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謎②
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報せを受けた識は、事務所の鍵を慌てて閉めると階段を駆け下り、ビルの駐車場へ走った。急いで車を開錠すると、シートベルトを付け急かす自分の心を押し殺しつつ車を走らせた。目的地は練馬警察署だ。
到着してすぐ、受付で事情を話すと通されたの遺体安置所だった。重苦しい扉の前にある緑色の長ソファーに見知った顔が二人並んで座り涙を流しているのが見えた。洋壱の両親だ。白髪交じりの老年に差し掛かった二人は識が来たのに気付くと、ショックで座ったまま動けない洋壱の母に変わり父が立ち上がり、涙を手の甲で拭いながら識に向かって声をかけた。その声は震え、悲しみを帯びていた。
「よく来てくれたね、識君。……その、久しぶりの再会が……こ、こんな所だなんて……うっ……うぅ」
「おじさん……。その……」
言葉にならない。何せ親友である洋壱が死んだ現実がここで証明されてしまったからだ。識は気づけば自分が地面に膝をついている事、そして目に涙が浮かんでいる事に気づいて慌てて手の甲で拭い近くの壁に手をついてふらつきながら立ち上がった。そのタイミングで、こちらにやって来る足音が一つ聴こえて来た。
「貴方が進藤識さんですね? 自分が先程お電話させて頂いた朝倉と言います。あ、下の名前は康平です。階級よりこちらの方がメジャーでわかりやすいですかね? 私は刑事課の刑事です」
「刑事? 刑事が何故出てくるんです?」
「ご両親へはもう説明させて頂いたんですが……事件性が強く、その上で不可解な事ばかりなのですよ。まぁ捜査の一環として被害者の周囲の人間関係を調べ、聴き取りを行うのは勿論なんですが……進藤さん、貴方には……特にお話を伺いたい。少し場所を移しても?」
朝倉はおそらく三十代くらいのまだ若い分類に入るであろうに、その態度はベテランの如く圧があった。栗色の切りそろえられた短髪に、穏やかな笑みの奥にある鋭い目つきがより一層そう感じさせた。識は静かに頷くと、朝倉の後ろを着いて行った。
通されたのは、想像していたような聴取室ではなく小さな会議室だった。整えられた長テーブルにパイプ椅子が四つ並んでいる。窓は比較的大きく、白いカーテンが室内のエアコンの暖房による風で小さく揺れていた。朝倉は扉を開けたまま識に椅子へ座るよう促したので、小さく一礼してから一番奥の窓際の椅子へ座った。
識が座ったのを確認すると、朝倉は会議室の扉を閉め、近くの椅子に腰を下ろした。
「さてと。いや~探偵さんと言うと、ドラマやアニメのイメージに引っ張られますが……実際はやっぱり普通の恰好なんですね?」
言われた識は、一瞬戸惑う。確かに、自分の服装はカーキ色のコートにネイビーのスーツ姿で世間一般の探偵のイメージにしては地味な分類だろう。だが今、それが関係あるのだろうかと識は訝しんでしまう。
かく言う朝倉も、茶色のトレンチコートに黒のスーツ姿だ。ネクタイこそ赤色だが。
「俺が探偵という所まで調べはついているんですね? なら、洋壱との関係もご存じでしょう? 何を訊きたいのですか?」
「おっと、無駄話失礼しました。いえ……実はですね。久川さんの詳細についても勿論ご説明させて頂くのですが、まず貴方に見てもらいたいものがありましてね?」
「見てもらいたいもの?」
「そうです。これは……おそらく、いえ、間違いなく遺書……貴方への、ね?」
断言するかのように告げると、朝倉は手にしていた資料ファイルを開いてめくり、両手に白い手袋をつけてクリアファイルから一枚の茶色い封筒を取り出した。おそらく刑事達が既に見たのだろう、中は開けられている様だった。朝倉は識にも白い手袋を手渡し、つけるよう促した。言われた通り手袋に両手を通すと、朝倉は封筒から中身を取り出し、識に手渡した。受け取り、二つ折りの白い紙を開くとそこにはこう書かれていた。
『親友である識へ。僕がもし死んでこの手紙が君に届いたら、頼みがある。僕の死について調べてほしい。洋壱より』
短く書かれたその文字列を識はすぐに理解できなかった。脳が遅れて理解したと同時に悲しみよりもこの奇妙な手紙に困惑するしかなかった。そんな識の様子を確認してから、朝倉が静かに尋ねて来た。
「進藤さん。この手紙をどう思いますか?」
「どうって……」
「貴方宛てのメッセージ。それも、自分の死を悟っていたかのような文面。不可解ですよね? 自殺にしても不可解なんで……単刀直入に申し上げます。我々の捜査に、協力して頂きたい」
「は? 俺は民間人ですよ? それに不可解ってどういう意味ですか? 詳細も貴方の意図も、こちらは何も理解できてないんですが?」
「詳細については今から説明させて頂きますよ。何せ、自殺にしてはおかしすぎるんですから」
