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隣の男が乙女すぎる件①
しおりを挟む翌日。
いつもの賑やかな昼休み、教室にいる早月くんにあたしは何故か迫られた。
「動かないで、世奈ちゃん」
「え?あ…」
急にそう言われて、早月くんに右手首を掴まれる。
ど、どうしたのいきなり。
だけど何だか早月くんが真剣な顔を向けるから、あたしは何も言えなくなって。
しかも顔を近づけてきてるような気がして、思わず拒むように目を瞑った。
…しかし、瞑った時だった。
「…胸のボタン外れかけてる」
「…えっ」
ふいにそんなまさかの言葉が降ってきて、あたしは再び目を開けるとすぐに自分の胸元に目をやる。
するとそこには、制服のカッターシャツの第2ボタンだけが、本当に外れかけてるのが視界に入って…。
あたしはその光景に独り胸を撫で下ろすと、早月くんから掴まれている手を離して言った。
「…ご、ご忠告どうもありがとう。でも胸のボタンって、早月くんそもそも普段からどこ見てんの変態」
「いや、たまたま視界に入って。ってかそれ何なら僕直すよ?裁縫道具持ってるから」
「何でそんなの持ち歩いてんの。ってか、次の授業どうせ体育だから大丈夫だよ。その後はもう帰るだけだし」
あたしは早月くんにそう言うけど、一方の早月くんはあたしを心配するように言う。
「ほんとに平気?僕は凄い心配だけどな。帰り道に襲われたらどうするの」
そう言って、あたしの顔を覗き込む。
けれどその顔があまりにも可愛くて整っているから、(しかも顔近いし)あたしは目を逸らした。
「…だ、大丈夫だって。考えすぎ」
「いや、僕からしてみれば世奈ちゃんが不用心すぎ。女の子なんだから気をつけないと。…あー…やっぱ僕後で直すよ。帰りにもしものことがあったら大変」
そう言うと、「放課後に家庭科室で待ってるから」と。
一方的に約束してくる早月くん。
…別に平気だけどな。
だけどそんなに心配してくれるならと、あたしは放課後に早月くんに直して貰うことにした。
「じゃあ…よろしくお願いします」
「ん、」
そしてその後、早月くんから離れてなんとなく美桜のところに行こうとしたら、それをまた早月くんに留められた。
「あ、世奈ちゃんちょっと待って」
「?」
今度は何。
早月くんの声にあたしがそう思いながら振り向くと、早月くんが自身の鞄からあるものを取り出して、言った。
「昨日、実はクッキー焼いたんだけど」
「へ、」
「貰ってくれる?世奈ちゃんのために焼いたから」
「!」
そう言って、少し照れ臭そうにあたしにそのクッキーを手渡す早月くん。
いや、男子高校生が放課後に家でおかし作りて。
しかも、可愛らしくラッピングまでしてあるし。
「…え、ほんとに早月くんが作ったの?」
「うん、もちろん。嘘なんか吐かないよ」
「あたしのために?」
「うん。世奈ちゃんのためだけに」
そう言って、「味には自信があるから食べてみて」と、勧められるから。
相変わらず早月くんのバックにいる女子達が怖いけれど、あたしはそれを「ありがとう」と受け取る。
…もしかしてお菓子作りが趣味、なのかな。
あたしはそう思いながら、一枚だけ食べてみようと袋からクッキーを取り出した。
そしてそれを、ぱくりと口に含んで食べてみる。
「…!」
お、美味しい…!
一口食べて、びっくりした。
ちょっと悔しいけど、早月くんが作った手作りクッキーが超美味しい。
え、お菓子作りが得意なの?趣味じゃなくて?
男子高校生、なのに?
でもちゃんとこのクッキーはサクサクしてるし、甘さも控えめで完全にあたし好みだ。
「…どう?」
あたしがあまりの美味しさに言葉を無くしていると、なかなか感想が出てこないためか早月くんが不安げにあたしを見てきた。
いや、あんたは初めて彼氏に手作り料理を振る舞った彼女か!
