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第3話「令嬢とケダモノ」

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私はシャルティナ・ルーリック。

ドルトラード王国の宮仕え、宮廷外交官だった。

あらゆる言語を駆使して数多くの首脳や大使と直接交渉を行い、資源や物産の貿易ルートを開拓。

王国に多大な利益をもたらした。それなのに⋯⋯

今の私と言えば⋯⋯

冒険者から貴族に成り上がった領主様へ文字の読み書きを教える毎日。

これが子供より手が焼ける。

なんせ覚えが悪い。

様子を見に集まってくる領民の子供たちのほうがすぐ覚えてしまう。

「「「せんせぇ、きょうもありがとうございました」」」

「はーい」

気づいたら手習の先生になっていた。

どうしてこうなったかといえば、領主様のグラン・グリューゼ男爵はやたら子供に懐かれる。

いつも日が昇る頃になると小さな子供たちがひょっこりと顔を出して屋敷の中をのぞいてくる。

そして領主様の周りにはつねに20人くらい子供が集まるのだ。

「よーしお前たち。これからゴブリンごっこだ。いいかゴブリンの俺から逃げるんだぞ!」

でも最近、うすうすと気づいてきた。

子供たちは領主様に懐いているのではなく、心配しているのだと。

むしろ、ちょっと出来の悪いお友達に思われているんじゃないかと⋯⋯

一緒に手習をはじめた子供に先を越され、ついには世話まで焼かれている始末。

ああ、頭が痛い。

宮廷外交官時代、仕事に忙殺されていた頃もこんなことはなかった。

一番頭を悩ますのはお行儀だ。

こっちの方が楽だと席には座らず、床に這いつくばって文字を書くのだ。

いったいどうしたら⋯⋯

子供たちと領主様が遊び疲れて寝ている間に、ヒーラーのリーナと洗濯物を干すのが日課になってきている。

リーナの話だと、領主様は冒険者時代、読み書きができないことで苦労が絶えなかったそうだ。

冒険者ギルドとの契約の際はランクに見合わない安い金額が提示されたまま判を押したり、
同業者に騙されては高難度クエストに参加。強い魔物を倒すがおいしいところをすべて、その相手に持っていかれてたそうだ。

本人はそのおかげで強くなったとその相手を憎むことなく前向きらしい。

だが、不思議なことがひとつある。

冒険者グラン・グリューゼは旧神話文明期の文字が読めることだ。

ほぼ、象形文字に等しい文字を彼だけが読むことができる。

それは多く残されたダンジョンのあらゆるところに刻まれていた。

解読できる冒険者グランはとても重宝された。

「領主様はいったいどこで失われた文明の文字を教わったのですか?」

「よくわからない⋯⋯本人も唯一ヒトから教わった文字と話していた」

「もしかして過去からやってきた? まさかねぇ」

リーナも首をかしげる。

あのひげだるま男爵ならありえそうだけど。

「ところであの子供たちってどこに住んでいるの? いつも早い時間に遊びに来るけど」

「となりの屋敷だ。全員、グランが退治した大型の魔物によって村を失い、家族を失った子供たちだ。
いまはワタシと他の仲間たちでめんどうをみている。だけど子供たちはグランのことが一番好き」

「そうなんだ⋯⋯」

私も愚痴を溢してばかりでは居られない。

という気持ちに駆り立てられた。

与えられた自室に灯りをつけて薄暗くても机に向かう。

私がここへやってきた本来の目的を思い出した。

道をつくり住みやすい街をつくる。

そして物産品を売って外貨を獲得する。

そのお金で領民を潤わせて家族を失った子供、貧しい思いをしている子供、みんなを笑顔にする。

そんな街をデザインする。

それこそが私のやりたいことだ。

そのためにはまず資金がいる。

その資金を借りるならばやはりフィルロード・ドルトラード国王陛下だ。

国王陛下から資金を出して貰うならばやはり次の夜会で、グラン・グリューゼ男爵の身だしなみを整えて
貴族らしい振る舞いをして貰うこと。

そのためにはグラン・グリューゼ男爵にダンスを覚えてもらって⋯⋯陛下への手紙を書いてもらわないといけない⋯⋯

そのためには⋯⋯グラン・グリューゼ男爵に読み書きを教えないといけない⋯⋯

「結局そこに帰結するのかッ!」

そしてまた、朝がやってくるーー

***

「領主様! また歩き方がガニ股になっております!」

「おっと、すまない」

「もう夜会まで日がありませんから、立ち振る舞いだけでもはやく身につけてください」

「わかっている。わかっている」

「左様でございますか」

「うんうん」

私が怪訝な表情をしてもこんな調子だ。

「よーし。子供たち今日は山へ行ってきのこを採りに行くぞー!」

「「「おーッ!」」」

「領主様、今晩は社交ダンスのお稽古がありますから。あまり無茶なさらないように」

「わかっている。わかっている。そうだ!シャルティナ。ついて来なさい」

「は?」

領主様は、大きな子供だ。

ここへやって来たときの態度は彼なりにかしこまっていたようだ。

サボるのも一流。遊ぶのも一流。

「よーし。着いたぞ。みんな採るぞー!」

「「「おーッ!」」」

「すっごい。見えるところあちこちに生えている」

「そうだろ。そうだろ」

「私、きのこが生えてくるところはじめて見ました。へー、木の根のところに顔を出しているのですね。
私も一本採ります」

「それは毒だぞ。ハハハハッ」

「えッ⁉︎」

「さすがの天才令嬢もきのこの見分け方だけはわからないようですな」

「領主様こそ! ちゃ、ちゃんと、食べれるきのこ採ってきてくださいねッ!」

「そう顔を赤くするな。山のことは俺の方が詳しいってことだ」

「ィーッ、フンッ」

***

「よーし。これだけ採れればたくさんご馳走が食べれるぞ!」

「「やったーきのこごはん」」

「きのこごはんって?」

「出汁に米をつけて、きのこと一緒に炊いたやつだ。おいしいぞ」

「は、はぁ⋯⋯楽しみにしています」

『グランさまーッ!ニニヌちゃんがいないよ!」

「なんだってッ! どこへ行ってしまった! ニニヌは一番小さいから見つけるが容易じゃない。
はやく探さねば」

「領主様、私、あっち探してきます!」

「待ってくれシャルティナ!」

「ねぇ、ニニヌさっきからずっとここにいるよぉ」

「ニニヌ⁉︎」

「グランさまが大きくてニニヌちゃんが見えなかったんだ」

「ハハハハ、そうか。ってそんな場合じゃない。シャルティナを探さないと。
この森にはイノシシがいる。日が暮れる前に見つけないとマズい!
お前たちはリーナと先に屋敷に戻っていなさい」

「「「はーい!」」」

***

道に迷った⋯⋯

屋敷の方角がわからない⋯⋯

歩くのも疲れて動けないし⋯⋯もうッ!

「こんな山、切り開いて拓地にしてやるッ!」

“ガサガサ”

「⁉︎ 草むらから物音? ニニヌちゃん!」

違う!

遠くから大きな物音ーー

どんどん近づいてくる。

「もしかして領主様?⋯⋯」

なんとなくわかっていた。領主様ならどれほどよかったことか。

草むらからものすごい勢いで飛び出してきたのは大型のイノシシ。

「ぎゃああああッ!」

必死に走る。

人生で一度も出したことのない速さで私は走る。

だけどダメ。絶対に追いつかれる。

いまこうしてイノシシより速く走れているのが奇跡ッ!

もうムリッ!

いまほどカイルや公爵令嬢、父を恨んだ瞬間はないわ。

「ぎゃあああッ! 追いつかれるーッ!」

その瞬間、正面から物体が顔のすぐ側を横切って行った。

そしてイノシシが大きな音を立ててその場に倒れる。

「⁉︎」

倒れたイノシシの額には矢のようなものがーー

『シャルティナッ!』

暗がりから人影が飛び出す。

そして素早く私を抱き抱えて高く飛んだ。

「もう大丈夫だ。シャルティナ」

「⁉︎」

月あかりに照らされた領主様の顔はとても凛々しく⋯⋯


「グラン様⋯⋯」

「やっと名前で呼んでくれたな」

なぜかカッコよく見えました。


つづく
























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