3 / 8
第3話「強いられたスローライフ」
しおりを挟む
ウォルトレーン辺境伯領主屋敷に向かう一行ーー
「ハハハッ殺されると思って防具なんてつけていたの」
ドーラ様があっけらかんと笑う。
「しかも私たちがラドフォルン家に対する仕返しであなたを使用人としてこき使うと。
それでその格好⋯⋯馬車の中で笑いを堪えるの必死だったのよ」
「姉さんならいびり倒しそうな顔してるもんな。イテッ」
辺境伯様の頭の上に拳骨が落ちた。
「だったらいっそのこと。首だけお父様のところにお返ししましょうか」
「ッ⁉︎」
「ドーラ。悪ふざけが過ぎますよ」
「はーい」
覚悟はしていたけど、はっきり言われるとドキッとする。
「シャルロット様。ウォルトレーン家がラドフォルン家を怨んでいるということはありませんよ」
“怨んでいない”パオロ様の思いがけない言葉に頭が混乱をはじめる。
「どうして?」
「こんなにも資源が豊富で領民が明るく過ごせる領地を与えてくださったのですから。
怨みではなく感謝ですよ」
「感謝⋯⋯」
まさかそのような言葉を頂戴するとは。
にわかに信じがたい。
だけど同時に収穫祭を楽しむ領民たちの顔が頭を駆け巡る。
改易が決定した当時、父クラウス・ラドフォルンの判断に味方貴族や王国民からも批判の声が上がり、
怒ったウォルトレーン家の家臣が屋敷を襲撃するという噂が絶えなかった。
17年がたった今でもウォルトレーン家の襲撃に備えて屋敷の厳重な警備が続いている。
「ラドフォルン家の人間としてなんだか救われた気持ちになります」
「俺たちは戦争に飢えた戦闘民族⋯⋯それって王国民はいまだウォルトレーン家に対して野蛮だというイメージが抜けてないってことだろ」
レンリ辺境伯の言葉に3人は口を閉ざす。
「⋯⋯」
否定はできない。
「すみません」
「なぜ謝る?」
「もう着きましたわよ」
ドーラ様の案内で執務室のような部屋に通された。
「椅子に掛けてお待ちください」
まるで領主が座るような机と椅子だ。
するとパオロ様が「お待たせしました」と、高く積み上げた書物を両手に抱えて入ってきた。
「シャルロット様」と、パオロ様は机の上に書物を乗せる。
「パオロ様これは?」
「帳簿です」
「帳簿⁉︎ 」
「ウォルトレーン領の過去17年間の財政状況が記されています」
帳簿は領地の重要機密。
使用人として働くフリをしながら書庫に忍び込んで確認したかったもの。
「シャルロット様、ウォルトレーン領に来てこれが見たかったんでしょ」
ドーラ様が不敵な顔で私を見ている。
「あなたがここへ来た理由はウォルトレーン家が王国に反旗を翻すための戦(いくさ)支度を整えているんではないかという疑惑を
調べに。そうでしょ。だったらお気の済むまで調べなさい。私とあなたの間で下手な腹の探り合いはなしよ」
隠しごとは無駄なようね。
「そうです。最初のおもてなしには意表を突かれましたが、私を欺くことは容易ではありませんよ。必ず暴いて見せます」
私は父から領地経営に関する知識を叩き込まれた。
帳簿の数字を見ればその領地の領民がどのような暮らしをしていて、現在どのような経営状態にあるか読み解くことができる。
数字は嘘をつかない。
目に映る領地、領民の姿がすべてが正しいとは限らない。
だから数字はその領地の本当の姿を見せてくれる。
いざとなれば、ひ弱そうなパオロ様を人質にして逃げればいい。
ページを1枚1枚慎重にめくって数字の動きを目で追う。
改易から3年目で農産物の収穫高増えている。
それに伴って出生率も増加⋯⋯領地としては良い傾向だ。
だけど⋯⋯
「パオロ様、わずかですが記載されている外貨はどうやって獲得されているのですか?」
「かつてラドフォルン家を震え上がらせたウォルトレーン最強の精鋭部隊、その兵(つわもの)たちです。
畑仕事に馴染めない彼らに他国で冒険者稼業をしてもらって、そこで得た報酬の一部を仕送りしてもらっているんです」
自衛のための兵士は50人、内乱終結以降、王国が定めた平和条約で軍備防衛費は収入の3割までと定められているが
敗戦したウォルトレーン家の場合は1割までと厳しい制限が与えられている。
たしかに数字上は条約を満たしている。
大きな支出もなく、大量に武器を買ったような形跡はない。
「いかがでしたか?」
「なるほど。このままだとウォルトレーン家は28年後に破綻しますね」
