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一章 落第書生と錦衣衛の青年
1-1 治療*
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その後、身体を抱え上げられて、どこかへ運ばれたのは薄らと記憶していた。けれどそれからはもう無我夢中で、何がどうしてそうなったのか、はっきりとしない。気がついたときには、子渼は帳の下りた架子床の中、据えられた臥牀の上に横たえられていた。
錦衣衛の青年は、子渼に覆いかぶさり、こちらの襟をゆるめてくる。
「な、に……?」
子渼がとろりとした視線で相手を見上げると、彼は、ふう、と、息を吐いた。
「なにって、お前が助けろと言ったんだろうが。こういう場合、楽になるには気を吐いてしまうのが早い。変に堪えれば正気を失くすこともあるからな。――女を呼んでやってもいいんだが、身体から力が抜けていて、どうも動けそうもないようだし」
この状態で女を抱くなど無理だろう、と、肩を竦められ、子渼はむっとくちびるを引き結んだ。が、相手の指摘はまったくその通りというほかはない。そも経験もないのに、こんな尋常でない身体の状態で女性と交合するなど考えられないのは事実だった。
かといって、行き合ったばかりの青年に――危ないところを善意で救ってもらったらしいとはいえ――はいそうですか、ではお願いします、と、身を預けてしまえるものでもない。
「で、でも」
子渼は戸惑った声を上げたが、こちらの衣を剥ごうとする青年の手は止まらなかった。
「これは治療だ。減るものでもない」
「そん、な……! 減りますって……絶対、なにか減る」
「ははっ、むしろ経験が増えたと思え」
「あ、屁理屈、を……! ま、まって……ちょっと……あ……」
じたばたと踠こうとしたって、身体にもとより力は入らないし、あっという間に器用に深衣の帯をほどかれてしまう。袷を割られ、そのまま膚を顕わにされていた。相手はずいぶんと手際が良い。
しかもその仕様はずいぶんと手慣れていた。大きなてのひらが胸を撫で、脇腹をなぞり、その未知の感覚に子渼は戸惑いながらも、つい、息を乱してしまう。ぞわぞわ、と、触れられたところから広がってゆくのが、官能というものなのだろうか。わからなかったが、身体に燈った熱に、知らず目が潤んでいた。
「し、士大夫の、膚を、剥く、なんて……!」
それでも子渼は最後の意地で、涙目になりつつ相手を睨んだ。とはいえ身体はいうことをきかない。青年の指が膚に触れるたびに、ひく、ひくん、と、ちいさく跳ね、過敏なまでの反応を返していた。
「お前……なかなかの矜持だな。身体はこんなになっているくせに」
「っ、うる、さい……士大夫とは、そういう、もの、です」
「なるほど」
はは、と、声を立て、相手は片方の口角を持ち上げた。鳶色の眸が、すぅ、と、細まる。
「だが、お前、さっき科挙には落第したと言っていなかったか? なら、まだ士大夫ではないだろうに」
ちがうか、と、揚げ足を取った相手が、皮肉まじりにすこしだけ笑う。それはいやらしい笑い方ではなかったが、それでも子渼は、相手を睨めつけようとした。
「っ、つ、つぎこそは、及第、します……! っていうか、そういう、問題じゃ、ないっ……あ、あぅ」
そう言葉こそ強がってはいても、しかし、今度は相手を睨む視線にすら力は籠もらなかったと思う。青年の指が胸の頂にある飾りにふれ、かりかり、と、爪で掻き、くにくに、と、摘まんで弄ると、はっ、はぁ、と、濡れた甘い吐息が漏れた。
「わかった。わかったから。変に気負わず、楽にしてろ」
何がわかったものか、青年は宥めるように子渼の前髪を梳くと、頬をそっと撫で、それからくちびるを寄せてきた。けれども子渼は、首を反らすようにして横を向く。想いを交わすのでもないのに、くちづけなど、されたくはなかった。
「純情だな」
青年はまた軽く笑み声を立てた。
「では、くちづけはしないでおく。だがこのままではお前も辛いだけだろう? 放っておけば正気を失くすかもしれないし、背に腹はかえられんと思って、おとなしく協力してろ。ぜんぶ済んだら、あとは互いに忘れればいい」
な、と、耳許に息を吹き込まれて、子渼はきゅっとくちびるを噛んだ。
「大丈夫だから、楽にして」
ほら、と、やさしく囁きかけられると、何が大丈夫なのか甚だ疑問だというのに、身体からなぜか抗う力が急激に失せていく。抵抗したいのに、せねばならぬはずなのに、もう出来そうもなかった。ただ熱に流されるしかない自分が情けなくて口惜しいのに、でも、きもちいい。
「あ……あ……」
ちいさく喘ぎながら子渼は、どうしてこんなことになっているんだ、と、必死に考えようとした。けれども、思考はもう、うまくかたちを結んでくれない。
もとを質せばうっかり媚薬を呑まされた自分の迂闊がいけなかったのだ。だから青年を責めるのもお角がちがう、彼は熱を持て余す子渼を助けようとしてくれているだけなのだから、このまま彼の親切に甘えて何が悪いのだ、と、自分に言い訳するように、つらつらと、思う。催淫薬を含んでしまったらしい身体の内側では熱が蜷局を巻いていて、もう、すぐにも解放したくてたまらなくなっていた。
熱くて、苦しくて、身悶えてしまう。ただ目の前の彼の手指だけが、その堪らない慾に昇華をもたらしてくれる一条の望みにすら思えていた。
「ン、ぁ……あ、あ……たす、けて……あつ、い」
「わかっている。すぐ楽にしてやる」
「で、も……」
「治療だ。俺は気にしないから、お前も気にしなくていい」
とどめのように再び言い聞かせられて、ほう、と、息を吐きつつ、子渼は目を瞑った。
「いいから、ぜんぶ任せてろ」
再び耳にそっと語りかけられると、なぜだか、その言葉の甘さに、ぞくぞく、と、背筋を快美が駆け抜けた。そうすると、もうなんでもいい、と、ふいにそう思えてくる。
とにかくこの熱をなんとかしてくれるものがあるなら、縋ってしまって何が悪いのだ、と、おもう。子渼は目を開けて、相手を見詰めた。ほう、と、また甘く吐息すると、こちらの開き直りにも諦めにも似た感情を読み取ったのか、相手が、ふ、と、鳶色の目を細めた。
手が下衣の中に忍び込んでくる。
「っ、ぅ……ふ、ぁ、ん、ンッ……ひ、ぃ」
差し入れられた手指に、下肢の間の花茎を探られる。すでにとろりと濡れているそれを擦り上げられる直截な刺激に、子渼は身を捩って喘いだ。
節ばった長い指が熱に絡みつき、器用に扱きあげる。そうされると、とろとろと更に蜜があふれ、こぼれ、ぬち、ぬちゅ、と、粘度の高い水音が響いて、子渼の耳を否応なく侵した。それがまた、脳髄をも侵食して、思考をとろけさせる。
はずかしい。
でも、きもちがいい。
おかしくなる。
「や……あ、ぁ……いゃ、や、ぁ、ッ」
「厭なら、好きな相手のことでも考えろ」
「あ……す、き……?」
「ああ。いないのか? 情人」
治療のようなものだから済むまでのあいだ想いを寄せる相手のことを考えていればいい、と、青年は言う。その間も、相手の手指は子渼を翻弄し続けていた。そんなことをされれば、もう、どろどろで、きちんと物など考えられるはずもない。
「へ、いか……あ……陛、下ぁ」
