永遠のファーストブルー

河野美姫

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永遠のファーストブルー

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「尾行が下手な日暮くん」

「うわぁっ!?」


 僕の背後に気配もなく立っていた空野に驚愕し、飛び跳ねる勢いで一歩後ずさった。


「なっ……! どうして空野がっ……!」

「それはこっちのセリフだよ。日暮くんって、最寄り駅はここじゃないでしょ」

「な、なんでそれを……」

「なんでって、前に香里ケ丘こうりがおか駅で降りるのを見たことがあるから。それに、さっきから私のことを尾けてたよね?」


 彼女は訝しげにしつつも、最初から僕の存在に気づいていたようだ。


「同じ電車だったのは知ってたけど、まさか尾行されるとは思わなかったよ」

(最悪だ……!)


 明確な理由はないけれど、空野を追ってきたのは事実。彼女からすれば僕は立派なストーカーで、まさに怪しさ満点だろう。


(明日にはクラス中……いや、学年中に僕の行動が広まってるかもしれない……!)


 終わった……と、脳裏に過る。
 今はスマホ一台で、なんでも拡散できる時代。芸能人がつまらない発言で叩かれたり炎上したり……なんてことが起こるのも、日常茶飯事だ。


 事の大きさは違っても、学校というテリトリーの中で自分の身に起こることを一瞬にして想像してしまい、思考も心も絶望感に包まれた。
 平和に穏便に生きていくために、ちょうどいい日陰者に徹していたというのに、こんなつまらない行動ひとつですべてが台無しだ。


「日暮くん、時間ある?」

「へっ……? いや、あんまり――」

「私のことを尾行してたくらいだし、暇だよね?」


 にっこりと微笑まれて、うっ……と言葉に詰まる。
 暇なんかじゃない。うっかりこんなところまで来てしまったけれど、本当なら僕は今頃、涼しい自室でアイスと漫画を満喫しているところだった。


「ちょっと付き合ってくれない?」

「……それ、僕に選択権は……」


 あるのでしょうか……と続けた声は小さく、ギラギラと照りつける太陽に溶けていく。


「別にあるよ? ただ、断るなら日暮くんの名誉がちょっと傷ついちゃうかも?」

(ああ、もう……本当に最悪だ……!)


 僕に選択権なんてないじゃないか。


 空野に逆らえるわけもなく、しぶしぶ彼女の後ろを歩いていると、大学病院の前に着いた。


「どうして後ろにいるの? 普通に私の隣で歩けばいいと思うんだけど」


 クラスのどころか学年一の人気者の女子の隣に、日陰者の僕が立っているところを知り合いに見られたら、それこそろくなことにならないはずだ。


「君の彼氏に悪いだろ」

「彼氏なんていないけど」

「三年の先輩と付き合ってるって噂だけど」

「噂だよ。付き合ってないし、これからもそんな関係にはならないから」


 空野と並んでも見劣りしない三年の先輩は、少しやんちゃな風貌の男子生徒だ。あっちの気持ちは僕から見てもバレバレだけれど、どうやら彼女にその気はないらしい。


「……で、空野はここになにしに来たんだよ」

「ちょっとね。点滴したら帰るから、終わるまで待ってて」

「は?」

「あとでお母さんが迎えに来てくれる予定だったんだけど、さっき友達が送ってくれるからお迎えはいらないって連絡したから、帰りは家まで送ってね」

「はぁっ?」

「よろしく、ストーカーくん」

「ストーカーじゃ……!」

「どうかなぁ」


 空野は楽しげに笑って内科の受付で診察券を出すと、僕を待合室の方へと促す。抵抗したいのは山々だったけれど、今の僕には彼女に逆らう術がない。
 明日からの学校生活を守るためにも、今は空野の機嫌を損ねるわけにはいかなかった。


「空野さん、処置室へどうぞ」

「じゃあ、一時間くらいかかると思うけど、逃げずに待っててね」

「一時間!?」


 目を丸くする僕を余所に、彼女は満面の笑みで処置室へと消えた。


 帰ってやろうか、と考えなかったわけじゃない。
 けれど、空野の言う『逃げずに待っててね』は、きっと『逃げたら言いふらしてやる』と同義語に違いない。つまり、やっぱり僕には選択肢がなかった。


 おかしな話だ。僕はなぜ空野が病院に来ているのかも、なぜ点滴を打つのかも知らない。にもかかわらず、消毒液の匂いが漂う待合室の椅子に座っているのだから。

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