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近衛騎士団
お妃様の騎士
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「近衛騎士団?」
熱ものどの腫れも引いて、ようやく剣の稽古も再開した頃、ユリエルは新しい辞令を受けていた。
「ああ。近衛騎士団第五部隊隊長補佐官だ」
「ちょっと待ってください、近衛騎士団って、あの王室直属部隊ですよね……?」
ユリエルが困惑した様子で聞き返す。
近衛騎士団は、王室直属の騎士団だ。
同じ王都にあっても、今ユリエルが所属している王都騎士団は国境にある国境警備隊と同じく政府の機関であって、貴族や要人を警護することはあっても、王家を守護するような地位にはない。
一方、近衛騎士団が守るのは、王族と王宮のみ。王の命令で客人を警護したりすることはあるが、王族のためにしか働かないのが近衛騎士団だ。
王都騎士団と近衛騎士団は似て非なるものなのだった。
当然、地位も雲泥の差といってよい。
「ああ、そうだ。第五隊は、王太子妃直下の部隊になる」
第一部隊は王の部隊、第二部隊は皇后の部隊、第三部隊は王太子の部隊で、第四部隊は姫君……王太子の妹君の部隊だ。番号は成立順に振られているもので、第五部隊は王太子のご成婚時に設けられたばかりのもっとも新しい部隊だった。
「そういう話ではなくて、なんで僕が近衛騎士団に配属になるんですか!」
ユリエルの疑問はもっともだ。
王都騎士団ですら、田舎の貧乏男爵家四男としては十分な仕事だ。
しかも、その王都騎士団にはまだ一ヶ月足らずしか在籍しておらず、ほとんど中身のない夜勤と事務仕事の手伝いくらいしかやっていない。
それが急に近衛騎士団だなんて、普通はありえない話だった。
「なんでって、俺が近衛騎士団に飛ばされたからじゃないかな」
「それは普通の異動です」
ダディエの場合は、王太子妃の妹と婚約した侯爵家の息子だ。
しかも王都騎士団の団長を何年も務めている。
家柄にも、後ろ盾にも、経歴にも、まったく問題はない。
むしろ王太子妃の妹と婚約しておいて、王都騎士団の団長程度では足りないだろう。
「あんな窮屈なところに一人で異動なんて耐えられん」
「だったらパーション卿辺りが妥当でしょう」
クライブ・パーション団長補佐は、実家が公爵家だ。
長年補佐を務めてきたのだし、普通ならばクライブを引き抜くところだ。
「そんなことをすれば、こっちが立ち行かんだろ」
それに、とダディエは続ける。
「……おまえのことを落とすって言っただろ?」
耳に口を近づけて、わざと低く囁かれた声にドキドキしてしまう。
「……また噂になりますよ」
赤い顔で反論を試みる。
「逆だよ。おまえが本当に能力の高い奴だと上位貴族どもにわからせるには、こんなとこじゃ足りん」
もともとは、ダディエは自分の婚約者――フィーネ・ジェリーニ公爵令嬢の警護にユリエルを充てる計画でいた。
自分の恋人を婚約者の護衛にする輩は普通いないだろうし、婚約者と護衛の関係が良ければ、噂の払拭にもちょうど良い。
ゴリ押しするためにユリエルの剣術と体術の腕を両家に見せつける機会でも設ければ、技術面のアピールにだってなる。一石二鳥だ。
が、その計画を実行する前に、覚悟していた事態が思っていた以上に早くやってきた。
それが、近衛騎士団第五部隊隊長の任だ。
王太子妃の妹でもある公爵令嬢と婚約をして、王都騎士団で生涯を終えられるわけはないと思っていたが、まさか婚約発表から一週間も経たないうちに異動を命じられるとは思っていなかった。
(どうやら父上は、この機会に外堀を埋めてしまいたいらしい)
父上からの話であれば断る道も残っていたかもしれないが、さすがはミルボー侯爵様だ。自分で話さずに、婚約者とその父、ジェリーニ公爵から持ち掛けるのだから断りようがない。
が、だからこそ、同時にユリエルの補佐官登用をねじ込むこともできたのだった。
簡単だ。「補佐官を一人、王都騎士団から連れていきたい」と言うだけだったのだから。
「おまえの近衛騎士団入りは、ジェリーニ公爵殿もハーミア皇妃様も了承済みだ。ついでに就任式では模擬戦闘も決まっている。……貴族のままごと集団に、負けるわけはないだろう?」
ダディエは、ニヤリと笑ってユリエルに問う。
近衛騎士団がそんなに弱いわけはないが、それでも家柄が優先された上位貴族の集まりだ。
家柄だけではなれないが、家柄があれば剣術はまあまあくらいのレベルでも近衛騎士団に入れてしまう。
もっといえば、王の命を守る第一部隊に特に長けた者が集められるために、他の部隊にそんなに精鋭が集められるわけはない。第五部隊なんてもっとも新しい上に、皇妃は替えがきく。
美しい容姿に小柄な体躯なので忘れがちだが、ユリエルの剣術はダディエをも凌ぐほどだ。体術だって、力で押さえつけられたりしなければ大男だって投げ飛ばせる。模擬戦のような「今から闘います」なんて場では押さえつけられる隙など与えるわけもないだろう。
どう考えても敵はいなさそうだった。
「そりゃ、負ける気はしませんけど」
「というわけで、引き継ぎをして一週間後には就任式だ。期待してるぜ?」
