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新しい人
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次の日になっても――つまり、奏輔さんに「距離を置こう」と言われてから五日が経っても、奏輔さんからは何の音沙汰もなかった。
休日はあと四日ある。
(ひま…………)
よくよく考えてみると、上京前はバイトかゲームばかりだったし、こっちに来てからはほとんどずっと奏輔さんと居るばかりだったから、バイトとゲームを除いてしまうとまったくやることがない。
かといって、ゲームはあんな気まずい空気でチャットを終えてしまったわけで、到底ログインできる気分ではなかった。
結局、博己の店に向かった。
バイトとゲームからゲームを取ると、バイトしか残らないのだからしかたがない。
先にちょっとおしゃれなカフェでランチを食べて、そのまままっすぐ店に向かったので、当然日は高い。お盆のこんな時間に行ってもお客様なんていないかもしれないけれど、同じように暇を持て余しているお客様だっているかもしれないし、家でゴロゴロするよりはマシな気がする。
(芝浦さんの件も聞きたいしね)
なんだかちょっと言い訳みたいに言ってみる。
緊縛は一人じゃできないんだから、人助けみたいなものだし。
店に着くと、まだ会ったことのない男性スタッフがカウンターに入っていた。
最近はわりと顔パスだったので、ちょっとだけ緊張してしまう。
「ヒメさんですね。ご出勤ありがとうございます。今日は特にご指名はありませんが、お客様がいらしたら適当に回しても大丈夫ですか?」
画面に表示されているキャスト情報を確認しながら話す様子は、わりと事務的だ。
「はい、大丈夫です」
「わかりました。条件の合う方がいらっしゃったら声をお掛けしますね」
「ありがとうございます。……あ、別件なんですけど」
芝浦さんの件を聞いてみると、芝浦さんはこの店の会員ではないので別に構わないとあっさり返答をもらえた。やっぱり事務的だ。
待機部屋に入ると、狭いけれどなんだかほっとする。
落ち着くというのはまたちょっと違うかもしれないけれど、誰の目も気にしなくていい一人の空間というのもいいし、家でゴロゴロしている時のような「ああ、いま無駄な時間を使っている」みたいな罪悪感もないのがいいのだと思う。
風俗店に来てほっとするって、どれだけ馴染んでるんだとも思うけれど、だからこそ暇を持て余した休日に出勤しているわけだから仕方ない。
(あ、そうだ。芝浦さんに連絡しよう)
店から許可をもらえた旨をメールにして、何度か読み返してから送った。
もともとは向こうからの誘いなのに、まるで自分が誘っているみたいで、ちょっとドキドキしてしまった。
二時間くらい、そのままのんびりと過ごした。
途中で一度、スタッフさんから内線があったけれど、「お待たせしてすみません」という連絡だった。
気を遣わせてしまってむしろこちらが申し訳ないと思うのだけれど、まあ、出勤したのに仕事がないというのは憂うべきところなのだろう。
お盆は里帰りしている人も多いし、妻帯者の多くは家族に時間が取られるので、やはり利用客は少ないらしい。
(お金欲しくて来てるんなら困るんだろうけど)
正直、特にお金に困っているわけではない。
もちろん、大学の事務職員なんてたいした給与ではないけれど、安アパート住まいで交通費全額支給の正社員、特にお金のかかる趣味もないので、ここで稼いだ分はほとんど使っていないのだ。
むしろ他の子のお客さんを取っちゃうのは嫌だなと思ったけれど、そもそもほとんどの女の子は奉仕系のM嬢なので、基本外されるのは自分の方だ。そうでない場合はハード系が多いから、むしろ棲み分けられているといってもいい気がする。
(ご奉仕とか雌豚とか言われる方が嫌だけどなぁ)
そんなことを考えていると、また内線が入った。
「はい」
「ヒメさんですか? 飛び入り新規のお客様なんですけど」
「飛び入り?」
「会員様のお連れ様なので、正規の会員様ではなくて、予審を終えた準会員様になります」
要はあれか、京都のお座敷みたいに一見さんはお断りだけれど、連れならいいよってやつか。
「準会員様だと、何が違うんですか?」
