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月野木天音とプリミティスプライムの伝説
第94話「結局、教師は生徒警察なのか」
しおりを挟む「なぁ、先生。肥後を許して、そのまま先生の胸の中をぐるぐると動いて周る黒いものはいなくなるのか? 苦しいだけじゃないか?」
魔王クライム・ディオールの言葉のあと、さっきまで生徒だった肉塊(もの)が弾けて飛び散った。
その瞬間、私の心の中をぐるぐると回っていたどうしようもない黒い物体がスーッといなくなった。
「先生。胸がスーッとするだろ。頭じゃ否定していても心は正直だ」
不摂生に満ちた肉と腸の花火、こんな醜悪で汚いものを見て感動の涙を流したのははじめてだった。
***
私は校長先生まで務めた祖母に憧れて、夢だった教師になった。
学園ドラマの先生みたいに生徒に慕われたいという想像と期待に胸を膨らませていた春⋯⋯
そんな私に現実が襲いかかる。
10年以上のベテラン女教師から受ける執拗な指導。
ときには書類の細かい部分まで指摘してくる。
「ツヨシ先生の日誌はこの内容で充分よ。粗い部分も確かにあるけど、新米でこれなら上出来。
わからないところがあったらまた私に聞いて。それに比べて佐倉先生ーー」
なんで私だけ⋯⋯
その後、私は2年目で異例の担任教師に抜擢された。
それと同時に学年主任に就任したベテラン女教師からのあたりはさらに強くなった。
男性教員たちが”妬み“”僻み“だと囁く。
かといって他の教員たちは見て見ぬフリ。
こんな嫌な気分は学生時代にも経験した。
結局、教室も職員室も変わらない。
ベテラン女教師は自分より若い女教師が入ってきたことで
自分が男性教員たちから相手にされなくなるのことを嫌った。
”自分だけがチヤホヤされたい“
恥ずかしげも無く周囲にそう漏らしていたそうだ。
学生と教師、呼び方は違っても中身は一緒だ。
ある人が言っていた。
社会経験が少ない分、民間の社会人と比べて教員は幼いと。
その意味がわかった気がする。
職員室(ここ)は大きな生徒用の教室だと⋯⋯
そして大きな生徒はタチが悪い。
教師への憧れを失ったのはこの事実に気づいた頃だ。
今思えば私の心の中をぐるぐると回る黒い物体はこの頃から存在した。
***
メイ・ベルディウスとなってからも黒い物体は心の中に現れた。
ひと癖もふた癖もある商人や領主が“見え透いたお世辞”を並べ立てて
言葉巧みに私から利益を貪ろうとしてくる。
私はその都度、彼らを屈服させて心の中をぐるぐると回る黒い物体を吐き出してきた。
気がつけば商会の会頭にまで上り詰め、今ではトゥワリスの支配者だ。
そして今、私の心の中を黒い物体がぐるぐると回る。
“紡木美桜”と“乾すずの”
忌まわしい私の生徒たちーー
「メイちゃん先生!」
「私をそのように呼ぶな。乾すずの!」
「きゃああああ」
「“ホールドトラップ”だ。もう身動きは取れまい。
このまま壁に叩きつける」
「ぎゃあああ!」
「皇都を守る城壁が⁉︎ やめて先生!」
「紡木美桜、貴様はあとだ。 それより私の監獄に閉じ込められた乾すずのを見てみろ。
あんなに高いところまであがったぞ」
「すずの!」
「さぁ次はどこへ叩きつけましょうか? 紋章の力によって簡単に死なないとはいえ、生身でどこまで耐えられるかしら?」
「先生、やめて!」
「思い出したわ。乾さんのお母さん、モンスターペアレントで随分と苦労させられたわ。
あなたのお母さんが些細なことでクレームをつけてくるたびに私の中の黒い物体が暴れて仕方なかったわ。
そうだ。お母さんにグチャグチャになったあなたをプレゼントしましょう。どんな反応するのか楽しみだわ。
きっと絶叫しながら壊れるお母さんが見れるわよ」
「ぎゃああああ」
「うーん。この高さからだと壊れた建物は20軒ってところか。 皇都は広いからこれは大変よね。
でもまぁ道具は頑丈だし、まだまだ行けそうね。アレ? 乾さんももう意識がないの。壊れるにはまだはやすぎよ」
「先生、もうよして!」
