人形として

White Rose

文字の大きさ
上 下
18 / 49
第一章

18 夜

しおりを挟む
  外が暗い。まだ、朝になっていないようだ。
  もう一度寝ようと目を瞑るが、先程の夢が頭にちらついて眠れない。汗でパジャマが濡れていて気持ち悪い。

  独りでいるのがこわい。

  今が何時なのか気になって、豆球で照らされた薄暗い部屋を見回すが、時計は見当たらなかった。スマホは…ここに来てから一度も見ていないことに気づいた。


──翔の部屋、どこ……?

 
  翔のところに行きたいが、部屋がどこか分からない。
  取り敢えず、廊下へ出ることにした。

  左隣のドアの下から明かりが漏れている。
  翔がまだ勉強しているのだろうかと思い、ドアノブに手をかけたが、奥の部屋も明かりがついていることに気づいた。美颯も翔も起きているようだ。
  どちらが翔の部屋か分からいないが、呼べば出てきてくれるだろう。そう思って、2つの部屋の丁度真ん中に立つ。

「……翔……翔……しょ――」

  最初に開けようとしていた部屋から翔が出てきた。

「何度も呼ばなくていい。聞こえてるから。……何だ?取り敢えず入れ」

  もう一つの、明かりがついている部屋に目を向けてから翔が言った。美颯の邪魔になる、と伝えたいのだろう。月光は頷いて中に入り、ベッドに座る。

  翔の部屋は月光の部屋より家具が多かった。月光の部屋はリビングにあるテーブルの半分ほどの大きさのテーブルと小さな箪笥とベッドがあるだけだが、翔の部屋には月光の部屋にあるものに加え、勉強机と翔の身長より大きな棚があった。

  驚いたことに、翔もクマのぬいぐるみを持っていた。色は真反対だが、これも可愛い。月光のぬいぐるみと同じで、枕の横に置いてある。
  月光はそのぬいぐるみを抱えてベッドに横になった。

「……こわい夢でも見たか?明日の準備終わったらもう寝るから待っててくれ」

  勉強机の前にある椅子に座った翔が、ノートやボールペンを片付けながら眠そうに言った。
  月光は黙ったまま頷いた。

──昔は可愛かったのに……。

  かばんから教科書を出したり仕舞ったりしている翔を見て、ぼんやりと先程の悪夢を思い出す。
  あの時はぼくが守っていたが、もし今誘拐されてもきっと翔が守ってくれる。翔の近くにいれば怖いことなんてない…、と弟を頼っていることを申し訳なく思うが、翔はおそらく守らせてくれない。
  それは、もう頼りにされていないということだが、仕方がない。何においても翔にまさっていることがないのだから翔だって自分より頼りない月光のことなんて兄と認識するのすら嫌なはずだ。

  悪いほうに落ちていく思考を遮断しようと、月光は頭を左右に何度か振って、何も考えないようにしながら翔を待つことにした。







  予想していた通り、月光は一人で寝れなかったようだ。
  月光が来年から一人暮らしを始めようなどと馬鹿なことを考えていることは美颯を通して知っていたので、来てくれて安心した。
  この様子だと、一人では到底暮らせない。
  時間割りを合わせてベッドを覗くと、月光はぬいぐるみを抱えたまま何度も瞬きをして眠気と闘っていた。

「トイレ行ってくる」

そう告げて部屋から出ると月光も付いてきた。

「……月兄?先に寝ていいぞ」
「ぼくも行く」

  翔が入ったあとに月光がトイレに入り、翔はその間に月光の部屋の電気を消そうと、月光の部屋の外側の壁にあるボタン押した。
  翔の部屋は内側に電気のボタンが付いているが、月光の部屋はなぜか廊下側に付いている。何故だろうと考えたかったが、すぐにカチャっと音が聞こえて月光が出てきたので、考えるのはやめて二人で部屋に戻った。

「……くま……」

  せっかく布団をかけてやったのに、月光はがばっと起き上がった。

「くま?」
「これの白いほう。持ってくるの忘れてた……ついてきて」
「これでいいだろ。取りに行くなら一人で行ってくれ」

  スマホを見ると、既に2時をまわっていた。明日は学校があるので早く寝たい。黒いクマを渡すと不思議そうに首を傾げた。

「翔、持って寝ないの?」
「……ああ」

  可愛い、可愛い、可愛い。
  こんなに可愛いのだ。ストーカーに遭うのも頷けるし、誘拐される危険性も拭いきれない。

──月兄にはずっと安全な場所にいてもらいたい。


「……じゃあ借りる」

  こちらを向いてぬいぐるみを抱えながら横になった月光を翔は抱きしめた。
  汗で濡れていることに気づいて、着替えるか尋ねたが、眠いと断られたのでそのまま寝ることにした。

