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第一章
38 善
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美颯が駐車できる場所を探してくると言って、静奈の住むアパートの近くで翔を降ろした。
目的の数字が書かれた部屋の前は静奈の声が響いていた。大きな声を出しているようでいつもより声が高い。
今までにまだ数回しか聞いたことのない静奈の怒鳴り声を聞いて、しばらく会わない内に性格が変わったのかと呑気に考えながら、痴話喧嘩なら終わるまで中に入らないほうが良いと思い、翔はドアの前で待つことにした。
盗み聞きなんてするつもりはなかった。だが、静奈が言うはずもない言葉が、久々に聞く静奈の声で聞こえて、翔は耳をうたがった。
月光のことを静奈がどう思っていたのかを、初めて知ることができた。それは嬉しい。でも…
静奈も月光のことが好きだと思っていた。嫌ってはいないと思っていた。喧嘩しているのを見たことがないから。
何か不満があったのだろうかと過去を思い返してみるが、原因は分からない。翔が気づけていないだけかもしれないが、月光には欠点というほどの欠点はない。
中に入り月光には黙っていようと決め、車を置いてきた美颯が入ってきたところでこの話は途切れた。
予想通り、静奈は滅多に料理をせずほとんど外食かコンビニで済ませていたようだ。
冷蔵庫には野菜や肉類が入っていなかったので静奈と二人でスーパーまで買い物に行き、その間に裕太と美颯で部屋の掃除をしてもらうことにした。
道中、月光の事をどう思っているかはこれ以上聞きたくなかったので、会話は主に近況報告だった。
特に変わったところはないらしい。
「……あ、これ、月光に持って帰ってあげて」
スーパーで食材と調味料を一通り見たあと、静奈がお菓子売り場から月光の好きな板チョコを持ってきてカートに入れた。
「……ああ、分かった。ありがとう」
「翔はアイス?チョコにする?……なに?」
翔は思わず静奈を見つめていた。静奈はそれが不快だったようで少し顔を顰める。
「……いや、なんでもない。……静姉からって伝えたら月兄はきっと喜ぶ」
月光が嫌いだと言いつつもこういう気遣いができる優しい姉だ。
月光の好きな食べ物を買ってくれようとしてくれることが嬉しくて翔の頬が緩む。
「……翔は月光が大好きなんだね」
「ああ、当然だろ。兄弟だから。静姉のことも大好きだ」
中学生にもなって兄や姉が好きだという人は滅多にいないのだろう。少なくとも、同級生の友達には一人もいなかった。それを知ったのはまだ最近ことだ。
学校でいつも連んでいる中の一人が兄弟喧嘩をして、知り合い家を転々としているという話から、成り行きで普通は兄弟とどのような感じで接するものかを知ることができた。 兄と一緒のベッドで寝たり、今のように姉に好きだと言ったりすることは、ほかの家庭では滅多にないことらしい。
「そっか。ありがと~。私も好きだよ」
そう言って静奈が微笑む。
美颯と裕太にも何か買って帰ろうと静奈が言い出し、二人で適当に選んで静奈のアパートに帰った。
その後、今日の分の夕飯と明日の朝食を静奈と裕太の二人分作った。
料理の腕が上達していると静奈が翔を褒め、翔は静奈に料理くらいできるようになれと注意した。
夕飯を一緒に食べようと二人に誘われたが、月光と錬が待ってるからと断り、美颯が錬に連絡したあと車に乗った。
「翔の思ってた通り、料理はしてなかったみたいだね」
掃除が大変だったのか、若干疲れ気味の美颯がそうつぶやく。ゴミが散らばっていたわけではないが、布団を干したり脱いで放置してあった何週間分かの服を洗濯物したり、食器を洗ったり色々大変だったのだろう。
「ああ。あの様子だと一週間後にはインスタント食品の生活に戻るだろうな」
一応注意はしたが、静奈は今日買った食材がなくなれば再びコンビニ弁当やインスタント食品を食べ始めるだろう。
「一ヶ月に一回は様子を見に行きたい」
「んー、月一では約束できないけど、時々来よっか」
「ああ。ありがとう」
「うん。あ、翔、さっきから気になってるんだけど、その袋、なに?」
膝の上に乗せていたビニール袋をちらりと見て美颯が言う。袋の中身は先程静奈に買ってもらったアイス三つとチョコレート。
「美颯と錬さんと俺の分のアイスと、月兄の分の板チョコ。静姉が買ってくれたんだ」
「へえ……それ、月光には僕が明日渡すから貸して」
そう言って片手で運転しながらもう片方の手をこちらに差し出してくるが、翔は断った。
「自分で渡したい」
月光の喜ぶ顔を間近で見たい。