くしゃくしゃと乱暴に頭を撫でて、ダディエは執務室を出ていった。
熱ものどの腫れも引いて、ようやく剣の稽古も再開した頃、ユリエルは新しい辞令を受けていた。
「ああ。近衛騎士団第五部隊隊長補佐官だ」
「ちょっと待ってください、近衛騎士団って、あの王室直属部隊ですよね……?」
ユリエルが困惑した様子で聞き返す。
近衛騎士団は、王室直属の騎士団だ。
同じ王都にあっても、今ユリエルが所属している王都騎士団は国境にある国境警備隊と同じく政府の機関であって、貴族や要人を警護することはあっても、王家を守護するような地位にはない。
一方、近衛騎士団が守るのは、王族と王宮のみ。王の命令で客人を警護したりすることはあるが、王族のためにしか働かないのが近衛騎士団だ。
王都騎士団と近衛騎士団は似て非なるものなのだった。
当然、地位も雲泥の差といってよい。
「ああ、そうだ。第五隊は、王太子妃直下の部隊になる」
第一部隊は王の部隊、第二部隊は皇后の部隊、第三部隊は王太子の部隊で、第四部隊は姫君……王太子の妹君の部隊だ。番号は成立順に振られているもので、第五部隊は王太子のご成婚時に設けられたばかりのもっとも新しい部隊だった。
「そういう話ではなくて、なんで僕が近衛騎士団に配属になるんですか!」
ユリエルの疑問はもっともだ。
王都騎士団ですら、田舎の貧乏男爵家四男としては十分な仕事だ。
しかも、その王都騎士団にはまだ一ヶ月足らずしか在籍しておらず、ほとんど中身のない夜勤と事務仕事の手伝いくらいしかやっていない。
それが急に近衛騎士団だなんて、普通はありえない話だった。
「なんでって、俺が近衛騎士団に飛ばされたからじゃないかな」
「それは普通の異動です」
ダディエの場合は、王太子妃の妹と婚約した侯爵家の息子だ。
しかも王都騎士団の団長を何年も務めている。
家柄にも、後ろ盾にも、経歴にも、まったく問題はない。
むしろ王太子妃の妹と婚約しておいて、王都騎士団の団長程度では足りないだろう。
「あんな窮屈なところに一人で異動なんて耐えられん」
「だったらパーション卿辺りが妥当でしょう」
クライブ・パーション団長補佐は、実家が公爵家だ。
長年補佐を務めてきたのだし、普通ならばクライブを引き抜くところだ。
「そんなことをすれば、こっちが立ち行かんだろ」
それに、とダディエは続ける。
「……おまえのことを落とすって言っただろ?」
耳に口を近づけて、わざと低く囁かれた声にドキドキしてしまう。
「……また噂になりますよ」
赤い顔で反論を試みる。
「逆だよ。おまえが本当に能力の高い奴だと上位貴族どもにわからせるには、こんなとこじゃ足りん」
もともとは、ダディエは自分の婚約者――フィーネ・ジェリーニ公爵令嬢の警護にユリエルを充てる計画でいた。
自分の恋人を婚約者の護衛にする輩は普通いないだろうし、婚約者と護衛の関係が良ければ、噂の払拭にもちょうど良い。
ゴリ押しするためにユリエルの剣術と体術の腕を両家に見せつける機会でも設ければ、技術面のアピールにだってなる。一石二鳥だ。
が、その計画を実行する前に、覚悟していた事態が思っていた以上に早くやってきた。
それが、近衛騎士団第五部隊隊長の任だ。
王太子妃の妹でもある公爵令嬢と婚約をして、王都騎士団で生涯を終えられるわけはないと思っていたが、まさか婚約発表から一週間も経たないうちに異動を命じられるとは思っていなかった。
(どうやら父上は、この機会に外堀を埋めてしまいたいらしい)
父上からの話であれば断る道も残っていたかもしれないが、さすがはミルボー侯爵様だ。自分で話さずに、婚約者とその父、ジェリーニ公爵から持ち掛けるのだから断りようがない。
が、だからこそ、同時にユリエルの補佐官登用をねじ込むこともできたのだった。
簡単だ。「補佐官を一人、王都騎士団から連れていきたい」と言うだけだったのだから。
「おまえの近衛騎士団入りは、ジェリーニ公爵殿もハーミア皇妃様も了承済みだ。ついでに就任式では模擬戦闘も決まっている。……貴族のままごと集団に、負けるわけはないだろう?」
ダディエは、ニヤリと笑ってユリエルに問う。
近衛騎士団がそんなに弱いわけはないが、それでも家柄が優先された上位貴族の集まりだ。
家柄だけではなれないが、家柄があれば剣術はまあまあくらいのレベルでも近衛騎士団に入れてしまう。
もっといえば、王の命を守る第一部隊に特に長けた者が集められるために、他の部隊にそんなに精鋭が集められるわけはない。第五部隊なんてもっとも新しい上に、皇妃は替えがきく。
美しい容姿に小柄な体躯なので忘れがちだが、ユリエルの剣術はダディエをも凌ぐほどだ。体術だって、力で押さえつけられたりしなければ大男だって投げ飛ばせる。模擬戦のような「今から闘います」なんて場では押さえつけられる隙など与えるわけもないだろう。
どう考えても敵はいなさそうだった。
「そりゃ、負ける気はしませんけど」
「というわけで、引き継ぎをして一週間後には就任式だ。期待してるぜ?」
くしゃくしゃと乱暴に頭を撫でて、ダディエは執務室を出ていった。
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