「「正解」」
「だから最初に私たちが帳簿を見せた理由がわかったでしょ。さっきはからかってごめんね」
「人口増加が著しいのに外貨が少ない。この狭い領地だけで作れるものだけで地産地消を繰り返し、領地内だけで経済を回すのにも限界がある。
今の子供達が大きくなって雇用を確保できなければ、人材は流出、今度は一転して老人だけが残り、人口も生産力も落ちて、財政は赤字、ついには首が回らなくなって破綻」
「そう。だから戦争をしている場合じゃないの。これで信じてもらえたかしら」
「ウォルトレーン家の主な収入は王国から出るわずかな交付金です」
「食べ物がたくさん取れることは飢えに困らずいいことだけど、お金に変えられないと今度は生活が維持できないのよ」
「だけどなぜ私なのですか」
「シャルロット様のお父様が私たちに仰ったのです。必要なことはすべて娘に叩き込んだ。
領地経営に困っていることがあれば、シャルロットにすべて相談しろ。きっとお知恵を貸してくださると」
お父様は非情な方。だから意味もなく娘を間者(スパイ)にしたりしない。きっとどこかに秘密があるはず。
そう。私は何か大事なものを見落としている。
“⁉︎”
「そういえばレンリ様は!」
「ああ。客人が来ているから中庭の方よ」
「失礼します」
執務室を飛び出してすぐに窓からレンリ辺境伯の姿が見えたので急いで階段を駆けおりる。
外に出るとレンリ辺境伯は10歳くらいの少年から白い布に包まれた物を手渡されていた。外に出るとレンリ辺境伯は10歳くらいの少年から白い布に包まれた物を受け取っていた。
「今度のはよく斬れるよ」
布から一瞬顔をのぞかせたのは煌めく刃だった。
「ありがとよリック。試すのが楽しみだ」
武器⋯⋯あれで私の首を? まさか。
それよりあの少年を追いかけないと。
おそらくこの領内に鍛冶屋がある。
そうか武器は買っているんじゃなくて作っているんだ。
「待って少年!」
「今日やって来た変な格好のお姉さん」
「変な格好は余計よ。ところで君のお家、鍛冶屋さんでしょ」
「うん」
「お姉さんに見せてくれる?」
「いいよ。じゃあついて来なよ」
少年に案内されて歩くこと20分ーー
リック少年は「あそこだよ」と、煙突から煙がモクモクと出ている小さな小屋を指差した。
中に入ると、農耕用の鍬(くわ)や鎌がたくさん並んでいる。
「作っているのってこれだけ?」
「そうだよ。畑を耕すのに必要な道具だからね。あとは料理するための包丁かな」
「包丁⋯⋯」
“⁉︎”
そうか。さっきレンリ様が受け取っていたのは包丁か⋯⋯
焦ってとんでもない勘違いを⋯⋯恥ずかしい。
リック少年に別れを告げて小屋を後にした。
帰り道の山道、私は違和感を覚える
「靴の痕が木が生い茂った道のない斜面の方に伸びて消えている」
ふたたびハッとする。
靴の跡を追って生い茂った木の枝をどかすとそこには道が隠されていた。
「あった!」
道を駆け上がり、開けた場所に出ると、そこには麦畑が広がっていた。
「ここって⋯⋯」
隠し里だ。
麦や米を王国からの徴収から免れるために隠して耕作する田畑。
なるほど兵糧を蓄えるにはちょうどいい。
しかも奥手の方にはレンガ造りの大きな建物がある。
「あれがお父様の言っていた人目のつかないところに建てられた建物」
武器庫になっているに違いない。
『キャッ!』
しまった。高揚するあまり踏み外して土手から落ちてしまった。
「痛い⋯⋯」
挫いてしまったようだ。
「何をやっているんだ。うろちょろばっかしてるからこういうことになるんだ」
「⁉︎ 辺境伯様⋯⋯イッ」
「痛いんだろ。ちょっと待ってろ俺が抱えて引き上げてやる」
「ちょ、ちょっと」
いきなりお姫様抱っこって⋯⋯
「なんか急に静かになったな。お前」
「は、はずかしくって⋯⋯」
「は?」
「あと、お、お前はやめてください。辺境伯様」
「じゃあなんて言えばいい」
「シャ、シャルロットでお願いします」
「俺もレンリでいい。だけど“様”はつけろよ」
「なんかずるいです!」
「シャルロット、あの建物の中が見たいんだろ連れてってやる」
レンリ様は私を抱えたままレンガ造りの建物へとやって来ました。
「おろすぞ」
「はい。イッ⋯⋯」
自分で立っただけでこんなに痛むなんて。
「開けてやった。見てみろ」
「寒い⋯⋯ ⁉︎ ここってーー」
