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第4話「デート」
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月が薄暗くなる街を照らすころになるとぎやかな男女たちの声が聞こえてくる。
冒険者たちに馴染みの店として親しまれている酒場クリュシュルト。
1階エントランスを見下ろせる吹き抜け側の2階席のテーブルにサリサとヴィルの姿がある。
1階では冒険者パーティーが打ち上げを催していて店内は豪快な笑い声が鳴り響く。
危険なクエスト終わりの開放感からか無精髭を生やした冒険者の男が半裸で唄いながら踊り、酒を一気飲みをして仲間を盛り上げている光景を
蔑むような目で見つめるヴィル。
「サリサ、お前がご飯食べに行きましょうと誘うからついて来たが朝早くから領内のあちこちを歩かされて
ようやく食事ができる場所に辿り着いたかと思えば、このようなガラの悪いところに連れてきてなにが目的だ」
「もちろんカミラさんの居場所を見つけるためですよ。だけどヴィルって王都暮らしが長いんですね。
こんなの領民にとってあたりまえの光景ですよ。片田舎の領民の生活にいちいちショック受けてたらここの領主は務まりませんよ」
「やっぱり俺をからかうのが目的だろ」
「あららバレちゃったか」
照れたような表情で舌を出すサリサ。
「おどけた顔をしても許さんぞ」
「別に私はヴィルをからかっているんじゃありません。ただ嫌味を当てつけてるんです」
「もっと失礼だろ!」
「まぁまぁ。だけど、歩き回ってみてカミラさんのことはなんとなくわかってきたじゃないですか。
情報は歩いて掴むものですね」
「⋯⋯一理あるが事件の情報は執務室で待つ側の立場だぞ。俺は」
(はいそうですか)としらけた目でサリサはじっとヴィルの顔を見つめる。
「なんだその目は。ずっと俺のことを軽んじているようだがな俺は⋯⋯」
ヴィルの反撃を遮るようにウエイトレスが「お待たさせしましたー」と、両手に麦酒の入った木製ジョッキを持って運んでくる。
「待ってましたぁ。それで? なにが言いたかったのヴィル」
「もういい。話の腰が折れた」
「それじゃあ“かんぱーい”」
自分の方に麦酒の入った木製ジョッキを突き出してくるサリサの仕草に
なにがなんだかわからず固まってしまうヴィル。
「相手がジョッキを突き出してきたら自分もジョッキを突き出すの。ほら」
ヴィルは困惑しながら見よう見まねでサリサにジョッキを突き出す」
「そしたらジョッキ同士をぶつけてカンパーイ」
ジョッキ同士が弾くと解放された気持ちになる音を奏でて不思議と楽しい気分になる。
サリサはジョッキを煽りながら勢いよく麦酒を喉に流し混んでグビグビと音を鳴らす。
「プはぁ、このために働いているんだな私は」
カルチャーショックに打ちのめされたヴィルは、さっきからサリサが目の前で行っている謎の儀式に怯えている。
わけがわからないまま、泡立つ麦酒を見つめることしかできない。
(いったいなんだこのいいしれぬ孤独感は? なんだか帰りたいぞ)
「ほら、ヴィル。早く飲まないと一番おいしいところが溶けてなくなっちゃうよ」
「おいしいところってこの泡のことか?」
「そうそう。だからほら、はやく」
ヴィルは半信半疑のまま麦酒を喉に流し込む。
「たしかにおいしいな」
「じゃあ。これも食べて。私のおすすめ。焼き鳥」
(グロテスクだな⋯⋯)
ヴィルは肉の塊が串に刺さった食べ物をはじめて見るので
なかなか手が伸びない。
「これ鳥の肉だったのか?」
「そうだよ」
「ナイフとフォークはないのか」
「ダメダメ。これは手を使ってこうやって食べるの」
串を掴んで肉を豪快に食いちぎるサリサの食べ方を見て気圧されるヴィル。
「行儀が悪いな」
「これが一番食べやすい食べ方なの。ナイフとフォークなんか使ったら食べにくいよ」
「どういう育ち方したらそのような食べ方ができるのだ」
「うわぁ。領民見下している」
「貴族は領民に威厳を示さないといけない。違いがあって当然だ」
「だから貴族ってキライ。まぁそんなこと言っている私も貴族出身。これでも令嬢。
私もマリーやロザリーに食べ方教わったときはヴィルみたいに驚いたけどね。ようは慣れよ慣れ。
だって公爵家の料理より断然おいしいんだもん」
「公爵家って、お前公爵令嬢だったのか⁉︎」
「そうだよ。家出したけど」
「ってか今の俺より立場上⋯⋯ってだからさっきから俺になれなれしいのか⁉︎」
「ちがーう。お仕事が終わるとこうやって自分を解放するの。ずっと肩っ苦しいまま気を張って生きているとはやく死ぬよ。
私みたいに抜くときは抜かないと」
「サリサから教わったことの中で今の一番ためになった⋯⋯」
「まぁそんなこといいから食べて食べて」
ヴィルは怪訝な表情を浮かべたまま焼き鳥を口に運ぶ。
「おいしい⋯⋯」
「でしょでしょ」
「このスープにゴロゴロ入っているトマトも手で掴んで食べるのか?」
「やけどするでしょ。そこはスプーンを使うの」
「なんだかややこしいな」
サリサはヴィルのスプーンの持ち方に違和感を抱く。
ペンの握り方同様、子供のように“グー”にして握っている。
貴族のテーブルマナーが染み付いているヴィルが、スプーンの持ち方だけは行儀が悪いーー
(誰も指摘してやらなかったのか? まさか)
「ねぇ、文字を書いているときもそうだったけど手袋したままだと汚れない? 白いし」
「これは穢れがつかないようにあえてこうしているんだ」
「なんか嫌味」
サリサは意を決して尋ねる。
「ペンもそうだったけどそのスプーンの持ち方なんか独特ね」
「これか。これは手袋したままでも文字が書きやすい持ち方だ。俺が発見した。サリサも試してみたらどうだ?」
「遠慮しておきます⋯⋯」
(マナーの先生もああやって押し切ったんだな。やっぱとんでもないお坊ちゃんだ)
「そろそろ本題を教えてくれないか。街中を散々歩き周ったあげくこんなところに連れてきた目的を」
「まだ時間が早いようですね。先に情報を整理しましょうか」
サリサのスイッチが切り替わる。
サリサはテーブルの上にヒューリックのパーティーのことが記載された履歴書を置く。
「おい。これは大事な書類じゃないのか⁉︎」
軽々しく扱われる重要書類に動揺するヴィルをよそにサリサは平然としている。
「勝手に持ち出して大丈夫なのか?」
「これは領主様が押収なさった書類です。失くしても領主様の責任にございます」
「おいッ!」
「つづけましょう。カミラさんはすでに住んでいたところを引き払っていましたーー」
***
サリサはヴィルを連れて失踪前のカミラの行動を把握するためカミラが頻繁に利用していた施設に聞き込みをはじめる。
問題はヴィルだ。貴族然として紅マントを翻して金の装飾を施された軍服を着たヴィルに街を練り歩かれると目立つ。
しかも“領主だ”といういつもの態度で接せられるとサリサ以外の領民は畏れて口をつぐんでしまう。
調査に支障をきたさないようにヴィルには冒険者ギルドの制服を着せて、表向きは新人冒険者ギルド職員で
先輩職員サリサにくっいて仕事を覚えている後輩くんということにしてサリサの後ろを歩かせることにした。
当然、面白くない顔をしてサリサにくっついて歩くヴィル。
カミラの行動を探るならまずは私生活からと。2人は履歴書に書かれている情報を頼りに行動をはじめる。
カミラは孤児院で育ち身寄りがないため洗濯屋の2階にある一室を間借りして生活していた。
彼女が冒険者をはじめた理由は孤児院に仕送りを送るのに一番報酬が高い冒険者がうってつけだからが動機のようだ。
「いくら恩を返したいからって女子が命をかける商売をするのは感心しないな」
「孤児院で育ったって理由で冒険者をはじめる方ってけっこう多いんですよ」
「そういうものなのか?」
「そんな社会にしたのは貴族のせいですよ。領主同士の領地を巡るいさかいで家や家族を失い、食べるものもない。そんな子供がたくさん生まれたんです。
その経験をした人は今日、命が終わってもおかしくない状況の中で、手を差し伸べて拾ってくれた聖職者と育ててくれた孤児院にとても感謝しているんです」
「だからって俺を睨むな。戦争は落ち着いてこれからは泰平の世だ。俺の統治がつづく限り貧困に喘ぐ子供は出させない」
「さすがヴィルテイト様。だけど覚えておいてくださいね。領主が振りかざす正義感が戦争を引き起こすということを」
(姫様が命を奪われることで終わった戦争⋯⋯だからこそ平和が続いてもらわないと困る)
洗濯屋を訪ねたサリサとヴィルは店主の承諾を得てカミラが生活していた部屋に立ち入らせてもらう。
「まさにもぬけの空って感じですね⋯⋯」
「ああ⋯⋯」
私物がすべて片付けられてガランとしている一室に言葉を失うサリサとヴィル。
店主の夫人は当時のことを思い出しながらカミラの様子を語る。
「1ヶ月くらい前だったかしら、『私、結婚することになりました』って言って急に出て行ったのよね」
「やっぱりあの顔⋯⋯」
サリサの勘は的中した。
カミラと記憶の中の姫様の姿が重なる。
「お相手についてはなにかおっしゃっていませんでしたか?」
「いいえ。まったく」と首を横に振る夫人。
「とても幸せそうな顔をしていたことだけはよく覚えているわ。はじめてあったときは活発で人の世話を焼くいい子だったんだよ。
洗濯したての服が詰まったかごを私が重たそうに運んでいるといつも手伝ってくれたんだ。それが最近になると痩せ細って表情が暗くてなっていてね。
ひとりでふらふらどこか行っちゃうし、気味が悪かったんだよ。それだから結婚するって聞いたときは本当に驚いたわ」
「他に何か?」
サリサの問いかけに夫人は口を真一文字に結んで目を上に下にと動かしながら言うべきか迷いはじめた。
「なんでもかまいません。些細なことでも教えてください」
拝むようにして迫ってくるサリサに夫人も真一文字に結んだ口を再び開く。
「これ言おうか迷っていたんだけどね⋯⋯カミラちゃん、彼氏とここじゃない遠くに行くって話していたけど、あれってどういう意味かしら⋯⋯」
サリサとヴィルが夫人にお礼を言って洗濯屋をあとにする。
そのあともカミラが朝食は必ずこの店と決めていたパン屋に市場、魔道具店と聞き込みにまわった。
どの店の店主も答えることは同じ。
カミラは親しい人たちに“結婚する”“2人で遠くに行く”そのワードだけを残して行方をくらませた。
***
「俺には異常者にしか思えない!」
ヴィル、酒が回ってだいぶ気持ちが昂っている。
「つまりはカミラはヒューリックを人気のないダンジョンに誘い出して殺したあと自分も殺す。“心中”だろコレは!
ヒューリックと結婚すると思い込んでいたカミラの行き過ぎた過ちなんだ。残念だが事件はこれで解決だ。兵士を連れて
ダンジョンからカミラの遺体を回収する」
聞き込みした情報を集めた結果、ヴィルの頭の中では一方的な恋心を拗らせたカミラが笑顔のままヒューリックを殺害するサイコパスな人物としてイメージが出来上がっている。
「そう決めつけるのはまだ早いですよ」
サリサが同じ情報の中から導き出したのはヴィルとまったく異なる別の回答だ。
「ようやく姿を現したようですね」
サリサは一階の隅にあるカウンター席を見やる。
そこにはひとりポツンと酒を飲む男。晩酌の些細な肴に少しずつ手をつけてはチビチビと呑んでいる。
「こんばんは。ダッドルさん」
サリサの声に目だけ向けるダッドル。
「あんたギルドのサリサさんか。こんなところで珍しいな。
うしろの若者はサリサさんの男か。デートの邪魔をして悪いな」
「違いますー」
と、引き攣った顔でダッドルの目を見ながらカウンターを叩くサリサ。
ダッドルの異名は恐れを知らぬ男。
どんなに強力なモンスターにも動じない彼がこの世に生を受けてはじめて恐怖を覚えた瞬間である。
「お隣いいかしら」「俺もだ」とダッドルを挟むように座るサリサとヴィル。
「ダッドルさん。話して頂きたいことがあるんです。カミラさんにパーティーを追放されたときのこと」
「追放⋯⋯そうか。そういうことになっているのか」
冒険者たちに馴染みの店として親しまれている酒場クリュシュルト。
1階エントランスを見下ろせる吹き抜け側の2階席のテーブルにサリサとヴィルの姿がある。
1階では冒険者パーティーが打ち上げを催していて店内は豪快な笑い声が鳴り響く。
危険なクエスト終わりの開放感からか無精髭を生やした冒険者の男が半裸で唄いながら踊り、酒を一気飲みをして仲間を盛り上げている光景を
蔑むような目で見つめるヴィル。
「サリサ、お前がご飯食べに行きましょうと誘うからついて来たが朝早くから領内のあちこちを歩かされて
ようやく食事ができる場所に辿り着いたかと思えば、このようなガラの悪いところに連れてきてなにが目的だ」
「もちろんカミラさんの居場所を見つけるためですよ。だけどヴィルって王都暮らしが長いんですね。
こんなの領民にとってあたりまえの光景ですよ。片田舎の領民の生活にいちいちショック受けてたらここの領主は務まりませんよ」
「やっぱり俺をからかうのが目的だろ」
「あららバレちゃったか」
照れたような表情で舌を出すサリサ。
「おどけた顔をしても許さんぞ」
「別に私はヴィルをからかっているんじゃありません。ただ嫌味を当てつけてるんです」
「もっと失礼だろ!」
「まぁまぁ。だけど、歩き回ってみてカミラさんのことはなんとなくわかってきたじゃないですか。
情報は歩いて掴むものですね」
「⋯⋯一理あるが事件の情報は執務室で待つ側の立場だぞ。俺は」
(はいそうですか)としらけた目でサリサはじっとヴィルの顔を見つめる。
「なんだその目は。ずっと俺のことを軽んじているようだがな俺は⋯⋯」
ヴィルの反撃を遮るようにウエイトレスが「お待たさせしましたー」と、両手に麦酒の入った木製ジョッキを持って運んでくる。
「待ってましたぁ。それで? なにが言いたかったのヴィル」
「もういい。話の腰が折れた」
「それじゃあ“かんぱーい”」
自分の方に麦酒の入った木製ジョッキを突き出してくるサリサの仕草に
なにがなんだかわからず固まってしまうヴィル。
「相手がジョッキを突き出してきたら自分もジョッキを突き出すの。ほら」
ヴィルは困惑しながら見よう見まねでサリサにジョッキを突き出す」
「そしたらジョッキ同士をぶつけてカンパーイ」
ジョッキ同士が弾くと解放された気持ちになる音を奏でて不思議と楽しい気分になる。
サリサはジョッキを煽りながら勢いよく麦酒を喉に流し混んでグビグビと音を鳴らす。
「プはぁ、このために働いているんだな私は」
カルチャーショックに打ちのめされたヴィルは、さっきからサリサが目の前で行っている謎の儀式に怯えている。
わけがわからないまま、泡立つ麦酒を見つめることしかできない。
(いったいなんだこのいいしれぬ孤独感は? なんだか帰りたいぞ)
「ほら、ヴィル。早く飲まないと一番おいしいところが溶けてなくなっちゃうよ」
「おいしいところってこの泡のことか?」
「そうそう。だからほら、はやく」
ヴィルは半信半疑のまま麦酒を喉に流し込む。
「たしかにおいしいな」
「じゃあ。これも食べて。私のおすすめ。焼き鳥」
(グロテスクだな⋯⋯)
ヴィルは肉の塊が串に刺さった食べ物をはじめて見るので
なかなか手が伸びない。
「これ鳥の肉だったのか?」
「そうだよ」
「ナイフとフォークはないのか」
「ダメダメ。これは手を使ってこうやって食べるの」
串を掴んで肉を豪快に食いちぎるサリサの食べ方を見て気圧されるヴィル。
「行儀が悪いな」
「これが一番食べやすい食べ方なの。ナイフとフォークなんか使ったら食べにくいよ」
「どういう育ち方したらそのような食べ方ができるのだ」
「うわぁ。領民見下している」
「貴族は領民に威厳を示さないといけない。違いがあって当然だ」
「だから貴族ってキライ。まぁそんなこと言っている私も貴族出身。これでも令嬢。
私もマリーやロザリーに食べ方教わったときはヴィルみたいに驚いたけどね。ようは慣れよ慣れ。
だって公爵家の料理より断然おいしいんだもん」
「公爵家って、お前公爵令嬢だったのか⁉︎」
「そうだよ。家出したけど」
「ってか今の俺より立場上⋯⋯ってだからさっきから俺になれなれしいのか⁉︎」
「ちがーう。お仕事が終わるとこうやって自分を解放するの。ずっと肩っ苦しいまま気を張って生きているとはやく死ぬよ。
私みたいに抜くときは抜かないと」
「サリサから教わったことの中で今の一番ためになった⋯⋯」
「まぁそんなこといいから食べて食べて」
ヴィルは怪訝な表情を浮かべたまま焼き鳥を口に運ぶ。
「おいしい⋯⋯」
「でしょでしょ」
「このスープにゴロゴロ入っているトマトも手で掴んで食べるのか?」
「やけどするでしょ。そこはスプーンを使うの」
「なんだかややこしいな」
サリサはヴィルのスプーンの持ち方に違和感を抱く。
ペンの握り方同様、子供のように“グー”にして握っている。
貴族のテーブルマナーが染み付いているヴィルが、スプーンの持ち方だけは行儀が悪いーー
(誰も指摘してやらなかったのか? まさか)
「ねぇ、文字を書いているときもそうだったけど手袋したままだと汚れない? 白いし」
「これは穢れがつかないようにあえてこうしているんだ」
「なんか嫌味」
サリサは意を決して尋ねる。
「ペンもそうだったけどそのスプーンの持ち方なんか独特ね」
「これか。これは手袋したままでも文字が書きやすい持ち方だ。俺が発見した。サリサも試してみたらどうだ?」
「遠慮しておきます⋯⋯」
(マナーの先生もああやって押し切ったんだな。やっぱとんでもないお坊ちゃんだ)
「そろそろ本題を教えてくれないか。街中を散々歩き周ったあげくこんなところに連れてきた目的を」
「まだ時間が早いようですね。先に情報を整理しましょうか」
サリサのスイッチが切り替わる。
サリサはテーブルの上にヒューリックのパーティーのことが記載された履歴書を置く。
「おい。これは大事な書類じゃないのか⁉︎」
軽々しく扱われる重要書類に動揺するヴィルをよそにサリサは平然としている。
「勝手に持ち出して大丈夫なのか?」
「これは領主様が押収なさった書類です。失くしても領主様の責任にございます」
「おいッ!」
「つづけましょう。カミラさんはすでに住んでいたところを引き払っていましたーー」
***
サリサはヴィルを連れて失踪前のカミラの行動を把握するためカミラが頻繁に利用していた施設に聞き込みをはじめる。
問題はヴィルだ。貴族然として紅マントを翻して金の装飾を施された軍服を着たヴィルに街を練り歩かれると目立つ。
しかも“領主だ”といういつもの態度で接せられるとサリサ以外の領民は畏れて口をつぐんでしまう。
調査に支障をきたさないようにヴィルには冒険者ギルドの制服を着せて、表向きは新人冒険者ギルド職員で
先輩職員サリサにくっいて仕事を覚えている後輩くんということにしてサリサの後ろを歩かせることにした。
当然、面白くない顔をしてサリサにくっついて歩くヴィル。
カミラの行動を探るならまずは私生活からと。2人は履歴書に書かれている情報を頼りに行動をはじめる。
カミラは孤児院で育ち身寄りがないため洗濯屋の2階にある一室を間借りして生活していた。
彼女が冒険者をはじめた理由は孤児院に仕送りを送るのに一番報酬が高い冒険者がうってつけだからが動機のようだ。
「いくら恩を返したいからって女子が命をかける商売をするのは感心しないな」
「孤児院で育ったって理由で冒険者をはじめる方ってけっこう多いんですよ」
「そういうものなのか?」
「そんな社会にしたのは貴族のせいですよ。領主同士の領地を巡るいさかいで家や家族を失い、食べるものもない。そんな子供がたくさん生まれたんです。
その経験をした人は今日、命が終わってもおかしくない状況の中で、手を差し伸べて拾ってくれた聖職者と育ててくれた孤児院にとても感謝しているんです」
「だからって俺を睨むな。戦争は落ち着いてこれからは泰平の世だ。俺の統治がつづく限り貧困に喘ぐ子供は出させない」
「さすがヴィルテイト様。だけど覚えておいてくださいね。領主が振りかざす正義感が戦争を引き起こすということを」
(姫様が命を奪われることで終わった戦争⋯⋯だからこそ平和が続いてもらわないと困る)
洗濯屋を訪ねたサリサとヴィルは店主の承諾を得てカミラが生活していた部屋に立ち入らせてもらう。
「まさにもぬけの空って感じですね⋯⋯」
「ああ⋯⋯」
私物がすべて片付けられてガランとしている一室に言葉を失うサリサとヴィル。
店主の夫人は当時のことを思い出しながらカミラの様子を語る。
「1ヶ月くらい前だったかしら、『私、結婚することになりました』って言って急に出て行ったのよね」
「やっぱりあの顔⋯⋯」
サリサの勘は的中した。
カミラと記憶の中の姫様の姿が重なる。
「お相手についてはなにかおっしゃっていませんでしたか?」
「いいえ。まったく」と首を横に振る夫人。
「とても幸せそうな顔をしていたことだけはよく覚えているわ。はじめてあったときは活発で人の世話を焼くいい子だったんだよ。
洗濯したての服が詰まったかごを私が重たそうに運んでいるといつも手伝ってくれたんだ。それが最近になると痩せ細って表情が暗くてなっていてね。
ひとりでふらふらどこか行っちゃうし、気味が悪かったんだよ。それだから結婚するって聞いたときは本当に驚いたわ」
「他に何か?」
サリサの問いかけに夫人は口を真一文字に結んで目を上に下にと動かしながら言うべきか迷いはじめた。
「なんでもかまいません。些細なことでも教えてください」
拝むようにして迫ってくるサリサに夫人も真一文字に結んだ口を再び開く。
「これ言おうか迷っていたんだけどね⋯⋯カミラちゃん、彼氏とここじゃない遠くに行くって話していたけど、あれってどういう意味かしら⋯⋯」
サリサとヴィルが夫人にお礼を言って洗濯屋をあとにする。
そのあともカミラが朝食は必ずこの店と決めていたパン屋に市場、魔道具店と聞き込みにまわった。
どの店の店主も答えることは同じ。
カミラは親しい人たちに“結婚する”“2人で遠くに行く”そのワードだけを残して行方をくらませた。
***
「俺には異常者にしか思えない!」
ヴィル、酒が回ってだいぶ気持ちが昂っている。
「つまりはカミラはヒューリックを人気のないダンジョンに誘い出して殺したあと自分も殺す。“心中”だろコレは!
ヒューリックと結婚すると思い込んでいたカミラの行き過ぎた過ちなんだ。残念だが事件はこれで解決だ。兵士を連れて
ダンジョンからカミラの遺体を回収する」
聞き込みした情報を集めた結果、ヴィルの頭の中では一方的な恋心を拗らせたカミラが笑顔のままヒューリックを殺害するサイコパスな人物としてイメージが出来上がっている。
「そう決めつけるのはまだ早いですよ」
サリサが同じ情報の中から導き出したのはヴィルとまったく異なる別の回答だ。
「ようやく姿を現したようですね」
サリサは一階の隅にあるカウンター席を見やる。
そこにはひとりポツンと酒を飲む男。晩酌の些細な肴に少しずつ手をつけてはチビチビと呑んでいる。
「こんばんは。ダッドルさん」
サリサの声に目だけ向けるダッドル。
「あんたギルドのサリサさんか。こんなところで珍しいな。
うしろの若者はサリサさんの男か。デートの邪魔をして悪いな」
「違いますー」
と、引き攣った顔でダッドルの目を見ながらカウンターを叩くサリサ。
ダッドルの異名は恐れを知らぬ男。
どんなに強力なモンスターにも動じない彼がこの世に生を受けてはじめて恐怖を覚えた瞬間である。
「お隣いいかしら」「俺もだ」とダッドルを挟むように座るサリサとヴィル。
「ダッドルさん。話して頂きたいことがあるんです。カミラさんにパーティーを追放されたときのこと」
「追放⋯⋯そうか。そういうことになっているのか」
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