「キャストさんにとってはほとんど変わりません。あ、後日正会員になってもらえた場合には、ちょっとボーナスが出ます」
「わかりました。大丈夫です」
ドレスに着替えて、少しだけ化粧を直し、仮面を着けて指定された部屋へと向かった。
部屋から出てきたのは、細身の男性だった。仮面を着けていないので、完全に素顔だ。
「お待たせしました。ヒメです」
「あ、新谷です」
部屋に入ったものの、「ええと…」と突っ立ったままだ。新規なのだから無理もないか。
「御主人様、まずはこちらを声に出して読んでいただけますか?」
部屋にあったタブレットを手渡す。
タブレットには、毎回確認することになっている口上が表示されている。もっとも、これまでの常連さんはいちいちこんなのを見てはいなかったけれど。
「ああ、そうか。ええと……」
NGに指定されていることはできないとか、特定のワードが出たら直ちに止めるとか、そういった確認を終えると、タブレットが「この女の子ができること」を表示するようになる。
「ここにあることなら、なんでも大丈夫です。あと、ワインなんかも料金に含まれているのでご自由にどうぞ」
「あー……、お酒はちょっと」
「お車ですか?」
「いや、単に弱くて。お酒がダメなら女はどうだって連れてこられたんだけど……」
それはなかなかハードルが高い気がする。たしかに風俗ではあるけれど、ここはM嬢専門店だ。せめて普通のデリヘルにしてあげれば良いのに。
「……とりあえず、お水でも飲みますか?」
ベッドの端に座らせて、よく冷えた水を手渡し、タブレットとワゴンを引き寄せて、自分も隣に座った。
「私とできることはここに表示されているので、とりあえず興味のあることからいきましょう。道具はこのワゴンに収納されています」
新規で講習なども受けていないので、できることは限られている。手枷は使えても縄は使えないとか、手で叩くのはかまわないけれど鞭は使えないとか、いろいろ制約がある。ワゴンの中身も、ちゃんと使えるものだけに制限されていた。
とはいえ、ノーマルとは言いがたい。
(これって私じゃない方が良かったんじゃ……?)
せめて奉仕系のキャストさんなら、フェラとかしてあげられることがあったと思うのだけれど。長時間待機していたからスタッフさんが気を回したのだろうか。
心配しながら少し待っていると、「あの……」と声がかかった。
「はい、何をしましょうか」
「ええと……これ全部、本当に大丈夫なんですか……?」
「はい、大丈夫なことしか表示されていませんけど」
「だってこれとか……痛くないんですか?」
指し示しているのはニップルクリップだ。
「そのくらいなら全然大丈夫ですよ」
言いながら、ワゴンから実物を取り出して見せた。
お客様は手に取ってじっと見つめている。
(興味はあるけど、って感じなのかな……)
「気になるのでしたら、使ってみてください」
ベッドの端に座ったまま、ドレスのファスナーを下ろし、ブラも外して、上半身を露わにした。
お客様の手を取って、乳首の上を円を描くように滑らせていると、あっという間に立った。今度はクリップを持たせて、立った乳首を軽くつまんでみせた。
「ここに、留めてみてください」
お客様の喉が、ゴクリと動いた。
恐る恐るといった様子で、クリップを開き、乳首を挟んだ。
「んっ、」
「大丈夫ですか……?」
初めてなので当然だが、慣れた人と違って根元の方ではなくがっつり乳首を挟んでいる。おかげでただのクリップだけれどいつもよりは刺激が強めだ。
「ん、大丈夫、です……こっちも、してください」
反対の胸を指すと、今度はお客様が自分で乳首を立てて、クリップを留めた。
「んぅ、あぁ……」
「……気持ちいいんですか?」
「んっ、はい、気持ちいいです、よ」
「そっか……気持ちいいんだ……」
それからしばらくタブレットを眺めていたお客様は、
「本当にどれをやってもいいんですよね?」
と聞いた。
聞いたというか、単にこれから行動するという宣言みたいなものだろう。どうやら心は決まったらしい。
「はい、御主人様のお気に召すままお楽しみくださいませ」
「じゃあ……」
取り出したのは、手足用の枷だ。十字のベルトがついていて、両手足をつなぐことができる。
立ち上がると、半脱ぎだったドレスはするりと床に落ちた。
(うーん……ショーツはどうしようかな……)
