愛されたかった僕の人生

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10. 僕と彼のこと⑥

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  両家の顔合わせは、お見合いをしたのと同じ料亭の一室を貸し切って行われた。

  顔を合わせたのは、当事者の僕と彰宏さんは当然として、それぞれの両親。つまり、僕のお父さんとお母さん、彰宏さんのお父様とお母様だ。
  彰宏さんのお母様には初めて会う。Ω女性だ。綺麗な人だけれど、無表情で僕を見つめてくる視線が、睨まれている様で少し怖い…。でも、お義母様になる人だから、同じΩだし、仲良くなれたらな…とは思う。

  瑠偉くんと華英ちゃんは、僕達の結婚には反対していなかったけれど、既に番っているのだから反対しても仕方ないって感じだった。だから僕、ちゃんと彰宏さんが好きなんだ、って、幸せだよ、って言ったら、最後にはちゃんと祝福してくれた。
  今日の顔合わせも参加したそうにしていたけれど、「相手が両親だけなのにウチが家族でぞろぞろ行くなんて失礼でしょう?」とお母さんに言われて、大人しく家でお留守番。

「この度は、ウチの愚息が大変申し訳ない事を…。まだ学生の琳くんを番にするなど…。いずれ結婚するつもりだったとはいえ、結婚どころか婚約すらしていないというのに、誠に申し訳ございません」

  顔合わせは、彰宏さんのお父様の謝罪から始まった。座布団を横に避けて直に畳に正座し、畳に両手を付いて頭を下げる。彰宏さんも同じ様に…。お母様は…。とっても嫌そう?な顔をしながらも、それでもお父様と彰宏さんに倣う。

  僕は何も言わなかった。家を出る前にお父さんから言われてたんだ。

「頭を下げて謝罪されても、決してその場で慌てて止めてはいけない」

って。彰宏さんは成人した大人だけど、こういう場では親も一緒に頭を下げて誠意を見せるものらしい。結婚は当人だけの問題ではなく、家族の繋がりだから。
  要するに、最初が肝心って事なんだって。

  少ししてからお父さんが「頭を上げて下さい」って言って、僕にも非はあった事を詫びて、座布団に座ったままだったけれど、頭を下げた。僕とお母さんも頭を下げた。
  これで謝罪は終わり。

  そこからはお父さんとお父様が主体となって話が進められた。僕達はもう『番』だし、お互いが好きで、彰宏さんのプロポーズに僕は応えたから、結婚に向けての前向きな話し合い。

  入籍は僕の大学卒業を待ってから。それまでの期間を婚約期間とする事。この婚姻は長峰と高槻の政略ではないから、結婚式及び披露宴は内輪のみで行う。つまり、双方の家族と、僕と彰宏さん、それぞれの友人だね。あとは、僕、卒業したらお父さんの会社に入る予定だったけれど、お義父様の会社になった。結婚したら家に入るよう言われるかと思ったけれど(僕Ωだし)、彰宏さんからお義父さんに、僕が大学に入ったのは次期社長になる兄の力になりたかったからだって言ってくれたらしくて、働きたい僕の意思を尊重してくれた。ただ、高槻の会社で彰宏さんを支える…に変わっちゃったけれど。つまになるんだしね。そこは別に異論なかった。

  ある程度の話が纏まると、料理を運んでもらって昼食を食べて、結婚に向けての細かい打ち合わせは後日…という事で、料亭を出た所で親達は帰る事になり、夕方まで僕達はデートをする事にした。何故か、お義母様は彰宏さんも連れて帰ろうとしたけれど、お義父様が名前を呼ぶと、怯えた様に口を噤んだ。
  顔合わせの席では一言も口を開かず、僕はともかく、僕の両親にさえ挨拶の言葉さえ口にしなかったお義母様。その態度の理由を、親達と別れた後に入ったカフェで、彰宏さんが謝罪とともに教えてくれた。

「自分の母親の事を悪く言いたくはないが、母は歪んでるんだ。とにかく嫉妬深くて…」
「嫉妬?」
「うん。父さんも辟易してるよ。父さんは番の母さんを蔑ろにはしてないし、浮気だってしてないのに、仕事で女性やΩの人と関わったりするだけで、浮気だなんだと騒ぎ立ててたらしい」
「……………」

  それは…なんというか…。
  会社には普通に女性が働いているだろうし、少ないけれど、Ω差別をする会社でなければΩの社員もいる筈。関わっただけで浮気を疑われるなんて…。

「父さんも、母さんの嫉妬の対象が自分だけなら、今更何も言わないんだが…」
「……………。まさか…」

  察した俺に、頷く彰宏さん。

「過去の事だと思って聞いてほしいんだが、俺が過去交際していた相手は、母に貶められて、それに耐えられなくなって、去っていったんだ」
「……………」
「中にはαの子もいたんだが、αとはいえ、まだ二十歳そこそこの若さだ。苛烈な母の暴言に耐えられる訳もない。可哀想な事をしたよ。トラウマになっていなけれいいが…と思うが、今更どうにもしてやれない。悔しいがな。そして、俺は恋人を作るのを止めた。
  馬鹿げた話だろう? 母にとって夫と息子は自分の『物』。αとして生まれ、一人息子として会社を継ぐ準備をしながら、恋人を作れない。結婚も出来ない。そうなれば会社は人手に渡るか潰れるかなのに、母はそれすら理解出来ない」
  
  僕は何も言えなかった。僕自身も恋人に関しては家族の目が鋭いけれど、それは『過保護』だからだ。僕が幸せになれそうな相手でないと…っていう感じで。それはそれで「放っておいて」って気もするけれど、僕が大切なあまりの事だと思うから受け入れてる。
  でも、彰宏さんのお母さんのしている事は…。

「琳だけは手放したくないんだ」
「…え?」
「琳に一目惚れして見合いを申し込む時、父と相談して母には言わない事にした。交際している事もだ。琳とのデートは月2回が限界だったんだ。休日出勤を理由にして、母に悟られないようにしてたから。だけど、流石に結婚だけは黙っておけないから…。
  ごめん。交際を始める前に言っておくべきだった。俺は母さんの歪んだ性格が怖い。話したら琳に断られるんじゃないかと…」

  僕は首を横に振った。

「断りません」
「え?」
「彰宏さんとお母さんは別の人間です。彰宏さんが僕を知りたいと思ってくれたように、僕も貴方を知りたいと思ったんです。今もそうです。番になっていなくても、僕が好きなのは彰宏さんです。お母さんの事を知った今でも、別れたいとは思いません」
「琳…」
「それに、貴方が守ってくれるんでしょう?」

  悪戯っぼく笑って見せれば、

「それは、もちろん! 父と話したんだ。実家の家に入らず、新居は別に借りる。場所は母さんには教えない。知ってるのは父だけ。父がそうした方が良いって言ってくれたから」
「うん」

  この時の僕は間違いなく幸せだった。
  愛する人と過ごす幸せな日々を心待ちにする程に。

  この幸せはずっと続くと思っていたんだ……。

 ✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻

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