人形として

White Rose

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第一章

46 放課後

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  ようやく授業が終わった。
  いつも、数時間おきに月光が何をしているのかが、錬から美颯に送られ、それを美颯が翔のスマホに送ってくれているが、それでも心配なのだ。

  早く帰りたい。
  今日は、月光が美颯の言いつけを守らず勝手な行動をして美颯を困らせたらしい。
  翔からも注意してほしいというメッセージを受信していて、翔はいつもより少しだけ憂鬱な気分になった。

  早く月光に会いたいが今日は日直だったので、黒板の掃除や日誌を書くなど色々とするべきことが残っている。
  今日の迎えは美颯ではなく錬だ。だから錬に、日直だから遅めに迎えに来てほしい、と連絡を入れた。

  はぁっとため息をつきながら黒板消しを手に持つ。


「翔ー、まだ掃除やってんのー?」

  任された仕事はきっちりこなそうと、端から丁寧に消していると、同じクラスの怜煌れおが教室に入ってきた。

「お前こそまだ帰ってなかったのか」

  翔たちは中学三年だ。一学期なのでまだ部活に参加している生徒が大半だが、怜煌は翔と同じでどの部にも入っていないから、いつも授業が終わったらすぐに帰っているはずだ。

りつの家に泊まる約束してんだけど、あいつ部活やってるから待ってる」

  暇だから手伝うと言って怜煌が翔とは反対側の文字を黒板消しで消していく。
  律も翔と仲の良いクラスメイトだ。バスケ部に所属していて、県大会出場が決まれば夏休みも部活があるらしく、中々一緒に遊べないと怜煌が嘆いていた。

「まだ家に帰ってないんだな」

  兄弟喧嘩から親子喧嘩に発展して、家に帰りたくないと怜煌が言い出したのは新学期が始まった頃だった。
  もうすぐ期末考査がある時期だから、約三ヶ月経っている。

「あいつが謝るまで絶対帰らねー!」
「御両親は心配してないのか?」
「兄ちゃんの味方する奴等のことなんか知るか!」

  怒りながら文字を消しているからか、消し方が雑で粉が無駄に飛び散っている。
  しばらくして怜煌は消し終えたらしく、黒板消しを置いて服についたチョークの粉をはたき始めた。
  翔も自分が消していた部分が綺麗になり、怜煌が消してくれた方を見る。文字は消えていたが綺麗になったとは言い難い状態だったので、結局そちら側も掃除をし直した。

「ありがとう。一人でするより楽だった」

  二度手間になったが、先に文字を消してくれていたお陰であまり力を入れなくても綺麗になったので礼を言う。
  暇だから、と嬉しそうに言いながら翔の服からも粉を落としてくれた。

「あ、お前も来る?そういえば放課後にお前と遊んだことないよな」
「行きたいけど、月兄が家で待ってるから」
「相変わらずブラコンだなー」

  呆れたように怜煌が笑う。

「当然だ」

  月光以上に大切なものなんて一生現れない。根拠はないが確信している。


「兄ってそんなに大事か?」
「まぁ兄弟喧嘩で家に帰れなくなった奴には分からないだろうな」
「……見てみたいわ」

  ぽつりと怜煌が呟いた。主語が聞こえなかったので、え?と聞き返すと怜煌は言い直した。

「翔はお兄さんの話するときだけ楽しそうに笑うんだもん。翔を独り占めするそいつを見てみたい」

  どこか残念そうに言う怜煌に、怜煌たちと話すのも楽しいと伝えると、そうじゃないと言い返された。翔は月光の話をしているときがいちばん楽しそうにしているらしい。
  自分では全く気づかなかったので、少し驚いた。

「スマホ触ってるときも相手がお兄さんのときめっちゃ分かりやすい」
「え?月兄とはラインしてない。月兄はスマホ持ってないから」
「え?!じゃあ誰?彼女?」

  少し考えて、美颯と連絡を取っているときかと思い当たった。

「怜煌が言ってるの、今の保護者からのときだな、たぶん。彼女はいらない。月兄のほうがいい」

  女の子から何度も告白をされたことがあるが、毎回月光と比べてしまう。月光のほうが可愛いし、もし彼女を作れば、月光との時間が短くなってしまう。それは絶対に嫌だ。

「あー……保護者となに喋るの?」

  両親が殺されてからも同じ学校に通い続けている。翔からは何も言ったことはないが、影で噂になっていたのだろう。
  怜煌はどこか気まずそうに翔から目を逸らした。

「月兄が何してるか教えてもらってるんだ。ご飯食べてるとか、寂しそうだとか、いろいろ」
「……お兄さん学校は?社会人だっけ?」

  何故か怜煌の表情から困惑しているのが伝わってくる。

「学校は行ってない。18だからまだ学生の年齢だな」
「へぇ、家でなにしてんの?」
「月兄は家にいることが仕事だから」

  引っ越したばかりのころ、美颯が言っていた。月光は家にいて、僕たちが帰ってきたときに抱っこさせてくれればそれだけで充分だ、僕たちを癒すのが仕事だから何もしなくていいと。

「ん?……在宅ワークしてるとか?」
「いや、してない」

  何で仕事してねぇの?と怜煌が困惑した顔のまま尋ねてくる。

「え、っと……じゃあなんだろ……主夫?」

  夫婦じゃないのにそれはおかしいか、と怜煌が言い、翔はそれも違うと答える。

「月兄は何もしてない。外に出られると色々心配だからずっと家にいさせてる」
「翔より年上だろ?心配することねぇじゃん。案外お兄さんも嫌がってるかもよ?」
「知ってる。でも月兄にどう思われてでも外に出したくないんだ」

  翔過保護すぎ!と可愛らしい頬を膨らませた月光に非難されたことは、数え切れないほど何度もある。それでも月光を危険だらけの外に一人で出させるなんて出来ない。

「え、こわっ」
「え?」

  何が?と不思議に思って素直に尋ねた。

「監禁してんの?犯罪だよ?」
「何を」
「何をって……お兄さんを」

  いつもうるさいくらいに明るい怜煌が困惑しっぱなしなのが珍しくてじっと怜煌を見つめる。

「監禁はしてない。いい子にしてれば、俺と一緒になら外に出してやるつもりだし」

  何年も前のことだが、翔たち姉弟は半年ほど監禁されていた。
  あの頃と今の月光の状況を比べてみるが、月光にしていることが監禁だとは思えない。
  そもそも、翔は月光のためにしているのだから、翔たちを監禁していた犯人とは違って自分のためではない。
  

「……え?俺がおかしいの?」

  サイコパスじゃん。そう聞こえたので、誰が?と尋ねたがこの問いにも返事が返ってこない。何も理解できなくて、それを伝えようと翔はほんの少し首を傾げてみる。


「……まぁいいや。それよりさ、今度翔ん家泊まらせてくんない?毎日律と和輝かずきの家順番に泊まってんだけどさ、そろそろ迷惑がられそうだし、たまにはお前ん家も泊まってみたい」

  迷惑だと思うなら自分の家に帰れ、と思ったことを正直に言うと、謝ってもらうまで帰らない、と拗ねたように怜煌が言った。

「一応聞いてみるけど許可されなかったら諦めてくれ」
「おおー、マジ?ありがとう!お前意外に優しいよな!たまに怖いけど」
「怖くはないだろ。月兄には優しいって言われてるんだ」

  翔は優しいけど怒ったときはこわいからいや…。そう言って抱きついてきた月光を思い出してしまって、早く会いたいという気持ちがさらに強くなる。

「お兄さんもブラコンなんだな」

  怜煌の言葉に、そうだと嬉しいと思った。
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