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第7話 ポルクの聴取

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「ルーヴ書記官。ずいぶん人の数が増えましたが、遠征帰りですか?」

 廊下を歩いていると、行きと違って小走りな騎士に何度も追い抜かされた。
 時折不機嫌そうに睨まれたものの、紅玉を見て慌てて首を竦める者も居る。
 まったく、廊下は走るものではないのに。
 粗野な作法に眉を寄せそうになると、足並みを合わせるルーヴが単調な声で答えた。

「はい。今回は大規模遠征だったため、書記官などの後方支援部も数多く参加していました」

「残っていたのは書かれた五人ですか?」

「いいえ。残っていても勤務中だった者は省いてありますし、不在だった方の名前もあります」

「なら、ゾロ騎士長の独断と偏見ということですか」

 そんな兄様の言葉に、ルーヴは返事をしなかった。
 壁と同じ石を並べた廊下を歩き、いくつかの建物を横断する。
 防壁に囲まれた敷地内は、景観よりも実用性が求められるのだろう。
 僅かな下草がまばらに生えている程度で、ここが乾燥地帯なのを思い出した。

「おぉい、助けてくれぇ!」

 中庭であろう場所に通りかかった時、微かにそんな声が聞こえた気がした。
 それは空耳ではなかったようで、兄様とルーヴもその場で足を止める。
 周りでは相変わらず団員が忙しなく駆け回っていて、その声を気にするものはいないようだ。

「こっちだぁ、頼むぅ!」

 悲痛な叫びは、形ばかりの噴水の裏から響いているようだ。
 急いで向かうと、そこには目に痛いほどの色に塗れた塊があった。
 これは……なんだろう?
 まとっている服は、象徴色の赤と黄と緑を除いたすべての色を使っているのではないか。
 目がちかちかするほどの色合いは、どこか道化師のような印象を抱いてしまう。
 声はここから聞こえているけれど、まるまるとした身体は前後すら分からなかった。

「ポルク様」

 後ろから覗き込んだルーヴの言葉に、けばけばしい塊はぴたりと動きを止めた。

「おや、ルーヴ氏ではないか! すまないが起こしてくれないかね?」

 ようやく見えた顔は身体と同じくまん丸で、伊達男のような振る舞いとひどくちぐはぐしている。
 石畳に転がる巨漢の持ち主は、くるくるとした金髪と円な茶色の瞳をしていた。
 華奢なルーヴだけで起こせるはずもなく、私と兄様も手を貸す。
 とはいえ、どちらも華奢な体格だ。
 何度も息を合わせて腕を引っ張ると、ようやく身体を起こすことに成功した。

「いやぁ、助かったよ!」

 緩慢な動きで立ち上がった姿は、縦に短く横に長い。
 まるで球体のような姿は、ルーヴとは別の意味で騎士団の中で特異な存在ではないだろうか。
 男は宮廷画家が描く旧世代の貴族のような衣装をまとい、短い手足で大仰に敬礼をした。
 
「ボクはサージ伯爵家の次男、ポルクだ! 諸君に感謝の意を伝えよう!」

 どうやら本当に貴族だったらしい。
 まるで騎士団員らしくない振る舞いに、兄様は聞き慣れない役職で呼びかけた。

「ポルク記録官、ですね?」

「ああ、騎士団ではそのような味気ない名乗りをしなければならないのだったね。
 いやしかし、ボクはあえてこう名乗ろうじゃないか。天気予測士とね!」

 さらに聞き慣れない名称に兄様も興味をいだいたようだ。
 自分より背の低い相手なのに、あえて腰を折って目線の位置を合わせた。

「天気予測士とは、どういったものなのでしょう?」

 下手にでる兄様に満足したのだろう。
 若干の苛つきを覚えたものの、満足そうに頷く記録官……ポルクの話に耳を傾けた。

「その名の通り、天気を予測するのさ!
 知っているかい? 天気とは軍事機密に等しい情報だ。
 それを事前に予測できるとなれば、ボクは誰よりも軍部に求められる存在なのさ!」

「それはすごいですね。どうやって予測するのですか?」

「この国には数多くの伝承があるのを知らないのかい?
 例えば、鳥が高く飛ぶと晴れ、冬暖かい時は雨、といった風にね!
 それをボクが確かめ、照合する。それがボクの予測方法さ!」

 それは眉唾の伝承というものではないだろうか。
 明らかに胡散臭い話だというのに、兄様はにこやかに、ルーヴは無表情のまま聞いている。
 疑問を抱く私が間違っているように感じていると、ポルクは土で汚れたフリルを払った。