たくさんの樽が横になって並べられている。
「ワインを寝かせるための貯蔵庫だ」
「ワイン⁉︎」
「親父の趣味がきっかけだけど唯一残してくれた遺産だ。本当は領主になんかなりたくねぇんだ」
「レンリ様がですか」
「このワインを出せるレストランを開いて、切り盛りするシェフになりたいんだ。
リックがさっき持って来たのは俺のマイ包丁」
「ほ、ほうちょう⋯⋯」
「刃を研いでもらっただけなのに。勘違いしたお嬢さんが屋敷から飛び出していくから
あとをつけてたんだ。的外れなあんたの行動が面白くて、ついつい道を隠してイタズラしちまった」
「じゃあ、ここって隠し里じゃないの⁉︎」
「この領地全体が隠し里みたいなものだろ。隠す必要なんてはじめからない」
「ひどい!ケガまでしてバッカみたい」
「こっちは退屈しなかったけどな」
「だけどレンリ様が辺境伯じゃなかったら領民は困るでしょ」
「親父を煮詰めて悪いところだけを搾り取ったようなうちの姉さんが1番ここの領主に向いているのさ」
「妙に納得⋯⋯」
「そうだろ。だけど正直言ってここの領民は戦場こそが自分の生きる道って思っているヤツらばっかだった。
だから戦争より平和な世の中を生き抜くってのはよっぽど大変なんだ。シャルロットのお父上は俺たちに
平和という罰を与えた」
「平和という罰⋯⋯」
「おかげでもがき苦しんでる。だから俺は感謝じゃなくて怨むぜ。ぜってぇこの世をおもしろく生き抜いてやる」
「ハハハッ殺されると思って防具なんてつけていたの」
ドーラ様があっけらかんと笑う。
「しかも私たちがラドフォルン家に対する仕返しであなたを使用人としてこき使うと。
それでその格好⋯⋯馬車の中で笑いを堪えるの必死だったのよ」
「姉さんならいびり倒しそうな顔してるもんな。イテッ」
辺境伯様の頭の上に拳骨が落ちた。
「だったらいっそのこと。首だけお父様のところにお返ししましょうか」
「ッ⁉︎」
「ドーラ。悪ふざけが過ぎますよ」
「はーい」
覚悟はしていたけど、はっきり言われるとドキッとする。
「シャルロット様。ウォルトレーン家がラドフォルン家を怨んでいるということはありませんよ」
“怨んでいない”パオロ様の思いがけない言葉に頭が混乱をはじめる。
「どうして?」
「こんなにも資源が豊富で領民が明るく過ごせる領地を与えてくださったのですから。
怨みではなく感謝ですよ」
「感謝⋯⋯」
まさかそのような言葉を頂戴するとは。
にわかに信じがたい。
だけど同時に収穫祭を楽しむ領民たちの顔が頭を駆け巡る。
改易が決定した当時、父クラウス・ラドフォルンの判断に味方貴族や王国民からも批判の声が上がり、
怒ったウォルトレーン家の家臣が屋敷を襲撃するという噂が絶えなかった。
17年がたった今でもウォルトレーン家の襲撃に備えて屋敷の厳重な警備が続いている。
「ラドフォルン家の人間としてなんだか救われた気持ちになります」
「俺たちは戦争に飢えた戦闘民族⋯⋯それって王国民はいまだウォルトレーン家に対して野蛮だというイメージが抜けてないってことだろ」
レンリ辺境伯の言葉に3人は口を閉ざす。
「⋯⋯」
否定はできない。
「すみません」
「なぜ謝る?」
「もう着きましたわよ」
ドーラ様の案内で執務室のような部屋に通された。
「椅子に掛けてお待ちください」
まるで領主が座るような机と椅子だ。
するとパオロ様が「お待たせしました」と、高く積み上げた書物を両手に抱えて入ってきた。
「シャルロット様」と、パオロ様は机の上に書物を乗せる。
「パオロ様これは?」
「帳簿です」
「帳簿⁉︎ 」
「ウォルトレーン領の過去17年間の財政状況が記されています」
帳簿は領地の重要機密。
使用人として働くフリをしながら書庫に忍び込んで確認したかったもの。
「シャルロット様、ウォルトレーン領に来てこれが見たかったんでしょ」
ドーラ様が不敵な顔で私を見ている。
「あなたがここへ来た理由はウォルトレーン家が王国に反旗を翻すための戦(いくさ)支度を整えているんではないかという疑惑を
調べに。そうでしょ。だったらお気の済むまで調べなさい。私とあなたの間で下手な腹の探り合いはなしよ」
隠しごとは無駄なようね。
「そうです。最初のおもてなしには意表を突かれましたが、私を欺くことは容易ではありませんよ。必ず暴いて見せます」