「……そっか、じゃあ帰ってから渡してあげて」
少し困ったような笑顔で美颯言った。
「そうする」
目的の数字が書かれた部屋の前は静奈の声が響いていた。大きな声を出しているようでいつもより声が高い。
今までにまだ数回しか聞いたことのない静奈の怒鳴り声を聞いて、しばらく会わない内に性格が変わったのかと呑気に考えながら、痴話喧嘩なら終わるまで中に入らないほうが良いと思い、翔はドアの前で待つことにした。
盗み聞きなんてするつもりはなかった。だが、静奈が言うはずもない言葉が、久々に聞く静奈の声で聞こえて、翔は耳をうたがった。
月光のことを静奈がどう思っていたのかを、初めて知ることができた。それは嬉しい。でも…
静奈も月光のことが好きだと思っていた。嫌ってはいないと思っていた。喧嘩しているのを見たことがないから。
何か不満があったのだろうかと過去を思い返してみるが、原因は分からない。翔が気づけていないだけかもしれないが、月光には欠点というほどの欠点はない。
中に入り月光には黙っていようと決め、車を置いてきた美颯が入ってきたところでこの話は途切れた。
予想通り、静奈は滅多に料理をせずほとんど外食かコンビニで済ませていたようだ。
冷蔵庫には野菜や肉類が入っていなかったので静奈と二人でスーパーまで買い物に行き、その間に裕太と美颯で部屋の掃除をしてもらうことにした。
道中、月光の事をどう思っているかはこれ以上聞きたくなかったので、会話は主に近況報告だった。
特に変わったところはないらしい。
「……あ、これ、月光に持って帰ってあげて」
スーパーで食材と調味料を一通り見たあと、静奈がお菓子売り場から月光の好きな板チョコを持ってきてカートに入れた。
「……ああ、分かった。ありがとう」
「翔はアイス?チョコにする?……なに?」
翔は思わず静奈を見つめていた。静奈はそれが不快だったようで少し顔を顰める。
「……いや、なんでもない。……静姉からって伝えたら月兄はきっと喜ぶ」
月光が嫌いだと言いつつもこういう気遣いができる優しい姉だ。
月光の好きな食べ物を買ってくれようとしてくれることが嬉しくて翔の頬が緩む。
「……翔は月光が大好きなんだね」
「ああ、当然だろ。兄弟だから。静姉のことも大好きだ」
中学生にもなって兄や姉が好きだという人は滅多にいないのだろう。少なくとも、同級生の友達には一人もいなかった。それを知ったのはまだ最近ことだ。
学校でいつも連んでいる中の一人が兄弟喧嘩をして、知り合い家を転々としているという話から、成り行きで普通は兄弟とどのような感じで接するものかを知ることができた。 兄と一緒のベッドで寝たり、今のように姉に好きだと言ったりすることは、ほかの家庭では滅多にないことらしい。
「そっか。ありがと~。私も好きだよ」
そう言って静奈が微笑む。
美颯と裕太にも何か買って帰ろうと静奈が言い出し、二人で適当に選んで静奈のアパートに帰った。
その後、今日の分の夕飯と明日の朝食を静奈と裕太の二人分作った。
料理の腕が上達していると静奈が翔を褒め、翔は静奈に料理くらいできるようになれと注意した。
夕飯を一緒に食べようと二人に誘われたが、月光と錬が待ってるからと断り、美颯が錬に連絡したあと車に乗った。
「翔の思ってた通り、料理はしてなかったみたいだね」
掃除が大変だったのか、若干疲れ気味の美颯がそうつぶやく。ゴミが散らばっていたわけではないが、布団を干したり脱いで放置してあった何週間分かの服を洗濯物したり、食器を洗ったり色々大変だったのだろう。
「ああ。あの様子だと一週間後にはインスタント食品の生活に戻るだろうな」
一応注意はしたが、静奈は今日買った食材がなくなれば再びコンビニ弁当やインスタント食品を食べ始めるだろう。
「一ヶ月に一回は様子を見に行きたい」
「んー、月一では約束できないけど、時々来よっか」
「ああ。ありがとう」
「うん。あ、翔、さっきから気になってるんだけど、その袋、なに?」
膝の上に乗せていたビニール袋をちらりと見て美颯が言う。袋の中身は先程静奈に買ってもらったアイス三つとチョコレート。
「美颯と錬さんと俺の分のアイスと、月兄の分の板チョコ。静姉が買ってくれたんだ」
「へえ……それ、月光には僕が明日渡すから貸して」
そう言って片手で運転しながらもう片方の手をこちらに差し出してくるが、翔は断った。
「自分で渡したい」
月光の喜ぶ顔を間近で見たい。
「……そっか、じゃあ帰ってから渡してあげて」
少し困ったような笑顔で美颯言った。
「そうする」
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