わけがわからなくなっている子渼は、わけのわからなさのままに、とぷり、と、熱を吐き出すとともにそう口にしていた。身を突っ張らせ、脱力し、ふぅ、ふぅ、と、濡れた吐息をもらしている。
「あ、あぁ――……ッ」
残滓まで吐き尽くしつつ、ひく、ひくん、と、身を跳ねさせた。快美を極めて黒眸に涙をためた子渼を前に、けれども青年は、奇妙に息を呑んで、はたと動きを止めていた。
「な、に……?」
とろんとした目で子渼が相手を見ると、彼は眉を寄せ、なんとも言えない表情をする。
「お前……科挙を受けに来たと言っていたが、皇帝の情人にでもなりたいのか?」
「え……?」
「いま、陛下と言った」
指摘され、あ、と、子渼は声を上げる。
「ち、ちがっ」
慌てて否定したが、相手は何を思うのか、ふう、と、また息を吐いた。
「たしかにいまの皇帝には、男好きだというまことしやかな風聞もあるようだがな。なにせ践祚から四年経っても、いまだ後宮には、ひとりの妃嬪もいない」
「ちが、う……私、は、陛下に……ただ、官吏として、お仕えを……」
情人など考えたこともない、と、子渼は乱れた呼吸もそのままに反論しつつ、ふるふると首を横に振った。
「ははっ、お仕えね。そんな価値がある相手とも思えんが」
「あ、あなた、は、なん、で……陛下を、悪く……」
彼は皇帝直属の禁衛軍の一、錦衣衛ではないのか。それなのになぜそんなふうに皇帝を侮るがごとき発言をするのだろう。
「さあな」
相手は誤魔化すように曖昧な返事をひとつ、こちらの視線を煩わしがるかのように、子渼の身体をうつ伏せてしまった。ついで、中途半端に脱がされた深衣の裾をたくし上げられる。
「え、な、なに……?」
今度はいったい何をされるのか、と、子渼は戸惑った。
「まだおさまらないようだから……続きを」
後ろから回された手指が、再び花茎に絡みつく。相手の言うとおり、いったん吐精したはずのそこは、再び熱を帯びて芯を持ちはじめていた。薬の効果はまだ抜け切らないらしく、はしたなく蜜をこぼして濡れそぼっている。
青年は子渼の熱を弄びながら、今度は同時に、まろい双丘の狭間を節ばった指で探った。
もう、何をされているのかも、よくわからない。くにくに、と、莟をこじられ、指を含まされ、初めて味わう言明しがたい感触に、子渼はふるえた。
「あ……だ、だめ……」
触れられている箇所を意識して、たまらない羞恥心にも襲われ、きつく目を瞑る。きゅっと褥を掴んで、ふるふると頭を振った。
「駄目じゃないさ。気持ちよさそうだからな。これは治療だと言ったろう? 何も考えず、楽にしていればいい」
青年はこちらの耳許に囁くと、子渼の手の甲に己のてのひらを重ねた。そうしていながらも、もう片方の手の動きは止まらない。指が中を探り、ぐ、ぐぅ、と、腹側の浅いところを押し込まれた。
「ア……ッ――……ッ」
その途端、ぱちぱち、と、瞑った瞼の裏側で光が弾けるかのようになる。背筋を何かが脳天まで駆けあがった。
これは、快美だ。きもちいい。
はくはく、と、子渼は空呼吸をした。
「極めたられたか?」
「あ……な、に……」
「きもちよかっただろ?」
「わ、からな……から……もっ、と……」
「ははっ、もっとときたか」
相手は軽く笑った。自分が何を口走ったのかもよくわかっていない子渼は、もちろん、何を笑われたのかも理解できてはいない。ただ、青年の漏らした息に、すこしだけ熱っぽさが交じったのだけは感じられた。
「わかった。あと何度か絶頂を見れば、熱も冷めて楽になるさ」
