上 下
61 / 100
右条晴人とクライム・ディオールの伝説

第58話「飾られた神様」

しおりを挟む

目を開けると幌を継ぎはぎしてできた天井が視界に入ってきた。

”ここは⋯⋯”

朦朧とした頭の中で記憶を辿ってみてはいるけど、なかなかこの部屋にまで結び付かない。
唯一、幌に点々と空いた穴から差し込む光だけが、今が朝なんだということを教えてくれている。
すると、男の子が僕の顔を覗き込んできた。

「かあちゃーん! いきだおれが起きたよー」

突然、大声を出す男の子に思わず上体を起こすと胸のあたりに激痛が走る。
見やると僕の上半身にはグルグルと包帯が巻かれていた。
「これは⋯⋯」
痛みがするあたりに手を当てた瞬間、頭の中に兄弟子ファルドから攻撃を受けた光景がよみがえった。
兄弟子が鞘の中から剣をわずかに引き抜いた瞬間、衝撃波が刃となって僕に迫ってきた。
気がつけば生暖かい血が僕の中から噴き出した状態で体が宙に浮いていた。

「ルーリオッ!」

ハルトが僕の名前を叫ぶ声が聞こえてきたのを最後に記憶が途切れたーー

「バラト、静かにしなさい」と、女性が奥から出てくる。
「⋯⋯」
僕より5つは歳上だろうか? はっと目を引く大人の女性に言葉が出てこなくなってしまった。
「自分で起き上がれるようなら大丈夫そうね。 これから食べれそうなもの持ってくるわ」
「あの⋯⋯」
「いきだおれは崖の下で倒れていたんだ」
「え?」
僕が尋ねたかったことを男の子が答えてくれた。
見た目は7歳くらいなのに僕よりしっかりしていそうだ。
「それをオレが見つけて、かあちゃんと家(ここ)まで運んだんだ」
「じゃあこの手当は」
「かあちゃんだよ。ひどいケガをしていたんだ」
「よしなさい、バラト」
「「⁉︎」」
「ごめんなさい。起きたばかりなのに騒がしくして」
「いいえ。大丈夫です。僕の方こそごめんなさい。手当までしてもらって」
「いいのよ別に。放っておく方が寝覚め悪いから」
「ああ⋯⋯」
「ところでいきだおれはどこから来たの?」
「ハハハ⋯⋯せめてお兄さんって呼んでくれないかな」
「ヤダ」
「ダメなの⋯⋯」
なんだか苦笑いしかでない⋯⋯
「バラト、お兄さんはケガがまだ痛いからちょっかい出しちゃダメよ」
「えー」
「あなたもおとなしくしてて、結構高い崖から落ちたみたいだから」
「⁉︎ ⋯⋯」
「この子はバラトっていうの。さっきから迷惑かけちゃっているけど、大人の男の人がめずらしいだけだから大目にみて」
「かまいません」
「ありがとう。私はレーナよ。この子の母親」
「僕はルー⋯⋯」
「あとでいいわ。先に食事用意してくるから」
「あ⋯⋯はい」

***
レーナさんが食事を用意してくれている間、バラトがずっと僕を発見してから
目を覚ますまでの間のことを身振り手振り交えながら話してくれている。
彼なりに僕の面倒を見ていてくれているんだろう。

「おまたせ」

レーナさんはスープを作ってくれた。
口にするととてもおいしくて、回復魔法が無くてもこのスープだけで傷が癒えそうなくらいだ。
しかしーー
レーナさんとバラトも同じスープを食べている。だけどその量は僕よりもはるかに少ない。
2人が暮らしているこの家も幌を継ぎはぎして作った簡単なもの。
このスープもブツ切りにしたジャガイモが2、3個入っているだけとささやかだ。
お世辞にも裕福とは言えない。
「あの⋯⋯僕がこんなに食べてしまって大丈夫ですか?」
「かまわないよ。あんたはケガ人なんだから食べないとね」
「だけど、バラトはまだ小さいし⋯⋯」
「オレは平気だよ。だってオレはかあちゃんやいきだおれを守れるくらい強いんだから」

***
結局、この母子は朝の1回しか食事をとらなかった。
なのに僕は朝と晩の2回もいただいた。
そして今も僕がベッドを占領して、2人は地面に雑魚寝している⋯⋯
「いつまでも厄介になるわけにいかないか⋯⋯」

***
1日経って自力で歩けるようになるまでに回復した。
「あんな大ケガだったのに治るのが早いのね」
「治癒力が他人より高いんです」
これも師匠から預かった紋章のおかげだ。これのおかげで死なずに済んだのは間違いない。
それに早く回復しないとこの母子の負担が大きくなる。
「いきだおれ! 歩けるなら外に行こう。オレが村を案内してあげる」
はやる気持ちを抑えらないバラトは、僕の手を引っ張りながらねだる。
「バラト、お兄さんを困らせない」
「かまいません。せっかくなんで散歩させてください」
「だけどまだ痛みがあるんじゃないのかい?」
バラトなりにもてなしをしようとしてくれているんだ。それなら応えないと。
「大丈夫ですよ。行こうバラト」