これから手首足首を拘束するのだから、ショーツは脱げなくなる。とはいえ、穿いたままが好きという人もいるので、普段なら別に気にはしないのだけれど。
少し迷ったけれど、ショーツはそのままでベッドの上に膝立ちになった。
どうしても困ったら、ショーツはお客様が持って帰って良いものなのでハサミで切ってしまえばいいだろう。
お客様には背を向けて、両手は後ろに回す。
「どうぞ拘束してください、御主人様」
後ろを向いているので見えないが、ギシ、と小さく音がして、お客様が近づくのがわかった。
少しして、右手にひやりと合皮の感触がある。
ぎゅっと締められると、「んっ、」と息が漏れた。
左手、左足、右足、と同じように固定されると、そこそこの拘束感がある。
「きれいだ……」
お客様がほぅ、と息をつく。
両手を後ろに回しているので、胸も軽く突き出すような形になっていて、そんなにじっくり見られるとちょっと恥ずかしい。
しばらく眺めていた後、今度はバイブを手に正面へと戻ってきた。
少し足を開いて誘うと、お客様はショーツを横にずらして、ごくりと喉を鳴らした。
「……パイパン、なんですね」
一度剃ってしまうと、少し伸びてきただけでもチクチク気になって、最近はずっと手入れをしている。そろそろ完全脱毛でもいいかなと思っているところだった。
(あると思ってるものがないと、ちょっとドキッとするよね……)
そのままバイブを充てがうものの、実はこの体勢だとちょっと入れづらい。手伝ってあげたいものの、拘束されているので難しい。
「先に指を入れて、少し慣らしてから、指で広げると、入れやすいですよ」
声を掛けると、一度バイブを置いて、言われたとおりに指を入れてくる。
「んっ、ふ、」
小さく声が漏れると、遠慮がちだった指がぐっと挿し込まれた。中で壁を触るようにくちゅくちゅと動く。
「んんっ、あっ、やっ、」
静かな室内に聞こえる水音がちょっと恥ずかしい。同時に、少し荒くなったお客様の息遣いと、拘束具の金具がカチャカチャと鳴る音がして、SMとしては大したことはしていないのに、気分はどんどん高まってくる。
こちらの呼吸もだいぶ浅くなったところで、バイブが再度充てがわれた。
今度は指でしっかり広げられていて、バイブはにゅるりと入ってきた。
「ああっ、やっ、ああ……」
電源が入ると中でうねうねと動いて、腰が揺れてしまう。クリトリス用のバイブ部分はあまりしっかり当たっていないものの、中は程よく気持ちいい。
そうやって、つたないながらも初のSMを楽しんでくれたご新規さんは、照れながらも「また来たい」と帰っていった。
こんな初々しい人はここに勤め始めてから初めてだ。
(奏輔さんも最初はこんな感じだったかな……)
思わぬところで思い出してしまって、軽くため息が出た。
休日はあと四日ある。
(ひま…………)
よくよく考えてみると、上京前はバイトかゲームばかりだったし、こっちに来てからはほとんどずっと奏輔さんと居るばかりだったから、バイトとゲームを除いてしまうとまったくやることがない。
かといって、ゲームはあんな気まずい空気でチャットを終えてしまったわけで、到底ログインできる気分ではなかった。
結局、博己の店に向かった。
バイトとゲームからゲームを取ると、バイトしか残らないのだからしかたがない。
先にちょっとおしゃれなカフェでランチを食べて、そのまままっすぐ店に向かったので、当然日は高い。お盆のこんな時間に行ってもお客様なんていないかもしれないけれど、同じように暇を持て余しているお客様だっているかもしれないし、家でゴロゴロするよりはマシな気がする。
(芝浦さんの件も聞きたいしね)
なんだかちょっと言い訳みたいに言ってみる。
緊縛は一人じゃできないんだから、人助けみたいなものだし。
店に着くと、まだ会ったことのない男性スタッフがカウンターに入っていた。
最近はわりと顔パスだったので、ちょっとだけ緊張してしまう。
「ヒメさんですね。ご出勤ありがとうございます。今日は特にご指名はありませんが、お客様がいらしたら適当に回しても大丈夫ですか?」
画面に表示されているキャスト情報を確認しながら話す様子は、わりと事務的だ。
「はい、大丈夫です」
「わかりました。条件の合う方がいらっしゃったら声をお掛けしますね」
「ありがとうございます。……あ、別件なんですけど」
芝浦さんの件を聞いてみると、芝浦さんはこの店の会員ではないので別に構わないとあっさり返答をもらえた。やっぱり事務的だ。
