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第一章
36 買い物
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月光一人になった部屋で、月光はぼんやりと天井を見つめていた。
折り紙もぬいぐるみもテーブルに置かれていて、ベッドから出るなと言われている月光には触れることができない。
ぼんやりとテーブルのほうを見ながら、出会ったばかりの頃の美颯を思い出してみる。あのころの美颯は何をしても笑ってくれていた。怒られることなんて全くと言っていいほどなかった。
それに比べ、今は怒られない日のほうが珍しいくらいだ。自分に問題があるのだろうか…。考えても月光には分からない。
──ひま……。
ベッドから出ることはできない。誰にも見られていないはずなのに、言いつけを破ればなぜか美颯に知られて怒られるのだ。
今更、そのことを不思議に思った。
「月光、水いる?」
錬が部屋に入ってきた。
「錬……おはよ」
「おはようって……もう昼だぞ」
手を伸ばすとコップに半分ほど入った水が手渡される。上体を起こして座ると錬はストローも渡してくれて月光が飲み終えるまで黙って見ていてくれた。
「……ありがと」
「もういいか?まだいる?」
「いらない。錬、今から用事ある?……ないなら、一緒にいてほしい」
平日、美颯も翔も学校に行っている間はこの家の掃除をしていると聞いた。それなら暇な時間にでも月光の部屋に来てくれればいいのに、時々トイレに連れて行ってくれたり水を持ってきてくれる以外、用事がなければ一切この部屋に寄り付かない。
月光は錬を親友だと思っているのに、錬は滅多に来てくれないので悲しくなる。
「ごめん、……まだ掃除が終わってないから」
頼み事をすると、錬は何故か月光以上に悲しそうな顔をする。
「……ぼくと居たくない?……ぼく、錬に嫌われてる……?」
いつもはこんなこと言わない。でも今日はいつもより寂しくて、つい錬を引き止めるようなことを言ってしまった。錬に嫌われているはずはない。嫌いなら、ぼくからのお願いに対してこちらが申し訳なくなるほどの悲痛な表情はしないはずだから。
「そうじゃない!俺が月光を嫌いになるなんて絶対にないから!……でも、……」
「……ありがと。……嬉しい」
そう言って微笑むと錬は何かを思いついたように、ベッドの横にある椅子から立ち上がった。そしてテーブルの奥へ移動する。
「月光、こっちに腕伸ばして」
「え?」
なに、突然。と首を傾げると、早く、と急かされた。
意味を理解できないまま言われた通りにすると、なぜかテーブルの上のぬいぐるみを渡される。
「え、なに?」
「持って。これの目が見えないように置いて」
「なんで?錬、どうしたの」
「早く」
少し焦ったような言い方になった錬に、月光は大人しく従った。
ぬいぐるみの目の部分を枕に埋めてから錬に目を向けると、錬は月光の手を引いて月光をベッドから下ろした。
「外に出たいだろ?俺、今からスーパーに行く予定だったから一緒に行こうぜ」
少し嬉しそうに錬が言う。
「え、……でも、……美颯さんが怒るから……」
「ここ、静奈さんが住んでるアパートから結構離れてるんだ。だから二人ともしばらく帰ってこない」
「でも、……見てなくても美颯さん、気づくよ?そこの窓まで歩いただけでも気づかれちゃうもん……」
正確な日数は分からないが、十日ほど前、外が見たくて部屋にある窓から外を覗いた。でも曇りガラスだから外の様子はほとんど分からなかったので十数分でベッドに戻ったが、その日の夜は怒られて夕飯と次の日の朝食が貰えなかった上に、翔も部屋に来てくれなくて辛かった。
「ここに居たい?」
「……いやだ……けど、……」
この部屋は毎日代わり映えしなくてつまらない。
だから外に出ても怒られないなら、毎日でも外に行きたい。
「大丈夫だ。美颯にも翔くんにも気づかれない。安心しろって」
月光を落ち着かせようと錬が笑顔で言ってくれた。
「……うん」
曖昧に笑い返して錬の差し出す手に自分の手を重ねた。
「……リビング……」
久しぶりに見た気がする。最近は自室で食事を摂っているので、部屋から出るのはお風呂とトイレの時だけだったからリビングには長らく来ていなかった。
錬がカウンターに置いてあった財布を持って玄関に向かい、月光はその後を追った。
「……ぼくの靴がない」
ここに来てから外出は初めてだ。初めて来た日も月光が寝ている間に引越しが完了していたので、靴は持ってきていないのかもしれない。
「あー、じゃあ俺の履く?サイズ違うけどまぁないよりマシだろ」
「……うん。ありがと」
引越すとき、どうして翔は月光の靴を持ってきてくれなかったのだろう…。
