10 / 51
10. 僕と彼のこと⑥
しおりを挟む
両家の顔合わせは、お見合いをしたのと同じ料亭の一室を貸し切って行われた。
顔を合わせたのは、当事者の僕と彰宏さんは当然として、それぞれの両親。つまり、僕のお父さんとお母さん、彰宏さんのお父様とお母様だ。
彰宏さんのお母様には初めて会う。Ω女性だ。綺麗な人だけれど、無表情で僕を見つめてくる視線が、睨まれている様で少し怖い…。でも、お義母様になる人だから、同じΩだし、仲良くなれたらな…とは思う。
瑠偉くんと華英ちゃんは、僕達の結婚には反対していなかったけれど、既に番っているのだから反対しても仕方ないって感じだった。だから僕、ちゃんと彰宏さんが好きなんだ、って、幸せだよ、って言ったら、最後にはちゃんと祝福してくれた。
今日の顔合わせも参加したそうにしていたけれど、「相手が両親だけなのにウチが家族でぞろぞろ行くなんて失礼でしょう?」とお母さんに言われて、大人しく家でお留守番。
「この度は、ウチの愚息が大変申し訳ない事を…。まだ学生の琳くんを番にするなど…。いずれ結婚するつもりだったとはいえ、結婚どころか婚約すらしていないというのに、誠に申し訳ございません」
顔合わせは、彰宏さんのお父様の謝罪から始まった。座布団を横に避けて直に畳に正座し、畳に両手を付いて頭を下げる。彰宏さんも同じ様に…。お母様は…。とっても嫌そう?な顔をしながらも、それでもお父様と彰宏さんに倣う。
僕は何も言わなかった。家を出る前にお父さんから言われてたんだ。
「頭を下げて謝罪されても、決してその場で慌てて止めてはいけない」
って。彰宏さんは成人した大人だけど、こういう場では親も一緒に頭を下げて誠意を見せるものらしい。結婚は当人だけの問題ではなく、家族の繋がりだから。
要するに、最初が肝心って事なんだって。
少ししてからお父さんが「頭を上げて下さい」って言って、僕にも非はあった事を詫びて、座布団に座ったままだったけれど、頭を下げた。僕とお母さんも頭を下げた。
これで謝罪は終わり。
そこからはお父さんとお父様が主体となって話が進められた。僕達はもう『番』だし、お互いが好きで、彰宏さんのプロポーズに僕は応えたから、結婚に向けての前向きな話し合い。
入籍は僕の大学卒業を待ってから。それまでの期間を婚約期間とする事。この婚姻は長峰と高槻の政略ではないから、結婚式及び披露宴は内輪のみで行う。つまり、双方の家族と、僕と彰宏さん、それぞれの友人だね。あとは、僕、卒業したらお父さんの会社に入る予定だったけれど、お義父様の会社になった。結婚したら家に入るよう言われるかと思ったけれど(僕Ωだし)、彰宏さんからお義父さんに、僕が大学に入ったのは次期社長になる兄の力になりたかったからだって言ってくれたらしくて、働きたい僕の意思を尊重してくれた。ただ、高槻の会社で彰宏さんを支える…に変わっちゃったけれど。夫になるんだしね。そこは別に異論なかった。
ある程度の話が纏まると、料理を運んでもらって昼食を食べて、結婚に向けての細かい打ち合わせは後日…という事で、料亭を出た所で親達は帰る事になり、夕方まで僕達はデートをする事にした。何故か、お義母様は彰宏さんも連れて帰ろうとしたけれど、お義父様が名前を呼ぶと、怯えた様に口を噤んだ。
顔合わせの席では一言も口を開かず、僕はともかく、僕の両親にさえ挨拶の言葉さえ口にしなかったお義母様。その態度の理由を、親達と別れた後に入ったカフェで、彰宏さんが謝罪とともに教えてくれた。
「自分の母親の事を悪く言いたくはないが、母は歪んでるんだ。とにかく嫉妬深くて…」
「嫉妬?」
「うん。父さんも辟易してるよ。父さんは番の母さんを蔑ろにはしてないし、浮気だってしてないのに、仕事で女性やΩの人と関わったりするだけで、浮気だなんだと騒ぎ立ててたらしい」
「……………」
それは…なんというか…。
会社には普通に女性が働いているだろうし、少ないけれど、Ω差別をする会社でなければΩの社員もいる筈。関わっただけで浮気を疑われるなんて…。
「父さんも、母さんの嫉妬の対象が自分だけなら、今更何も言わないんだが…」
「……………。まさか…」
察した俺に、頷く彰宏さん。
「過去の事だと思って聞いてほしいんだが、俺が過去交際していた相手は、母に貶められて、それに耐えられなくなって、去っていったんだ」
「……………」
「中にはαの子もいたんだが、αとはいえ、まだ二十歳そこそこの若さだ。苛烈な母の暴言に耐えられる訳もない。可哀想な事をしたよ。トラウマになっていなけれいいが…と思うが、今更どうにもしてやれない。悔しいがな。そして、俺は恋人を作るのを止めた。
