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第一章
41 疑問
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月光は椅子に座ったまま、美颯がお風呂の準備をしてここに来てくれるのを待っていた。
机の端に寄せてあった折り紙を一枚取り出し鶴をゆっくりと折る。
──この紙、切ったらだめかな……。
途中まで折ってからそう思いたった。縦、横、と真っ直ぐに真ん中を切れば四つにわけることができる。そうすれば一枚で四つの鶴が折れて、長く時間が潰せる。
後でハサミを借りようと思いついた月光は、折り紙から手を離して代わりにくまのぬいぐるみを手繰り寄せた。
──……ひま……。
何か出来ないかと辺りを見回していると、不意に尿意を感じてきた。
トイレに行くときは、一人でも部屋から出て良いと言われている。でも、回数は1日5回と決められているから、理由がないときは部屋を出ることができない。
トイレに行こうと、月光はぬいぐるみを持ったまま部屋を出た。
トイレはくまさんと一緒に行ってねー、と美颯に言われているので月光はいつもトイレのドアの前まではこのぬいぐるみを持って行く。
でもぬいぐるみをトイレに持って入るのは汚くなってしまいそうだからトイレの前の床に置いて、用を済ませるようにしている。
今も、そうしてトイレに入った。
慣れた消臭剤の匂いがいつもより濃くなって漂っている。
──また同じの買ったんだ……。
変化のない月光の生活では、消臭剤の匂いですらちょっとした楽しみなのだ。できれば違う香りのものにしてほしかった。
少し残念に思いつつ、用を済ませてトイレを出る。
「……月光、何してるの?」
自分の部屋のドアに手をかけたところで、リビング側のドアが開いていつもより低い美颯の声がかけられた。
「え、……と、トイレに行ってました」
怒っているように思えて体が強ばる。
ここに引越してからは、翔と月光に対する美颯の態度に差がある気がする。それがすごく悲しいが、月光にはどうにも出来ないので、せめてこれ以上美颯が不機嫌にならないようにと細心の注意を払って答える。
怯えていると思われないために、美颯が怒っているのは気のせいだと思うことにして少し微笑んでみせた。…怖がっていると知られればさらに嫌われてしまうかもしれない。
「……そっか。お風呂の準備してくるから部屋で待ってて」
「はい」
本当に気のせいだったようで、美颯も月光に笑顔を向けてから奥にある美颯の部屋に入っていった。
☆
タオルと替えの服を用意して月光を呼びに行き、二人で風呂に入った。
引っ越してきたばかりの頃は、少し恥ずかしそうにしていたが、今の月光にはあまりその素振りがない。
恥ずかしがってるの、可愛かったのに…。もう見ることができないのは残念だ。
──まぁこれはこれで可愛いからいいか。
むしろ恥ずかしがらないということは、美颯に気を許しているということだ。
そうポジティブに考えながら月光を丁寧に洗い、自分も綺麗にして二人で浴槽に浸かった。
湯船が大きいというのもあるかもしれないが月光が小さいので、二人で入っても十分に余裕がある。
「月光、翔が明日からリビングでご飯食べる?って言ってたけどどうする?」
本当は嫌だが、翔はそうしたいようだから一応尋ねる。ただ、少し不機嫌さを声のトーンで伝えて月光が頷きにくいようにした。
「え、いいの?!」
だが全く効果はなかった。嬉しそうに勢いよくこちらを向いた月光と視線がかち合う。
そこで美颯が乗り気ではないことに気づいたようだが、月光は誤魔化すように曖昧に笑ってから正面に顔を戻した。
「あの、ぼく、できればみんなでごはん食べたいです」
「……そっか。じゃあ明日の朝ごはんはリビングで食べる?」
「ありがとうございます……!」
ところで、と話題を変える。
「……月光、ここはまだ大丈夫?何も言ってこないってことは自分でしてるの?」