──忘れてたのかな……。
そうならいいが、もし必要ないと思ってのことなら文句を言いたい。
錬の靴は大きくて歩きにくかったが、裸足で買い物に行くよりは断然良い。
このドアが開くのを見るのは初めてだ。錬に渡された靴に足を入れ、鍵が開いた瞬間に月光は勢いよく外に出た。久しぶりに出る外はジメジメしていて少し暑さを感じる。
ここに引越して来た時は暑くも寒くもない春の終わりかけだったことを思い出し、随分と長くこの家に篭っていた気がしていたがまだそれほど長い時間が経過していないことに少しだけ安心した。
翔は毎日このドアをくぐって学校に行っているのだと思うと羨ましく思ってしまう。
「早く行こ!早く!」
ただの外出なのに嬉しくて仕方がない。
靴を履き終えて苦笑している錬と二人でドアを離れた。そしてエレベーターに乗り、マンションから出ると、そこは月光の知らない場所だった。
引越してから初めて外にでたので知らない場所というのは当然のことだが、少し怖くなって錬の手を握った。
「今日は何作るの?」
人が沢山いるからはぐれないようにと手を繋いだまま店の中を歩く。
「月光は何が食べたい?」
「何でもいいよ」
それがいちばん困るんだよなー、といいながら人参を手に取った錬を月光は慌てて止めた。
「人参はいや……」
何か悪いことをした日は必ず食事に月光の嫌いな食べ物が入っている。
今日、錬は月光が外に出たことを美颯に言うつもりなのだろうか…。
「あーこれ、翔と美颯の分に使うだけだから」
「……ほんと?」
尋ねながら、月光の分をわざわざ作り分けてくれていることに驚く。
「月光が嫌いな食べ物は知ってるから美颯に言われてない日は入れない」
「……ありがと」
できれば言われても入れないでほしい…。
「……錬。今日、ぼくが外に出たの、美颯さんに言う……?」
「言うわけないだろ。そんなことしたら俺まで怒られる」
怖い怖い、と錬が顔を歪ませるのを見て月光は笑った。
しばらく二人で店内をうろついていると、錬のスマホに美颯からメッセージが届いた。今から静奈の家を出るそうだ。
「またいっしょに買い物来たい!」
「ああ。また来ような」
今度はパフェでも奢ってやる、と楽しそうに言う錬に月光は笑った。
やっぱり、錬といるのは好きだ。
錬は二人が帰ってくるまでに夕飯を作らなければならないらしい。だから月光と錬は急いで買い物を済ませ、美颯に知られていないかと不安になりながら帰路についた。
折り紙もぬいぐるみもテーブルに置かれていて、ベッドから出るなと言われている月光には触れることができない。
ぼんやりとテーブルのほうを見ながら、出会ったばかりの頃の美颯を思い出してみる。あのころの美颯は何をしても笑ってくれていた。怒られることなんて全くと言っていいほどなかった。
それに比べ、今は怒られない日のほうが珍しいくらいだ。自分に問題があるのだろうか…。考えても月光には分からない。
──ひま……。
ベッドから出ることはできない。誰にも見られていないはずなのに、言いつけを破ればなぜか美颯に知られて怒られるのだ。
今更、そのことを不思議に思った。
「月光、水いる?」
錬が部屋に入ってきた。
「錬……おはよ」
「おはようって……もう昼だぞ」
手を伸ばすとコップに半分ほど入った水が手渡される。上体を起こして座ると錬はストローも渡してくれて月光が飲み終えるまで黙って見ていてくれた。
「……ありがと」
「もういいか?まだいる?」
「いらない。錬、今から用事ある?……ないなら、一緒にいてほしい」
平日、美颯も翔も学校に行っている間はこの家の掃除をしていると聞いた。それなら暇な時間にでも月光の部屋に来てくれればいいのに、時々トイレに連れて行ってくれたり水を持ってきてくれる以外、用事がなければ一切この部屋に寄り付かない。
月光は錬を親友だと思っているのに、錬は滅多に来てくれないので悲しくなる。
「ごめん、……まだ掃除が終わってないから」
頼み事をすると、錬は何故か月光以上に悲しそうな顔をする。
「……ぼくと居たくない?……ぼく、錬に嫌われてる……?」
いつもはこんなこと言わない。でも今日はいつもより寂しくて、つい錬を引き止めるようなことを言ってしまった。錬に嫌われているはずはない。嫌いなら、ぼくからのお願いに対してこちらが申し訳なくなるほどの悲痛な表情はしないはずだから。
「そうじゃない!俺が月光を嫌いになるなんて絶対にないから!……でも、……」
「……ありがと。……嬉しい」
そう言って微笑むと錬は何かを思いついたように、ベッドの横にある椅子から立ち上がった。そしてテーブルの奥へ移動する。
「月光、こっちに腕伸ばして」
「え?」
なに、突然。と首を傾げると、早く、と急かされた。
