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第4話「重い病」

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森でイノシシに襲われたあの日の夜ーー

月灯りに照らされた領主様のお顔を拝見してから私の体調がどうもおかしい。

いつもの通り、文字の読み書きを教えているだけなのに胸が“ドクン”“ドクン”と大きな音を立てて波打つ。

誤ったペンの握り方を正そうと手に触れようとしたただけで胸の“ドクン”“ドクン”が速くなる。

「シャルティナ」

「(ビクンと) ⁉︎ 」

領主様に名前を呼ばれただけなのに顔が赤くなってしまう⋯⋯

「な、なんでしょうグラン⋯⋯いや、領主様」

「またか。そろそろ“グラン”と名前で呼んでくれんか」

「できません! 領主様はこのシャルティナ・ルーリックの主君にございます。
それと私はグリューゼ領の内務卿のつもりでいますゆえ、気安くお名前で呼ぶことなどできません」

「な、ないむきょう?」

それと、なぜか領主様の前ではムキになってしまう。

「はぁ⋯⋯」

ため息が溢れる⋯⋯

2階の廊下、窓の外を見つめながらたたずむ。

この謎の病いはリーナにもヒールすることができないと言われてしまった。

きっと重い病なんだーー

しかし、だからと言って床に伏せるわけにもいかない。

そう⋯⋯この辺境の地で患ってしまった謎の病⋯⋯それに輪をかけて私の気を揉む事態が起きてしまっているから。

それは冒険者ギルドからの知らせ。

王都からグリューゼ男爵領まで最短距離で繋がる街道で、最近、恐ろしい盗賊団出るようになってしまったとのこと。

実害は私にも及んでいる。

王都から取り寄せた物資がいまだに届いていない。

それは夜会にとても必要なもの。

街道が使えないため、荷馬車はすごく遠回りをしながらこちらに向かっているとのこと。

夜会が日に日に迫ってきているというのに⋯⋯

もうひとつの心配は領主様。

冒険者ギルドからの依頼に奮い立った領主様は盗賊の討伐に向かわれた。

あれから3日ーーいまだ戻って来ない。

「どうしてこんなに胸が苦しいのかしら⋯⋯」

領主様に会えないことがこんなに辛いことなの?

「⁉︎」

いやいや違う。

だってひげだるま男爵よ。

ありえない!

きっと、社交ダンスの稽古をほったらかしたまま、夜会の日が近づいているから
気が重くなっているのよ。

そうだ。そうに違いない。

「もう、はやく帰ってきてよ!」

“バンッ(ガラスを叩く音)”

「⁉︎」

つい、叩いてしまった。

『シャルティナ様!』

庭のそうじをしていたメイドが息を乱しながら駆けてくる。

「どうかされたの!」

「旦那様がお戻りになられました」

「⁉︎」

メイドの知らせを聞いてカラダが勝手に飛び出した。

なんで私、こんな全力で走っているのかしら?

スカートまで捲くし上げて。

階段まで走っておりちゃってさ。

はしたない。

子供のころにもお母様にやめなさいって叱れたじゃない。

なのにどうして⋯⋯

何? 心待ちにしていたとでもいうの?

ウソでしょ?

ありえない。

だってケダモノが帰ってきただけよ。

ひげだるま男爵よ。

しかも、なんでちょっと、笑っているの?

氷の令嬢シャルティナ・ルーリックでしょ? あんた。

そんな顔していいわけないじゃない。

ねぇ、ちょっと聞いてる?

