、たまらず声を荒らげた。

「茜ちゃんは猫だよね~」
「……にゃー」

 陽菜が茜に同意を求めると、しめしし合わせたかのように茜は鳴いた。

「大丈夫トイレだってちゃんとしつけられるし」

 陽菜はそういうと茜にトイレに行くよう促した。
 廊下に出て、少し左右をきょろきょろとすると、思い出したかのようにトイレの方へ歩き出した。

「ほらね、ちゃんとトイレできてるでしょ?」

 当たり前だ、付き合っていた時何回か家に呼んだことがある。
 その時にどこにトイレがあるかぐらいは教えたんだ。
 ただそんなことを指摘したところで今の陽菜に話が通じないのはわかっていた。

「それに、さっき茜ちゃんだって同意したじゃん」
「それは陽菜がいたからだろ……」

 なにがあったかはわからないが、茜が陽菜になんらかの恐怖心を抱いているのは明らかだった。
 その状態で同意を求められたら、否定できないのは当たり前だろう。

「別に私がいたからとか関係なく、猫になりたいってのは茜ちゃんの本心だよ」

 冷静さを取り戻すため、フーっと一つの大きなため息とともに、色々な感情を吐き捨てた。

「わかったなら茜の本心を聞くために二人きりにしてくれ」

「ん-」っとわざと考えているような素振りを見せると、しばらくして「いいよ」と陽菜は言った。

「ただお兄ちゃん、あとで私が家にいたから本心が聞けなかったとかいちゃもんつけるのはなしだよ」
「わかった、なら散歩しながらでも話聞くよ、それなら陽菜がいたからなんて言い訳絶対にできないだろ?」

 この空間から離れれば茜もなにが目的でこんなことをしているのか言ってくれるはずだ。
 仮に陽菜のいないところで聞いた意見はでっち上げの可能性があると言われても、茜の本心さえわかれば協力して陽菜の思い通りに事が進むのは防げるだろう。

「いいけど、今日の料理当番私なんだし、夕飯までには帰ってきてね。作るだけ作らせておいて茜ちゃんと外で食べてきますとかなしだよ」
「わかってるって、今まで一度もそんなことしたことないって知ってるだろ?」

 陽菜は笑いながら「まあね」と応える。

「じゃあ散歩行くけど茜もそれでいいよな」

 いつの間にか戻ってきて、リビングの前で棒立ちになっていた茜にそう尋ねた。
 小さくうなずきながら「うん」と答える。

「じゃあ行ってくるけど、これで飼わないってなっても文句言うなよ」

 ニヤリと笑いながら陽菜は言った。

「お兄ちゃんこそね」

 どうやら陽菜は俺が諦めて飼うと言うとでも思っているらしい。


 玄関まで行くと、陽菜がそっと耳打ちしてきた。

「茜ちゃんが獣だってこと、忘れないでね」

 振り返ると、陽菜はいってらっしゃいとばかりに軽く手を振り、リビングへ消えていった。
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