彼はゆっくりと言いつつ、いつの間にか三本にまで増やされていた指をゆっくりと抜いた。両の手で子渼の腰を撫でる。掴む。わずかに尻を持ち上げられたかと思うと、尾骨のあたりに、何か指とはまるで違うものが擦りつけられた。
あつくて、かたい。ずっしりとした質量がある。
それが幾度か割れ目を探り、先程まで節ばった指をくわえていた箇所に押し当てられた。
「あ……な、中、に……」
ぐぐ、と、力を籠めるようにして押し込まれ、くぷり、と、先端を呑み込まされる。そのまま後ろから掻い抱くようにしながら、相手は張り詰めた熱で固く窄んだ肉を割り、襞を掻き分けて、子渼の奥まで身を進めていった。最後には、とちゅん、と、一気に最奥まで貫かれる。
「ッ、ア、ァ――……ッ!」
子渼は身体を突っ張らせた。ふるふる、と、ふるえる。押し出されるように花茎からは蜜がもれて、とろ、と、褥へと滴り落ちていた。きゅう、きゅうぅん、と、無意識にも、己の内に這入り込んだ相手の肉塊を締め付けている。
「っ、ぅ」
相手が低く呻くのが聴こえた。なにかを堪えるような数瞬の沈黙があって、それから、腰を掴み直される。その途端、ずるりといったん抜け落ちるぎりぎりまで退いた昂りが、とちゅん、と、再び最奥を抉った。
そこから連続して、ぐちぐち、と、奥を捏ねられる。とん、とん、と、突きあげられる。律動のたび、彼我の身体が繋がるところから、淫らに濡れた音が響いていた。
「あ、あ……ッ、アァ、ん、んぅ、ッ、ンァ……」
律動に翻弄されて、身体は高まる。思考はぬかるむ。
肚の底で切ない熱が凝っていた。あ、ああ、と、突かれるのに合わせて子渼は喘ぎ、鳴き、やがて愉楽の階を駆けのぼった。
ついに放華をみたそのとき、逞しい胴震いと共に青年もまた子渼の中に吐精する。
「あ……あ……」
内壁を濡らす熱い飛沫の感触は、子渼を絶頂の果ての更なる極みまで押し上げる。長く細く引くような快楽にふるえながら、まるで羽化昇天のような夢心地を味わっていた。
錦衣衛の青年は、子渼に覆いかぶさり、こちらの襟をゆるめてくる。
「な、に……?」
子渼がとろりとした視線で相手を見上げると、彼は、ふう、と、息を吐いた。
「なにって、お前が助けろと言ったんだろうが。こういう場合、楽になるには気を吐いてしまうのが早い。変に堪えれば正気を失くすこともあるからな。――女を呼んでやってもいいんだが、身体から力が抜けていて、どうも動けそうもないようだし」
この状態で女を抱くなど無理だろう、と、肩を竦められ、子渼はむっとくちびるを引き結んだ。が、相手の指摘はまったくその通りというほかはない。そも経験もないのに、こんな尋常でない身体の状態で女性と交合するなど考えられないのは事実だった。
かといって、行き合ったばかりの青年に――危ないところを善意で救ってもらったらしいとはいえ――はいそうですか、ではお願いします、と、身を預けてしまえるものでもない。
「で、でも」
子渼は戸惑った声を上げたが、こちらの衣を剥ごうとする青年の手は止まらなかった。
「これは治療だ。減るものでもない」
「そん、な……! 減りますって……絶対、なにか減る」
「ははっ、むしろ経験が増えたと思え」
「あ、屁理屈、を……! ま、まって……ちょっと……あ……」
じたばたと踠こうとしたって、身体にもとより力は入らないし、あっという間に器用に深衣の帯をほどかれてしまう。袷を割られ、そのまま膚を顕わにされていた。相手はずいぶんと手際が良い。
しかもその仕様はずいぶんと手慣れていた。大きなてのひらが胸を撫で、脇腹をなぞり、その未知の感覚に子渼は戸惑いながらも、つい、息を乱してしまう。ぞわぞわ、と、触れられたところから広がってゆくのが、官能というものなのだろうか。わからなかったが、身体に燈った熱に、知らず目が潤んでいた。