馬鹿げた話だろう? 母にとって夫と息子は自分の『物』。αとして生まれ、一人息子として会社を継ぐ準備をしながら、恋人を作れない。結婚も出来ない。そうなれば会社は人手に渡るか潰れるかなのに、母はそれすら理解出来ない」
僕は何も言えなかった。僕自身も恋人に関しては家族の目が鋭いけれど、それは『過保護』だからだ。僕が幸せになれそうな相手でないと…っていう感じで。それはそれで「放っておいて」って気もするけれど、僕が大切なあまりの事だと思うから受け入れてる。
でも、彰宏さんのお母さんのしている事は…。
「琳だけは手放したくないんだ」
「…え?」
「琳に一目惚れして見合いを申し込む時、父と相談して母には言わない事にした。交際している事もだ。琳とのデートは月2回が限界だったんだ。休日出勤を理由にして、母に悟られないようにしてたから。だけど、流石に結婚だけは黙っておけないから…。
ごめん。交際を始める前に言っておくべきだった。俺は母さんの歪んだ性格が怖い。話したら琳に断られるんじゃないかと…」
僕は首を横に振った。
「断りません」
「え?」
「彰宏さんとお母さんは別の人間です。彰宏さんが僕を知りたいと思ってくれたように、僕も貴方を知りたいと思ったんです。今もそうです。番になっていなくても、僕が好きなのは彰宏さんです。お母さんの事を知った今でも、別れたいとは思いません」
「琳…」
「それに、貴方が守ってくれるんでしょう?」
悪戯っぼく笑って見せれば、
「それは、もちろん! 父と話したんだ。実家の家に入らず、新居は別に借りる。場所は母さんには教えない。知ってるのは父だけ。父がそうした方が良いって言ってくれたから」
「うん」
この時の僕は間違いなく幸せだった。
愛する人と過ごす幸せな日々を心待ちにする程に。
この幸せはずっと続くと思っていたんだ……。
✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻
〈 読者さまへ 〉
いつも お読み下さりありがとうございます。
お気に入り登録も ありがとうございます。
顔を合わせたのは、当事者の僕と彰宏さんは当然として、それぞれの両親。つまり、僕のお父さんとお母さん、彰宏さんのお父様とお母様だ。
彰宏さんのお母様には初めて会う。Ω女性だ。綺麗な人だけれど、無表情で僕を見つめてくる視線が、睨まれている様で少し怖い…。でも、お義母様になる人だから、同じΩだし、仲良くなれたらな…とは思う。
瑠偉くんと華英ちゃんは、僕達の結婚には反対していなかったけれど、既に番っているのだから反対しても仕方ないって感じだった。だから僕、ちゃんと彰宏さんが好きなんだ、って、幸せだよ、って言ったら、最後にはちゃんと祝福してくれた。
今日の顔合わせも参加したそうにしていたけれど、「相手が両親だけなのにウチが家族でぞろぞろ行くなんて失礼でしょう?」とお母さんに言われて、大人しく家でお留守番。
「この度は、ウチの愚息が大変申し訳ない事を…。まだ学生の琳くんを番にするなど…。いずれ結婚するつもりだったとはいえ、結婚どころか婚約すらしていないというのに、誠に申し訳ございません」
顔合わせは、彰宏さんのお父様の謝罪から始まった。座布団を横に避けて直に畳に正座し、畳に両手を付いて頭を下げる。彰宏さんも同じ様に…。お母様は…。とっても嫌そう?な顔をしながらも、それでもお父様と彰宏さんに倣う。
僕は何も言わなかった。家を出る前にお父さんから言われてたんだ。
「頭を下げて謝罪されても、決してその場で慌てて止めてはいけない」
って。彰宏さんは成人した大人だけど、こういう場では親も一緒に頭を下げて誠意を見せるものらしい。結婚は当人だけの問題ではなく、家族の繋がりだから。
要するに、最初が肝心って事なんだって。
少ししてからお父さんが「頭を上げて下さい」って言って、僕にも非はあった事を詫びて、座布団に座ったままだったけれど、頭を下げた。僕とお母さんも頭を下げた。
これで謝罪は終わり。
そこからはお父さんとお父様が主体となって話が進められた。僕達はもう『番』だし、お互いが好きで、彰宏さんのプロポーズに僕は応えたから、結婚に向けての前向きな話し合い。
入籍は僕の大学卒業を待ってから。それまでの期間を婚約期間とする事。この婚姻は長峰と高槻の政略ではないから、結婚式及び披露宴は内輪のみで行う。つまり、双方の家族と、僕と彰宏さん、それぞれの友人だね。あとは、僕、卒業したらお父さんの会社に入る予定だったけれど、お義父様の会社になった。結婚したら家に入るよう言われるかと思ったけれど(僕Ωだし)、彰宏さんからお義父さんに、僕が大学に入ったのは次期社長になる兄の力になりたかったからだって言ってくれたらしくて、働きたい僕の意思を尊重してくれた。ただ、高槻の会社で彰宏さんを支える…に変わっちゃったけれど。夫になるんだしね。そこは別に異論なかった。
