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永遠のファーストブルー
四
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空野が処置室から出てきたのは、一時間半が経った頃だった。
待ち遠しかった漫画は読み終わり、スマホを使えない院内で過ごすのは苦行だった。
けれど――。
「ごめん……っ。ちょっと、時間かかっちゃった……」
そう言って苦笑いした彼女の顔色が真っ青で、文句も不満も出てこなかった。
「え……大丈夫か?」
どこからどう見ても、大丈夫そうには見えない。それなのに、コミュニケーション能力が低い僕から出てきたのは、なんとも気が利かない疑問だった。
「へーき……。でも……今、電車に乗ったら吐く、かも……」
話すのもつらそうな空野は、待合室の椅子に横になって瞼を閉じた。
白い肌が青ざめている様子は、日頃の彼女の姿からは想像もできないほど弱々しい。なにをどうすればこうなるのかわからなくて、困惑でいっぱいになった。
「えっと……水とか、飲める?」
「うん……欲しい……」
「買ってくるよ」
慌てて立ち上がり、周囲を見回して自動販売機を探す。少し先に見慣れたフォルムを捉え、ペットボトルのミネラルウォーターと緑茶を買い、早歩きで空野のもとに戻った。
「水とお茶、どっちがいい? それとも、スポドリとかの方がよかった?」
「ん、大丈夫……。水もらっていい? お金はあとで返すね……」
ミネラルウォーターを手渡すと、彼女は再び目を閉じてペットボトルを頬に当てた。呼吸をするのもつらそうだけれど、「きもちいい……」と呟いた姿にわずかに安堵する。
「ごめん……。すぐ復活するから、もうちょっと待って……」
「いいよ、別に暇だから。空野がラクになるまで待つよ」
自然と口をついて出た返答に、体を横たえたまま僕を見上げるようにしていた空野が目を見開く。程なくして、ホッとしたような微笑を浮かべた。
ここには強引に連れてこられて、明日からの学校生活を守るために待っていただけ。
ところが今はそんなことはすっかり頭から抜け落ち、彼女のことがただ心配だった。
「ふっかーつ!」
大学病院の前で、空野がグッと伸びをする。声が軽く反響し、周囲の視線を浴びた。
「こんな時間まで付き合わせちゃって本当にごめんね」
僕に笑顔を向ける空野は、もうすっかり平素の様子と変わらない。さっきまで呼吸すら苦しそうだった人物と同じ人間かと、疑いたくなるほどだ。
ただ、明るく元気な彼女しか知らない僕は、とにかくいつも通りになってくれてよかったと思った。
「すっかり遅くなっちゃったね」
駅まで歩きながら、空野が申し訳なさそうに眉を下げる。
十八時半を過ぎた今、空は水色とオレンジが混ざった夕焼けに染まり、夜に向かっている。
「別にいいよ、もう。元はと言えば、自業自得でもあるんだ」
こんな時間になったことも、今日の放課後の予定が狂いに狂ったことも、今となってはどうでもいい。とにかく、彼女が笑っていることに安心させられたから。
「でも、ちゃんと待っててくれて嬉しかったから」
「そういう約束だっただろ」
「あれは約束って言わないよ。一方的に私が命令したようなものだから」
「まぁ、それは否定できないけど」
「えっ、そこは否定してよ! 日暮くんって、実ははっきり言うタイプなんだね」
クスクスと笑う空野は、「すごく意外なんだけど」と僕の顔を覗き込んでくる。
僕に言わせれば、意外なのは彼女の方だ。
クラスの中心人物である空野が、僕みたいなぼっちを極めたクラスメイトとも分け隔てなく話し、挙句に病院にまで付き合わせた。
けれど、人の心に入り込むのが上手いのか、僕はすっかり彼女のペースになっている。
現に、往路は空野の後ろを歩いていた僕が、今は肩を並べて駅に向かい普通に会話をしているのだから。元は自分自身の失態とはいえ、そんなことを忘れさせるような彼女の明るさが、意外にも嫌じゃなかった。
高校に入学して三か月。クラスメイトとこんなに話したのは、初めてのことだった。
「日暮くんは次の駅で降りてね」
「家まで送る約束だろ。ここまで来たら、最後まで約束を全うするよ」