思わず心の中でそんなツッコミを入れてしまったけど、あたしは素直に「美味しいよ」と言った。
「すっごい美味しい。お店に出しても問題ないんじゃない?なんなら…」
あたしの兄貴のカフェにでも。
思わずそう言いかけたけど、すぐにその言葉を飲み込んだ。
あ…危ない、危ない。
今はどんな奴にでも兄貴の話題は禁句なのだ。(彼氏が出来なくなるから)
あたしがそれを言いかけてすぐにやめたものの、早月くんは特に気にしていない様子であたしの言葉に喜んだ。
「ほんと!?わーい!」
「…」
いや、わーいって。
「よかった~。
いやさ、昨日道端で偶然僕ら会ったじゃん?あの時実はクッキー作りかけで。
甘いの好きかも聞けばよかったんだけど、一緒にいた相沢さんのことが気になっちゃって」
「そ、そう…」
「でも彼氏じゃないみたいだし、クッキーも誉めてもらえたし、もう大満足だよ!」
早月くんはそう言って、またニッコリ笑う。
周りの女子達は、当たり前だけど本当に面白くなさそう。てかもう視線だけであたしが殺されそうな雰囲気。
そりゃあ好きな男が自分じゃない他の女子に何かをプレゼントしてたら、寂しいしムカつくよね。
早月くんって少しは遠慮とかしないのかな。
そんなことを考えていたら、早月くんがあたしにあげたクッキーを一枚取り出して、それを今度は自らの手でそれをあたしに差し出した。
「…なに」
突然のことに呟くようにそう言うと、早月くんは未だ満足そうな笑顔を崩さずに言う。
「食べさせてあげる。あ~んして」
「は…」
早月くんは、悪気なくそう言うけど…。
い、いやいやいや!
ここ教室だから!
みんな見てるし、それ何の羞恥プレイ!?
早月くんの行動にびっくりして勢いよく否定しようと口を開いたら、その隙に口の中にクッキーを入れられた。
「…ど?」
「…美味しい」
だけどやっぱり、早月くんのクッキーは絶品だ。
…本当に、ちょっと悔しいけど。
…………
さて、イケメン君に本気で惚れられるのはもちろん嬉しくはあるけれど、そうなれば決まっていつも悲劇がやって来る。
それは…
「ちょっと、翔太くんに近づかないでよね」
…いつかはこういう展開がやってくるってわかってはいたけれど、早月くんのことを好きな女子達からのイジメ。
これを元彼達で幾度か経験しているあたしは、内心「またか」と思いながら女子達の前にただ独り立っていた。
ちなみに今はもう放課後。
独りで廊下を歩いて早月くんが待っている家庭科室に向かっていたら、その前の科学準備室に隠れていたらしい三年の先輩達4~5人に呼び止められたのだ。
で、何かと思って入ってみれば案の定これだった。
…ああ、逃げればよかったな。
何呑気に入っちゃってんのあたし…。
あたしは元彼達も皆それなりにイケメンだったから、付き合っていることに嫉妬した女子達から前の学校でも散々呼び出された。
酷いときは集団で殴られた時もあったくらい。
「…や、それはあたしじゃなくて。早月くんが近づいて来るんです」
それでも怖いことは怖いし、ドキドキしながら先輩達にそう言うけど、みんなはもちろん信じてはくれない。
「嘘ばっか。あんただって早月くん好きなんでしょ」
「迷惑そうにしてるわりには突き放さないしね」
「今日なんて何してたっけ」
「クッキー貰ってた。翔太くんもこんな女のどこがいいんだろー、意味わかんなーい」
口々にそう言われ、物凄い勢いで睨み付けられる。
男取っ替え引っ替えしてるしね。
ビッチだって有名だし、と。
昨日健からも聞いた言葉を言われ、もう何も言えなくなった。
「つまり、男なら誰でもいいんでしょ?」
先輩が冷たくそう言って、制服のポケットから取り出したのは小さなビデオカメラ。
その存在にあたしが疑問を抱いていると、次の瞬間、先輩は耳を疑いたくなる言葉をあたしに言い放った。
「じゃ、お望み通り。楽しませてあげる。男なら何人か用意したから」
「は…」
「どーせウワサ通り、誰とでもヤッてんでしょ?だったらそれ映像にして、翔太くんに見せてあげるね」
「!!」
「…そしたら、さすがの翔太くんもあんたに幻滅よね?」
そう言って、先輩達は不気味に笑って。
この科学準備室から出て行こうとする。
そんな先輩達に、あたしも慌ててそこから出ようとすると…
「おーい、逃げんなよ」
「!?」
「今から俺達とお楽しみ、だろ?」
突如現れた三年生の男子生徒達に、出口を塞がれて。
そのドアに、内側から鍵を締められた…。
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