永遠のファーストブルー

河野美姫

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永遠のファーストブルー

十五

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 格好をつけたわけでも、正義のヒーローになったつもりもなかった。
 それでも、矛先が僕に向かえば、それまで友達だと思っていた奴らは僕から離れていき、クラスメイトたちは僕を〝いないもの〟として扱った。


 まるで透明人間にでもなった気分で絶望感を抱き、みんなに幻滅すらした。暴力がなかったのは幸いだったけれど、誰とも視線も言葉も交わらない学校が監獄のように思えた。


 だから、僕は進路先を変更し、母校からひとりも受験者がいなかったうちの高校を受けた。
 空野とはある意味で共通している。もっとも、僕こそ逃げたのだけれど……。


 ただ、いきなり友達全員にそっぽを向かれるあの感覚は、今でも心と記憶にこびりついている。あんな思いは、もう二度としたくない。


 そんな経験から、僕は高校ではひとりで過ごすことを決め、ひとりでも平気なふりをするために、教室ではいつも興味もない本を読んで過ごしているのだ。


「本当に誰も助けてくれなかったの?」

「いや、ひとりだけいたよ」


 空野の問いかけに、幼稚園からの幼なじみを思い浮かべる。


「そいつはすごくいい奴なんだ。ただ、僕と話すとそいつまでシカトされるようになったから、『もう話しかけないでくれ』って言って僕から離れた」

「そんな……」

「でも、そいつは僕の考えなんてお見通しだったらしくてさ。学校では話しかけてこなかったくせに、放課後は毎日のようにうちに遊びにきてたんだ」


 僕が笑うと、彼女も安堵の笑みを零した。


「今の悩みは、貸した漫画をなかなか返してくれないこと。そいつ、漫画を何冊も持って帰るくせに、返すときはいつも一冊ずつなんだ」


 肩を竦めれば、空野がクスクスと笑った。「よかった」と口にした彼女は、わがままなのにとても優しい。


「日暮くんも逃げたわけじゃないよ」

「僕は逃げたんだよ。だから、今も友達を作らないんだ」

「違う、逃げてないよ。また自分がいじめられたとき、その友達みたいに庇ってくれる子がいたら傷つくかもしれないから、誰とも親しくなろうとしてないだけなんでしょ?」

(ああ、もう……)


 僕はやっぱり、空野の真っ直ぐな瞳がとても苦手だ。


「日暮くんはすごく優しいんだよ」


 それなのに、彼女の一言であの頃から逃げてばかりの僕が救われた気がして、なんだか無性に泣きたくなったんだ――。






 その日、僕は夕方まで空野とネットカフェで過ごし、インターネットで沖縄のありとあらゆる場所を検索した。きっと有名どころは全部調べたと思うし、無駄に詳しくもなった。


 最後に『残りひとつもよろしくね』と言った彼女に、自分でも驚くほど素直に頷いていた。
 本当はもう、空野が僕のストーカー疑惑を話さないことはわかっていたし、彼女もそれを察しているようだったけれど、どちらもそこには触れなかった。


 僕たちはお互いの秘密を共有し、弱い部分を見せ合った同志である。
 空野のやりたいことリストは、あとひとつ。


 学校に忍び込むのは、終業式の水曜日の夜。まだ三日後だというにもかかわらず、僕は家にある懐中電灯を用意し、電池が切れていないか念入りに確認した。


 さっき【ありがとう】と送ってきた彼女は、もう眠っているだろうか。夜が深まっても寝つけなかった僕は、水曜日の計画をひとり頭の中で組み立てていた。






 翌日、入院前検査で休むと言っていた空野は、学校に来なかった。
 友達には風邪だと言い訳したらしく、僕しか理由を知らないことに小さな優越感がなかったと言えば嘘になる。けれど、真実を知っているからこそ、彼女が心配だった。


 木曜日になると、空野は入院する。家族と僕しか知らない真実は、本当に誰にも伝える気はないようだった。中学時代、腫れ物のように扱われたことに傷ついた彼女の意志は固く、ギリギリまで友達には言わないと決めている。


 空野の友達ではない僕は、その決断を否定も肯定もせずに頷いた。


 火曜日には学校に来た彼女はいつも通りで、みんなと同じように授業を受け、午前中で学校が終わると真っ直ぐ帰っていった。
 僕は、乗換駅で空野と同じ電車に乗り、彼女を家まで送った。


 空野は明日の準備は完璧だと胸を張っていて、僕も『問題ないよ』と得意げに返した。
 たったの数日で、彼女との関係がこんなに変わるとは思っていなかったけれど……。僕の心はあのときとは違っていて、夜の学校に忍び込むというのに否定的な言葉はなにひとつ出てこなかった。


 明日はよく晴れるらしい。きっと、天気も空野の味方をしてくれるのだろう。根拠もないのに、そう確信していた。

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