意味を理解できないまま言われた通りにすると、なぜかテーブルの上のぬいぐるみを渡される。
「え、なに?」
「持って。これの目が見えないように置いて」
「なんで?錬、どうしたの」
「早く」
少し焦ったような言い方になった錬に、月光は大人しく従った。
ぬいぐるみの目の部分を枕に埋めてから錬に目を向けると、錬は月光の手を引いて月光をベッドから下ろした。
「外に出たいだろ?俺、今からスーパーに行く予定だったから一緒に行こうぜ」
少し嬉しそうに錬が言う。
「え、……でも、……美颯さんが怒るから……」
「ここ、静奈さんが住んでるアパートから結構離れてるんだ。だから二人ともしばらく帰ってこない」
「でも、……見てなくても美颯さん、気づくよ?そこの窓まで歩いただけでも気づかれちゃうもん……」
正確な日数は分からないが、十日ほど前、外が見たくて部屋にある窓から外を覗いた。でも曇りガラスだから外の様子はほとんど分からなかったので十数分でベッドに戻ったが、その日の夜は怒られて夕飯と次の日の朝食が貰えなかった上に、翔も部屋に来てくれなくて辛かった。
「ここに居たい?」
「……いやだ……けど、……」
この部屋は毎日代わり映えしなくてつまらない。
だから外に出ても怒られないなら、毎日でも外に行きたい。
「大丈夫だ。美颯にも翔くんにも気づかれない。安心しろって」
月光を落ち着かせようと錬が笑顔で言ってくれた。
「……うん」
曖昧に笑い返して錬の差し出す手に自分の手を重ねた。
「……リビング……」
久しぶりに見た気がする。最近は自室で食事を摂っているので、部屋から出るのはお風呂とトイレの時だけだったからリビングには長らく来ていなかった。
錬がカウンターに置いてあった財布を持って玄関に向かい、月光はその後を追った。
「……ぼくの靴がない」
ここに来てから外出は初めてだ。初めて来た日も月光が寝ている間に引越しが完了していたので、靴は持ってきていないのかもしれない。
「あー、じゃあ俺の履く?サイズ違うけどまぁないよりマシだろ」
「……うん。ありがと」
引越すとき、どうして翔は月光の靴を持ってきてくれなかったのだろう…。
──忘れてたのかな……。
そうならいいが、もし必要ないと思ってのことなら文句を言いたい。
錬の靴は大きくて歩きにくかったが、裸足で買い物に行くよりは断然良い。
このドアが開くのを見るのは初めてだ。錬に渡された靴に足を入れ、鍵が開いた瞬間に月光は勢いよく外に出た。久しぶりに出る外はジメジメしていて少し暑さを感じる。
ここに引越して来た時は暑くも寒くもない春の終わりかけだったことを思い出し、随分と長くこの家に篭っていた気がしていたがまだそれほど長い時間が経過していないことに少しだけ安心した。
翔は毎日このドアをくぐって学校に行っているのだと思うと羨ましく思ってしまう。
「早く行こ!早く!」
ただの外出なのに嬉しくて仕方がない。
靴を履き終えて苦笑している錬と二人でドアを離れた。そしてエレベーターに乗り、マンションから出ると、そこは月光の知らない場所だった。
引越してから初めて外にでたので知らない場所というのは当然のことだが、少し怖くなって錬の手を握った。
「今日は何作るの?」
人が沢山いるからはぐれないようにと手を繋いだまま店の中を歩く。
「月光は何が食べたい?」
「何でもいいよ」
それがいちばん困るんだよなー、といいながら人参を手に取った錬を月光は慌てて止めた。
「人参はいや……」
何か悪いことをした日は必ず食事に月光の嫌いな食べ物が入っている。
今日、錬は月光が外に出たことを美颯に言うつもりなのだろうか…。
「あーこれ、翔と美颯の分に使うだけだから」
「……ほんと?」
尋ねながら、月光の分をわざわざ作り分けてくれていることに驚く。
「月光が嫌いな食べ物は知ってるから美颯に言われてない日は入れない」
「……ありがと」
できれば言われても入れないでほしい…。
「……錬。今日、ぼくが外に出たの、美颯さんに言う……?」
「言うわけないだろ。そんなことしたら俺まで怒られる」
怖い怖い、と錬が顔を歪ませるのを見て月光は笑った。
しばらく二人で店内をうろついていると、錬のスマホに美颯からメッセージが届いた。今から静奈の家を出るそうだ。
「またいっしょに買い物来たい!」
「ああ。また来ような」
今度はパフェでも奢ってやる、と楽しそうに言う錬に月光は笑った。
やっぱり、錬といるのは好きだ。
錬は二人が帰ってくるまでに夕飯を作らなければならないらしい。だから月光と錬は急いで買い物を済ませ、美颯に知られていないかと不安になりながら帰路についた。
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