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第一章
45 偽
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「ただいまぁ」
中にはだれもいないがそう言いながら中に入る。
錬が床に買ってきた荷物を置き、靴を脱ぐ。その横で月光も靴を脱いだ。
サイズが大きいため、きつくしていた紐を錬が直し、一度玄関を出て隣の自分の部屋に置いて戻ってくる。
その間に月光は買ってきたものをリビングまで運んだ。
「今日もありがと。あのお店また行きたい!」
「じゃあ明日も行くか。俺、ご飯の準備するから月光は部屋戻ってな」
リビングに入ってきた錬に言われ、月光は はーいと返事をしてから手を洗って自室に入った。
──2日続けて外出しているのに気づかれない。
それなら家の中を彷徨っても知られないのでは…?
ベッドの丁度月光の寝転ぶ位置に置いていたぬいぐるみを枕の斜め上に移動しながらふと思いついた。
リビングで見た時計の時間からして、美颯はおそらくあと2時間以上帰ってこない。
──少しくらいいいよね……?
いつもなら家に帰ればすぐに寝るが、今日は少し探検してからにしようと、月光はベッドから下りた。
錬を困らせたくないからリビングへは行かず翔の部屋に行った。
この部屋がいちばん落ち着く。時々ここで翔と寝ることがあるので、ここは自室の次によく入る部屋だ。
ほかの部屋にも行きたいが、美颯の部屋に勝手に入るのは何となくはばかられて止めておいた。
翔のベッドの上で現代文の教科書に載っていた物語文を一つ読んだ。国語が好きなわけではないが読書は嫌いでもないので良い暇つぶしになる。
しばらくすると窓から入ってくる色が少し赤くなってきた。自室では時間が見れないのでなんとなくでしかわからないが、そろそろ美颯が帰ってくるかもしれないと思って教科書を元の位置に置き直す。
そして隣にある月光の部屋に戻った。
いつもの外出に比べれば大したことないので気づかれるはずはないし、あまり罪悪感も感じなかった。
「月光」
いつの間にか寝ていた月光は、部屋に入ってきてベッドに腰掛けた美颯に起こされた。
月光は起き上がっていつも通りぎゅうっと美颯を抱きしめ、おかえりなさい、と呟く。
「……」
「……美颯さん?」
いつもなら抱きしめ返してくるのに今日は美颯の腕が動かない。
不思議に思って美颯を見つめる。
「……あの、……?」
「……」
何も言わず月光から離れることもしない美颯に戸惑った月光は取り敢えず一度離れることにした。
「……美颯さん……?」
「……今日、何してた?」
「え、……?」
予想していなかった問いに月光は一瞬動きを固めてしまう。これでは良くないことをしていたと美颯に気づかれるかもしれないと思い、表情が美颯に見えないように俯く。
翔の部屋にいたことは知られていないはずだ。だって錬の買い物について行っていることすら勘づかれたことは一度もないのだから。
「……いつもどおり……部屋に、いまし、」
バンッと突然左の頬に大きな衝撃を受けて月光の顔が右を向いた。
──……え……?
