【完結】告白寸前の勇者は、早く自分の世界に帰りたい。

勇者召喚、数日前。ノウブル国、麗しのノアール。

「誰か、誰か居ないか。」
城内に、響き渡る声。
切羽詰まった、焦った声が響きわたる。その声を聞き付け使用人や兵士が、声のする部屋へ集まってくる。
「ノアール様、どうしました。」
扉をけたたましく開け放したのは、いつもは礼儀正しい　この城の筆頭執事のセバスだった。
礼服を整えた、長身の白髪の老紳士。
「セバス。アルテナが、アルテナが。」
「アルテナ様が、どうしました？　」
テラスへと続く窓辺で狼狽える、この国の王ノアール。この世界に珍しい、黒い髪と黒いの瞳をしていた。まだ年若い、若干二十歳の年若い王だ。見た目は十四　五歳に、見えるが。
セバスは部屋へと入ると直ぐさま王に近づく、その後に近衛兵が続いて部屋へと入る。セバスは王の肩を両腕で押さえ、落ちつくよう促す。普通なら王に対して不敬ではあるが、非常事態であり幼い頃から傍に仕えていたセバスであるから許される事であった。
「ノアール様、落ちついて下さい。アルテナ様が、どうなされました？　」
ノアールは話を仕様と、口を開きかけたその時。

ガシャガシャ　と、鎧を付けた騎士を五人連れた男が遠慮もせず部屋へと入ってきた。
「これは、何事ですか？　ノアール殿。」
この閑静な城に似合わず、夜の社交界の場の様な派手な服装の男だった。
「これは、使者殿。」
不躾に入って来た男を、セバスは冷ややかな声と瞳で迎える。
男の名前はティック伯爵、大国グレイト帝国からの使者である。小国のノウブルを蔑み、王であるノアールに対してぞんざいな態度をとっている。
彼ティック伯爵にしては、自分の伯爵領より狭いこの国を軽視するのは当然であった。その態度に、連れて来た騎士達も横柄な態度をとっていた。
ノアールは、憂いを帯びた瞳を伯爵に向ける。途端に伯爵は、顔を赤らめる。三大美女と謳われる妹のアルテナに、ノアールはよく似ていた。ノアールは伯爵に、口を開く。
「ティック伯爵。グレイト帝国からの婚姻の申し込み、無かった事にしてもらいたい。」
赤くなっていた伯爵の顔が、青ざめる。
「バッ、バカな！！　小国のノウブルが、大国グレイト帝国の婚姻の申し込みを断ると言うのか！？　」
王ノアールの言葉に、ノウブル国の近衛兵は内心喜んでいる。誰が好きこのんでグレイト帝国のヒヒ爺に、ノウブルの真珠と謳われる姫様を渡したいと思ってはいなかった。しかも、正妃ではなく側妃としての婚姻だった。それ故に、ノウブル国の国民は怒り心頭していた。
「分かっているのか？　ノアール殿。この婚姻を断る事は、グレイト帝国に逆らう事になる。反旗を、振るうつもりか！！　」
伯爵の言葉に、ノアールの後ろに控えていたセバスの細い目がますます細くなった。セバスは顔には出さず、思っていた。
（反旗とは、何ですか。ここはノウブル国であって、グレイト帝国ではありません。属国になった事も、ありませんよ。
ノアール様が、お止めしなければ血の海に沈めてくれるものを。）
セバスは満面の笑みを湛えているが、氷の微笑である。
「この様な小国に、皇帝がお声掛け下さる事を有り難く思えばこそ。そのお言葉に、背くとはもってのほか！！　」
伯爵と五人の騎士を取り囲む様に控える近衛兵は、表情も変えずに。
『いつでも、ボコれます。』と、目だけでノアールに訴えている。
「ノアール殿は、戦争を起こしたいのですかな。この国は、滅びますよ。」
伯爵は、必死だった。アルテナを連れて帰れなければ任務は失敗、罵倒される位なら良いが命さえ取られかねない、それ程まで恐ろしい皇帝であった。
「アルテナ殿は、何処だ！！　会わしてもらおう！！　」
伯爵は、強引にでもアルテナを連れて帰ろうと思っていた。
「アルテナは、」
ノアールは、伯爵から目線を反らし俯いた。伯爵から見える方に、一筋の涙が頰を伝う。その儚げな姿に、伯爵も五人の騎士も近衛兵達も息を呑む。
「アルテナは、魔王に。魔王に、連れていかれてしまった。」
「バッ、バカな！！　」
伯爵は、声を荒げた。