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悪役令嬢の兄とその婚約者に会う (2)
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ジュールはイザークの方に目をやった。彼は口を引き結びながらブンブンと勢いよく首を振っている。彼も知らなかった話らしい。
「いやいやいや、父上たちが『白い結婚』とか言い出した時点で、この人たちは何を言っているんだと話を打ち切ったはずだけど」とジュールが言う。
「いやいやいやいや、お前が話を打ち切ったら、そこで終わりというわけでは。
陛下たちが『白い結婚』を言い出したのは確かにどうかと思ったが、媚薬を使ってどうこうを考えるよりは、はるかに人道的だし将来に禍根を残さないだろ。
その時点でジュールに女性の気配はいっさいなくて、オットーくんは男性かつ婚約者持ちだから結婚相手にはできない。うちの国は同性婚は認めてないし、良好な婚約関係を結んでいる者たちを引き離すなどもってのほかだ。
でまあオットーくんはどうあれ、ジュールが同性愛者か無性愛者な場合を含め、性的に愛する相手と結婚不可能な事情持ちとなれば、一生独身か白い結婚の二択で、それで陛下たちも『白い結婚が前提なら婚約に同意するのか』と聞いたんじゃないのか。俺は直に聞いてないから知らんけど」
フランシスの話を聞いてジュールは項垂れる。
「そういう意味で『白い結婚』と言われたんだなんて知らなかった……」
フランシスが追い討ちをかけるように言う。
「まだあるぞ。『白い結婚』を選んだ場合に子どもを作るかどうかだ。人工授精だけなら国際法的にもセーフで、我が国の世界観的な問題を考慮してもまあ大っぴらに宣伝でもしなけりゃ大丈夫だろ。
そんな感じで妊娠・出産に臨むとしたらローズマリーが可哀想だ、人間の代理母はアウトだと承知しているが、魔法でパパッと人外の代理母を生み出せないかと、何度もしつっこく聞いてきたのが父上。
ジュールとクローンみたく似ている妖精か精霊でも作って、精液を注入する注射器の代わりにできないものかしらと、娘に甘いんだか容赦ないんだかわからんことをほざいていたのが母上だ。
もう屋敷ごと吹っ飛ばしてやりたくなったが、メアリーの顔を思い出して、どうにか耐えたさ」
「……」「……」「……」「……」「……」
かなり気まずい沈黙が続く間、何を回想しているのか物騒な目つきで宙を睨むフランシス以外の者たちは、互いに視線を交わし合っていた。この状態で誰が口火を切れば良いのか。
メアリーは鋼鉄の意志で柔らかくゆったりした口調を保ちながら言った。
「あら、そう言えばフランシスは、レイアさんに質問したいことがあると、最初に言っていなかったかしら?」
「ああ、そうそう。そうだった」とフランシスの醸す雰囲気ががらりと変わる。
(これが奇跡の婚約者!)
メアリーとフランシス以外の者たちは、密かに心を一つにして感動した。
すっかり穏やかな表情になったフランシスが言う。
「レイアさんに聞きたいのは、レイアさんや今回被害にあった令嬢たちから、一定距離内にアリスが近づいくと自動発動されるという障壁についてなんですよ。
ああいや、誤解しないで欲しいんですが、条件の緩和を交渉するつもりはないですし、ましてや無効にしようだなんて、これっぽっちも考えてないです。
ただ、たとえばアリスが街中を歩いたり走ったりしているとき、三人のうち誰かに近づき過ぎて、いきなり壁が現れたらどうなるかは気にかかる……巻き添えで人や物に被害が出るのは良くない。あるいは、乗り物か何かで高速で動いているときに壁が現れて激突したらどうなるか。
まあアレをいつまでも学園に置いてはもらえんだろうから基本的に公爵家のどこかの部屋に監禁となるだろうけど、そこからまた別の監禁場所に移動させたりするのは、して良いことか慎むべきことか。
可能ならば、そこら辺を確認しておきたかった」
レイアが答える。
「そうですね、『障壁』とだけ表現したために誤解を招いたような気がします。対象にアリスさんが近づくと、アリスさんは外の人間や物にとって、灰色の柔らかい卵に囲まれたような状態になります。柔らかいのは『障壁』の外の事物を保護するための緩衝材のようなもので、内側の人物にとっての『障壁』は、自分の身体も自分の身につけている物もいっさい通さない硬い壁です。『障壁』の外に出せるのは酸素と引き換えの二酸化炭素くらいで、毒物や睡眠薬の類を空気に紛れさせて外に出すこともできません。この時点で内側の人間にできるのは、自分の身体を対象物から遠ざかる方向にぶつけて、ゆっくりと移動するのがせいぜいです。他の物に体当たりするような移動はできませんし、対象と遠ざかる方向であっても急速な動きは周囲に迷惑のため禁止されます」
少しの間、目を閉じて考えた後でフランシスが言う。
「なるほど。実はアリスを強固な檻に閉じ込めたとして、接近禁止の人物が近づいたら、出現した壁と檻に挟まれて圧死する可能性があるかとちょっと心配していたのだが大丈夫そうですね。
『障壁』と聞いて、自分が敵と戦闘するときに出現させている壁か、建物や牢などの壁にかける硬めの防御しか連想しなかったけれど、相手の動きを制限する術や、出入り口や換気に使っている術と、組み合わさったようなものだと思えば良いのか、うん」
それからバロックダンスの方に話題が移り、現在はメイキングの撮影にとどまらず、どこそこの宣伝用や某ゲーム内の挿入動画の本番用に流用する契約になってきている話をしたり、フランシスとメアリーが衣装を提供させてくれと申し出たり、和やかな雰囲気で魔術師塔への訪問は終わった。