「蟻が穴を塞ぐと雨、を確かめようと思っていたのだが、どうやらボクには不向きなようだ。
 それに、ここには蟻が存在しないようだからね!」

 そもそもなことをさも大ごとのように口にする。
 貴族らしい口ぶりに呆れていると、ポルクも満足したのだろう。
 ようやく私たちに興味を示したらしい。

「さて、君たちは見慣れない顔だね。名を聞いてあげてもいいとも!」

 上から目線の言葉に兄様が自己紹介すると、ポルクの眉がピンと跳ねた。
 やっと立場に気付いたかと思ったのもつかの間、ポルクは短い手を大きく広げた。

「なんと! 君たちがエリュテイア帝国に名高い調査団なのかね?
 これはこれは、なんとも得難い出会いだ!
 君たちがボクと出会えた幸運に匹敵する邂逅じゃないか!」

「そうですね。つきまして、お話を聞きたいのですが」

「いいとも! しかしこんな味気ない庭園ではアレだね。
 そろそろティータイムだ。質は悪いが食堂にでも行かないかい?」

「残念ですが、捜査が残っていますので」

「そうかい? ではこのボクが簡潔かつ完璧に答えてあげようじゃないか!」

 つれない兄様の返事を気にした様子もなく、ポルクは噴水の縁に座った。
 まさかそのままひっくり返りはしないだろうか。
 そんな心配をしながら兄様の言葉を待った。

「ポルク記録官は、昨晩こちらに居たそうですね?」

「ああ。ボクは遠征なんて泥臭いものに興味はないからね。
 慣れた場所で検証を続けるほうが有意義なのさ!」

「レオーネ団長の死亡時はいかがでしょう?」

「見つかったのは早朝なのだろう?
 ボクは生憎朝が弱く、騒動を知ったのもついさっきなのさ」

 自信満々の顔が初めて歪んだものの、それは恐怖よりも嫌悪がにじみ出ていた。
 自分には関係ないと思っているのか、それとも巧妙に隠しているのか。
 一瞬たりとも見逃さないように見つめていると、兄様は核心へと切り込んだ。

「ポルク記録官は、レオーネ団長をどう思っていましたか?」

 びくりと肩が揺れ、膨らんだ指先をきつく絡める。
 明らかに動揺が見られる仕草に対し、兄様は気付いていないかのように穏やかだった。

「……軍部の頂点に相応しい人だったね。ボクとは相容れない存在さ」

 卑屈に歪む表情は、イグナスと同じ種類のものなのだろうか。
 前評判とは正反対の評価は、騎士団全域に広まっているのか。
 艶のある巻き毛に指を絡めたポルクは、いつの間にか手にしていた焼き菓子を口に放り込んだ。

「彼はボクが食事をするたびに睨みつけてきたものだ。
 朝昼晩の食事だけでは、ボクのような頭脳労働者には足りないのだよ。
 午前と午後のティータイムは欠かせないし、就寝前の軽食も必須だろう?
 ゾロ氏の許可を得ているのに、人外に対するような視線を向けるだなんて信じられないね!」

 私にはその食生活が信じられないけれど。
 そうと言える状況でもなく、そこかしこのポケットから焼き菓子を取り出すさまを見るしかなかった。

「ポルク記録官とゾロ騎士長は、何かご縁が?」

「ボクの父とゾロ氏が旧知の仲でね、その縁で騎士団へ入団したのだよ!」

 ということは、ゾロも由緒ある家系なのだろう。
 いくら労働者雇用の受け皿となっている組織でも、上層部はまだまだ貴族社会に違いない。
 そんな中で立身出世をした団長に対し、評価が食い違うのは仕方のないことかもしれない。

「さて、それでは失礼するよ。今日の記録をまとめなければならないからね!」

 そう言うと、ポルクはおぼつかない足取りで立ち上がり、のたのたと建物へ歩いていった。
 きっと食堂に向かったのだろう。
 体躯に相応しい食欲を前に、何もしていないのに胸焼けがしそうだった。

「ルーヴ書記官、彼はいつもあんな感じで?」

「ポルク様は、少々変わり者だと言われていらっしゃいます」

 少々どころではないだろう。
 そんな人間があんな犯行を行うのだろうか。
 第一印象で決めつけてはいけないけれど、どうにも気が抜けてしまう相手だった。
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