ある程度の話が纏まると、料理を運んでもらって昼食を食べて、結婚に向けての細かい打ち合わせは後日…という事で、料亭を出た所で親達は帰る事になり、夕方まで僕達はデートをする事にした。何故か、お義母様は彰宏さんも連れて帰ろうとしたけれど、お義父様が名前を呼ぶと、怯えた様に口を噤んだ。
顔合わせの席では一言も口を開かず、僕はともかく、僕の両親にさえ挨拶の言葉さえ口にしなかったお義母様。その態度の理由を、親達と別れた後に入ったカフェで、彰宏さんが謝罪とともに教えてくれた。
「自分の母親の事を悪く言いたくはないが、母は歪んでるんだ。とにかく嫉妬深くて…」
「嫉妬?」
「うん。父さんも辟易してるよ。父さんは番の母さんを蔑ろにはしてないし、浮気だってしてないのに、仕事で女性やΩの人と関わったりするだけで、浮気だなんだと騒ぎ立ててたらしい」
「……………」
それは…なんというか…。
会社には普通に女性が働いているだろうし、少ないけれど、Ω差別をする会社でなければΩの社員もいる筈。関わっただけで浮気を疑われるなんて…。
「父さんも、母さんの嫉妬の対象が自分だけなら、今更何も言わないんだが…」
「……………。まさか…」
察した俺に、頷く彰宏さん。
「過去の事だと思って聞いてほしいんだが、俺が過去交際していた相手は、母に貶められて、それに耐えられなくなって、去っていったんだ」
「……………」
「中にはαの子もいたんだが、αとはいえ、まだ二十歳そこそこの若さだ。苛烈な母の暴言に耐えられる訳もない。可哀想な事をしたよ。トラウマになっていなけれいいが…と思うが、今更どうにもしてやれない。悔しいがな。そして、俺は恋人を作るのを止めた。
馬鹿げた話だろう? 母にとって夫と息子は自分の『物』。αとして生まれ、一人息子として会社を継ぐ準備をしながら、恋人を作れない。結婚も出来ない。そうなれば会社は人手に渡るか潰れるかなのに、母はそれすら理解出来ない」
僕は何も言えなかった。僕自身も恋人に関しては家族の目が鋭いけれど、それは『過保護』だからだ。僕が幸せになれそうな相手でないと…っていう感じで。それはそれで「放っておいて」って気もするけれど、僕が大切なあまりの事だと思うから受け入れてる。
でも、彰宏さんのお母さんのしている事は…。
「琳だけは手放したくないんだ」
「…え?」
「琳に一目惚れして見合いを申し込む時、父と相談して母には言わない事にした。交際している事もだ。琳とのデートは月2回が限界だったんだ。休日出勤を理由にして、母に悟られないようにしてたから。だけど、流石に結婚だけは黙っておけないから…。
ごめん。交際を始める前に言っておくべきだった。俺は母さんの歪んだ性格が怖い。話したら琳に断られるんじゃないかと…」
僕は首を横に振った。
「断りません」
「え?」
「彰宏さんとお母さんは別の人間です。彰宏さんが僕を知りたいと思ってくれたように、僕も貴方を知りたいと思ったんです。今もそうです。番になっていなくても、僕が好きなのは彰宏さんです。お母さんの事を知った今でも、別れたいとは思いません」
「琳…」
「それに、貴方が守ってくれるんでしょう?」
悪戯っぼく笑って見せれば、
「それは、もちろん! 父と話したんだ。実家の家に入らず、新居は別に借りる。場所は母さんには教えない。知ってるのは父だけ。父がそうした方が良いって言ってくれたから」
「うん」
この時の僕は間違いなく幸せだった。
愛する人と過ごす幸せな日々を心待ちにする程に。
この幸せはずっと続くと思っていたんだ……。
✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻
〈 読者さまへ 〉
いつも お読み下さりありがとうございます。
お気に入り登録も ありがとうございます。
48
お気に入りに追加
277
あなたにおすすめの小説


2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~
青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」
その言葉を言われたのが社会人2年目の春。
あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。
だが、今はー
「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」
「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」
冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。
貴方の視界に、俺は映らないー。
2人の記念日もずっと1人で祝っている。
あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。
そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。
あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。
ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー
※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。
表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。

悪役令息の死ぬ前に
やぬい
BL
「あんたら全員最高の馬鹿だ」
ある日、高貴な血筋に生まれた公爵令息であるラインハルト・ニーチェ・デ・サヴォイアが突如として婚約者によって破棄されるという衝撃的な出来事が起こった。
彼が愛し、心から信じていた相手の裏切りに、しかもその新たな相手が自分の義弟だということに彼の心は深く傷ついた。
さらに冤罪をかけられたラインハルトは公爵家の自室に幽閉され、数日後、シーツで作った縄で首を吊っているのを発見された。
青年たちは、ラインハルトの遺体を抱きしめる男からその話を聞いた。その青年たちこそ、マークの元婚約者と義弟とその友人である。
「真実も分からないクセに分かった風になっているガキがいたからラインは死んだんだ」
男によって過去に戻された青年たちは「真実」を見つけられるのか。

嫌われ者の僕が学園を去る話
おこげ茶
BL
嫌われ者の男の子が学園を去って生活していく話です。
一旦ものすごく不幸にしたかったのですがあんまなってないかもです…。
最終的にはハピエンの予定です。
Rは書けるかわからなくて入れるか迷っているので今のところなしにしておきます。
↓↓↓
微妙なやつのタイトルに※つけておくので苦手な方は自衛お願いします。
設定ガバガバです。なんでも許せる方向け。
不定期更新です。(目標週1)
勝手もわかっていない超初心者が書いた拙い文章ですが、楽しんでいただければ幸いです。
誤字などがありましたらふわふわ言葉で教えて欲しいです。爆速で修正します。

キミと2回目の恋をしよう
なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。
彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。
彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。
「どこかに旅行だったの?」
傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。
彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。
彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが…
彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

彼の理想に
いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。
人は違ってもそれだけは変わらなかった。
だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。
優しくする努力をした。
本当はそんな人間なんかじゃないのに。
俺はあの人の恋人になりたい。
だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。
心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

貧乏貴族の末っ子は、取り巻きのひとりをやめようと思う
まと
BL
色々と煩わしい為、そろそろ公爵家跡取りエルの取り巻きをこっそりやめようかなと一人立ちを決心するファヌ。
新たな出逢いやモテ道に期待を胸に膨らませ、ファヌは輝く学園生活をおくれるのか??!!
⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる