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一章 第四皇子、白百合との婚姻を命じらる。
1-5 それは皇族のさだめ
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皇帝に婚姻についての再考を願うことはしない、と、燎琉はちいさく息をついた。
「俺はすでに聖旨を承けた……皇帝の思し召しを、皇子である俺が、蔑ろにはできないだろう?」
長い吐息とともに言うと、はあ、と、皓義はやはり微苦笑である。
「相変わらずというか、何というか……殿下はまったくもって、物わかりが良すぎるほどに良いですよね。でも、ほんとうに後悔しないんですか? そんなふうに唯々諾々と命令に従ってしまって」
すこしくらい反抗して――有態にいえば、ごねて――みてもいいのではないか、と、皓義はそんなことを言う。
「お前な」
いくら父であるとはいえ、今上皇帝を相手にごねてみせろとは、と、燎琉は呆れ半分に、咎めるように幼馴染をひと睨みした。
けれどもそれから、ふう、と、気を取り直すように、大きく呼吸をする。
「そりゃあ俺にだって、思うところは、あるにはあるが」
燎琉はつぶやくように言った。
「だが……父の言い分も、わからないではないんだ。癸性の地位向上を掲げる皇帝の息子が、癸性の者を無理に番にしておいて見捨てたとあっては、外聞も悪いし、面目が立たない。それは、確かだと思う。だからよほどのことがなければ父の翻意はないだろうし、俺も敢えて翻意を願うつもりはない」
事故とはいえ、燎琉が郭瓔偲を無理につがいにしてしまったのは事実なのだ。ならば、皇子として、責任はとらなければならないと思う。
癸性の官吏への登用を――あるいは、それ以外も、社会一般へ彼ら・彼女らが出てくることを――父帝は、積極的に推し進めようとしている。燎琉だとて、それが必要な政策であることは、理解しているつもりだ。
ならば今度の決定は簡単には覆らないだろうし、覆していいものでもないような気がしていた。
宋清歌との関係は、諦めるよりほかはない。
「生真面目ですよね、殿下は」
一歳年上の侍者はそう言いつつ、どこか複雑な感情を、ちらりと口許の微苦笑ににじませた。
「せめて愛せそうな方だといいですね、今度のお相手。戸部の書吏でいらっしゃるとか。宋家の御令嬢とは、ずいぶん、毛色が違いそうですけれども」
「毛色って……お前はもうすこし言葉を選べよ」
燎琉が鼻頭に皺を寄せると、すみません、と、皓義は軽く肩をすくめて詫びた。
「でも、実際、どうします? お相手の方が、とっても捻くれてたり、意地悪だったり、高慢で高飛車だったりして、とてもではないけれど仲睦まじくしていくなど不可能そうだったりしたら……有り得なくはないでしょう?」
続けて、そんな厭な想像を口にする。
「知るか。その時考える」
遠慮のない口をきく従者に燎琉が短く答えると、さようですか、と、相手は苦笑した。
「まあ、でも、殿下は皇族ですしね。伴侶はひとりと決まったわけでもないわけで、意中の方については、今度のことが落ち着いてから、ご側妃にでもお迎えになるという手もございますし」
「お前な……正妃を迎える前から、側妃の話などするなよ。正妃としてこの殿舎に入る予定の相手に失礼だろうが」
燎琉は不快を顕わにする。
「はは。殿下はほんとに真面目でいらっしゃいますよね」
皓義は気にしたふうもなく軽く笑った。
「で。話を戻しますが。――だったらなぜ、殿下はわざわざ、鵬明皇弟殿下のところへ?」
そこでようやく、相手は本題を思い出したらしい。
「ああ、それは、婚姻の相手……郭瓔偲に聖旨を届けるよう、陛下から命ぜられたからだ。向こうは、いまは叔父上のあずかりとなっているらしい」
「向こうって……殿下だってやっぱり、随分と他人行儀な呼び方ではないですか。殿下のつがいとなられ、これからお妃になられる方でしょう?」
「っ、仕方ないだろう。つがいというが、あれはあくまでも事故だったんだ」
「ええ。あれは事故でしょう? でも、殿下はお相手を娶られる決心をなさった。皇帝の意に従って。――ほんとうに、ほんとうに、それでいいんですか?」
繰り返すように問われて、燎琉は言葉に詰まった。
「それは……」
燎琉だって、これが正しい選択なのかどうか、正直わからなかった。自分が本当はどうしたいのかもわからない。
迎え取るのは、ほぼ、見も知らぬ相手といって差し支えない者だ。けれども、すでに、彼は燎琉のつがいなのだ。
拒むわけにはいかない。皇子として。
それが皇族としての務めだと考えるのは、決して間違ってはいないはずだ。
そう己に言い聞かせ、納得したともりでいながらも、真正面から問い詰められると迷ってしまう。燎琉はきつく眉根を寄せた。
こちらが継ぐべき言葉を探しあぐんでそのまま黙り込むと、やがて、ふう、と、皓義は嘆息する。
「まあ、殿下がお決めになったことならいいんですよ、なんでも。なんにせよ、僕はそれに随いますから。――でも、そうか。戸部の官吏ってことは、殿下のお相手は、鵬明殿下の直接の部下にあたる方なわけですね」
こちらの顔色を見て敢えてそうしたのだろうか、がらりと話題を変えて、つぶやくように皓義が言う。
「らしいな」
燎琉はうなずいた。
「なるほど……あの鵬明殿下の部下ですか」
思わせ振りに繰り返した皓義が、燎琉をちらりと見る。燎琉には皓義が向けてくる視線の意図が、いやというほど、理解できた。
郭瓔偲が実際、高慢だとか高飛車だとか、あるいは捻くれていて意地悪だとかについては、わからない。
だがすくなくとも、叔父の下で働いていた以上、一筋縄ではいかない人物の可能性は、十分にあった。燎琉の叔父にあたる鵬明とは、つまり、そういう人物だからだ。
「とりあえず……叔父上のところまで行ってくる」
燎琉は重たい気分でそう言った。
「俺はすでに聖旨を承けた……皇帝の思し召しを、皇子である俺が、蔑ろにはできないだろう?」
長い吐息とともに言うと、はあ、と、皓義はやはり微苦笑である。
「相変わらずというか、何というか……殿下はまったくもって、物わかりが良すぎるほどに良いですよね。でも、ほんとうに後悔しないんですか? そんなふうに唯々諾々と命令に従ってしまって」
すこしくらい反抗して――有態にいえば、ごねて――みてもいいのではないか、と、皓義はそんなことを言う。
「お前な」
いくら父であるとはいえ、今上皇帝を相手にごねてみせろとは、と、燎琉は呆れ半分に、咎めるように幼馴染をひと睨みした。
けれどもそれから、ふう、と、気を取り直すように、大きく呼吸をする。
「そりゃあ俺にだって、思うところは、あるにはあるが」
燎琉はつぶやくように言った。
「だが……父の言い分も、わからないではないんだ。癸性の地位向上を掲げる皇帝の息子が、癸性の者を無理に番にしておいて見捨てたとあっては、外聞も悪いし、面目が立たない。それは、確かだと思う。だからよほどのことがなければ父の翻意はないだろうし、俺も敢えて翻意を願うつもりはない」
事故とはいえ、燎琉が郭瓔偲を無理につがいにしてしまったのは事実なのだ。ならば、皇子として、責任はとらなければならないと思う。
癸性の官吏への登用を――あるいは、それ以外も、社会一般へ彼ら・彼女らが出てくることを――父帝は、積極的に推し進めようとしている。燎琉だとて、それが必要な政策であることは、理解しているつもりだ。
ならば今度の決定は簡単には覆らないだろうし、覆していいものでもないような気がしていた。
宋清歌との関係は、諦めるよりほかはない。
「生真面目ですよね、殿下は」
一歳年上の侍者はそう言いつつ、どこか複雑な感情を、ちらりと口許の微苦笑ににじませた。
「せめて愛せそうな方だといいですね、今度のお相手。戸部の書吏でいらっしゃるとか。宋家の御令嬢とは、ずいぶん、毛色が違いそうですけれども」
「毛色って……お前はもうすこし言葉を選べよ」
燎琉が鼻頭に皺を寄せると、すみません、と、皓義は軽く肩をすくめて詫びた。
「でも、実際、どうします? お相手の方が、とっても捻くれてたり、意地悪だったり、高慢で高飛車だったりして、とてもではないけれど仲睦まじくしていくなど不可能そうだったりしたら……有り得なくはないでしょう?」
続けて、そんな厭な想像を口にする。
「知るか。その時考える」
遠慮のない口をきく従者に燎琉が短く答えると、さようですか、と、相手は苦笑した。
「まあ、でも、殿下は皇族ですしね。伴侶はひとりと決まったわけでもないわけで、意中の方については、今度のことが落ち着いてから、ご側妃にでもお迎えになるという手もございますし」
「お前な……正妃を迎える前から、側妃の話などするなよ。正妃としてこの殿舎に入る予定の相手に失礼だろうが」
燎琉は不快を顕わにする。
「はは。殿下はほんとに真面目でいらっしゃいますよね」
皓義は気にしたふうもなく軽く笑った。
「で。話を戻しますが。――だったらなぜ、殿下はわざわざ、鵬明皇弟殿下のところへ?」
そこでようやく、相手は本題を思い出したらしい。
「ああ、それは、婚姻の相手……郭瓔偲に聖旨を届けるよう、陛下から命ぜられたからだ。向こうは、いまは叔父上のあずかりとなっているらしい」
「向こうって……殿下だってやっぱり、随分と他人行儀な呼び方ではないですか。殿下のつがいとなられ、これからお妃になられる方でしょう?」
「っ、仕方ないだろう。つがいというが、あれはあくまでも事故だったんだ」
「ええ。あれは事故でしょう? でも、殿下はお相手を娶られる決心をなさった。皇帝の意に従って。――ほんとうに、ほんとうに、それでいいんですか?」
繰り返すように問われて、燎琉は言葉に詰まった。
「それは……」
燎琉だって、これが正しい選択なのかどうか、正直わからなかった。自分が本当はどうしたいのかもわからない。
迎え取るのは、ほぼ、見も知らぬ相手といって差し支えない者だ。けれども、すでに、彼は燎琉のつがいなのだ。
拒むわけにはいかない。皇子として。
それが皇族としての務めだと考えるのは、決して間違ってはいないはずだ。
そう己に言い聞かせ、納得したともりでいながらも、真正面から問い詰められると迷ってしまう。燎琉はきつく眉根を寄せた。
こちらが継ぐべき言葉を探しあぐんでそのまま黙り込むと、やがて、ふう、と、皓義は嘆息する。
「まあ、殿下がお決めになったことならいいんですよ、なんでも。なんにせよ、僕はそれに随いますから。――でも、そうか。戸部の官吏ってことは、殿下のお相手は、鵬明殿下の直接の部下にあたる方なわけですね」
こちらの顔色を見て敢えてそうしたのだろうか、がらりと話題を変えて、つぶやくように皓義が言う。
「らしいな」
燎琉はうなずいた。
「なるほど……あの鵬明殿下の部下ですか」
思わせ振りに繰り返した皓義が、燎琉をちらりと見る。燎琉には皓義が向けてくる視線の意図が、いやというほど、理解できた。
郭瓔偲が実際、高慢だとか高飛車だとか、あるいは捻くれていて意地悪だとかについては、わからない。
だがすくなくとも、叔父の下で働いていた以上、一筋縄ではいかない人物の可能性は、十分にあった。燎琉の叔父にあたる鵬明とは、つまり、そういう人物だからだ。
「とりあえず……叔父上のところまで行ってくる」
燎琉は重たい気分でそう言った。
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