後ろから抱きつくようにして月光の性器にそっと触れてみる。
嫌そうに美颯の手を払い除けようとするが、美颯がそれを無視し続けていると、月光は諦めて美颯を見上げてきた。
「……ぼくは何も……。……あの、触ら――」
「ねえ、ほんとに何ともない?」
はい、と月光は呟いてから、触らないで、と言いたそうに美颯の手をやんわりと押しのける。
思っていたのと違う。
美颯は、3日もすれば月光が射精したいと懇願してくると予想していた。そしてそれから一週間程は貞操帯でも装着させて、射精したくないと思うことをちょっとしたトラウマにできればと考えていたのだ。
──貞操帯、せっかく買ったのにまだ使えない……。
「……それはそれで問題じゃない?月光今18だよね?」
10代は毎日でもするものではないのかと、毎日のように月光と翔の写真や妄想や言い寄ってくる女性で抜いていた過去の自分を思い出す。
「……何が問題……?」
「翔に聞いてみる?」
「ぇ……?」
間抜けな声が聞こえて、美颯は微笑んで月光を見つめた。実際に聞くつもりはない。
聞くとしたら、なぜ月光にこの類の知識がないのかということのほうが聞きたい。
そういった事に関する授業に出ていなかったのは知っているが、そうだとしても友達との会話で何度かは出てくるはずだ。
純粋なまま月光を育てたのは、おそらく二人の両親ではなく翔だろう。
いつかは知られることなのだから隠しても意味がないのに…と思うが、月光を自分の理想に近づけようと必死な翔を思い浮かべて、思わず苦笑する。翔は重度のブラコンだから月光のためなら何でもしそうだ。
「……いやです」
「どうして嫌なの?」
返事を聞いていなかったことを思い出して美颯は口を開いた。
「……どうして……?恥ずかしい……から?」
自分でも分からないようで、首をわずかに傾ける。
「そっか、可愛いね」
美颯さんはかっこいい、とアパートに住んでいたときは良く言ってくれていたが、最近は自分から目を合わせることすらほとんどしてくれなくなった。
何故だろうと考えながら月光の小さな背中を見つめた。
机の端に寄せてあった折り紙を一枚取り出し鶴をゆっくりと折る。
──この紙、切ったらだめかな……。
途中まで折ってからそう思いたった。縦、横、と真っ直ぐに真ん中を切れば四つにわけることができる。そうすれば一枚で四つの鶴が折れて、長く時間が潰せる。
後でハサミを借りようと思いついた月光は、折り紙から手を離して代わりにくまのぬいぐるみを手繰り寄せた。
──……ひま……。
何か出来ないかと辺りを見回していると、不意に尿意を感じてきた。
トイレに行くときは、一人でも部屋から出て良いと言われている。でも、回数は1日5回と決められているから、理由がないときは部屋を出ることができない。
トイレに行こうと、月光はぬいぐるみを持ったまま部屋を出た。
トイレはくまさんと一緒に行ってねー、と美颯に言われているので月光はいつもトイレのドアの前まではこのぬいぐるみを持って行く。
でもぬいぐるみをトイレに持って入るのは汚くなってしまいそうだからトイレの前の床に置いて、用を済ませるようにしている。
今も、そうしてトイレに入った。
慣れた消臭剤の匂いがいつもより濃くなって漂っている。
──また同じの買ったんだ……。
変化のない月光の生活では、消臭剤の匂いですらちょっとした楽しみなのだ。できれば違う香りのものにしてほしかった。
少し残念に思いつつ、用を済ませてトイレを出る。
「……月光、何してるの?」
自分の部屋のドアに手をかけたところで、リビング側のドアが開いていつもより低い美颯の声がかけられた。
「え、……と、トイレに行ってました」
怒っているように思えて体が強ばる。
ここに引越してからは、翔と月光に対する美颯の態度に差がある気がする。それがすごく悲しいが、月光にはどうにも出来ないので、せめてこれ以上美颯が不機嫌にならないようにと細心の注意を払って答える。