待機部屋に入ると、狭いけれどなんだかほっとする。
落ち着くというのはまたちょっと違うかもしれないけれど、誰の目も気にしなくていい一人の空間というのもいいし、家でゴロゴロしている時のような「ああ、いま無駄な時間を使っている」みたいな罪悪感もないのがいいのだと思う。
風俗店に来てほっとするって、どれだけ馴染んでるんだとも思うけれど、だからこそ暇を持て余した休日に出勤しているわけだから仕方ない。
(あ、そうだ。芝浦さんに連絡しよう)
店から許可をもらえた旨をメールにして、何度か読み返してから送った。
もともとは向こうからの誘いなのに、まるで自分が誘っているみたいで、ちょっとドキドキしてしまった。
二時間くらい、そのままのんびりと過ごした。
途中で一度、スタッフさんから内線があったけれど、「お待たせしてすみません」という連絡だった。
気を遣わせてしまってむしろこちらが申し訳ないと思うのだけれど、まあ、出勤したのに仕事がないというのは憂うべきところなのだろう。
お盆は里帰りしている人も多いし、妻帯者の多くは家族に時間が取られるので、やはり利用客は少ないらしい。
(お金欲しくて来てるんなら困るんだろうけど)
正直、特にお金に困っているわけではない。
もちろん、大学の事務職員なんてたいした給与ではないけれど、安アパート住まいで交通費全額支給の正社員、特にお金のかかる趣味もないので、ここで稼いだ分はほとんど使っていないのだ。
むしろ他の子のお客さんを取っちゃうのは嫌だなと思ったけれど、そもそもほとんどの女の子は奉仕系のM嬢なので、基本外されるのは自分の方だ。そうでない場合はハード系が多いから、むしろ棲み分けられているといってもいい気がする。
(ご奉仕とか雌豚とか言われる方が嫌だけどなぁ)
そんなことを考えていると、また内線が入った。
「はい」
「ヒメさんですか? 飛び入り新規のお客様なんですけど」
「飛び入り?」
「会員様のお連れ様なので、正規の会員様ではなくて、予審を終えた準会員様になります」
要はあれか、京都のお座敷みたいに一見さんはお断りだけれど、連れならいいよってやつか。
「準会員様だと、何が違うんですか?」
「キャストさんにとってはほとんど変わりません。あ、後日正会員になってもらえた場合には、ちょっとボーナスが出ます」
「わかりました。大丈夫です」
ドレスに着替えて、少しだけ化粧を直し、仮面を着けて指定された部屋へと向かった。
部屋から出てきたのは、細身の男性だった。仮面を着けていないので、完全に素顔だ。
「お待たせしました。ヒメです」
「あ、新谷です」
部屋に入ったものの、「ええと…」と突っ立ったままだ。新規なのだから無理もないか。
「御主人様、まずはこちらを声に出して読んでいただけますか?」
部屋にあったタブレットを手渡す。
タブレットには、毎回確認することになっている口上が表示されている。もっとも、これまでの常連さんはいちいちこんなのを見てはいなかったけれど。
「ああ、そうか。ええと……」
NGに指定されていることはできないとか、特定のワードが出たら直ちに止めるとか、そういった確認を終えると、タブレットが「この女の子ができること」を表示するようになる。
「ここにあることなら、なんでも大丈夫です。あと、ワインなんかも料金に含まれているのでご自由にどうぞ」
「あー……、お酒はちょっと」
「お車ですか?」
「いや、単に弱くて。お酒がダメなら女はどうだって連れてこられたんだけど……」
それはなかなかハードルが高い気がする。たしかに風俗ではあるけれど、ここはM嬢専門店だ。せめて普通のデリヘルにしてあげれば良いのに。
「……とりあえず、お水でも飲みますか?」
ベッドの端に座らせて、よく冷えた水を手渡し、タブレットとワゴンを引き寄せて、自分も隣に座った。
「私とできることはここに表示されているので、とりあえず興味のあることからいきましょう。道具はこのワゴンに収納されています」
新規で講習なども受けていないので、できることは限られている。手枷は使えても縄は使えないとか、手で叩くのはかまわないけれど鞭は使えないとか、いろいろ制約がある。ワゴンの中身も、ちゃんと使えるものだけに制限されていた。
とはいえ、ノーマルとは言いがたい。
(これって私じゃない方が良かったんじゃ……?)