「し、士大夫の、膚を、剥く、なんて……!」
それでも子渼は最後の意地で、涙目になりつつ相手を睨んだ。とはいえ身体はいうことをきかない。青年の指が膚に触れるたびに、ひく、ひくん、と、ちいさく跳ね、過敏なまでの反応を返していた。
「お前……なかなかの矜持だな。身体はこんなになっているくせに」
「っ、うる、さい……士大夫とは、そういう、もの、です」
「なるほど」
はは、と、声を立て、相手は片方の口角を持ち上げた。鳶色の眸が、すぅ、と、細まる。
「だが、お前、さっき科挙には落第したと言っていなかったか? なら、まだ士大夫ではないだろうに」
ちがうか、と、揚げ足を取った相手が、皮肉まじりにすこしだけ笑う。それはいやらしい笑い方ではなかったが、それでも子渼は、相手を睨めつけようとした。
「っ、つ、つぎこそは、及第、します……! っていうか、そういう、問題じゃ、ないっ……あ、あぅ」
そう言葉こそ強がってはいても、しかし、今度は相手を睨む視線にすら力は籠もらなかったと思う。青年の指が胸の頂にある飾りにふれ、かりかり、と、爪で掻き、くにくに、と、摘まんで弄ると、はっ、はぁ、と、濡れた甘い吐息が漏れた。
「わかった。わかったから。変に気負わず、楽にしてろ」
何がわかったものか、青年は宥めるように子渼の前髪を梳くと、頬をそっと撫で、それからくちびるを寄せてきた。けれども子渼は、首を反らすようにして横を向く。想いを交わすのでもないのに、くちづけなど、されたくはなかった。
「純情だな」
青年はまた軽く笑み声を立てた。
「では、くちづけはしないでおく。だがこのままではお前も辛いだけだろう? 放っておけば正気を失くすかもしれないし、背に腹はかえられんと思って、おとなしく協力してろ。ぜんぶ済んだら、あとは互いに忘れればいい」
な、と、耳許に息を吹き込まれて、子渼はきゅっとくちびるを噛んだ。
「大丈夫だから、楽にして」
ほら、と、やさしく囁きかけられると、何が大丈夫なのか甚だ疑問だというのに、身体からなぜか抗う力が急激に失せていく。抵抗したいのに、せねばならぬはずなのに、もう出来そうもなかった。ただ熱に流されるしかない自分が情けなくて口惜しいのに、でも、きもちいい。
「あ……あ……」
ちいさく喘ぎながら子渼は、どうしてこんなことになっているんだ、と、必死に考えようとした。けれども、思考はもう、うまくかたちを結んでくれない。
もとを質せばうっかり媚薬を呑まされた自分の迂闊がいけなかったのだ。だから青年を責めるのもお角がちがう、彼は熱を持て余す子渼を助けようとしてくれているだけなのだから、このまま彼の親切に甘えて何が悪いのだ、と、自分に言い訳するように、つらつらと、思う。催淫薬を含んでしまったらしい身体の内側では熱が蜷局を巻いていて、もう、すぐにも解放したくてたまらなくなっていた。
熱くて、苦しくて、身悶えてしまう。ただ目の前の彼の手指だけが、その堪らない慾に昇華をもたらしてくれる一条の望みにすら思えていた。
「ン、ぁ……あ、あ……たす、けて……あつ、い」
「わかっている。すぐ楽にしてやる」
「で、も……」
「治療だ。俺は気にしないから、お前も気にしなくていい」
とどめのように再び言い聞かせられて、ほう、と、息を吐きつつ、子渼は目を瞑った。
「いいから、ぜんぶ任せてろ」
再び耳にそっと語りかけられると、なぜだか、その言葉の甘さに、ぞくぞく、と、背筋を快美が駆け抜けた。そうすると、もうなんでもいい、と、ふいにそう思えてくる。
とにかくこの熱をなんとかしてくれるものがあるなら、縋ってしまって何が悪いのだ、と、おもう。子渼は目を開けて、相手を見詰めた。ほう、と、また甘く吐息すると、こちらの開き直りにも諦めにも似た感情を読み取ったのか、相手が、ふ、と、鳶色の目を細めた。
手が下衣の中に忍び込んでくる。
「っ、ぅ……ふ、ぁ、ん、ンッ……ひ、ぃ」
差し入れられた手指に、下肢の間の花茎を探られる。すでにとろりと濡れているそれを擦り上げられる直截な刺激に、子渼は身を捩って喘いだ。
節ばった長い指が熱に絡みつき、器用に扱きあげる。そうされると、とろとろと更に蜜があふれ、こぼれ、ぬち、ぬちゅ、と、粘度の高い水音が響いて、子渼の耳を否応なく侵した。それがまた、脳髄をも侵食して、思考をとろけさせる。
はずかしい。
でも、きもちがいい。
おかしくなる。
「や……あ、ぁ……いゃ、や、ぁ、ッ」
「厭なら、好きな相手のことでも考えろ」
「あ……す、き……?」
「ああ。いないのか? 情人」
治療のようなものだから済むまでのあいだ想いを寄せる相手のことを考えていればいい、と、青年は言う。その間も、相手の手指は子渼を翻弄し続けていた。そんなことをされれば、もう、どろどろで、きちんと物など考えられるはずもない。
「へ、いか……あ……陛、下ぁ」
わけがわからなくなっている子渼は、わけのわからなさのままに、とぷり、と、熱を吐き出すとともにそう口にしていた。身を突っ張らせ、脱力し、ふぅ、ふぅ、と、濡れた吐息をもらしている。
「あ、あぁ――……ッ」
残滓まで吐き尽くしつつ、ひく、ひくん、と、身を跳ねさせた。快美を極めて黒眸に涙をためた子渼を前に、けれども青年は、奇妙に息を呑んで、はたと動きを止めていた。
「な、に……?」
とろんとした目で子渼が相手を見ると、彼は眉を寄せ、なんとも言えない表情をする。
「お前……科挙を受けに来たと言っていたが、皇帝の情人にでもなりたいのか?」
「え……?」
「いま、陛下と言った」
指摘され、あ、と、子渼は声を上げる。
「ち、ちがっ」
慌てて否定したが、相手は何を思うのか、ふう、と、また息を吐いた。
「たしかにいまの皇帝には、男好きだというまことしやかな風聞もあるようだがな。なにせ践祚から四年経っても、いまだ後宮には、ひとりの妃嬪もいない」
「ちが、う……私、は、陛下に……ただ、官吏として、お仕えを……」
情人など考えたこともない、と、子渼は乱れた呼吸もそのままに反論しつつ、ふるふると首を横に振った。
「ははっ、お仕えね。そんな価値がある相手とも思えんが」
「あ、あなた、は、なん、で……陛下を、悪く……」
彼は皇帝直属の禁衛軍の一、錦衣衛ではないのか。それなのになぜそんなふうに皇帝を侮るがごとき発言をするのだろう。
「さあな」
相手は誤魔化すように曖昧な返事をひとつ、こちらの視線を煩わしがるかのように、子渼の身体をうつ伏せてしまった。ついで、中途半端に脱がされた深衣の裾をたくし上げられる。
「え、な、なに……?」
今度はいったい何をされるのか、と、子渼は戸惑った。
「まだおさまらないようだから……続きを」
後ろから回された手指が、再び花茎に絡みつく。相手の言うとおり、いったん吐精したはずのそこは、再び熱を帯びて芯を持ちはじめていた。薬の効果はまだ抜け切らないらしく、はしたなく蜜をこぼして濡れそぼっている。
青年は子渼の熱を弄びながら、今度は同時に、まろい双丘の狭間を節ばった指で探った。
もう、何をされているのかも、よくわからない。くにくに、と、莟をこじられ、指を含まされ、初めて味わう言明しがたい感触に、子渼はふるえた。
「あ……だ、だめ……」
触れられている箇所を意識して、たまらない羞恥心にも襲われ、きつく目を瞑る。きゅっと褥を掴んで、ふるふると頭を振った。
「駄目じゃないさ。気持ちよさそうだからな。これは治療だと言ったろう? 何も考えず、楽にしていればいい」
青年はこちらの耳許に囁くと、子渼の手の甲に己のてのひらを重ねた。そうしていながらも、もう片方の手の動きは止まらない。指が中を探り、ぐ、ぐぅ、と、腹側の浅いところを押し込まれた。
「ア……ッ――……ッ」
その途端、ぱちぱち、と、瞑った瞼の裏側で光が弾けるかのようになる。背筋を何かが脳天まで駆けあがった。
これは、快美だ。きもちいい。
はくはく、と、子渼は空呼吸をした。
「極めたられたか?」
「あ……な、に……」
「きもちよかっただろ?」
「わ、からな……から……もっ、と……」
「ははっ、もっとときたか」
相手は軽く笑った。自分が何を口走ったのかもよくわかっていない子渼は、もちろん、何を笑われたのかも理解できてはいない。ただ、青年の漏らした息に、すこしだけ熱っぽさが交じったのだけは感じられた。
「わかった。あと何度か絶頂を見れば、熱も冷めて楽になるさ」
彼はゆっくりと言いつつ、いつの間にか三本にまで増やされていた指をゆっくりと抜いた。両の手で子渼の腰を撫でる。掴む。わずかに尻を持ち上げられたかと思うと、尾骨のあたりに、何か指とはまるで違うものが擦りつけられた。
あつくて、かたい。ずっしりとした質量がある。
それが幾度か割れ目を探り、先程まで節ばった指をくわえていた箇所に押し当てられた。
「あ……な、中、に……」
ぐぐ、と、力を籠めるようにして押し込まれ、くぷり、と、先端を呑み込まされる。そのまま後ろから掻い抱くようにしながら、相手は張り詰めた熱で固く窄んだ肉を割り、襞を掻き分けて、子渼の奥まで身を進めていった。最後には、とちゅん、と、一気に最奥まで貫かれる。
「ッ、ア、ァ――……ッ!」
子渼は身体を突っ張らせた。ふるふる、と、ふるえる。押し出されるように花茎からは蜜がもれて、とろ、と、褥へと滴り落ちていた。きゅう、きゅうぅん、と、無意識にも、己の内に這入り込んだ相手の肉塊を締め付けている。
「っ、ぅ」
相手が低く呻くのが聴こえた。なにかを堪えるような数瞬の沈黙があって、それから、腰を掴み直される。その途端、ずるりといったん抜け落ちるぎりぎりまで退いた昂りが、とちゅん、と、再び最奥を抉った。
そこから連続して、ぐちぐち、と、奥を捏ねられる。とん、とん、と、突きあげられる。律動のたび、彼我の身体が繋がるところから、淫らに濡れた音が響いていた。
「あ、あ……ッ、アァ、ん、んぅ、ッ、ンァ……」
律動に翻弄されて、身体は高まる。思考はぬかるむ。
肚の底で切ない熱が凝っていた。あ、ああ、と、突かれるのに合わせて子渼は喘ぎ、鳴き、やがて愉楽の階を駆けのぼった。
ついに放華をみたそのとき、逞しい胴震いと共に青年もまた子渼の中に吐精する。
「あ……あ……」
内壁を濡らす熱い飛沫の感触は、子渼を絶頂の果ての更なる極みまで押し上げる。長く細く引くような快楽にふるえながら、まるで羽化昇天のような夢心地を味わっていた。
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同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
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