人形として

White Rose

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第一章

19 ルール

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「月兄、朝。起きるか?」

  翔の声が聞こえ、シャッとカーテンを開ける音がして部屋が明るくなる。眩しくて、抱えているクマのぬいぐるみに顔をうずめた。

「ん……」
「起きる?寝る?」
「おきる、……おはよ……」
「おはよう」

  布団が捲られて、月光はようやく目を開けた。

「……翔、今日学校?」

  目の前にいる翔はカッターシャツに身を包んでいる。

「ああ、月曜だから。起きるなら早くしてくれ。遅刻するから」

  うん、と返事をして月光はベッドから降りた。
  服は自分の部屋にあるのでパジャマのままリビングへ向かった。




「おはようございます……」
「おはよー。月光、ここおいで」

  自分の太ももをたたいて美颯に呼ばれるが、美颯の斜め前には錬がいる。普段はもう諦めるにしても、せめて同級生の前では子供扱いしないでほしい。

「いえ、あの、……となり座ります」

  美颯の隣にある椅子の背もたれの部分に手をかけて手前に引いた。

「どうして?アパートにいたときは毎日乗ってたじゃん。椅子だと嫌なの?」
「そうじゃなくて……」

  察してくれと錬を一瞬見る。

「錬を気にしてるの?大丈夫だよ、月光が僕に座ってる写真、錬に見せたことあるから」
「え……?……そんな写真、ないですよね?」

  驚きのあまり一瞬固まってしまったが、よく考えれば月光はからかわれたくないのでそういった写真は撮らせないようにしている。

「わー、すぐにバレちゃった。でも本当に大丈夫だから。錬も気にしないよね?」

  美颯が話を振ると、錬はこちらを向いて頷いた。

「錬が良くてもぼくが嫌なの!」
「月光にはこの机高いし、美颯に乗ったら丁度良い高さになるんじゃねぇの?」
「い、や、だ!」
「……そんなに嫌?じゃあ今はいいや。翔が学校遅れちゃうから。あとこれ昨日言ってた[ルール]ね。簡単だから覚えて」

  美颯は落ち込んだようにそう言いながら二つ折りにされた紙を渡してきた。月光はそれをポケットにしまい、少し申し訳なく思いつつも隣に座る。


  朝食の後、美颯は月光が薬を飲んだのを確認してから翔を学校まで送ろうと出かけて、その間月光は錬と留守番していた。

「月光、――」
「さっきの会話については何も言わないで」

  アパートにいたころは毎食美颯の上に座って食べていたということを錬に知られた。…恥ずかしすぎる。

「その事じゃねぇから」

  ソファに座り、両足を抱えてその上で腕をくみ顔を埋めていると、錬が苦笑しながら頭を撫でてくれた。

「……じゃあ何?」
「風邪、治った?」

  心配そうに顔を覗かれ、月光は錬を見上げた。

「うん。……たぶん、美颯さんが大げさなだけで最初から何ともない。……錬、バイトはまだしてる?」
「いや、近くでまた見つける。月光が辞めることは美颯から聞いて、翔くんが電話かけたところ以外には俺から伝えた」
「……そうなんだ。ありがと」

  勝手なことをされたのだから怒るのが正しいのだろうかと少し悩んだが、無断欠勤と思われるより良いと考えて礼を言った。

「俺、洗濯機回してくるから何かあったら来てくれ。あと美颯に貰った紙、ちゃんと読んどけよ」

  それだけ伝えると、錬は短い廊下のほうへ行ってしまった。月光も行こうかと思ったが、二人がかりでする事でもないので干すときに手伝うことにして、すっかり忘れていた美颯に貰った紙を取り出した。
  

【以下のルールを守って下さい。守れない場合は相応の罰を受けて頂きます(学校を中退させる事もあります)。

①登下校は必ず錬同伴で。錬に用事があり一緒に帰れない場合は必ず連絡すること。迎えに行きます。

②家から持って行った弁当以外は食べない。飲み物も水筒を持って行って下さい。

③登下校中にすれ違う人も学校で会う人も、信用してはいけません。とても危険です。

④門限は四時三十分。授業が終了したら寄り道せずに帰宅しましょう。授業が長引いてそれまでに帰れそうにない場合は早退しなさい。

⑤隠し事は禁止。その日に何をしたかは全て話しましょう。嘘も厳禁です。

⑥一度でもルールを緩ませようと交渉すれば、定期的に罰を与えます。

⑦平日も休日も、美颯と翔が帰ってくる、もしくは月光が帰ってきたときは、必ず抱きしめて。疲れが癒されるから!

以上。
※やむを得ずルールを破ってしまった場合、自己申告すれば罰を軽減します。】


  [罰]という言葉に少しこわくなったが、美颯は月光の怖がっている姿も可愛くて好きだと言っていた。だからこれは、月光を怖がらせるためのちょっとしたイタズラなのだろう。
  丁寧な文字で敬語。堅苦しい雰囲気に少し緊張しながら読んでいたが、最後の[ルール]が美颯らしくて可愛い。

  一通り読み終えた月光は紙をポケットに再び入れ、錬が戻ってくるのを待った。



「錬、洗濯物干すのはぼくがする」

リビングに戻ってきた錬にそう提案したが、断られた。

「……顔赤い。……寝てろよ。そんな状態で動かしてたら俺が美颯に怒られるじゃん。量が少ねぇからすぐ終わるし」

  錬に自室の前まで背中を押され、渋々部屋に入り布団に潜る。
  手伝いたかったが、途中で倒れて迷惑をかけるのは嫌なので、大人しく部屋で過ごすことにした。…本当に体調が悪いのか、自分では全く分からないが。



  暇すぎるのでベッドから下りて曇りガラスごしに外を見ていると、2時間ほどで美颯が帰ってきた。

「月光ー」
「あ、おかえりなさい」
「……外、行きたいの?」
「え?あ、……別に」

  美颯の表情が暗いことに気づいた月光は、慌てて窓から離れた。

──ぼく、悪いことした……?

「そう……リビング行こっか」
「はい」



  リビングに入ると、バルコニーに服が干してあるのが目に付いた。錬がしてくれたのだろう。礼を言いたいのに見当たらない。

「……美颯さん、錬は?」
「買い物。さっき行ったよ。それより[ルール]の紙、読んでくれた?」
「はい」
「このルールが守れるなら学校通わせてあげる。月光は全日制がいいんだよね?編入の手続き、今度してくるね」
「ありがとうございます!」

  やっぱりやめとこ?とでも言われるかと思っていたから嬉しい。

「多分編入試験があると思うからその時に学校行こっか。いつから行けそう?」

  美颯が部屋に飾られた犬の写真のカレンダーに目を向ける。
「いつでも行けます」
「まだ無理でしょ。ずっと風邪治ってないよね?」
「大丈夫です。でも、……あの……」
「何?」
「たぶん、むりだと思うんですけど……錬も誘いたいなって」

  知らない人しかいない場所に独りで行くのは不安だ。

「じゃあ頼んでみたら?僕からも言ってあげる」

  ニコニコと微笑んだ美颯が月光の髪に触れる。

「はい、ありがとうございます……ごめんなさい、迷惑ばかりかけて」
「いいよ、気にしなくて。それより錬と一緒がいいのって一人が怖いから?」

  はい、と素直に頷いておく。子供扱いされたくないので言いたくはなかったが、これからもお世話になるのだから嘘はつかないほうが良いだろう。

「……一人が怖いというか、定時制通ってたときに隣の席の子にちょっと嫌がらせされてたことがあって、錬のおかげで助かって……。あと、全日制に通ってたときもいろいろ相談に乗ってもらってたから……いないと少し不安です」

  隣の席の子に誘拐紛いな事をされたときは本当に怖かった。そのときにはすでに美颯と知り合っていたので美颯は知っていると思うが一応言った。
  バイト中に変な男の人に絡まれたこともあったが、その時も錬が助けてくれて、その上、翔には内緒にしていてくれた。
  錬は何かあっても慰めてくれるだけだが、翔は慰めるより先に説教が始まるので、問題が起こっても翔にはなるべく知られたくない。
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