私は父から領地経営に関する知識を叩き込まれた。
帳簿の数字を見ればその領地の領民がどのような暮らしをしていて、現在どのような経営状態にあるか読み解くことができる。
数字は嘘をつかない。
目に映る領地、領民の姿がすべてが正しいとは限らない。
だから数字はその領地の本当の姿を見せてくれる。
いざとなれば、ひ弱そうなパオロ様を人質にして逃げればいい。
ページを1枚1枚慎重にめくって数字の動きを目で追う。
改易から3年目で農産物の収穫高増えている。
それに伴って出生率も増加⋯⋯領地としては良い傾向だ。
だけど⋯⋯
「パオロ様、わずかですが記載されている外貨はどうやって獲得されているのですか?」
「かつてラドフォルン家を震え上がらせたウォルトレーン最強の精鋭部隊、その兵(つわもの)たちです。
畑仕事に馴染めない彼らに他国で冒険者稼業をしてもらって、そこで得た報酬の一部を仕送りしてもらっているんです」
自衛のための兵士は50人、内乱終結以降、王国が定めた平和条約で軍備防衛費は収入の3割までと定められているが
敗戦したウォルトレーン家の場合は1割までと厳しい制限が与えられている。
たしかに数字上は条約を満たしている。
大きな支出もなく、大量に武器を買ったような形跡はない。
「いかがでしたか?」
「なるほど。このままだとウォルトレーン家は28年後に破綻しますね」
「「正解」」
「だから最初に私たちが帳簿を見せた理由がわかったでしょ。さっきはからかってごめんね」
「人口増加が著しいのに外貨が少ない。この狭い領地だけで作れるものだけで地産地消を繰り返し、領地内だけで経済を回すのにも限界がある。
今の子供達が大きくなって雇用を確保できなければ、人材は流出、今度は一転して老人だけが残り、人口も生産力も落ちて、財政は赤字、ついには首が回らなくなって破綻」
「そう。だから戦争をしている場合じゃないの。これで信じてもらえたかしら」
「ウォルトレーン家の主な収入は王国から出るわずかな交付金です」
「食べ物がたくさん取れることは飢えに困らずいいことだけど、お金に変えられないと今度は生活が維持できないのよ」
「だけどなぜ私なのですか」
「シャルロット様のお父様が私たちに仰ったのです。必要なことはすべて娘に叩き込んだ。
領地経営に困っていることがあれば、シャルロットにすべて相談しろ。きっとお知恵を貸してくださると」
お父様は非情な方。だから意味もなく娘を間者(スパイ)にしたりしない。きっとどこかに秘密があるはず。
そう。私は何か大事なものを見落としている。
“⁉︎”
「そういえばレンリ様は!」
「ああ。客人が来ているから中庭の方よ」
「失礼します」
執務室を飛び出してすぐに窓からレンリ辺境伯の姿が見えたので急いで階段を駆けおりる。
外に出るとレンリ辺境伯は10歳くらいの少年から白い布に包まれた物を手渡されていた。外に出るとレンリ辺境伯は10歳くらいの少年から白い布に包まれた物を受け取っていた。
「今度のはよく斬れるよ」
布から一瞬顔をのぞかせたのは煌めく刃だった。
「ありがとよリック。試すのが楽しみだ」
武器⋯⋯あれで私の首を? まさか。
それよりあの少年を追いかけないと。
おそらくこの領内に鍛冶屋がある。
そうか武器は買っているんじゃなくて作っているんだ。
「待って少年!」
「今日やって来た変な格好のお姉さん」
「変な格好は余計よ。ところで君のお家、鍛冶屋さんでしょ」
「うん」
「お姉さんに見せてくれる?」
「いいよ。じゃあついて来なよ」
少年に案内されて歩くこと20分ーー
リック少年は「あそこだよ」と、煙突から煙がモクモクと出ている小さな小屋を指差した。
中に入ると、農耕用の鍬(くわ)や鎌がたくさん並んでいる。
「作っているのってこれだけ?」
「そうだよ。畑を耕すのに必要な道具だからね。あとは料理するための包丁かな」
「包丁⋯⋯」
“⁉︎”
そうか。さっきレンリ様が受け取っていたのは包丁か⋯⋯
焦ってとんでもない勘違いを⋯⋯恥ずかしい。
リック少年に別れを告げて小屋を後にした。
帰り道の山道、私は違和感を覚える
「靴の痕が木が生い茂った道のない斜面の方に伸びて消えている」
ふたたびハッとする。
靴の跡を追って生い茂った木の枝をどかすとそこには道が隠されていた。
「あった!」
道を駆け上がり、開けた場所に出ると、そこには麦畑が広がっていた。