***
表に出てはじめてわかった。
周囲にはバラトの家と同じように幌や廃材をかき集めてできた家が立ち並んでいる。
ここはクエッジャの渓谷の狭間にできた難民キャンプ地だ。
バラトは普段、子供が獣道のように使っている狭い路地を通りながら村の案内をしてくれている。
「僕にはここは厳しいかな⋯⋯」
「いきだおれ! はやくはやくこっちこっち!」
「待ってよ。お尻が引っかかっちゃって」
「次はお父ちゃんに会いに行くんだ」
「え?」

***
バラトのお父さんがいるんだったらちゃんとお礼を言わないと。
“昨日はレーナさんと息子さんにお世話になりました”って。
ここは奥様の方がいいのかな? 
大人がする挨拶って難しいから緊張するな。
こんなことハルトに相談したら絶対笑うよな。
“神様がなに挨拶で緊張しているんだ”って。
だけど、どうしてお父さんに会うってなったら急にうしろめたさを感じるんだろうか。
さっきからレーナさんの顔がチラつくし⋯⋯
「お父ちゃんだよ!」
「あの! は⋯⋯」
バラトが指をさした相手は流木を立てて作った墓標だった。
「お父ちゃん。いきだおれを連れてきたよ」
「あの、コレって⋯⋯」
「お父ちゃんだよ。お父ちゃんはオレが記憶にないときに死んだんだよ。戦争で」
「え?」
気づけば同じような墓標が無造作にたくさん立てらていた。
ここは墓地だーー

***
無邪気なように見えて、とても気を使っていてくれたみたいで、家に帰るなり
バラトは疲れてすぐに寝てしまった。
それもレーナさんの膝枕ですごく気持ち良さそうに寝ている。
“おもてなしありがとう。バラト”
だけどレーナさんの虚げな表情を見ているとどうしても聞かずにはいられなかった。
「旦那さん⋯⋯亡くなっていたんですね」
「バラトはそんなところまで連れて行ったのね」
「あの戦争って⋯⋯」
「貧しいところだったでしょ?」
「え? ⋯⋯はい」
「戦争のせいよ。クエッジャはいくつもの国が接した場所にあるから頻繁に取り合いが起こるのよ。
それで何度領主が変わったことか。その度、住むところを失って、大事な家族を亡くして、お金もなくなって、やがて流れ着いたこの場所に住み着くようになった。
いつしかみんな、雨風さえしのげればいい。生きてさえすればいいって思うようになってこんなテントみたいな家で暮らすようになったわ。
戦争のせいで気づいたら心まで貧しくなっていた。
なんとかディオールって神様か知らないけどさ。街に行ったら帝国から解放してもらえるなんて話題で盛り上がっていたけど、そのために戦争が起こるんじゃただの迷惑だわ。次は誰が犠牲になるのかしら? バラトには死んで欲しくない。私だけが生き残るなんて嫌よ。
もう大切なものを失いたくない。きっとバラトも同じに思っている」
そんな⋯⋯
気づけば握った拳が震えていた。
「⋯⋯ルーリオ」
「え?」
「ルーリオ・ディオールーー それが僕の名前です⋯⋯」
「⁉︎ じゃあ⋯⋯」
「ごめんなさい! 僕がなんの覚悟もないまま、ここまでやって来てしまって」
僕には地面に頭を擦り付けて謝ることしかできない。
「ええ⋯⋯」
戸惑うレーナさんを他所に僕は続けた。
「僕のせいでクエッジャは再び戦場になる。
僕が与えられた役割りは師匠から託された神様を演じること。
戦争のことなんて全くわからない。僕はまだ師匠から教わることの多い未熟な冒険者なんだ。
だけど、僕のために集まってくれた貴族の人たちを失望させるわけにいかなかった。
みんなは僕を通して師匠の姿を見ている。だからみんなの期待に応えられる神様じゃないと師匠のことまでがっかりされてしまう。次はどこと戦争して欲しい。次はどこと。何が正解かわからなくても、期待に応えられるなら求められたことには意に沿って決断してきた。
僕自身もそれが苦しんでいる人たちを救うことになるならと自分を奮い立たせていた。だけど違った。バラトに教えらてはじめてわかった。僕たちが戦えば戦うほど、救われる人より犠牲になる人の方が多い⋯⋯そんなことも知らずに僕は戦争をはじめてしまったんだ」
泣きながら謝る僕をレーナさんはそっと抱きしめてくれた。
「いいのよ。ルーリオ」
「ーーだけど、クエッジャは⋯⋯」
「わかってた。ルーリオが戦う人だって。なんせ剣を身につけて倒れていたんだから。
旦那もそうだった。誰よりも臆病なクセに戦えるのは自分しか残っていないからって自分を追い詰めながら戦ってた。
そっくりだよ。本当はあなたも戦いたくないんでしょ?」
頭を優しく撫でるようにしてレーナさんは僕の顔を見つめる。
「神様ってこんなに優しい顔をしていたんだね」
どうしてだろう⋯⋯レーナさんの潤んだ瞳に吸い込まれていくような感覚がする。
自然と指が絡みついて、お互いの息が顔にかかるほどに顔が近づいている。
そしてレーナさんからもたれかかるようにして2人の身体を重ね合わせたーー

