人形として

White Rose

文字の大きさ
上 下
38 / 49
第一章

38 善

しおりを挟む
  美颯が駐車できる場所を探してくると言って、静奈の住むアパートの近くで翔を降ろした。

  目的の数字が書かれた部屋の前は静奈の声が響いていた。大きな声を出しているようでいつもより声が高い。
  今までにまだ数回しか聞いたことのない静奈の怒鳴り声を聞いて、しばらく会わない内に性格が変わったのかと呑気に考えながら、痴話喧嘩なら終わるまで中に入らないほうが良いと思い、翔はドアの前で待つことにした。

  盗み聞きなんてするつもりはなかった。だが、静奈が言うはずもない言葉が、久々に聞く静奈の声で聞こえて、翔は耳をうたがった。

  月光のことを静奈がどう思っていたのかを、初めて知ることができた。それは嬉しい。でも…
  静奈も月光のことが好きだと思っていた。嫌ってはいないと思っていた。喧嘩しているのを見たことがないから。
  何か不満があったのだろうかと過去を思い返してみるが、原因は分からない。翔が気づけていないだけかもしれないが、月光には欠点というほどの欠点はない。

  中に入り月光には黙っていようと決め、車を置いてきた美颯が入ってきたところでこの話は途切れた。


  予想通り、静奈は滅多に料理をせずほとんど外食かコンビニで済ませていたようだ。
  冷蔵庫には野菜や肉類が入っていなかったので静奈と二人でスーパーまで買い物に行き、その間に裕太と美颯で部屋の掃除をしてもらうことにした。

  道中、月光の事をどう思っているかはこれ以上聞きたくなかったので、会話は主に近況報告だった。
  特に変わったところはないらしい。



「……あ、これ、月光に持って帰ってあげて」

  スーパーで食材と調味料を一通り見たあと、静奈がお菓子売り場から月光の好きな板チョコを持ってきてカートに入れた。

「……ああ、分かった。ありがとう」
「翔はアイス?チョコにする?……なに?」

  翔は思わず静奈を見つめていた。静奈はそれが不快だったようで少し顔を顰める。

「……いや、なんでもない。……静姉からって伝えたら月兄はきっと喜ぶ」

  月光が嫌いだと言いつつもこういう気遣いができる優しい姉だ。
  月光の好きな食べ物を買ってくれようとしてくれることが嬉しくて翔の頬が緩む。

「……翔は月光が大好きなんだね」
「ああ、当然だろ。兄弟だから。静姉のことも大好きだ」

  中学生にもなって兄や姉が好きだという人は滅多にいないのだろう。少なくとも、同級生の友達には一人もいなかった。それを知ったのはまだ最近ことだ。
  学校でいつもつるんでいる中の一人が兄弟喧嘩をして、知り合い家を転々としているという話から、成り行きで普通は兄弟とどのような感じで接するものかを知ることができた。  兄と一緒のベッドで寝たり、今のように姉に好きだと言ったりすることは、ほかの家庭では滅多にないことらしい。

「そっか。ありがと~。私も好きだよ」

  そう言って静奈が微笑む。

  美颯と裕太にも何か買って帰ろうと静奈が言い出し、二人で適当に選んで静奈のアパートに帰った。


  その後、今日の分の夕飯と明日の朝食を静奈と裕太の二人分作った。
  料理の腕が上達していると静奈が翔を褒め、翔は静奈に料理くらいできるようになれと注意した。

  夕飯を一緒に食べようと二人に誘われたが、月光と錬が待ってるからと断り、美颯が錬に連絡したあと車に乗った。


「翔の思ってた通り、料理はしてなかったみたいだね」

  掃除が大変だったのか、若干疲れ気味の美颯がそうつぶやく。ゴミが散らばっていたわけではないが、布団を干したり脱いで放置してあった何週間分かの服を洗濯物したり、食器を洗ったり色々大変だったのだろう。

「ああ。あの様子だと一週間後にはインスタント食品の生活に戻るだろうな」

  一応注意はしたが、静奈は今日買った食材がなくなれば再びコンビニ弁当やインスタント食品を食べ始めるだろう。

「一ヶ月に一回は様子を見に行きたい」
「んー、月一では約束できないけど、時々来よっか」
「ああ。ありがとう」
「うん。あ、翔、さっきから気になってるんだけど、その袋、なに?」

  膝の上に乗せていたビニール袋をちらりと見て美颯が言う。袋の中身は先程静奈に買ってもらったアイス三つとチョコレート。

「美颯と錬さんと俺の分のアイスと、月兄の分の板チョコ。静姉が買ってくれたんだ」
「へえ……それ、月光には僕が明日渡すから貸して」

  そう言って片手で運転しながらもう片方の手をこちらに差し出してくるが、翔は断った。

「自分で渡したい」

  月光の喜ぶ顔を間近で見たい。

「……そっか、じゃあ帰ってから渡してあげて」

  少し困ったような笑顔で美颯言った。

「そうする」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません

柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。 父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。 あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない? 前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。 そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。 「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」 今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。 「おはようミーシャ、今日も元気だね」 あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない? 義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け 9/2以降不定期更新

気づいて欲しいんだけど、バレたくはない!

甘蜜 蜜華
BL
僕は、平凡で、平穏な学園生活を送って........................居たかった、でも無理だよね。だって昔の仲間が目の前にいるんだよ?そりゃぁ喋りたくて、気づいてほしくてメール送りますよね??突然失踪した族の総長として!! ※作者は豆腐メンタルです。※作者は語彙力皆無なんだなァァ!※1ヶ月は開けないようにします。※R15は保険ですが、もしかしたらR18に変わるかもしれません。

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

悪役王子の幼少期が天使なのですが

しらはね
BL
何日にも渡る高熱で苦しめられている間に前世を思い出した主人公。前世では男子高校生をしていて、いつもの学校の帰り道に自動車が正面から向かってきたところで記憶が途切れている。記憶が戻ってからは今いる世界が前世で妹としていた乙女ゲームの世界に類似していることに気づく。一つだけ違うのは自分の名前がゲーム内になかったことだ。名前のないモブかもしれないと思ったが、自分の家は王族に次ぎ身分のある公爵家で幼馴染は第一王子である。そんな人物が描かれないことがあるのかと不思議に思っていたが・・・

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 ハッピーエンド保証! 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります) 11月9日~毎日21時更新。ストックが溜まったら毎日2話更新していきたいと思います。 ※…このマークは少しでもエッチなシーンがあるときにつけます。 自衛お願いします。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

異世界転生で僕に生きる意味をくれたのは殺し屋でした

荷居人(にいと)
BL
病気で何もできずに死んでしまった僕。最後まで家族に迷惑をかけ、疎まれ、ただ寝てぼーっとする日々に、何のために生きてきたのかわからない。 生まれ変わるなら健康な体で色んなことをしたい、こんな自分を愛してくれる人と出会いたいと願いながら僕は、15歳という若さで他界した。 そんな僕が次に目を覚ませば何故か赤ちゃんに。死んだはずじゃ?ここはどこ?僕、生まれ変わってる? そう気づいた頃には、何やら水晶が手に当てられて、転生先の新たな親と思われた人たちに自分の子ではないとされ、捨てられていた。生まれ変わっても僕は家族に恵まれないようだ。 このまま、餓死して、いや、寒いから凍えて赤ん坊のまま死ぬのかなと思った矢先に、一人のこの世のものとは思えない長髪で青く輝く髪と金色に光る冷たい瞳を持つ美青年が僕の前に現れる。 「赤子で捨てられるとは、お前も職業に恵まれなかったものか」 そう言って美青年は、赤ん坊で動けぬ僕にナイフを振り下ろした。 人に疎まれ同士、次第に依存し合う二人。歪んだ愛の先あるものとは。 亀更新です。

悪役王子の取り巻きに転生したようですが、破滅は嫌なので全力で足掻いていたら、王子は思いのほか優秀だったようです

魚谷
BL
ジェレミーは自分が転生者であることを思い出す。 ここは、BLマンガ『誓いは星の如くきらめく』の中。 そしてジェレミーは物語の主人公カップルに手を出そうとして破滅する、悪役王子の取り巻き。 このままいけば、王子ともども断罪の未来が待っている。 前世の知識を活かし、破滅確定の未来を回避するため、奮闘する。 ※微BL(手を握ったりするくらいで、キス描写はありません)

処理中です...