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不①
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「さて、おたくが進藤識かい。色々思うところあるとは思うが、気張れよ~? 朝倉に飲まれんようにな?」
「あ、はい……」
どこまでも含んだ言い方をする竹田に、短く答えれば識の方を一瞥して立ち去って行った。それを見送ると朝倉が口を開く。
「さて、では改めて食事に向かいましょうか」
「あの刑事……竹田さんの事、全然気にしてないんですね……?」
「あの方はいつもああですからねぇ」
「そう、ですか……」
「それで? 進藤さんは何か食べたい物とかありますか?」
「特には……ないです」
(食いもんの事なんて考えられるわけねぇだろ……。いや、わざと……か?)
「では、私の方で決めさせて頂きますね」
「どうぞお好きに……」
「ありがとうございます」
嫌味とも取れそうな礼を述べると、朝倉がスマートフォンを取り出し操作を始めた。そうして、しばらくしてめぼしい店を見つけたらしく朝倉が歩き出したので識も後に続く。見慣れた景色の変わりようがまだ夢うつつに感じながら、規制線の外へと出る。
識の知っている道から離れて行き、知らない路地を通る。
着いたのはこじんまりとした寿司屋だった。紺色の暖簾に店名が綺麗な筆文字で書かれており、和風の店構えから見てそれなりの値段がしそうだった。
「は……?」
「どうされました、進藤さん。入りますよ?」
「いや……どう考えても高いですよね?」
「大丈夫ですよ、経費で落とします」
(本当に経費で落ちるのか……?)
「わかりました……」
暖簾をくぐり、木製の扉を開ける。中に入ると左側の入り口付近にレジ、少し離れた位置にカウンターがあり、右側に三列に並んだテーブル席があった。その奥にトイレがあるようだった。
昼のピーク時を過ぎたからか混んでこそいなかったが、それなりに人がいる。アルバイトだろうか、若い女性店員がこちらに向かってきて声をかけてきた。
「いらっしゃいませ! 二名様ですか?」
「えぇそうです。席はありますか?」
「ございます! ご案内させて頂きますね!」
ハキハキとした女性の声が耳にすんなりと入って来る。案内されたのは、右手前側のテーブル席だった。
「進藤さんはアレルギー等ありますか?」
「いえ、特には……」
「では、どうしましょうかねぇ」
「お任せします。俺は選べる気分じゃないので……」
「わかりました。では、適当に注文しますね。店員さん、お願いします」
朝倉の注文を店員が書き留めて行く。今時珍しく、手書きのようだった。注文内容を復唱して確認すると、店員はテーブルから離れて行く。
それを確認してから、朝倉が声をかけて来た。
「食べられそうですか?」
「えぇ、それくらいは」
「なら食べた後に作戦会議と行きましょうか」
「はい……」
しばらくして来たのは、マグロ・サーモン・いか・えび・たこ・はまち・ネギトロといくらの軍艦巻きの八貫セットだった。
「では食べましょうか」
「はい……それじゃ遠慮なく頂きます」
「頂きます」
二人はそれぞれ無言で寿司を食べ始める。値段は朝倉が持つためわからないが、ネタが新鮮でシャリも良質で味も口触りも良かった。
(こんな所に寿司屋があるなんてな……。アイツと……洋壱と来たかったぜ)
美味しいのがまた、切なさを感じさせる。事件現場に行ったという非現実と、こうして朝倉と食事するという現実がより喪失を感じさせ悲しみが深くなる。
美味しいが味気ない食事を終えると、朝倉が会計をし店を出た。
「さて、これからの動きなんですが……少し場所を移しましょうか」
「そうですね……」
(犯人か? 誰かにつけられている気がするからだろうな……)
二人は何者かの気配を感じながら歩き出す。スマートフォンのナビを見つめつつ朝倉が先行して歩くのを識も追う。そうして、路地をあえて歩き回れば何者かの気配が速足になり近づいてきた。
「進藤さん!」
「わかってます!」
二人は左右に分かれて何者か……いや襲撃者の攻撃をかわす。大柄で全身黒い服と黒い帽子とマスクで顔を隠した男が手にしている金属バッドが空ぶり、一瞬男がよろける。
その隙を突いて、朝倉と識が同時に男に向かってタックルをしかける。二人の勢いで吹き飛ばされた男は、路地の壁に身体をぶつけた。
「さて、貴方は何者ですかねぇ?」
朝倉が眼光鋭く男を睨めば、男は身体を思い切り起こして隠し持っていた折り畳み式のナイフを振り回しながら二人と距離を取り、走り去って行った。
「逃げられましたねぇ」
「あの男……事件と関係が?」
「ありそうですねぇ……さて、またしても調べる事が増えてしまいましたねぇ」
謎の女に加えて現れた、謎の男。増える謎の数々に識は深く息を吐く。
(洋壱……お前、本当に何を抱えていたんだよ……馬鹿野郎が)
「あ、はい……」
どこまでも含んだ言い方をする竹田に、短く答えれば識の方を一瞥して立ち去って行った。それを見送ると朝倉が口を開く。
「さて、では改めて食事に向かいましょうか」
「あの刑事……竹田さんの事、全然気にしてないんですね……?」
「あの方はいつもああですからねぇ」
「そう、ですか……」
「それで? 進藤さんは何か食べたい物とかありますか?」
「特には……ないです」
(食いもんの事なんて考えられるわけねぇだろ……。いや、わざと……か?)
「では、私の方で決めさせて頂きますね」
「どうぞお好きに……」
「ありがとうございます」
嫌味とも取れそうな礼を述べると、朝倉がスマートフォンを取り出し操作を始めた。そうして、しばらくしてめぼしい店を見つけたらしく朝倉が歩き出したので識も後に続く。見慣れた景色の変わりようがまだ夢うつつに感じながら、規制線の外へと出る。
識の知っている道から離れて行き、知らない路地を通る。
着いたのはこじんまりとした寿司屋だった。紺色の暖簾に店名が綺麗な筆文字で書かれており、和風の店構えから見てそれなりの値段がしそうだった。
「は……?」
「どうされました、進藤さん。入りますよ?」
「いや……どう考えても高いですよね?」
「大丈夫ですよ、経費で落とします」
(本当に経費で落ちるのか……?)
「わかりました……」
暖簾をくぐり、木製の扉を開ける。中に入ると左側の入り口付近にレジ、少し離れた位置にカウンターがあり、右側に三列に並んだテーブル席があった。その奥にトイレがあるようだった。
昼のピーク時を過ぎたからか混んでこそいなかったが、それなりに人がいる。アルバイトだろうか、若い女性店員がこちらに向かってきて声をかけてきた。
「いらっしゃいませ! 二名様ですか?」
「えぇそうです。席はありますか?」
「ございます! ご案内させて頂きますね!」
ハキハキとした女性の声が耳にすんなりと入って来る。案内されたのは、右手前側のテーブル席だった。
「進藤さんはアレルギー等ありますか?」
「いえ、特には……」
「では、どうしましょうかねぇ」
「お任せします。俺は選べる気分じゃないので……」
「わかりました。では、適当に注文しますね。店員さん、お願いします」
朝倉の注文を店員が書き留めて行く。今時珍しく、手書きのようだった。注文内容を復唱して確認すると、店員はテーブルから離れて行く。
それを確認してから、朝倉が声をかけて来た。
「食べられそうですか?」
「えぇ、それくらいは」
「なら食べた後に作戦会議と行きましょうか」
「はい……」
しばらくして来たのは、マグロ・サーモン・いか・えび・たこ・はまち・ネギトロといくらの軍艦巻きの八貫セットだった。
「では食べましょうか」
「はい……それじゃ遠慮なく頂きます」
「頂きます」
二人はそれぞれ無言で寿司を食べ始める。値段は朝倉が持つためわからないが、ネタが新鮮でシャリも良質で味も口触りも良かった。
(こんな所に寿司屋があるなんてな……。アイツと……洋壱と来たかったぜ)
美味しいのがまた、切なさを感じさせる。事件現場に行ったという非現実と、こうして朝倉と食事するという現実がより喪失を感じさせ悲しみが深くなる。
美味しいが味気ない食事を終えると、朝倉が会計をし店を出た。
「さて、これからの動きなんですが……少し場所を移しましょうか」
「そうですね……」
(犯人か? 誰かにつけられている気がするからだろうな……)
二人は何者かの気配を感じながら歩き出す。スマートフォンのナビを見つめつつ朝倉が先行して歩くのを識も追う。そうして、路地をあえて歩き回れば何者かの気配が速足になり近づいてきた。
「進藤さん!」
「わかってます!」
二人は左右に分かれて何者か……いや襲撃者の攻撃をかわす。大柄で全身黒い服と黒い帽子とマスクで顔を隠した男が手にしている金属バッドが空ぶり、一瞬男がよろける。
その隙を突いて、朝倉と識が同時に男に向かってタックルをしかける。二人の勢いで吹き飛ばされた男は、路地の壁に身体をぶつけた。
「さて、貴方は何者ですかねぇ?」
朝倉が眼光鋭く男を睨めば、男は身体を思い切り起こして隠し持っていた折り畳み式のナイフを振り回しながら二人と距離を取り、走り去って行った。
「逃げられましたねぇ」
「あの男……事件と関係が?」
「ありそうですねぇ……さて、またしても調べる事が増えてしまいましたねぇ」
謎の女に加えて現れた、謎の男。増える謎の数々に識は深く息を吐く。
(洋壱……お前、本当に何を抱えていたんだよ……馬鹿野郎が)
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