「どういう事です?」
「進藤さんは彼のお部屋に行かれた事、ありますよね?」
「え、あ、はい。そりゃあ……ありますが?」
「彼の部屋には水槽はないし、なにより練馬区は内陸方面。海辺は近くありません。なのにですよ? 彼、久川洋壱さんはね? ご自分のベッドで、海水で溺死していたんです」
到着してすぐ、受付で事情を話すと通されたの遺体安置所だった。重苦しい扉の前にある緑色の長ソファーに見知った顔が二人並んで座り涙を流しているのが見えた。洋壱の両親だ。白髪交じりの老年に差し掛かった二人は識が来たのに気付くと、ショックで座ったまま動けない洋壱の母に変わり父が立ち上がり、涙を手の甲で拭いながら識に向かって声をかけた。その声は震え、悲しみを帯びていた。
「よく来てくれたね、識君。……その、久しぶりの再会が……こ、こんな所だなんて……うっ……うぅ」
「おじさん……。その……」
言葉にならない。何せ親友である洋壱が死んだ現実がここで証明されてしまったからだ。識は気づけば自分が地面に膝をついている事、そして目に涙が浮かんでいる事に気づいて慌てて手の甲で拭い近くの壁に手をついてふらつきながら立ち上がった。そのタイミングで、こちらにやって来る足音が一つ聴こえて来た。
「貴方が進藤識さんですね? 自分が先程お電話させて頂いた朝倉と言います。あ、下の名前は康平です。階級よりこちらの方がメジャーでわかりやすいですかね? 私は刑事課の刑事です」
「刑事? 刑事が何故出てくるんです?」
「ご両親へはもう説明させて頂いたんですが……事件性が強く、その上で不可解な事ばかりなのですよ。まぁ捜査の一環として被害者の周囲の人間関係を調べ、聴き取りを行うのは勿論なんですが……進藤さん、貴方には……特にお話を伺いたい。少し場所を移しても?」
朝倉はおそらく三十代くらいのまだ若い分類に入るであろうに、その態度はベテランの如く圧があった。栗色の切りそろえられた短髪に、穏やかな笑みの奥にある鋭い目つきがより一層そう感じさせた。識は静かに頷くと、朝倉の後ろを着いて行った。
通されたのは、想像していたような聴取室ではなく小さな会議室だった。整えられた長テーブルにパイプ椅子が四つ並んでいる。窓は比較的大きく、白いカーテンが室内のエアコンの暖房による風で小さく揺れていた。朝倉は扉を開けたまま識に椅子へ座るよう促したので、小さく一礼してから一番奥の窓際の椅子へ座った。
識が座ったのを確認すると、朝倉は会議室の扉を閉め、近くの椅子に腰を下ろした。
「さてと。いや~探偵さんと言うと、ドラマやアニメのイメージに引っ張られますが……実際はやっぱり普通の恰好なんですね?」
言われた識は、一瞬戸惑う。確かに、自分の服装はカーキ色のコートにネイビーのスーツ姿で世間一般の探偵のイメージにしては地味な分類だろう。だが今、それが関係あるのだろうかと識は訝しんでしまう。
かく言う朝倉も、茶色のトレンチコートに黒のスーツ姿だ。ネクタイこそ赤色だが。
「俺が探偵という所まで調べはついているんですね? なら、洋壱との関係もご存じでしょう? 何を訊きたいのですか?」
「おっと、無駄話失礼しました。いえ……実はですね。久川さんの詳細についても勿論ご説明させて頂くのですが、まず貴方に見てもらいたいものがありましてね?」
「見てもらいたいもの?」
「そうです。これは……おそらく、いえ、間違いなく遺書……貴方への、ね?」
断言するかのように告げると、朝倉は手にしていた資料ファイルを開いてめくり、両手に白い手袋をつけてクリアファイルから一枚の茶色い封筒を取り出した。おそらく刑事達が既に見たのだろう、中は開けられている様だった。朝倉は識にも白い手袋を手渡し、つけるよう促した。言われた通り手袋に両手を通すと、朝倉は封筒から中身を取り出し、識に手渡した。受け取り、二つ折りの白い紙を開くとそこにはこう書かれていた。
『親友である識へ。僕がもし死んでこの手紙が君に届いたら、頼みがある。僕の死について調べてほしい。洋壱より』
短く書かれたその文字列を識はすぐに理解できなかった。脳が遅れて理解したと同時に悲しみよりもこの奇妙な手紙に困惑するしかなかった。そんな識の様子を確認してから、朝倉が静かに尋ねて来た。
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「詳細については今から説明させて頂きますよ。何せ、自殺にしてはおかしすぎるんですから」
「どういう事です?」
「進藤さんは彼のお部屋に行かれた事、ありますよね?」
「え、あ、はい。そりゃあ……ありますが?」
「彼の部屋には水槽はないし、なにより練馬区は内陸方面。海辺は近くありません。なのにですよ? 彼、久川洋壱さんはね? ご自分のベッドで、海水で溺死していたんです」
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