その頃、学園の謹慎用の寮に閉じ込められているアリスに異変が起きていた。
「いやいやいや、父上たちが『白い結婚』とか言い出した時点で、この人たちは何を言っているんだと話を打ち切ったはずだけど」とジュールが言う。
「いやいやいやいや、お前が話を打ち切ったら、そこで終わりというわけでは。
陛下たちが『白い結婚』を言い出したのは確かにどうかと思ったが、媚薬を使ってどうこうを考えるよりは、はるかに人道的だし将来に禍根を残さないだろ。
その時点でジュールに女性の気配はいっさいなくて、オットーくんは男性かつ婚約者持ちだから結婚相手にはできない。うちの国は同性婚は認めてないし、良好な婚約関係を結んでいる者たちを引き離すなどもってのほかだ。
でまあオットーくんはどうあれ、ジュールが同性愛者か無性愛者な場合を含め、性的に愛する相手と結婚不可能な事情持ちとなれば、一生独身か白い結婚の二択で、それで陛下たちも『白い結婚が前提なら婚約に同意するのか』と聞いたんじゃないのか。俺は直に聞いてないから知らんけど」
フランシスの話を聞いてジュールは項垂れる。
「そういう意味で『白い結婚』と言われたんだなんて知らなかった……」
フランシスが追い討ちをかけるように言う。
「まだあるぞ。『白い結婚』を選んだ場合に子どもを作るかどうかだ。人工授精だけなら国際法的にもセーフで、我が国の世界観的な問題を考慮してもまあ大っぴらに宣伝でもしなけりゃ大丈夫だろ。
そんな感じで妊娠・出産に臨むとしたらローズマリーが可哀想だ、人間の代理母はアウトだと承知しているが、魔法でパパッと人外の代理母を生み出せないかと、何度もしつっこく聞いてきたのが父上。
ジュールとクローンみたく似ている妖精か精霊でも作って、精液を注入する注射器の代わりにできないものかしらと、娘に甘いんだか容赦ないんだかわからんことをほざいていたのが母上だ。
もう屋敷ごと吹っ飛ばしてやりたくなったが、メアリーの顔を思い出して、どうにか耐えたさ」
「……」「……」「……」「……」「……」
かなり気まずい沈黙が続く間、何を回想しているのか物騒な目つきで宙を睨むフランシス以外の者たちは、互いに視線を交わし合っていた。この状態で誰が口火を切れば良いのか。
メアリーは鋼鉄の意志で柔らかくゆったりした口調を保ちながら言った。
「あら、そう言えばフランシスは、レイアさんに質問したいことがあると、最初に言っていなかったかしら?」
「ああ、そうそう。そうだった」とフランシスの醸す雰囲気ががらりと変わる。
(これが奇跡の婚約者!)
メアリーとフランシス以外の者たちは、密かに心を一つにして感動した。
すっかり穏やかな表情になったフランシスが言う。
「レイアさんに聞きたいのは、レイアさんや今回被害にあった令嬢たちから、一定距離内にアリスが近づいくと自動発動されるという障壁についてなんですよ。
ああいや、誤解しないで欲しいんですが、条件の緩和を交渉するつもりはないですし、ましてや無効にしようだなんて、これっぽっちも考えてないです。
ただ、たとえばアリスが街中を歩いたり走ったりしているとき、三人のうち誰かに近づき過ぎて、いきなり壁が現れたらどうなるかは気にかかる……巻き添えで人や物に被害が出るのは良くない。あるいは、乗り物か何かで高速で動いているときに壁が現れて激突したらどうなるか。
まあアレをいつまでも学園に置いてはもらえんだろうから基本的に公爵家のどこかの部屋に監禁となるだろうけど、そこからまた別の監禁場所に移動させたりするのは、して良いことか慎むべきことか。
可能ならば、そこら辺を確認しておきたかった」
レイアが答える。
「そうですね、『障壁』とだけ表現したために誤解を招いたような気がします。対象にアリスさんが近づくと、アリスさんは外の人間や物にとって、灰色の柔らかい卵に囲まれたような状態になります。柔らかいのは『障壁』の外の事物を保護するための緩衝材のようなもので、内側の人物にとっての『障壁』は、自分の身体も自分の身につけている物もいっさい通さない硬い壁です。『障壁』の外に出せるのは酸素と引き換えの二酸化炭素くらいで、毒物や睡眠薬の類を空気に紛れさせて外に出すこともできません。この時点で内側の人間にできるのは、自分の身体を対象物から遠ざかる方向にぶつけて、ゆっくりと移動するのがせいぜいです。他の物に体当たりするような移動はできませんし、対象と遠ざかる方向であっても急速な動きは周囲に迷惑のため禁止されます」
少しの間、目を閉じて考えた後でフランシスが言う。
「なるほど。実はアリスを強固な檻に閉じ込めたとして、接近禁止の人物が近づいたら、出現した壁と檻に挟まれて圧死する可能性があるかとちょっと心配していたのだが大丈夫そうですね。
『障壁』と聞いて、自分が敵と戦闘するときに出現させている壁か、建物や牢などの壁にかける硬めの防御しか連想しなかったけれど、相手の動きを制限する術や、出入り口や換気に使っている術と、組み合わさったようなものだと思えば良いのか、うん」
それからバロックダンスの方に話題が移り、現在はメイキングの撮影にとどまらず、どこそこの宣伝用や某ゲーム内の挿入動画の本番用に流用する契約になってきている話をしたり、フランシスとメアリーが衣装を提供させてくれと申し出たり、和やかな雰囲気で魔術師塔への訪問は終わった。
その頃、学園の謹慎用の寮に閉じ込められているアリスに異変が起きていた。
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