怯えていると思われないために、美颯が怒っているのは気のせいだと思うことにして少し微笑んでみせた。…怖がっていると知られればさらに嫌われてしまうかもしれない。
「……そっか。お風呂の準備してくるから部屋で待ってて」
「はい」
本当に気のせいだったようで、美颯も月光に笑顔を向けてから奥にある美颯の部屋に入っていった。
☆
タオルと替えの服を用意して月光を呼びに行き、二人で風呂に入った。
引っ越してきたばかりの頃は、少し恥ずかしそうにしていたが、今の月光にはあまりその素振りがない。
恥ずかしがってるの、可愛かったのに…。もう見ることができないのは残念だ。
──まぁこれはこれで可愛いからいいか。
むしろ恥ずかしがらないということは、美颯に気を許しているということだ。
そうポジティブに考えながら月光を丁寧に洗い、自分も綺麗にして二人で浴槽に浸かった。
湯船が大きいというのもあるかもしれないが月光が小さいので、二人で入っても十分に余裕がある。
「月光、翔が明日からリビングでご飯食べる?って言ってたけどどうする?」
本当は嫌だが、翔はそうしたいようだから一応尋ねる。ただ、少し不機嫌さを声のトーンで伝えて月光が頷きにくいようにした。
「え、いいの?!」
だが全く効果はなかった。嬉しそうに勢いよくこちらを向いた月光と視線がかち合う。
そこで美颯が乗り気ではないことに気づいたようだが、月光は誤魔化すように曖昧に笑ってから正面に顔を戻した。
「あの、ぼく、できればみんなでごはん食べたいです」
「……そっか。じゃあ明日の朝ごはんはリビングで食べる?」
「ありがとうございます……!」
ところで、と話題を変える。
「……月光、ここはまだ大丈夫?何も言ってこないってことは自分でしてるの?」
後ろから抱きつくようにして月光の性器にそっと触れてみる。
嫌そうに美颯の手を払い除けようとするが、美颯がそれを無視し続けていると、月光は諦めて美颯を見上げてきた。
「……ぼくは何も……。……あの、触ら――」
「ねえ、ほんとに何ともない?」
はい、と月光は呟いてから、触らないで、と言いたそうに美颯の手をやんわりと押しのける。
思っていたのと違う。
美颯は、3日もすれば月光が射精したいと懇願してくると予想していた。そしてそれから一週間程は貞操帯でも装着させて、射精したくないと思うことをちょっとしたトラウマにできればと考えていたのだ。
──貞操帯、せっかく買ったのにまだ使えない……。
「……それはそれで問題じゃない?月光今18だよね?」
10代は毎日でもするものではないのかと、毎日のように月光と翔の写真や妄想や言い寄ってくる女性で抜いていた過去の自分を思い出す。
「……何が問題……?」
「翔に聞いてみる?」
「ぇ……?」
間抜けな声が聞こえて、美颯は微笑んで月光を見つめた。実際に聞くつもりはない。
聞くとしたら、なぜ月光にこの類の知識がないのかということのほうが聞きたい。
そういった事に関する授業に出ていなかったのは知っているが、そうだとしても友達との会話で何度かは出てくるはずだ。
純粋なまま月光を育てたのは、おそらく二人の両親ではなく翔だろう。
いつかは知られることなのだから隠しても意味がないのに…と思うが、月光を自分の理想に近づけようと必死な翔を思い浮かべて、思わず苦笑する。翔は重度のブラコンだから月光のためなら何でもしそうだ。
「……いやです」
「どうして嫌なの?」
返事を聞いていなかったことを思い出して美颯は口を開いた。
「……どうして……?恥ずかしい……から?」
自分でも分からないようで、首をわずかに傾ける。
「そっか、可愛いね」
美颯さんはかっこいい、とアパートに住んでいたときは良く言ってくれていたが、最近は自分から目を合わせることすらほとんどしてくれなくなった。
何故だろうと考えながら月光の小さな背中を見つめた。
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