「……嘘つくの?」
正面に顔を戻すと、右手で拳を作って殴ろうとするかのように構えている美颯と目が合う。
ベッドに乗り上げてきた美颯が怖くて少しずつ後ずさっていると、壁に背中があたった。
謝ったほうが良いと即座に判断した月光は目を逸らせないまま口を開いた。
「……ごめんなさ……」
言い終えるより先に、ドンッと美颯が壁を叩いて大きな音を出した。
恐怖で、ひゅっと声が漏れた。
「今日、何してた?」
「……しょうの、へや……いきました……」
呼吸がしにくくて、小さな声しか出ない。
「なんで?」
「……ごめん、なさ、」
ダンッと再び美颯の手が月光の顔の真横に振り下ろされる。無意識に、両腕が頭を守るように動いた。
「ひっ……」
「理由を聞いたんだけど」
無表情なまま、冷たい声で美颯が言う。
「……することが、なくて……」
「すること……?」
次は顔を殴られるかもしれないという恐怖で、月光は謝罪よりさきに聞かれたことに答えた。
「何もしなくていいって僕いつも言ってると思うんだけど月光は人の話を聞いてないの?」
服の首元を掴んで引っ張られ、美颯の少しずつ苛立ちが滲みはじめていく顔が視界いっぱいに写る。
「……もぅ、かってなことしません……、ごめんなさい……」
怖い。
目をじっと覗き込まれて、それすら怖い月光は視線を逸らしたいのに出来ず、美颯の次の言動を待った。
はあっと唐突に美颯が大きくため息をつき、月光はそれにびくりと身体を震わせる。
また暴力を振るわれるかもしれないと目を瞑った月光を、ふわりと何かが覆った。
「……月光、僕は月光のために言ってるんだよ?僕も翔も月光ためを思って言ってるのに月光が僕たちの言うことを聞いてくれないのは困るよ。……分かる?」
声音から美颯の怒りが少し収まったことを感じ取った月光は、恐る恐る目を開けた。
美颯が月光に腕を巻き付けている。痛めつけることが目的でない優しい抱きしめ方に、月光の呼吸が少しずつ安定していく。
「……はい、……ごめんなさぃ……」
「怖かった?」
一度頷いて、怖かったと小さな声で答える。
「そっか、怖かったかぁ。じゃあもう同じことはしない?」
「しないです、ごめんなさぃ……」
「いい子~!もう泣かなくていいよ」
顔を美颯の肩に押し付けてさり気なく涙を拭う。
「今日はもう許してあげる。でも、次同じことしたら許さないから。気をつけてね」
威圧するような口調で微笑みながら言う美颯に、はい、と月光は頷いて、そっと両腕を美颯の背中にまわした。
可愛い~と嬉しそうに抱きしめ返してくれる美颯に、月光はもう一度謝った。
「とりあえず、翔に報告するね。月光の行動、いつも気にしてるから」
「……言わなくていいです」
純粋に心配をかけたくないというのもあるが、こんなことまで翔に言われるのは嫌だ。
「言うよ。僕だけが言うより翔からも言われたほうがいい子になれるでしょ?」
そう言って微笑む美颯に、月光は顔を顰めた。
中にはだれもいないがそう言いながら中に入る。
錬が床に買ってきた荷物を置き、靴を脱ぐ。その横で月光も靴を脱いだ。
サイズが大きいため、きつくしていた紐を錬が直し、一度玄関を出て隣の自分の部屋に置いて戻ってくる。
その間に月光は買ってきたものをリビングまで運んだ。
「今日もありがと。あのお店また行きたい!」
「じゃあ明日も行くか。俺、ご飯の準備するから月光は部屋戻ってな」
リビングに入ってきた錬に言われ、月光は はーいと返事をしてから手を洗って自室に入った。
──2日続けて外出しているのに気づかれない。
それなら家の中を彷徨っても知られないのでは…?
ベッドの丁度月光の寝転ぶ位置に置いていたぬいぐるみを枕の斜め上に移動しながらふと思いついた。
リビングで見た時計の時間からして、美颯はおそらくあと2時間以上帰ってこない。
──少しくらいいいよね……?
いつもなら家に帰ればすぐに寝るが、今日は少し探検してからにしようと、月光はベッドから下りた。
錬を困らせたくないからリビングへは行かず翔の部屋に行った。
この部屋がいちばん落ち着く。時々ここで翔と寝ることがあるので、ここは自室の次によく入る部屋だ。
ほかの部屋にも行きたいが、美颯の部屋に勝手に入るのは何となくはばかられて止めておいた。
翔のベッドの上で現代文の教科書に載っていた物語文を一つ読んだ。国語が好きなわけではないが読書は嫌いでもないので良い暇つぶしになる。
しばらくすると窓から入ってくる色が少し赤くなってきた。自室では時間が見れないのでなんとなくでしかわからないが、そろそろ美颯が帰ってくるかもしれないと思って教科書を元の位置に置き直す。
そして隣にある月光の部屋に戻った。
いつもの外出に比べれば大したことないので気づかれるはずはないし、あまり罪悪感も感じなかった。
「月光」
いつの間にか寝ていた月光は、部屋に入ってきてベッドに腰掛けた美颯に起こされた。
月光は起き上がっていつも通りぎゅうっと美颯を抱きしめ、おかえりなさい、と呟く。
「……」
「……美颯さん?」
いつもなら抱きしめ返してくるのに今日は美颯の腕が動かない。
不思議に思って美颯を見つめる。
「……あの、……?」
「……」
何も言わず月光から離れることもしない美颯に戸惑った月光は取り敢えず一度離れることにした。
「……美颯さん……?」
「……今日、何してた?」
「え、……?」
予想していなかった問いに月光は一瞬動きを固めてしまう。これでは良くないことをしていたと美颯に気づかれるかもしれないと思い、表情が美颯に見えないように俯く。
翔の部屋にいたことは知られていないはずだ。だって錬の買い物について行っていることすら勘づかれたことは一度もないのだから。
「……いつもどおり……部屋に、いまし、」
バンッと突然左の頬に大きな衝撃を受けて月光の顔が右を向いた。
──……え……?
