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夜のマンション

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結局あれから夜まで柳瀬さんのマンションで過ごしてしまった。
昨日の居酒屋でもそうだったけど、何だか柳瀬さんと話してたら時間が過ぎるのが早く感じて。
「また泊まっていけばいいのに」なんて柳瀬さんは言ってくれたけど、明日は仕事だし、みんなに何か変に気づかれたら怖いしそれは断った。
だけど夜だからって柳瀬さんは車であたしのマンションまで私を送ってくれた。
…広喜くんには、こんなこと、全然してもらったことないなぁ…。

なんて思っていたら、車でほんの数分くらいで車はあたしのマンションまで到着した。

「ここで合ってる?」
「あ、そうです!」
「ちょ、待って。一応部屋の前まで送る」

柳瀬さんはそう言うと、車を一旦停める。
一方、そういうことまで言われて衝撃を受けるあたし。
この人、どこまで優しいんだろ。
そう思っていたら、あたしがもたもたしているうちに、柳瀬さんが先に車から降りてあたしが座っている助手席のドアを開けてくれる。
そして手まで差し伸べてくれるから、ちょっとどきどきしてしまった。
あたし、男の人にここまで優しくしてもらったこと、一度もない…。

「柳瀬さんてパーフェクトですよね」
「え、何で?」
「だって、かっこよくて仕事も出来て、気遣いもスマートにできちゃうし。
まさに『理想の男』って感じですね」

車から降りたあと、あたしは思わず柳瀬さんにそう言う。
するとあたしの言葉を聞いた柳瀬さんが、マンションに入ろうとするあたしを呼び止めるように言った。

「『理想の男』って思ってるんだ?五十嵐さんは」
「え、」
「五十嵐さんにとって、俺って理想なんだ?」
「!」

その言葉を聞いて、あたしはやっとさっき自分が口にした言葉の意味に気が付く。
…あ、そっか。何気なく言ったつもりだったけど、今のってそういう意味になるんだ。

「あっ、ちが…そういう意味じゃなくて!」
「でも勘違いしないでね。誰にでもやるわけじゃないから」
「!」
「俺ほんと、心に決めた人にしか、今みたいなことしないから」
「…、」

またそういうことを、平気で言う。
言ったあと悪戯に笑うから、その笑顔にも何だかドキドキしちゃって。
どうしたらいいかわからなくて、赤くなっていそうな顔を見られないように、「いいから行きますよ」とマンションに先に入った。
…入った、けど。

「あれっ?鏡子」
「!」

その時。ちょうどあたしのマンションから広喜くんが現れて、入り口でバッタリと出くわしてしまった。
きっと広喜くんは、あたしの部屋にご飯を食べに来たんだろう。
だけど今の時刻21時過ぎ。なかなかあたしが帰ってこなくて帰るところだった、というところだろうか。
まさか柳瀬さんと一緒にいるところを見られるなんて思ってもみなくて、あたしが内心「マズイ」と思っていると、広喜くんが言った。

「いやお前どこ行ってたの、全然連絡つかねぇし」
「ご、ごめ…」

うわ、スマホとか、全然チェックしてなかった…。

「ちょうど良かった。すぐ飯食わして。今腹ぺこなの俺」
「え…今から?」
「そう。お前夫でしょ、俺の」

とにかく早く、といった感じで。
後ろの柳瀬さんの存在に気付いているのかいないのか、広喜くんがあたしの腕を掴んで引っ張る。

「や、ちょ、痛…!」

でもその一連を見ていた柳瀬さんが、そんな広喜くんを引き止めるように言った。

「あなたが広喜くん?」
「…あ?」
「!」

柳瀬さんの言葉に、広喜くんが不機嫌そうな声を出す。
でも柳瀬さんは全く怯むことなく、広喜くんに言う。

「俺、五十嵐さんの会社の上司の柳瀬です」
「…うちの鏡子に何か?」
「すみません。夕べ、五十嵐さんからあなたのこと、無理やり聞き出しました。
本当はこんなこと、言うべきじゃないと思うんですけど…」

柳瀬さんはそこまで言うと、広喜くんに腕を掴まれたままのあたしを、後ろから抱きしめて言葉を続けた。

「俺、五十嵐さんが好きです」
「は…」

そう言うと、あたしを抱きしめる腕に少し力を入れる。
その思いもよらぬ言動に、あたしは内心ドキッと心臓を弾ませた。
暖かい腕の中…だけど、雰囲気で伝わってくる。
柳瀬さん、広喜くんに「だからその腕離せよ」って言ってるよね。
声が何だか、怒っているように感じて。
するとそれを聞かされた広喜くんが、あたしに言った。

「え、何お前。俺が知らないうちに会社の奴と浮気してたってこと?」
「!」

しかしその言葉を聞いて、あたしの代わりに柳瀬さんが答える。

「浮気じゃない。俺がアンタから奪いたいだけ」
「!」
「だからこのコ俺にください。鏡子は俺が幸せにします」

柳瀬さんがそう言うのを耳にして、あたしは思わず顔を赤くして下を向く。
何それ何それ。そんなのアリなの?
夕べのことからして柳瀬さんは単なるお遊びってわけでもなさそうだし、やっぱり本気なのかな?
え、でも…何で、あたしのことなんかを…。
でもあたしがそう考えていると、広喜くんが言った。

「それは無理。冗談言うなよ」
「冗談じゃない」
「鏡子は俺が好きなんだよ。俺無しじゃ生きていけねぇの。
あんた鏡子のこと好きだったらさ、鏡子の気持ち考えてそっち優先してやれよ」

広喜くんは柳瀬さんにそう言うと、今度はあたしに視線を移して言葉を続ける。

「鏡子。どーせ俺のこと試すつもりだったんだろうけど、俺そんなのに釣られたりしねぇから」
「…え」
「俺が気づかないとでも?お前相手にこういう男が現れるわけなくね?
嘘つくならもっと俺が騙されやすい奴選んで来いよな」
「!」
「まー今日は何か怠いし、やっぱ飯はいいや。お前のせいで何か疲れたわ」

広喜くんはそう言うと、本当にめんどくさそうに、あたしから視線を外してその場を後にしようとする。
しかし…

「言っとくけど俺は本気だから」
「…は?」
「お前が鏡子を大事に出来ないなら俺が幸せにするって言ってんの。
それともう一つアンタに言いたいことがある」

柳瀬さんはそう言うと、あたしを抱きしめていた腕を離して、広喜くんの方に歩み寄る。
すると、広喜くんの真正面に立って、言った。

「鏡子との結婚を取り消して、今まで借りてた金ぜんぶ鏡子に返せ」
「!」
「お前が鏡子に手をあげたことも俺は知ってる。
結婚の約束までしてるってことは、お前も鏡子が好きなんだろ?
だったらお前こそ鏡子の気持ち優先してやれよ。鏡子に恩を返せ」
「…っ、」

柳瀬さんは広喜くんにそこまで言うと、悔しそうな表情を見せる広喜くんに、今度は何かを耳打ちした。

「…?」

何を言ったのかは聞き取れなかったけれど、柳瀬さんが何かを言った瞬間、広喜くんは一気に顔を青くして、表情を強張らせた…。





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