「ここって⋯⋯」
隠し里だ。
麦や米を王国からの徴収から免れるために隠して耕作する田畑。
なるほど兵糧を蓄えるにはちょうどいい。
しかも奥手の方にはレンガ造りの大きな建物がある。
「あれがお父様の言っていた人目のつかないところに建てられた建物」
武器庫になっているに違いない。
『キャッ!』
しまった。高揚するあまり踏み外して土手から落ちてしまった。
「痛い⋯⋯」
挫いてしまったようだ。
「何をやっているんだ。うろちょろばっかしてるからこういうことになるんだ」
「⁉︎ 辺境伯様⋯⋯イッ」
「痛いんだろ。ちょっと待ってろ俺が抱えて引き上げてやる」
「ちょ、ちょっと」
いきなりお姫様抱っこって⋯⋯
「なんか急に静かになったな。お前」
「は、はずかしくって⋯⋯」
「は?」
「あと、お、お前はやめてください。辺境伯様」
「じゃあなんて言えばいい」
「シャ、シャルロットでお願いします」
「俺もレンリでいい。だけど“様”はつけろよ」
「なんかずるいです!」
「シャルロット、あの建物の中が見たいんだろ連れてってやる」
レンリ様は私を抱えたままレンガ造りの建物へとやって来ました。
「おろすぞ」
「はい。イッ⋯⋯」
自分で立っただけでこんなに痛むなんて。
「開けてやった。見てみろ」
「寒い⋯⋯ ⁉︎ ここってーー」
たくさんの樽が横になって並べられている。
「ワインを寝かせるための貯蔵庫だ」
「ワイン⁉︎」
「親父の趣味がきっかけだけど唯一残してくれた遺産だ。本当は領主になんかなりたくねぇんだ」
「レンリ様がですか」
「このワインを出せるレストランを開いて、切り盛りするシェフになりたいんだ。
リックがさっき持って来たのは俺のマイ包丁」
「ほ、ほうちょう⋯⋯」
「刃を研いでもらっただけなのに。勘違いしたお嬢さんが屋敷から飛び出していくから
あとをつけてたんだ。的外れなあんたの行動が面白くて、ついつい道を隠してイタズラしちまった」
「じゃあ、ここって隠し里じゃないの⁉︎」
「この領地全体が隠し里みたいなものだろ。隠す必要なんてはじめからない」
「ひどい!ケガまでしてバッカみたい」
「こっちは退屈しなかったけどな」
「だけどレンリ様が辺境伯じゃなかったら領民は困るでしょ」
「親父を煮詰めて悪いところだけを搾り取ったようなうちの姉さんが1番ここの領主に向いているのさ」
「妙に納得⋯⋯」
「そうだろ。だけど正直言ってここの領民は戦場こそが自分の生きる道って思っているヤツらばっかだった。
だから戦争より平和な世の中を生き抜くってのはよっぽど大変なんだ。シャルロットのお父上は俺たちに
平和という罰を与えた」
「平和という罰⋯⋯」
「おかげでもがき苦しんでる。だから俺は感謝じゃなくて怨むぜ。ぜってぇこの世をおもしろく生き抜いてやる」
22
お気に入りに追加
257
あなたにおすすめの小説
奥様はエリート文官
神田柊子
恋愛
【2024/6/19:完結しました】
王太子の筆頭補佐官を務めていたアニエスは、待望の第一子を妊娠中の王太子妃の不安解消のために退官させられ、辺境伯との婚姻の王命を受ける。
辺境伯領では自由に領地経営ができるのではと考えたアニエスは、辺境伯に嫁ぐことにした。
初対面で迎えた結婚式、そして初夜。先に寝ている辺境伯フィリップを見て、アニエスは「これは『君を愛することはない』なのかしら?」と人気の恋愛小説を思い出す。
さらに、辺境伯領には問題も多く・・・。
見た目は可憐なバリキャリ奥様と、片思いをこじらせてきた騎士の旦那様。王命で結婚した夫婦の話。
-----
西洋風異世界。転移・転生なし。
三人称。視点は予告なく変わります。
-----
※R15は念のためです。
※小説家になろう様にも掲載中。
【2024/6/10:HOTランキング女性向け1位にランクインしました!ありがとうございます】
婚約破棄でみんな幸せ!~嫌われ令嬢の円満婚約解消術~
春野こもも
恋愛
わたくしの名前はエルザ=フォーゲル、16才でございます。
6才の時に初めて顔をあわせた婚約者のレオンハルト殿下に「こんな醜女と結婚するなんて嫌だ! 僕は大きくなったら好きな人と結婚したい!」と言われてしまいました。そんな殿下に憤慨する家族と使用人。