「……嘘つくの?」
正面に顔を戻すと、右手で拳を作って殴ろうとするかのように構えている美颯と目が合う。
ベッドに乗り上げてきた美颯が怖くて少しずつ後ずさっていると、壁に背中があたった。
謝ったほうが良いと即座に判断した月光は目を逸らせないまま口を開いた。
「……ごめんなさ……」
言い終えるより先に、ドンッと美颯が壁を叩いて大きな音を出した。
恐怖で、ひゅっと声が漏れた。
「今日、何してた?」
「……しょうの、へや……いきました……」
呼吸がしにくくて、小さな声しか出ない。
「なんで?」
「……ごめん、なさ、」
ダンッと再び美颯の手が月光の顔の真横に振り下ろされる。無意識に、両腕が頭を守るように動いた。
「ひっ……」
「理由を聞いたんだけど」
無表情なまま、冷たい声で美颯が言う。
「……することが、なくて……」
「すること……?」
次は顔を殴られるかもしれないという恐怖で、月光は謝罪よりさきに聞かれたことに答えた。
「何もしなくていいって僕いつも言ってると思うんだけど月光は人の話を聞いてないの?」
服の首元を掴んで引っ張られ、美颯の少しずつ苛立ちが滲みはじめていく顔が視界いっぱいに写る。
「……もぅ、かってなことしません……、ごめんなさい……」
怖い。
目をじっと覗き込まれて、それすら怖い月光は視線を逸らしたいのに出来ず、美颯の次の言動を待った。
はあっと唐突に美颯が大きくため息をつき、月光はそれにびくりと身体を震わせる。
また暴力を振るわれるかもしれないと目を瞑った月光を、ふわりと何かが覆った。
「……月光、僕は月光のために言ってるんだよ?僕も翔も月光ためを思って言ってるのに月光が僕たちの言うことを聞いてくれないのは困るよ。……分かる?」
声音から美颯の怒りが少し収まったことを感じ取った月光は、恐る恐る目を開けた。
美颯が月光に腕を巻き付けている。痛めつけることが目的でない優しい抱きしめ方に、月光の呼吸が少しずつ安定していく。
「……はい、……ごめんなさぃ……」
「怖かった?」
一度頷いて、怖かったと小さな声で答える。
「そっか、怖かったかぁ。じゃあもう同じことはしない?」
「しないです、ごめんなさぃ……」
「いい子~!もう泣かなくていいよ」
顔を美颯の肩に押し付けてさり気なく涙を拭う。
「今日はもう許してあげる。でも、次同じことしたら許さないから。気をつけてね」
威圧するような口調で微笑みながら言う美颯に、はい、と月光は頷いて、そっと両腕を美颯の背中にまわした。
可愛い~と嬉しそうに抱きしめ返してくれる美颯に、月光はもう一度謝った。
「とりあえず、翔に報告するね。月光の行動、いつも気にしてるから」
「……言わなくていいです」
純粋に心配をかけたくないというのもあるが、こんなことまで翔に言われるのは嫌だ。
「言うよ。僕だけが言うより翔からも言われたほうがいい子になれるでしょ?」
そう言って微笑む美颯に、月光は顔を顰めた。
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