「……翔」
「ん?」
「明日、翔が起きるときに起こして。……おやすみ」

「ああ、おやすみ」

  昔からしているように、翔は月光の上に手を置いて子どもにするようにゆっくり手首を動かしてトントンと手を当てやると、数分で月光から寝息が聞こえてきた。







  朝になり、アラーム音が部屋に響き渡る。今は5時だ。住まわせてもらうのだから、朝食くらいは作りたい。
  アラームを止めて隣を見ると、月光はまだ寝ていた。
  気持ち良さそうに寝ている月光はまだ寝かせておくことにして、翔は服を着替えてからキッチンに向かった。


「お、おはよう。翔くん起きるの早いな」

  既にキッチンには錬がいて、魚を焼いていた。

「おはようございます。錬さんこそ、早いですね」

  何かすることありますか?と尋ねて錬の隣に立つ。

「手伝ってくれんの?じゃあ味噌汁お願い」

  ありがとう、と錬が嬉しそうに言った。
  翔は冷蔵庫から出してあった豆腐と揚とワカメで味噌汁を作り、錬はその間に卵焼きを作る。


  全て完成し、リビングのテーブルに4人分並べ終えて時計を見ると、まだ6時20分。


「翔くんは俺にだけ敬語なんだな。俺、普通にタメ口で話してほしいんだけど」

  何をしようかと考えていると、錬が不安気にこちらを見ながら尋ねてきた。

「嫌じゃないですよ。俺も、敬語は少し距離を感じるのでできれば普通に話したいです」
「じゃあ敬語はナシな!」
「はい、……じゃなくて分かった」

  言い直すと錬が満足そうに笑った。



「美颯はそろそろ起きてくるけど月光は?」

  尋ねながら錬は3人がけのソファに座り、翔も直角に並べられた同じく3人がけのソファに座った。

「決めてない。適当に起こす」
「そっか。……翔くんは学校行くんだっけ?」
「え?もちろん行くが……錬さんは?月兄は全日制に通いたいって美颯に言ってたらしい」

  昨晩、美颯が月光を寝かせた後に教えてもらった。
  今まで月光と錬は偶然が重なって同じ学校だったようだが、今回もだろうか。希望としてはそうなってほしい。月光には翔が信用している人とずっと一緒にいてもらいたい。

「あー……美颯と相談する」
「はい。あ、錬さ――」
「おはよー、あ、翔も起きてるんだ。月光はまだ?」

  今まで月光と同じバイトをしてたのは美颯に頼まれていたのか、尋ねたかったのだが、起きてきた美颯に遮られた。私服に着替えている美颯は、手に何か書かれた用紙を持っている。

「おはよう。月兄起こしてくる」

  時計を見ると6時30分を過ぎていた。
  何も予定のない月光をこんな時間に起こす必要はないが、起こさずにご飯を食べていれば月光が後で騒ぎそうなので起こしておこうと、月光の寝ている部屋に向かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転生で僕に生きる意味をくれたのは殺し屋でした

荷居人(にいと)
BL
病気で何もできずに死んでしまった僕。最後まで家族に迷惑をかけ、疎まれ、ただ寝てぼーっとする日々に、何のために生きてきたのかわからない。 生まれ変わるなら健康な体で色んなことをしたい、こんな自分を愛してくれる人と出会いたいと願いながら僕は、15歳という若さで他界した。 そんな僕が次に目を覚ませば何故か赤ちゃんに。死んだはずじゃ?ここはどこ?僕、生まれ変わってる? そう気づいた頃には、何やら水晶が手に当てられて、転生先の新たな親と思われた人たちに自分の子ではないとされ、捨てられていた。生まれ変わっても僕は家族に恵まれないようだ。 このまま、餓死して、いや、寒いから凍えて赤ん坊のまま死ぬのかなと思った矢先に、一人のこの世のものとは思えない長髪で青く輝く髪と金色に光る冷たい瞳を持つ美青年が僕の前に現れる。 「赤子で捨てられるとは、お前も職業に恵まれなかったものか」 そう言って美青年は、赤ん坊で動けぬ僕にナイフを振り下ろした。 人に疎まれ同士、次第に依存し合う二人。歪んだ愛の先あるものとは。 亀更新です。

気づいて欲しいんだけど、バレたくはない!

甘蜜 蜜華
BL
僕は、平凡で、平穏な学園生活を送って........................居たかった、でも無理だよね。だって昔の仲間が目の前にいるんだよ?そりゃぁ喋りたくて、気づいてほしくてメール送りますよね??突然失踪した族の総長として!! ※作者は豆腐メンタルです。※作者は語彙力皆無なんだなァァ!※1ヶ月は開けないようにします。※R15は保険ですが、もしかしたらR18に変わるかもしれません。

謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません

柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。 父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。 あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない? 前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。 そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。 「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」 今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。 「おはようミーシャ、今日も元気だね」 あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない? 義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け 9/2以降不定期更新

噂の補佐君

さっすん
BL
超王道男子校[私立坂坂学園]に通う「佐野晴」は高校二年生ながらも生徒会の補佐。 [私立坂坂学園]は言わずと知れた同性愛者の溢れる中高一貫校。 個性強過ぎな先輩後輩同級生に囲まれ、なんだかんだ楽しい日々。 そんな折、転校生が来て平和が崩れる___!? 無自覚美少年な補佐が総受け * この作品はBのLな作品ですので、閲覧にはご注意ください。 とりあえず、まだそれらしい過激表現はありませんが、もしかしたら今後入るかもしれません。 その場合はもちろん年齢制限をかけますが、もし、これは過激表現では?と思った方はぜひ、教えてください。

乙女ゲーの隠しキャラに転生したからメインストーリーとは関係なく平和に過ごそうと思う

ゆん
BL
乙女ゲーム「あなただけの光になる」は剣と魔法のファンタジー世界で舞台は貴族たちが主に通う魔法学園 魔法で男でも妊娠できるようになるので同性婚も一般的 生まれ持った属性の魔法しか使えない その中でも光、闇属性は珍しい世界__ そんなところに車に轢かれて今流行りの異世界転生しちゃったごく普通の男子高校生、佐倉真央。 そしてその転生先はすべてのエンドを回収しないと出てこず、攻略も激ムズな隠しキャラ、サフィラス・ローウェルだった!! サフィラスは間違った攻略をしてしまうと死亡エンドや闇堕ちエンドなど最悪なシナリオも多いという情報があるがサフィラスが攻略対象だとわかるまではただのモブだからメインストーリーとは関係なく平和に生きていこうと思う。 __________________ 誰と結ばれるかはまだ未定ですが、主人公受けは固定です! 初投稿で拙い文章ですが読んでもらえると嬉しいです。 誤字脱字など多いと思いますがコメントで教えて下さると大変助かります…!

お助けキャラの俺は、今日も元気に私欲に走ります。

ゼロ
BL
7歳の頃、前世の記憶を思い出した。 そして今いるこの世界は、前世でプレイしていた「愛しの貴方と甘い口付けを」というBLゲームの世界らしい。 なんでわかるかって? そんなの俺もゲームの登場人物だからに決まってんじゃん!! でも、攻略対象とか悪役とか、ましてや主人公でも無いけどね〜。 俺はね、主人公くんが困った時に助言する お助けキャラに転生しました!!! でもね、ごめんね、主人公くん。 俺、君のことお助け出来ないわ。 嫌いとかじゃないんだよ? でもここには前世憧れたあの子がいるから! ということで、お助けキャラ放棄して 私欲に走ります。ゲーム?知りませんよ。そんなもの、勝手に進めておいてください。 これは俺が大好きなあの子をストーkじゃなくて、見守りながら腐の巣窟であるこの学園で、 何故か攻略対象者達からお尻を狙われ逃げ回るお話です! どうか俺に安寧の日々を。

俺が本当の愛を知るまでの物語

BL
主人公 晶(あきら)が異世界に転移し、本当の愛を知る物語 『貴方に会いたい』と繋がっています

賢者となって逆行したら「稀代のたらし」だと言われるようになりました。

かるぼん
BL
******************** ヴィンセント・ウィンバークの最悪の人生はやはり最悪の形で終わりを迎えた。 監禁され、牢獄の中で誰にも看取られず、ひとり悲しくこの生を終える。 もう一度、やり直せたなら… そう思いながら遠のく意識に身をゆだね…… 気が付くと「最悪」の始まりだった子ども時代に逆行していた。 逆行したヴィンセントは今回こそ、後悔のない人生を送ることを固く決意し二度目となる新たな人生を歩み始めた。 自分の最悪だった人生を回収していく過程で、逆行前には得られなかった多くの大事な人と出会う。 孤独だったヴィンセントにとって、とても貴重でありがたい存在。 しかし彼らは口をそろえてこう言うのだ 「君は稀代のたらしだね。」 ほのかにBLが漂う、逆行やり直し系ファンタジー! よろしくお願い致します!! ********************

処理中です...