せめて奉仕系のキャストさんなら、フェラとかしてあげられることがあったと思うのだけれど。長時間待機していたからスタッフさんが気を回したのだろうか。
心配しながら少し待っていると、「あの……」と声がかかった。
「はい、何をしましょうか」
「ええと……これ全部、本当に大丈夫なんですか……?」
「はい、大丈夫なことしか表示されていませんけど」
「だってこれとか……痛くないんですか?」
指し示しているのはニップルクリップだ。
「そのくらいなら全然大丈夫ですよ」
言いながら、ワゴンから実物を取り出して見せた。
お客様は手に取ってじっと見つめている。
(興味はあるけど、って感じなのかな……)
「気になるのでしたら、使ってみてください」
ベッドの端に座ったまま、ドレスのファスナーを下ろし、ブラも外して、上半身を露わにした。
お客様の手を取って、乳首の上を円を描くように滑らせていると、あっという間に立った。今度はクリップを持たせて、立った乳首を軽くつまんでみせた。
「ここに、留めてみてください」
お客様の喉が、ゴクリと動いた。
恐る恐るといった様子で、クリップを開き、乳首を挟んだ。
「んっ、」
「大丈夫ですか……?」
初めてなので当然だが、慣れた人と違って根元の方ではなくがっつり乳首を挟んでいる。おかげでただのクリップだけれどいつもよりは刺激が強めだ。
「ん、大丈夫、です……こっちも、してください」
反対の胸を指すと、今度はお客様が自分で乳首を立てて、クリップを留めた。
「んぅ、あぁ……」
「……気持ちいいんですか?」
「んっ、はい、気持ちいいです、よ」
「そっか……気持ちいいんだ……」
それからしばらくタブレットを眺めていたお客様は、
「本当にどれをやってもいいんですよね?」
と聞いた。
聞いたというか、単にこれから行動するという宣言みたいなものだろう。どうやら心は決まったらしい。
「はい、御主人様のお気に召すままお楽しみくださいませ」
「じゃあ……」
取り出したのは、手足用の枷だ。十字のベルトがついていて、両手足をつなぐことができる。
立ち上がると、半脱ぎだったドレスはするりと床に落ちた。
(うーん……ショーツはどうしようかな……)
これから手首足首を拘束するのだから、ショーツは脱げなくなる。とはいえ、穿いたままが好きという人もいるので、普段なら別に気にはしないのだけれど。
少し迷ったけれど、ショーツはそのままでベッドの上に膝立ちになった。
どうしても困ったら、ショーツはお客様が持って帰って良いものなのでハサミで切ってしまえばいいだろう。
お客様には背を向けて、両手は後ろに回す。
「どうぞ拘束してください、御主人様」
後ろを向いているので見えないが、ギシ、と小さく音がして、お客様が近づくのがわかった。
少しして、右手にひやりと合皮の感触がある。
ぎゅっと締められると、「んっ、」と息が漏れた。
左手、左足、右足、と同じように固定されると、そこそこの拘束感がある。
「きれいだ……」
お客様がほぅ、と息をつく。
両手を後ろに回しているので、胸も軽く突き出すような形になっていて、そんなにじっくり見られるとちょっと恥ずかしい。
しばらく眺めていた後、今度はバイブを手に正面へと戻ってきた。
少し足を開いて誘うと、お客様はショーツを横にずらして、ごくりと喉を鳴らした。
「……パイパン、なんですね」
一度剃ってしまうと、少し伸びてきただけでもチクチク気になって、最近はずっと手入れをしている。そろそろ完全脱毛でもいいかなと思っているところだった。
(あると思ってるものがないと、ちょっとドキッとするよね……)
そのままバイブを充てがうものの、実はこの体勢だとちょっと入れづらい。手伝ってあげたいものの、拘束されているので難しい。
「先に指を入れて、少し慣らしてから、指で広げると、入れやすいですよ」
声を掛けると、一度バイブを置いて、言われたとおりに指を入れてくる。
「んっ、ふ、」
小さく声が漏れると、遠慮がちだった指がぐっと挿し込まれた。中で壁を触るようにくちゅくちゅと動く。
「んんっ、あっ、やっ、」
静かな室内に聞こえる水音がちょっと恥ずかしい。同時に、少し荒くなったお客様の息遣いと、拘束具の金具がカチャカチャと鳴る音がして、SMとしては大したことはしていないのに、気分はどんどん高まってくる。
こちらの呼吸もだいぶ浅くなったところで、バイブが再度充てがわれた。
今度は指でしっかり広げられていて、バイブはにゅるりと入ってきた。
「ああっ、やっ、ああ……」
電源が入ると中でうねうねと動いて、腰が揺れてしまう。クリトリス用のバイブ部分はあまりしっかり当たっていないものの、中は程よく気持ちいい。
そうやって、つたないながらも初のSMを楽しんでくれたご新規さんは、照れながらも「また来たい」と帰っていった。
こんな初々しい人はここに勤め始めてから初めてだ。
(奏輔さんも最初はこんな感じだったかな……)
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