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既婚女性と独身男性との恋
幸代さん(1)
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野々垣幸代さんは先月14日で41歳になった主婦です。ご主人の弘彦さん(50歳)とは職場結婚して今年で16年目。15歳になる長男(晃)を授かった時に会社を退職し、しばらく専業主婦として育児に専念していましたが、半年前から近所のドラッグストアでパートとして働き始めました。
大学卒業後、大手金融系企業に就職し、総務部に配属されました。一方の弘彦さんはまだ営業部第一課の課長でしたが、幸代さんとの結婚後、メキメキとその頭角を現し、今や営業部の統括部長として次期役員候補の本命にまで昇り詰めた優秀な人材でした。
「君に苦労はさせないから」
幼少の頃、両親の離婚により母子家庭で育った幸代さんは経済的な面はもちろん、生活環境で幾多の苦労をしてきました。それを知っての弘彦さんからのプロポーズの言葉は、幸代さんの胸に強く響き、二つ返事でそれに応じました。
(確かに、ね……)
周囲から見れば何不自由無い幸せな生活に見えるだろう。実際、幸代さんは幸せだった。そう……ある部分を除いてはーー
「どうして働かなきゃならないんだ?」
幸代さんがパートに出たいと申し出た際、珍しく弘彦は強い口調でそれに反論した。彼の言い分は経済面で幸代さんに苦労はかけていないはずだ、と言う。
「お金のことじゃないの。私も少しだけ社会との接点を持ちたいの」
「何でまた急に? 意味が分からん。勝手にしろ! 但し、俺に家事や晃のことをする時間は無いからな!」
そう言い放つと弘彦は不貞寝してしまったが、それ以降、彼がその話に触れることは一切無かった。
こうして幸代さんは近所にあるMというドラッグストアでパートをすることになった。彼女が何故、そこで働きたいと思ったのか……その本当の理由は言えるはずも無く。
それは半年前に遡ります。
洗濯を終え、いつものように駅前のスーパーで買い物をし帰宅しようと外に出ると雨が降っていた。
(あら、雨だなんで言ってなかったのに……)
幸代さんは向かいに見えたドラックストアに少し雨宿りをしようと入った。そこにいたのが濱田大貴だった。
彼は21歳の大学3年生で、今時の若者とは違う、何か『憂い』を感じさせる男だった。
歯ブラシとマウスウォッシュを持ち会計を済ませて彼を見ると、彼もまた幸代さんをじっと見つめていた。
「あ、あの……」
もごもごと口籠もりながら彼が言葉を発する。
「傘、良かったら……俺、いや、僕……2本あるから……」
そう言って足元からビニール傘を取り出すと幸代さんに差し出します。
「あ、でも……」
「濡れちゃうから……」
それ以来、彼が働くドラックストアに通うようになりました。やがてお客さんがいない時には世間話をしたり、彼の身の上話をするようになり、彼との距離がだんだん縮まっていきました。
そんなやり取りが1ヶ月ちょっと続いたある日。いつものように買い物に出掛けると、彼が店の脇で立っていました。
「大貴くん!」
幸代さんが声を掛けるとそれに気づいた彼が目を向けて微笑みます。
「あれぇ、もしかしてサボってるの?」
彼に近づき、悪戯っぽく笑うと、
「違います! 今日、休みなんだけど幸代さんに言うの忘れてたから……」
「えぇ? それでわざわざここで?」
「はい……だって、うちよりあっちのスーパーの方が安いし……」
幸代さんは胸がキュンとなるのを感じ、彼の目を見つめながら、
「ありがとう、大貴くん」
そう言ってニッコリ微笑みました。
一瞬見つめ合う形になり照れたのか、彼は目を外らし、
「じ、じゃあ、また……」
そう言って立ち去ろうとします。
「待って!」
幸代さんは彼の横顔を引き留め、
「今日、お休みなんだよね? 良かったら遊びに行っていい? そうだ! ご飯作ってあげる」
彼はビックリした顔をして、
「い、いいんですが……うち、狭いし汚いし……」
「気にしない、気にしない! 行きましょ。大貴くんのお家見たいし」
そして2人は並んで歩き始めました。
「ここ……です」
駅の裏側の路地を入り、10分程歩いた角に建つハイツを指差し、彼の足が止まります。確かに築年数も経った古いハイツではあったが、母子家庭で育った幸代さんにとってはなんの抵抗もありませんでした。
「全然綺麗じゃん! それに、大貴くんとご近所さんだったんだ、嬉しい」
幸代さんはまるで学生時代に戻ったようにはしゃいでいる自分に気づきました。
(どうしてだろう? 彼といると楽しい)
彼の後ろを付いて、カタンッ、カタンッと階段を昇っていきます。途中、他の部屋の住人と思われる若い男女が降りて来てすれ違い、彼と幸代さんが「こんにちは」と挨拶しました。
「お隣さん?」
小声で訊く幸代さんに、
「はい。男の人が住んでて、女の人は彼女かな? よく来てるみたいです」
ポケットから鍵を取り出しながら彼は答え、念を押すように、
「本当、狭いし汚いから……嫌いにならないでくださいね」
そう言うと、意を決して彼はドアを開け、中に入っていきました。
「おじゃま、し……ます」
幸代さんはワクワクした顔をして彼の後に続いて入ると、鉄のドアがガタンッという音と同時に閉まりました。
(2)に続く
大学卒業後、大手金融系企業に就職し、総務部に配属されました。一方の弘彦さんはまだ営業部第一課の課長でしたが、幸代さんとの結婚後、メキメキとその頭角を現し、今や営業部の統括部長として次期役員候補の本命にまで昇り詰めた優秀な人材でした。
「君に苦労はさせないから」
幼少の頃、両親の離婚により母子家庭で育った幸代さんは経済的な面はもちろん、生活環境で幾多の苦労をしてきました。それを知っての弘彦さんからのプロポーズの言葉は、幸代さんの胸に強く響き、二つ返事でそれに応じました。
(確かに、ね……)
周囲から見れば何不自由無い幸せな生活に見えるだろう。実際、幸代さんは幸せだった。そう……ある部分を除いてはーー
「どうして働かなきゃならないんだ?」
幸代さんがパートに出たいと申し出た際、珍しく弘彦は強い口調でそれに反論した。彼の言い分は経済面で幸代さんに苦労はかけていないはずだ、と言う。
「お金のことじゃないの。私も少しだけ社会との接点を持ちたいの」
「何でまた急に? 意味が分からん。勝手にしろ! 但し、俺に家事や晃のことをする時間は無いからな!」
そう言い放つと弘彦は不貞寝してしまったが、それ以降、彼がその話に触れることは一切無かった。
こうして幸代さんは近所にあるMというドラッグストアでパートをすることになった。彼女が何故、そこで働きたいと思ったのか……その本当の理由は言えるはずも無く。
それは半年前に遡ります。
洗濯を終え、いつものように駅前のスーパーで買い物をし帰宅しようと外に出ると雨が降っていた。
(あら、雨だなんで言ってなかったのに……)
幸代さんは向かいに見えたドラックストアに少し雨宿りをしようと入った。そこにいたのが濱田大貴だった。
彼は21歳の大学3年生で、今時の若者とは違う、何か『憂い』を感じさせる男だった。
歯ブラシとマウスウォッシュを持ち会計を済ませて彼を見ると、彼もまた幸代さんをじっと見つめていた。
「あ、あの……」
もごもごと口籠もりながら彼が言葉を発する。
「傘、良かったら……俺、いや、僕……2本あるから……」
そう言って足元からビニール傘を取り出すと幸代さんに差し出します。
「あ、でも……」
「濡れちゃうから……」
それ以来、彼が働くドラックストアに通うようになりました。やがてお客さんがいない時には世間話をしたり、彼の身の上話をするようになり、彼との距離がだんだん縮まっていきました。
そんなやり取りが1ヶ月ちょっと続いたある日。いつものように買い物に出掛けると、彼が店の脇で立っていました。
「大貴くん!」
幸代さんが声を掛けるとそれに気づいた彼が目を向けて微笑みます。
「あれぇ、もしかしてサボってるの?」
彼に近づき、悪戯っぽく笑うと、
「違います! 今日、休みなんだけど幸代さんに言うの忘れてたから……」
「えぇ? それでわざわざここで?」
「はい……だって、うちよりあっちのスーパーの方が安いし……」
幸代さんは胸がキュンとなるのを感じ、彼の目を見つめながら、
「ありがとう、大貴くん」
そう言ってニッコリ微笑みました。
一瞬見つめ合う形になり照れたのか、彼は目を外らし、
「じ、じゃあ、また……」
そう言って立ち去ろうとします。
「待って!」
幸代さんは彼の横顔を引き留め、
「今日、お休みなんだよね? 良かったら遊びに行っていい? そうだ! ご飯作ってあげる」
彼はビックリした顔をして、
「い、いいんですが……うち、狭いし汚いし……」
「気にしない、気にしない! 行きましょ。大貴くんのお家見たいし」
そして2人は並んで歩き始めました。
「ここ……です」
駅の裏側の路地を入り、10分程歩いた角に建つハイツを指差し、彼の足が止まります。確かに築年数も経った古いハイツではあったが、母子家庭で育った幸代さんにとってはなんの抵抗もありませんでした。
「全然綺麗じゃん! それに、大貴くんとご近所さんだったんだ、嬉しい」
幸代さんはまるで学生時代に戻ったようにはしゃいでいる自分に気づきました。
(どうしてだろう? 彼といると楽しい)
彼の後ろを付いて、カタンッ、カタンッと階段を昇っていきます。途中、他の部屋の住人と思われる若い男女が降りて来てすれ違い、彼と幸代さんが「こんにちは」と挨拶しました。
「お隣さん?」
小声で訊く幸代さんに、
「はい。男の人が住んでて、女の人は彼女かな? よく来てるみたいです」
ポケットから鍵を取り出しながら彼は答え、念を押すように、
「本当、狭いし汚いから……嫌いにならないでくださいね」
そう言うと、意を決して彼はドアを開け、中に入っていきました。
「おじゃま、し……ます」
幸代さんはワクワクした顔をして彼の後に続いて入ると、鉄のドアがガタンッという音と同時に閉まりました。
(2)に続く
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