黒猫ちゃんは愛される

抹茶もち

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夏休みが始まります

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 九条くんに手を引かれて長い廊下を歩く。朝陽くんのお部屋から出てから九条くんはずっと無言で、靴が大理石に当たるカツン、カツン、という音だけが静かな廊下に響いて消えていく。


 ────あれから映画を見てたらあっという間にお仕事が終わった皆が朝陽くんのお部屋に帰ってきたから、デリバリーして皆で夜ご飯を食べた。デリバリーは役持ちにならないと出来ないから、僕には初体験でちょっとドキドキしちゃった。

 デリバリーって冷めちゃったりしないのかな?って思ってたんだけど、熱々で美味しいご飯を届けてくれたんだ。すごいよね。昨日に引き続き大人数でワイワイ食べるご飯は美味しくて、僕は終始ニコニコしちゃってたと思う。

 美味しいご飯を食べ終わると、今日は皆部屋に帰るからと月城兄弟と九条くん以外がさらりと帰っていった。九条くんは僕が荷物を纏めるのを待っててくれて、纏め終わった荷物を当たり前のように持ってくれた。僕持てるよって言ったんだけど、俺が持ちたいからってニッコリされちゃった。男前だよねぇ。

 玄関まで見送ってくれた月城兄弟に泊めてくれてありがとうってバイバイして廊下に出たら、こっちだよって九条くんが手を引いてくれて今に至るんだけど、夏特有のムワッとした暑さにやられそう。流石に廊下までは冷房効いてないからね。僕、暑いの嫌い。

 だけど繋がれている九条くんの手が冷たくて気持ちいい。九条くんがなんで無言なのかよりも手の温度の心地良さに思考が持っていかれて、繋がれた手をジッと見つめながら引かれるまま足を進めた。九条くん、夏でも手が冷たいなんて冷え性なのかな?反対の手も冷たいのかな?反対側も触っちゃダメかな?


「ここ、俺の部屋だよ。どうぞ。」

「ありがとう。おじゃまします」


 そんな事を考えていたらいつの間にかお部屋の前に着いてたみたい。扉を開けて中に招き入れてくれた九条くんにお礼を言ってからひんやりとした空気が漏れてくるお部屋の中へと入った。冷房って素晴らしい発明だよね。

 促されるまま中に入ると、ブラウンとベージュ系の色味で統一されたお洒落なお部屋で、朝陽くんのお部屋と間取りは一緒なはずなのに全く違うお部屋に感じる。


「ごめんね、昨日の今日で片付ける暇なくて・・・・・・。ソファにでも座ってちょっと待ってて?」


 恥ずかしそうに九条くんはそう言うけど、このお部屋のどこを片付けるの?ってくらい普通に綺麗だと思う。思わずキョトンとしてしまう。


「すっごくお洒落で綺麗なお部屋なのに、どこを片付けるの?」

「へ?ほんと?」

「うん、色合いがナチュラルな感じだからかな?なんだか落ち着くお部屋だね。僕は好きだなぁ。それになんかすっごいいい香りする」

「いい香り?するかな?でも、そっか・・・・・・遥くんが好きって言ってくれるの、嬉しいなぁ。あの、気に入ってくれたなら、いつでも来ていいから、ね?俺は遥くんと一緒に居られるの嬉しいから、さ」


 はにかみながらそう言ってくれる九条くんに、本心から言ってくれてるんだと嬉しくなって頬を緩めながらコクリと頷いた。

 頷く僕を見て嬉しそうに破顔した九条くんは、とりあえず教科書とかだけ片付けるね、と机の上に出したままになっていた夏休みの課題を片し始めた。

 そうか、課題があった!お昼皆を待ってる間課題しとけばいいんだ。早く終わらせられたら帰省してからゆっくりできるし。


「はるくん、先に、お、おふろ、入る?」


 明日からお昼は課題だなぁ~なんて思ってたら、机の上を片し終えた九条くんがお風呂を勧めてくれたのでコクリと頷く。さっさと入ってゆっくりしたいしね。


「ん、ありがとう。でも僕が先に入っちゃっていいの?」

「うん、大丈夫、ゆっくり入っておいで。俺パジャマって持ってないからさ、これTシャツとスウェットのズボン。よかったら使って?」


 九条くんがおもむろにクローゼットから出した服を差し出しながらそう言ってくれたので、ありがたく部屋着を借りて一番風呂をさせてもらう事にした。お風呂は朝陽くんのお部屋と一緒だから問題なく使えたけど、シャンプーとトリートメントがなんだかすごくお高そうな感じで使うのドキドキしちゃった。九条くんの髪の毛があんなに綺麗なのはこのシャンプーたちのお陰なのかなぁ?

 ほかほかになってお風呂からあがった僕はパンツだけ履いて髪の毛を乾かした後、九条くんが貸してくれたパジャマを手に取った。

 ・・・・・・うん、大きい。Tシャツはブッカブカで肩がずり落ちちゃうし、スウェット生地のズボンは支えてないと落っこちちゃう。

 九条くんと僕ってこんなに体格差あったの・・・・・・?確かに身長は20センチくらい違うかもしれないけど、スラッとしてるからここまでだと思ってなかった・・・・・・。

 ちょっとしょぼんとしながらもズボンは履くのを諦める。落ちちゃうし、Tシャツだけでも太ももの真ん中くらいまであるし履かなくても問題ないよね。

 ペタペタとリビングに戻って、お先でした、とソファに座っていた九条くんに声をかけた。


「ん、ゆっくりでき・・・・・・っ!?は、はるくん!?そそそそそのかっこう、は?ズボン渡してなかったっけ!?」


 僕の声に反応して振り向いた九条くんは、僕を視界に収めた瞬間なぜか耳まで真っ赤になって息を呑んだ。

 その反応に首を傾げる。あ、そうか、男の太ももとか別に見たいものじゃないだろうし見苦しかったのかな?

「えっと、ズボンは大きくて支えてないと落ちちゃうから履くの諦めちゃった。ごめん、見苦しかったよね。えと、部屋に戻ればパジャマ取ってこれるし、一回戻ろうかな?本当ごめんね」


 眉を下げつつそういうと、九条くんは目をまん丸にしたかと思ったら焦ったようにブンブンと首を振った。


「違う!ごめん!違う!全然見苦しくない!!っていうかご褒美っていうか!」

「え?ご褒美?」

「あ、えと、違う、あの、全然見苦しくないし、むしろグッとくるので、そのままで、居てほしい、な・・・・・・?」


 すごい勢いで違うって言ってくれる九条くんに驚きながらも、ご褒美ってなんだ?って首を傾げると、さっきまでの勢いが一気に萎れて、チラチラと僕を伺いながらボソボソと呟く九条くん。

 声ちっちゃくて最初と最後しか聞こえなかった・・・。でもそのままで居てほしいってことは、九条くんは気にしないからって事を言いたかったんだよね、多分。正直お風呂からあがってまたったりモードになっちゃったから、お部屋まで戻るの面倒くさかったんだよね。ちょっと心苦しいけど気にしないでもらえると助かるなぁ。


「本当?そう言ってもらえると助かるけど・・・・・・無理してない?」

「全然!無理なんて1ミリもしてないよ!!」


 コクコクと必死に頷く九条くんに、なんだか面白くなっちゃって、ありがとう、って言いながらクスクスと笑ってしまった。

 笑ってる僕を見て、ちょっと照れ臭そうに九条くんも笑って、なんだか優しい、心地のいい時間が流れた。


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