だからなのか、僕はガラにもなく自ら面倒事に首を突っ込んでいた。
待ち遠しかった漫画は読み終わり、スマホを使えない院内で過ごすのは苦行だった。
けれど――。
「ごめん……っ。ちょっと、時間かかっちゃった……」
そう言って苦笑いした彼女の顔色が真っ青で、文句も不満も出てこなかった。
「え……大丈夫か?」
どこからどう見ても、大丈夫そうには見えない。それなのに、コミュニケーション能力が低い僕から出てきたのは、なんとも気が利かない疑問だった。
「へーき……。でも……今、電車に乗ったら吐く、かも……」
話すのもつらそうな空野は、待合室の椅子に横になって瞼を閉じた。
白い肌が青ざめている様子は、日頃の彼女の姿からは想像もできないほど弱々しい。なにをどうすればこうなるのかわからなくて、困惑でいっぱいになった。
「えっと……水とか、飲める?」
「うん……欲しい……」
「買ってくるよ」
慌てて立ち上がり、周囲を見回して自動販売機を探す。少し先に見慣れたフォルムを捉え、ペットボトルのミネラルウォーターと緑茶を買い、早歩きで空野のもとに戻った。
「水とお茶、どっちがいい? それとも、スポドリとかの方がよかった?」
「ん、大丈夫……。水もらっていい? お金はあとで返すね……」
ミネラルウォーターを手渡すと、彼女は再び目を閉じてペットボトルを頬に当てた。呼吸をするのもつらそうだけれど、「きもちいい……」と呟いた姿にわずかに安堵する。
「ごめん……。すぐ復活するから、もうちょっと待って……」
「いいよ、別に暇だから。空野がラクになるまで待つよ」
自然と口をついて出た返答に、体を横たえたまま僕を見上げるようにしていた空野が目を見開く。程なくして、ホッとしたような微笑を浮かべた。
ここには強引に連れてこられて、明日からの学校生活を守るために待っていただけ。
ところが今はそんなことはすっかり頭から抜け落ち、彼女のことがただ心配だった。
「ふっかーつ!」
大学病院の前で、空野がグッと伸びをする。声が軽く反響し、周囲の視線を浴びた。
「こんな時間まで付き合わせちゃって本当にごめんね」
僕に笑顔を向ける空野は、もうすっかり平素の様子と変わらない。さっきまで呼吸すら苦しそうだった人物と同じ人間かと、疑いたくなるほどだ。
ただ、明るく元気な彼女しか知らない僕は、とにかくいつも通りになってくれてよかったと思った。
「すっかり遅くなっちゃったね」
駅まで歩きながら、空野が申し訳なさそうに眉を下げる。
十八時半を過ぎた今、空は水色とオレンジが混ざった夕焼けに染まり、夜に向かっている。
「別にいいよ、もう。元はと言えば、自業自得でもあるんだ」
こんな時間になったことも、今日の放課後の予定が狂いに狂ったことも、今となってはどうでもいい。とにかく、彼女が笑っていることに安心させられたから。
「でも、ちゃんと待っててくれて嬉しかったから」
「そういう約束だっただろ」
「あれは約束って言わないよ。一方的に私が命令したようなものだから」
「まぁ、それは否定できないけど」
「えっ、そこは否定してよ! 日暮くんって、実ははっきり言うタイプなんだね」
クスクスと笑う空野は、「すごく意外なんだけど」と僕の顔を覗き込んでくる。
僕に言わせれば、意外なのは彼女の方だ。
クラスの中心人物である空野が、僕みたいなぼっちを極めたクラスメイトとも分け隔てなく話し、挙句に病院にまで付き合わせた。
けれど、人の心に入り込むのが上手いのか、僕はすっかり彼女のペースになっている。
現に、往路は空野の後ろを歩いていた僕が、今は肩を並べて駅に向かい普通に会話をしているのだから。元は自分自身の失態とはいえ、そんなことを忘れさせるような彼女の明るさが、意外にも嫌じゃなかった。
高校に入学して三か月。クラスメイトとこんなに話したのは、初めてのことだった。
「日暮くんは次の駅で降りてね」
「家まで送る約束だろ。ここまで来たら、最後まで約束を全うするよ」
だからなのか、僕はガラにもなく自ら面倒事に首を突っ込んでいた。
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