フィライン・エデン Ⅲ

夜市彼乃

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12.文武抗争編

58開戦の狼火 ③

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 加えて、気配がする。クロやダークのような邪悪な気配ではない。チエアリなら気配は感じられない。つまり、ルシルたちと同じ普通の猫の気配だ。
 最初に聞こえた声は、中性的な少年のものだった。
「だから言ったじゃん、キツイよって」
「うるへー……ジェットコースターには乗り慣れてるからいけると思ったんだよ……」
「ジェットコースターの比じゃないわよ……鞭打ちになるかと……」
「ごめんね、これでも加減したのよ」
 次々に声を発しながら、やがて木々の間から姿を現した四名の姿を見て、戦闘態勢に入りかけていた隊長たちが口々に小さく叫んだ。
「氷架璃!?」
「美楓!?」
「アワにフーも……何でここにいるんだよ」
 話しながら歩いていたせいで、希兵隊員たちに気づいていなかったらしい彼女らは、名前を呼ばれて初めてその存在に気づき、驚いて身をそらせた。が、希兵隊員がここにいることは承知済みのため、人間二名は照れ笑い、猫二名はバツが悪そうに頭や頬をかいた。
 ルシルが呆れ果てて目をすがめる。
「お前たちはお呼びではないぞ」
「呼ばれてなくても飛び出すぞ! 雷奈が戦うってんなら、私たちも戦うんだ!」
「そうよ、種子島の時だってそうだったもの」
「で、なに言いなりになってノコノコと連れてきてんだよ、正統後継者。今ここは危険区域だってこと、わかってんだろ」
「わかってるんだけど……」
 人間姿のアワとフーは、互いに顔を見合わせて、ちらりとそれぞれのパートナーを一瞥して、彼女らのしてやったりの笑みを認めると、お手上げという風に大息を吐いた。
「脅されたんだよ……あることないこと吹聴するって……。それで仕方なく……」
「どんな脅し方されたら人間を危険区域に連れてくるんだよ」
「それはその……二家にはいろいろ取り決めがあるので……」
 フーの震え声が言外に告げるのは、突かれると大変都合の悪いあれやこれや。例えば、もし人間に早いうちに契約を切られてしまうと云々。二家の男女は決して云々。
 人間接待を担う二家のしきたりについて、いくらかは知っている希兵隊たちは、おおよその見当がついて「あー……」と声を漏らしたきり同情のまなざしになった。
 もはや憐みの表情を浮かべながら、ルシルは隣の幼馴染に振る。
「……どうする、コウ」
「……仕方ねえだろ」
 一番隊の隊長は額に手を当てて嘆息した。
「オレがまとめて面倒みるよ」

***

 今回の特別編成隊メンバーは、波音とメル以外は古参級の同期だ。霞冴とも同じ年に入隊した彼女らは、先の侵攻を生き抜いて今の希兵隊の要となった者たち。もし少しでも運命が違えば、そこには靱永みゅうという少女も加わっているはずだった。
 今いる同期五人は、だからといって五人グループで行動することが多いかといえばそうでもない。普段は、ルシルとコウと霞冴、霊那と撫恋で分かれている。
 別に不仲というわけではなく、最初にまとまった組み合わせがこのようだったので、そのメンツで動いているだけだ。特に、霊那が撫恋のいた白虎隊に異動してからは、同じチームとして共にいることも多くなったのだった。
 そのため、霊那にとって最も気の置けない同僚は撫恋であったし、撫恋にとって最も気の置けない同僚も霊那なのだ。
 いつものように、猫姿の撫恋を肩に乗せて歩く霊那が、気だるげにぼやく。
「なんか、あたしら、対チエアリ率高くないか。クロガネ、ジンズウ、ガオン、それに今回」
 撫恋がそれに律儀な一問一答で返す。
「クロガネはまさかバックにいると思っていませんでしたし、ジンズウはルシルとコウが戦闘不能だった以上こちらに回ってくるのは必然でしたし、ガオンに関しては彼らも相対しています。三番隊という序列上、妥当な率かと」
「もっともなこと言うなよー」
 回答というより同情が欲しかった霊那は、撫恋の杓子定規な返答にさらに気だるげな声を返した。
 なびかない撫恋が続ける。
「それに、今回はまだチエアリと決まったわけではないでしょう」
「チエアリの可能性があるから今回派遣されたんだろ。しかも美雷さんはガオンの可能性も視野に入れてる。あたし、もうイヤなんだけど、ガオンに対峙するの……っていうか一方的にやられるの」
「痛い目見ましたからね……」
 霊那は顔をしかめて、あの夜骨折した左腕をさすった。撫恋も、思い切り地面に叩きつけられたのを思い出して身を震わせる。二人とも、あの時は若い身空で終わるのだと覚悟したものだ。
「取り越し苦労ならいいんだけどな。邪悪なものは何もいませんでした、って」
「では、火柱や九番隊を襲った何者かの正体は何であると?」
「そうだなー、例えば……」
 しばらく、霊那の沈黙が続いた。
 そのどこまでが思案で、どこからが警戒だったのかはわからない。だが、少なくとも、小枝を踏んだきり立ち止まった時には、後者だったのは確かだ。
 霊那が目の動きだけで前方を、撫恋が振り返って後方を厳戒した。
「……何かいるな」
「はい。……でも」
 彼女らは、ここ周辺に敵がいるという前提でやってきている。そして、日も沈んだ頃に一般民が森の中へやってくる理由は考えにくい。
 そのため、仲間ではない何者かの気配がするとすれば、まず剣を振るってよい相手と判別される。
 だが、先ほど無鉄砲な人間と哀れな正統後継者が現れた時と同じ違和感が二人を包んだ。
「何か、というより」
「…………?」
 足音が聞こえてきた。霊那は柄に手を添えながらも、相手の正体がわかるまでは反射的に抜いたりしないよう自制した。
 クロやダークは足音を立てない。そして、この音は、ある程度の体重をもった二足歩行者が土を踏みしめてくるものだ。
 近隣住民が何かの理由で森に入ってきているのだろうか。いや、そうとは限らない。「長男様」のようなチエアリが再び現れないともいえないのだ。
 ザ、ザッ、ザ……ッ。
 足を止めたその姿が、木々の影をくぐりぬけて月明かりに照らされる。
 月光の中で淡く輝きながら夜風に揺れる、白練の長い髪。ポロシャツに短めのスカートという涼しげな服装。それよりもいっそう涼しげな顔の上で、大きな瞳が二つ、闇の中でも深碧の光を放つ。
 霊那や撫恋と同年代の少女は、無表情のまま、最低限の唇の動きで小さく言い放った。
「やっぱり来たんだ、希兵隊」
「あんたは……!?」
 霊那の記憶に、目の前の少女の姿はない。それは撫恋も同じで、彼女との面識はないはずだった。ゆえに、相手の名前も、その正体もわからない。
 一方で、相手にとって霊那たちの身分を見抜くことなどたやすい。執行着も刀も、希兵隊員の象徴的な特権なのだ。
 白髪の少女には、とくに特徴的な部分はなかった。だが、誰何した霊那に真正面から答えた少女の肩書は、聞けば誰もが何者かを理解するものであり、同時に、この場所にいるという事実がいぶかしまれるものだった。
「飛壇中央学院、社会学研究科」
 その所属だけで間違えようもない、希兵隊に並ぶ
「東雲研究室、湯ノ巻ゆのまきシルク。剣より強いペンの使い手だよ」
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