***
「いかにも場末の酒場といった感じだな」
ファルドがドアを開けて入った酒場は、テーブル席が2つ、カウンター席がメインの狭い店舗だ。
「探したぞレーナ。こんなところで働いていたんだな」
「ファルド⁉︎」
「シルヴァは死んだんだってな?」
「野放者が何しにクエッジャに帰って来たの?」
「つれないな。かつてひとりの女を取り合った男の墓に花を手向けに来たんだ」
「よして、迷惑だわ」
「こう見えても主人から男爵の地位を貰えることになったんでな。
領地もくれるそうなんだが⋯⋯どうだ? 俺についてこないか。楽をさせてやる」
「けっこうよ」
「ガキだっているんだろう? まとめて面倒を見てやる」
「ここを捨てたあなたと違って、私は生まれ育ったクエッジャが好きなの。それに旦那が眠っているこの地から離れたくない」
「わかったぜ。口説き落ちるまで何度も来てやる。じゃあな」
ファルドは見せつけるように金貨が詰まった袋をカウンターに置いて店から立ち去った。

***
「相変わらず見すぼらしいところだな」
ファルドは難民キャンプ地を眼下に見下ろす。
「レーナ、お前を連れ出してやるよ。こんな掃き溜めのようなところから」
ファルドは何軒か聞き回り、1時間ほどでレーナたちの住む家を見つけた。
物陰に潜んで家の方を覗き込むと、庭先で男物の洗濯物を干すレーナの姿がある。
レーナの周りをはしゃぎながら駆け回る男の子の姿にファルドが目を細めていると、
男の子が「いきだおれー!」と、叫びながら駆け寄っていった先を見て驚く。
「⁉︎」
そこには椅子に座ってくつろいでいるルーリオの姿。
そこにレーナもやってきて仲睦まじく談笑している光景に、
ファルドは憤りが込み上げてくる。
「あのガキ⋯⋯」



つづく






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

今更困りますわね、廃妃の私に戻ってきて欲しいだなんて

nanahi
恋愛
陰謀により廃妃となったカーラ。最愛の王と会えないまま、ランダム転送により異世界【日本国】へ流罪となる。ところがある日、元の世界から迎えの使者がやって来た。盾の神獣の加護を受けるカーラがいなくなったことで、王国の守りの力が弱まり、凶悪モンスターが大繁殖。王国を救うため、カーラに戻ってきてほしいと言うのだ。カーラは日本の便利グッズを手にチート能力でモンスターと戦うのだが…

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!

ユウ
恋愛
幼い頃から兄を溺愛する母。 自由奔放で独身貴族を貫いていた兄がようやく結婚を決めた。 しかし、兄の結婚で全てが崩壊する事になった。 「今すぐこの邸から出て行ってくれる?遺産相続も放棄して」 「は?」 母の我儘に振り回され同居し世話をして来たのに理不尽な理由で邸から追い出されることになったマリーは自分勝手な母に愛想が尽きた。 「もう縁を切ろう」 「マリー」 家族は夫だけだと思い領地を離れることにしたそんな中。 義母から同居を願い出られることになり、マリー達は義母の元に身を寄せることになった。 対するマリーの母は念願の新生活と思いきや、思ったように進まず新たな嫁はびっくり箱のような人物で生活にも支障が起きた事でマリーを呼び戻そうとするも。 「無理ですわ。王都から領地まで遠すぎます」 都合の良い時だけ利用する母に愛情はない。 「お兄様にお任せします」 実母よりも大事にしてくれる義母と夫を優先しすることにしたのだった。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから

gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

処理中です...