14歳の春、学園に転入してきた男爵令嬢と2人で、人目もはばからず仲良く歩くレオンハルト殿下。再び憤慨するわたくしの愛する家族や使用人の心の安寧のために、エルザは円満な婚約解消を目指します。そのために作成したのは「婚約破棄承諾書」。殿下と男爵令嬢、お二人に愛を育んでいただくためにも、後はレオンハルト殿下の署名さえいただければみんな幸せ婚約破棄が成立します!
前編・後編の全2話です。残酷描写は保険です。
【小説家になろうデイリーランキング1位いただきました――2019/6/17】
追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
初恋が綺麗に終わらない
わらびもち
恋愛
婚約者のエーミールにいつも放置され、蔑ろにされるベロニカ。
そんな彼の態度にウンザリし、婚約を破棄しようと行動をおこす。
今後、一度でもエーミールがベロニカ以外の女を優先することがあれば即座に婚約は破棄。
そういった契約を両家で交わすも、馬鹿なエーミールはよりにもよって夜会でやらかす。
もう呆れるしかないベロニカ。そしてそんな彼女に手を差し伸べた意外な人物。
ベロニカはこの人物に、人生で初の恋に落ちる…………。
男装の公爵令嬢ドレスを着る
おみなしづき
恋愛
父親は、公爵で騎士団長。
双子の兄も父親の騎士団に所属した。
そんな家族の末っ子として産まれたアデルが、幼い頃から騎士を目指すのは自然な事だった。
男装をして、口調も父や兄達と同じく男勝り。
けれど、そんな彼女でも婚約者がいた。
「アデル……ローマン殿下に婚約を破棄された。どうしてだ?」
「ローマン殿下には心に決めた方がいるからです」
父も兄達も殺気立ったけれど、アデルはローマンに全く未練はなかった。
すると、婚約破棄を待っていたかのようにアデルに婚約を申し込む手紙が届いて……。
※暴力的描写もたまに出ます。
天才手芸家としての功績を嘘吐きな公爵令嬢に奪われました
サイコちゃん
恋愛
ビルンナ小国には、幸運を運ぶ手芸品を作る<謎の天才手芸家>が存在する。公爵令嬢モニカは自分が天才手芸家だと嘘の申し出をして、ビルンナ国王に認められた。しかし天才手芸家の正体は伯爵ヴィオラだったのだ。
「嘘吐きモニカ様も、それを認める国王陛下も、大嫌いです。私は隣国へ渡り、今度は素性を隠さずに手芸家として活動します。さようなら」
やがてヴィオラは仕事で大成功する。美貌の王子エヴァンから愛され、自作の手芸品には小国が買えるほどの値段が付いた。それを知ったビルンナ国王とモニカは隣国を訪れ、ヴィオラに雑な謝罪と最低最悪なプレゼントをする。その行為が破滅を呼ぶとも知らずに――
妻と夫と元妻と
キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では?
わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。
数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。
しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。
そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。
まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。
なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。
そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて………
相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。
不治の誤字脱字病患者の作品です。
作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。
性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。
小説家になろうさんでも投稿します。
妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる