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一章 溺れる人魚姫
一 戻れない舞台【1】
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小さい頃、お母さんに連れられて行った大きなプールで行われていた、幼児向けの一日体験スクール。
それが、私――牧野美波と水泳の出会いだった。
三歳の私のお気に入りだった黄色の小児用ビキニは、競泳用のプールには似合わなかったに違いない。
だけど、確かドキドキしていた気がする。
ところが、子ども用の小プールでも水の中にいるのは怖くて、母にしがみついたまま離れなかった。
インストラクターのお姉さんの困ったような笑顔を、記憶のほんの片隅ではなんとなく覚えている。
それまでは、家の庭で広げる小さなビニールプールにしか入ったことがなかった。
そんな私にとっては、きっと未知の世界だったのだ。
母から手を離せば水の中にさらわれてしまうと思ったのか、私はその日、一度も母にしがみついて離れなかったのだとか。
それなのに、母がスイミングスクールの幼児コースに申し込んだせいで、翌週から火曜日と金曜日はプールに放り込まれることになった。
最初は一緒だった母も、二ヶ月も経つ頃には見学室から手を振ってくるだけになって、私は毎回母と離れるたびに泣いていた。
あの当時の話を聞かせてくれる時の母は、いつも懐かしそうに目を細めながらクスクスと笑った。
そして、そのあとで必ず『それがどうしてこうなったのかしら』とさらに楽しげに言う。
私はいつも、『自分でもわからないよ』なんて笑みを浮かべながら、どこか誇らしいようなくすぐったいような気持ちでいた。
水の中は苦しいのに、いつの間にかそこから上がることを望まなくなった。
小学校の低学年で選手育成コースに入って、自分で言うのもなんだけれど、一年後には試合でめきめきと頭角を現した。
将来は水泳選手になるものだと信じて疑わなかった。
あの日までは――。
それが、私――牧野美波と水泳の出会いだった。
三歳の私のお気に入りだった黄色の小児用ビキニは、競泳用のプールには似合わなかったに違いない。
だけど、確かドキドキしていた気がする。
ところが、子ども用の小プールでも水の中にいるのは怖くて、母にしがみついたまま離れなかった。
インストラクターのお姉さんの困ったような笑顔を、記憶のほんの片隅ではなんとなく覚えている。
それまでは、家の庭で広げる小さなビニールプールにしか入ったことがなかった。
そんな私にとっては、きっと未知の世界だったのだ。
母から手を離せば水の中にさらわれてしまうと思ったのか、私はその日、一度も母にしがみついて離れなかったのだとか。
それなのに、母がスイミングスクールの幼児コースに申し込んだせいで、翌週から火曜日と金曜日はプールに放り込まれることになった。
最初は一緒だった母も、二ヶ月も経つ頃には見学室から手を振ってくるだけになって、私は毎回母と離れるたびに泣いていた。
あの当時の話を聞かせてくれる時の母は、いつも懐かしそうに目を細めながらクスクスと笑った。
そして、そのあとで必ず『それがどうしてこうなったのかしら』とさらに楽しげに言う。
私はいつも、『自分でもわからないよ』なんて笑みを浮かべながら、どこか誇らしいようなくすぐったいような気持ちでいた。
水の中は苦しいのに、いつの間にかそこから上がることを望まなくなった。
小学校の低学年で選手育成コースに入って、自分で言うのもなんだけれど、一年後には試合でめきめきと頭角を現した。
将来は水泳選手になるものだと信じて疑わなかった。
あの日までは――。
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