『グラン様ッ!』

馬から降りた領主様が私の声に振り向いた。

「シャルティナ!」

急に我に帰った。

「⁉︎ お、お帰りなさいませ。ご領主様」

こんな私、恥ずかしくて、顔を見られたくなくて、だからものすごく深くお辞儀をする。

「シャルティナ。無事に戻った。だからその顔をよく見せてくれ」

⁉︎ ちょっちょっと待って! な、何を⁉︎

ご領主様の指が私の頬を滑るように這ってくるーー

そして顎をクイッと持ち上げ、私の顔をまじまじと見つめる⋯⋯

「は、恥ずかしいです⋯⋯ご領主様⋯⋯」

「ずっと会いたかったぞシャルティナ。鎧を脱いだらあとで部屋で会おう」

「は、はい⋯⋯」

え、ええーー⁉︎ 胸の“ドクン”“ドクン”ていう音がいつもよりも大きくはやく聞こえる。

***

どうして⋯⋯こうなったんだろう。

ご領主様は私の膝を枕にしてソファの上に横になった。

「疲れたな⋯⋯」

「あ、あの⋯⋯お話というのは⋯⋯そ、それに重たいです⋯⋯」

「すまない。いまはこうしていると落ち着くんだ」

「ご領主様、なにかございましたか? 様子がいつもと変といいますか⋯⋯先ほどからおとなしい」

「なぁ⋯⋯シャルティナ⋯⋯どうしたらこの世界から盗賊がいなくなると思う?」

ご領主様は真剣な眼差しで私を見つめたまま、頭のうしろに回してきた手でグッと私の顔を引き寄せる。

「な、な⁉︎」

「答えてくれシャルティナ⋯⋯」

「⁉︎ ⋯⋯」

「俺はホトホト疲れた。追っ払っても追っ払っても現れる盗賊たちに嫌気がさしたんだ。
倒しても、捕まえてもまた別の誰かが盗賊となってやってくる。そして誰かに危害を加える。
あの街道を取り締まったのは今回がはじめてじゃないんだ⋯⋯いくら戦ってもキリがない。
そう痛感させれた。なにかよい方法は無いか⋯⋯」

「方法ならあります!」

「まことか?」

「民を富ますことです」

「民を⋯⋯」

「ここにやってきたとき私ははじめに言いましたよ。
きっと彼らだって悪いことがしたくて盗賊をやっているわけではありません。
食べるものに困っているからです。このドルトラードにはまだ大型の魔物による被害の痕がたくさん残っています。
はたらくところもなく、食べ物を買うお金もない⋯⋯生きるためなのですよ」

「生きるため?」

「生きるためにヒトは命を懸けるのです」

「だから盗賊も必死になって俺たちに向かってくるのだな」

「これはドルトラードを治めるすべての領主様たちの責任なのです。
ヒトは命を懸けて生き抜きます。だけど民を盗賊なんかにして命を懸けさせてはいけません。
民が生きるために他者からモノを奪う。なんてことをしなくていい。そんな世の中にしてあげるのがご領主のお役目なのです」

「そのために民を富ませる⋯⋯ならば俺はなにをすればよい」

「捕まえた盗賊たちを雇い、道を作らせるのはいかがでしょう?」

「道だと?」

「はい。私がグリューゼ領にやってくる道中、道はガタガタしてそれはもう大変でした。
それに暗い森を抜けなければならないので怖い思いまでしました。
だから、王都までの最短距離を一直線に結ぶ道ができれば王都との往来が楽になり、物資も安く入ってきます。
もちろん仕事だって。それだけの大掛かりな事業ならたくさんお金を集められますし、雇った盗賊たちも食べるものに困らなくなりますから
二度と他者から奪うなんてことはしません。何より陛下がお喜びになります」

「不思議だ。シャルティナの話を聞いていたら周りが明るく見えてきた。やる気も湧いてきた」

「がんばりましょう。グラン様」

「もちろんだ」

次の日

ついにお待ちかねのものが王都からやってきた。

「シャルティナ。この大きな荷物はなんだ?」

「貴族令嬢が夜会というクエストで着る鎧ですわ。アクセサリーはさしづめ武器っていったところかしら」

「なるほど」

「もちろん。ご領主のもありますわ。ルーリック家お抱えのテーラーに仕立てさせましたの。
きっとお似合いになります」

「そ、そうか」

「失礼、似合うようにこの私がしてみせます。あとでサボらずきっちりダンスのお稽古しましょう」

「わ、わかった」

「シャルティナ様、お荷物と一緒にお手紙も届いております」

メイドが手渡してくれた手紙の宛名には宮廷外交官時代の後輩の名前が。

「マキナから⁉︎ いったいどうして⋯⋯」

つづく










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