永遠のファーストブルー

河野美姫

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永遠のファーストブルー

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 空野が処置室から出てきたのは、一時間半が経った頃だった。
 待ち遠しかった漫画は読み終わり、スマホを使えない院内で過ごすのは苦行だった。


 けれど――。

「ごめん……っ。ちょっと、時間かかっちゃった……」

 そう言って苦笑いした彼女の顔色が真っ青で、文句も不満も出てこなかった。


「え……大丈夫か?」


 どこからどう見ても、大丈夫そうには見えない。それなのに、コミュニケーション能力が低い僕から出てきたのは、なんとも気が利かない疑問だった。


「へーき……。でも……今、電車に乗ったら吐く、かも……」


 話すのもつらそうな空野は、待合室の椅子に横になって瞼を閉じた。
 白い肌が青ざめている様子は、日頃の彼女の姿からは想像もできないほど弱々しい。なにをどうすればこうなるのかわからなくて、困惑でいっぱいになった。


「えっと……水とか、飲める?」

「うん……欲しい……」

「買ってくるよ」


 慌てて立ち上がり、周囲を見回して自動販売機を探す。少し先に見慣れたフォルムを捉え、ペットボトルのミネラルウォーターと緑茶を買い、早歩きで空野のもとに戻った。


「水とお茶、どっちがいい? それとも、スポドリとかの方がよかった?」

「ん、大丈夫……。水もらっていい? お金はあとで返すね……」


 ミネラルウォーターを手渡すと、彼女は再び目を閉じてペットボトルを頬に当てた。呼吸をするのもつらそうだけれど、「きもちいい……」と呟いた姿にわずかに安堵する。


「ごめん……。すぐ復活するから、もうちょっと待って……」

「いいよ、別に暇だから。空野がラクになるまで待つよ」


 自然と口をついて出た返答に、体を横たえたまま僕を見上げるようにしていた空野が目を見開く。程なくして、ホッとしたような微笑を浮かべた。


 ここには強引に連れてこられて、明日からの学校生活を守るために待っていただけ。
 ところが今はそんなことはすっかり頭から抜け落ち、彼女のことがただ心配だった。






「ふっかーつ!」


 大学病院の前で、空野がグッと伸びをする。声が軽く反響し、周囲の視線を浴びた。


「こんな時間まで付き合わせちゃって本当にごめんね」


 僕に笑顔を向ける空野は、もうすっかり平素の様子と変わらない。さっきまで呼吸すら苦しそうだった人物と同じ人間かと、疑いたくなるほどだ。
 ただ、明るく元気な彼女しか知らない僕は、とにかくいつも通りになってくれてよかったと思った。


「すっかり遅くなっちゃったね」


 駅まで歩きながら、空野が申し訳なさそうに眉を下げる。
 十八時半を過ぎた今、空は水色とオレンジが混ざった夕焼けに染まり、夜に向かっている。


「別にいいよ、もう。元はと言えば、自業自得でもあるんだ」


 こんな時間になったことも、今日の放課後の予定が狂いに狂ったことも、今となってはどうでもいい。とにかく、彼女が笑っていることに安心させられたから。


「でも、ちゃんと待っててくれて嬉しかったから」

「そういう約束だっただろ」

「あれは約束って言わないよ。一方的に私が命令したようなものだから」

「まぁ、それは否定できないけど」

「えっ、そこは否定してよ! 日暮くんって、実ははっきり言うタイプなんだね」


 クスクスと笑う空野は、「すごく意外なんだけど」と僕の顔を覗き込んでくる。
 僕に言わせれば、意外なのは彼女の方だ。


 クラスの中心人物である空野が、僕みたいなぼっちを極めたクラスメイトとも分け隔てなく話し、挙句に病院にまで付き合わせた。
 けれど、人の心に入り込むのが上手いのか、僕はすっかり彼女のペースになっている。


 現に、往路は空野の後ろを歩いていた僕が、今は肩を並べて駅に向かい普通に会話をしているのだから。元は自分自身の失態とはいえ、そんなことを忘れさせるような彼女の明るさが、意外にも嫌じゃなかった。


 高校に入学して三か月。クラスメイトとこんなに話したのは、初めてのことだった。


「日暮くんは次の駅で降りてね」

「家まで送る約束だろ。ここまで来たら、最後まで約束を全うするよ」


 だからなのか、僕はガラにもなく自ら面倒事に首を突っ込んでいた。

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