「紡木さん、あなたは我慢できないの? 紡木さんは乾さんの次。乾さんが死んだあとじっくり痛めつけてあげるから
その“ホールドトラップ”の中で待っていなさい」
「これい、きゃあああ!」
「言ってなかったかしら。そのビリビリでできた格子に触ると危険だから」
「せ、せんせ⋯⋯」
「眼帯が痛々しい。だけど紡木さんってほんと折れないわね」
私は紡木美桜を羨ましく思っていた。
“校内全面禁煙”
これは生徒に対して示された校則ではない。
風紀委員だった紡木さんは社会マナーをやぶる教師にも臆することなく注意をした。
教師は生徒に対しては厳しく取り締まる”生徒警察“だけど、教員同士では何も言えない。
私にも紡木さんのような強さがあったら肥後もあんな強行には及ばなかった。
「そんなにはやく死にたかったなら、いいわ。紡木さんから先に殺してあげる。
私、教師より教師らしい紡木さんを屈服させたかったの」
「⁉︎」
新幹線くらいの速度だったかしら。
そのくらいの速度で城壁に叩きつけてやったわ。
「紡木さん。生きていたら返事をして。このくらいのことで死んじゃう紡木さんじゃないんでしょ?」
「そうみたいね⋯⋯せんせ」
「ふふっ。だったらコレはどうかしら私の記憶よ」
「あああああ!」
魔法陣を使った記憶のトレース。
やり方はあのお方から教わった。
「うええええ」
「失礼ね。私の記憶に嘔吐するなんて」
「知らなかった⋯⋯メイちゃん先生がこんなひどい⋯⋯」
「記憶だけで心折れるのは早いわよ。実際はもっとつらかった痛かった」
「ぎゃあああ」
もっと叩きつけられなさい。
「その調子、その調子、どんどん建物を壊しなさい。皇都は更地にするんだから」
「メイちゃん先生⋯⋯私、知らなかったじゃすまないですよね」
「もちろんだけど」
「私、先生に何があったか知っちゃったけど。ここでやられてあげるわけにはいかないの」
「別に、あなたに同情して貰いたくてこの記憶を見せたわけじゃないわ。
強い紡木美桜が折れて、壊れる瞬間が見たいだけよ」
「きゃあああ! 」
「瓦礫だらけになったわね」
「先生⋯⋯私より強いやつなんていっぱいいるよ。私はその人たちに負けたくないから
がんばっていただけ」
「⋯⋯」
「先生もそのひとりだよ」
「何を⋯⋯」
『聖剣“水の剣(つるぎ)”』
「右腕から剣の形をした水を生み出した?」
水は紡木美桜の能力だが少し様子が違う⋯⋯
「これも私の強さじゃない。壮吾に託された力」
「憎たらしい。本当に折れないわね」
「先生!」
「私の“ホールドトラップ”を破壊しただと⁉︎」
『如月流剣術龍円斬”水“(りゅうえんざん すい)』
水でできた剣がドラゴンとなって牙を剥いて襲いかかってくる。
「しまった⁉︎ あああああ!」
***
「先生、先生」
気がついたら頭が紡木さんの膝の上にあった⋯⋯
「どうやら心が折れたのは私のようね⋯⋯紡木さんの勝ちよ」
紡木さんは首を横に振る。
「それは違うわ。私もすずのももう動けないの⋯⋯引き分けよ」
紡木さんは私の頬に涙を落とす。
「私だってメイちゃん先生のこと、うらやましいと思っていたよ。
だってずるいんだよ。先生可愛いんだから。
私なんか厳しさでしか人を惹きつけられないし、距離も縮められない。
ぬいぐるみみたいに手放しで愛される愛くるしさがほしかった。
私なんかいとこにすらかわいげがないって言われたんだよ」
「私たち⋯⋯2人で1人の女なら、いい女になれたかしら」
「くやしいよね⋯⋯」
「おもしれぇ女。そっちじゃない」
「すずの」
「乾さん言ってくれるわね」
「はやく帰りましょう日本に」
「うん」
「紡木さん⋯⋯」
***
「紡木さんありがとう。私たちのメイちゃん先生が帰ってきた。
何より3人が無事でよかったーー⁉︎」
ドーム状に拡大する光の衝撃が3人を飲み込んだ。
そして拡大を続ける光の衝撃は数秒も経たないうちに皇都の半分を消滅させた。
それはわずか一瞬で大勢の命が奪われた光景だ。
それも戦争に関係ない一般の人たちだ。
「右条晴人⋯⋯私はあなたを許さない」
つづく
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