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疑⑥
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中に入ると、鑑識官の制服に身を包んだ黒髪のショートヘアをした四十代くらいの女性が出迎えた。彼女の目つきは鋭く、睨んでいるかのように感じさせるものだった。だが、朝倉は気にせず彼女に声をかける。
「森野さん、ご苦労様です。こちらは進藤さん、協力して頂いている方です」
「進藤です。あの……?」
「わたしは森野。貴方がどこの誰かは知っているから、気にしないで」
「あ、ありがとうございます……?」
「二人の顔合わせも終えた事ですし、森野さん。早速ですが現状を教えて頂けますか?」
「最初からそのつもりでここへ来たんでしょ? 靴にこれを履かせてさっさと入って」
森野の指示で、靴にビニール製のカバーを装着する。慣れない感覚に困惑する識とは違い、朝倉は慣れた様子でカバーを履かせ終わると、識の方へと向き直る。
「進藤さん、大丈夫ですか?」
「えぇ、なんとか……」
「では、行きましょうか」
「はい」
中を見渡すと見慣れた洋壱の部屋に、見慣れない数人の鑑識官の姿があり識は違和感しかなかった。知っているのに知らない部屋。その感覚が拭い切れないのだ。
(知りたくなかった……感覚だな……)
「それじゃ、今の状況を説明するわよ? 二人とも良くて?」
「えぇ大丈夫ですよ。ね? 進藤さん」
「はい。……森野さんお願いします」
森野は頷くと洋壱の室内に視線を移し、話し始めた。洋壱の部屋は1DKだ。玄関から入って右にトイレと風呂があり、廊下を抜けるとダイニング、右側に寝室がある。
中は綺麗好きな洋壱らしく、整理整頓されておりアニメグッズ等も綺麗にケースに入れられて飾られている。
今は森野の部下であろう鑑識官の一人が黒色のソファーの近くで作業しており、ベランダにも一人、寝室の方にも一人いて同じく作業しているようだった。
「まず指紋についてなのだけど、朝倉君。貴方達が採取して来たもの以外に一つだけ身元不明の指紋が出たわ」
「ほう? 身元不明ですか?」
「えぇ、指紋の大きさからして女性だとは思うのだけれど……場所が不自然なのよね。ベッドの下だったりクローゼットの中だったり……」
「それは確かに不自然ですね。進藤さん、心当たりはありますか?」
「いえ……ただ。アイツはその、昔からストーカー被害にあいやすくて……室内に不法侵入された事が過去に一度ありました」
識からその話を聞いた朝倉は考え込むように顎に手を当てた。一方、識は洋壱のあの不穏な言葉の意味を考えていた。
(もしかして洋壱……お前はまた、女にストーカーされていたのか?)
「不自然なのはそれだけじゃないわ。寝室のベッドサイドの所から、こちらも身元不明の髪の毛が採取されたんだけど……普通ならバラバラだったり絡まっていたりするでしょう? でも、採取されたものは綺麗にまっすぐ落ちていたのよ」
「それは確かに不自然ですねぇ。髪の毛については森野さんお願いします。僕達はその身元不明の女性について調べる方が良いかもですねぇ……ん? 進藤さん? どうされました?」
声をかけられた識の視線はベッドの直ぐ傍の床に向けられていた。しばらくして、識がゆっくりと口を開く。その声は心なしか震えていた。
「その、洋壱は大学の時にメンタルを少し壊しまして。それ以来潔癖癖があるんですが、それで足元が汚れないようにとベッドから降りる時の位置に合わせてラグをいつも敷いているんです。でも……」
「ありませんねぇ、ラグ……」
「私達、鑑識が入った時には既にこの状態だったわ。床が綺麗すぎて気づけなかったけど……確かに他の所よりも念入りに掃除されているわね。……不自然よね?」
「えぇ森野さん、僕もそう思います。綺麗すぎる。つまり……ラグが何者かに持ち去られた可能性が高い。ということですねぇ、進藤さん?」
「はい。俺はそう思っています」
謎の女の指紋に不審な髪の毛……そしてなくなっていたラグ。これらの不自然が犯人に結び付いて欲しいと識は願っている自分に気が付いた。
(笑えねぇな。探偵が……物証が揃っていないのに決めつけようとするなんて、なぁ?)
「森野さん、ご苦労様です。こちらは進藤さん、協力して頂いている方です」
「進藤です。あの……?」
「わたしは森野。貴方がどこの誰かは知っているから、気にしないで」
「あ、ありがとうございます……?」
「二人の顔合わせも終えた事ですし、森野さん。早速ですが現状を教えて頂けますか?」
「最初からそのつもりでここへ来たんでしょ? 靴にこれを履かせてさっさと入って」
森野の指示で、靴にビニール製のカバーを装着する。慣れない感覚に困惑する識とは違い、朝倉は慣れた様子でカバーを履かせ終わると、識の方へと向き直る。
「進藤さん、大丈夫ですか?」
「えぇ、なんとか……」
「では、行きましょうか」
「はい」
中を見渡すと見慣れた洋壱の部屋に、見慣れない数人の鑑識官の姿があり識は違和感しかなかった。知っているのに知らない部屋。その感覚が拭い切れないのだ。
(知りたくなかった……感覚だな……)
「それじゃ、今の状況を説明するわよ? 二人とも良くて?」
「えぇ大丈夫ですよ。ね? 進藤さん」
「はい。……森野さんお願いします」
森野は頷くと洋壱の室内に視線を移し、話し始めた。洋壱の部屋は1DKだ。玄関から入って右にトイレと風呂があり、廊下を抜けるとダイニング、右側に寝室がある。
中は綺麗好きな洋壱らしく、整理整頓されておりアニメグッズ等も綺麗にケースに入れられて飾られている。
今は森野の部下であろう鑑識官の一人が黒色のソファーの近くで作業しており、ベランダにも一人、寝室の方にも一人いて同じく作業しているようだった。
「まず指紋についてなのだけど、朝倉君。貴方達が採取して来たもの以外に一つだけ身元不明の指紋が出たわ」
「ほう? 身元不明ですか?」
「えぇ、指紋の大きさからして女性だとは思うのだけれど……場所が不自然なのよね。ベッドの下だったりクローゼットの中だったり……」
「それは確かに不自然ですね。進藤さん、心当たりはありますか?」
「いえ……ただ。アイツはその、昔からストーカー被害にあいやすくて……室内に不法侵入された事が過去に一度ありました」
識からその話を聞いた朝倉は考え込むように顎に手を当てた。一方、識は洋壱のあの不穏な言葉の意味を考えていた。
(もしかして洋壱……お前はまた、女にストーカーされていたのか?)
「不自然なのはそれだけじゃないわ。寝室のベッドサイドの所から、こちらも身元不明の髪の毛が採取されたんだけど……普通ならバラバラだったり絡まっていたりするでしょう? でも、採取されたものは綺麗にまっすぐ落ちていたのよ」
「それは確かに不自然ですねぇ。髪の毛については森野さんお願いします。僕達はその身元不明の女性について調べる方が良いかもですねぇ……ん? 進藤さん? どうされました?」
声をかけられた識の視線はベッドの直ぐ傍の床に向けられていた。しばらくして、識がゆっくりと口を開く。その声は心なしか震えていた。
「その、洋壱は大学の時にメンタルを少し壊しまして。それ以来潔癖癖があるんですが、それで足元が汚れないようにとベッドから降りる時の位置に合わせてラグをいつも敷いているんです。でも……」
「ありませんねぇ、ラグ……」
「私達、鑑識が入った時には既にこの状態だったわ。床が綺麗すぎて気づけなかったけど……確かに他の所よりも念入りに掃除されているわね。……不自然よね?」
「えぇ森野さん、僕もそう思います。綺麗すぎる。つまり……ラグが何者かに持ち去られた可能性が高い。ということですねぇ、進藤さん?」
「はい。俺はそう思っています」
謎の女の指紋に不審な髪の毛……そしてなくなっていたラグ。これらの不自然が犯人に結び付いて欲しいと識は願っている自分に気が付いた。
(笑えねぇな。探偵が……物証が揃っていないのに決めつけようとするなんて、なぁ?)
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