短編集

ぽよ

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セフレ

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 朝の立川駅。柄にもなく早起きして、吉祥寺駅へと向かう。土曜日の朝は平日ほど混んでいない。目の前に来た中央線快速電車に乗り込んで、静かに揺られていく。
 仕事でもないのに朝7時に起きて電車に揺られている。不思議な気分だった。それもこれも、セフレに呼ばれたからなのだが。その人は今、国分寺駅の近くに住んでいる。もしかしたら同じ電車に乗り込むかもしれない。ひたすらに揺られること30分。目的地に到着した。
 改札を抜けて街に出る。朝の9時。まだ街も寝ている時間だった。条例でほとんどの施設は10時からの開店だった。特にやることがあるわけでもなく、ふらふらと街を歩く。有名なゲームセンターが開いていることに気付き、そこで時間を潰すことにした。
 結果から言えば、その作戦には失敗した。ボウリングとカラオケは8時からだが、アミューズメントコーナーは10時からだったのだ。条例がこんなところで効力を発揮するとは思わなかった。ゲームセンターを出て、どうしようかと歩き始めたところで、スマートフォンが振動した。

「着いたよ」
「了解。駅でいいのかな」
「うん」

 どうやら到着したらしい。ラインで少しだけ会話をして、駅へと向かう。まだ人の流れもできていない。さっき歩いた方向とは逆方向に歩きながら、駅を目指す。

「おはよう」
「うん、おはよう。随分と早いね」
「今日は暇だったんだよ」
「彼女は?」
「今日は仕事」

 なんとなく、嘘だと分かった。やけに返事が早かった上に、仕事ならそんな苦しそうな顔はしないはずだと思った。けれど、それを口に出さないまま二人で適当に歩く。

「今日はどうするの?」
「いつも通りでいいんじゃない?」
「はい」

 いつも通り、つまりラブホテルに行くということだ。こういう時の彼はいつも調べている。そして、私はそれについていくだけだ。彼についていくまま15分ほど歩けば、目の前にはまるで高級ホテルのようなラブホテルが建っていた。宿泊ではなく休憩と書かれていることからもそれは分かった。
 彼と一緒に中に入ってボタンを押すと、その部屋の鍵がガチャガチャのように転がってきた。その鍵を持って、部屋へと向かう。いつものことながら緊張する。

「こんな感じなんだ」
「へぇ、君も初めてなんだ」
「まぁね。ここは高いし」
「高いことで有名なの?」
「まぁね」

 ラブホテル巡りでもしてるのだろうかと思う知識だが、彼ならあり得るかもしれない。私以外にもセフレがいてもおかしくないだろう。部屋に入ってベッドに座る。特にやることがあるわけでもなく、早起きした分ベッドに入れば寝てしまいそうになる心配の方が強かった。

「今日はなんで呼んだの?」
「なんとなく。たまーに君とやりたくなる」
「ふーん」
「そんな感じ」

 これもなんとなく嘘だと分かった。彼女と喧嘩すると呼ばれることが女の勘で分かっていた。今日もおそらくそれだろう。彼の人間関係には深入りするつもりはない。無言のまま時間だけが過ぎていき、あることに気付く。

「そういえば、私今日の所持金いくらだったかしら」
「いや、いいよ。俺が出すから」
「あぁ、うん」
「いつもは半分出してもらってたけど、なんか申し訳なくなって」
「そっか」

 彼の心にどんな変化があったのかは分からないが、私の財布事情的にもそれはありがたいことなので、受け取っておく。それにしても何一つ変化のないまま時間だけが過ぎていく。
 雑談で時間が過ぎ、ひと段落ついた頃、彼が私を押し倒してきた。

「あら、やる?」
「まぁそろそろかな」

 どうやら彼にスイッチが入ったらしい。私は押し倒されたまま手首を掴まれる。そして少しずつ脱がされていく。何回経験しても恥ずかしい。いつかは慣れるかと思っていたが、どうやらそんなことはない。少しずつ脱がされて、最後の一枚で今日は丁寧だった。それが終わると、彼も脱ぎ始めた。適当に脱いで、服を脱ぎ終わる。
 行為もいつも通りだった。前戯があって、そこでも少し話をして、盛り上がってから本番だった。お互いの弱点が分かるほど体を重ねてきた。それでも、この人の彼女にはなれそうにない。複雑な心境のまま、流されるように行為へと移っていく。

「久しぶりだよね」
「3ヶ月ぶりくらいかな」
「それくらいな気がする」

 彼との行為は確かに気持ちいいのだけれど、今日は上の空だった。本当に求められているのは私じゃないということを改めて実感すると、今にも逃げ出したくなってしまいたかった。彼にとって私はセフレの中の一人でしかない。私は本命の人にはなれない。彼女にも、キープにもなれない。どうすることが私の正解なのか、分からない。

「大丈夫?体調悪いの?」
「いや、なんでもないよ」
「そう?」
「うん」

 彼はいつも優しさを持って接してくれる。けれど、今日はその優しさが逆に辛いと思った。彼女じゃないからこそ優しいのかと思うと、泣き出しそうだった。逃げ出したくて、泣き出しそうで、どうしようもなく弱い私を、彼はどう思っているのか。それも、分からなかった。
 結局気まずい空気が流れて、一旦ラブホテルから出ることにした。時刻は10時を回っていて、街が元気を出し始めていた。二人きりの空間から出ると、自然と落ち着いてくる。そして、ふと気になったことを聞いてみた。

「彼女とは結婚しないの?」
「うーん、分からん。多分するだろうけど今じゃないな」
「なるほどね」
「元気になったみたいでよかった」
「あぁ、まぁ、うん」
「この関係もいつまで続くのかな」
「君がそれを言うのか」
「まぁね」
「そうか」

 私には恋人も男友達すらもほとんどいない。信頼できる友人もそんなにいない。彼はその中の一人だった。私の方が失うのが怖い。けれど、だからこそ彼の選択には口を出さないようにしていた。私の存在価値がいつまであるか、どのくらいあるのか。私と言う存在が、いつまで許されるのか。それは全く分からない。それでも、許されるなら彼の友人でありたい。たとえ1番になれなくても、それでもいい。結局うろうろとしていた私の気持ちは、ここに落ち着いたらしい。

「今からどうする?」
「適当に喫茶店でも行く?作戦会議でもしよう」
「バレてたんだ」
「まぁ、女の勘ってやつ」
「鋭いな」
「でしょ?」

 この人は本当にバレていないと思っていたのかもしれない。でも、それでもいい。自分がこの人の精神的支柱になっているのかもしれないと思う。でも、それでもいい。この人の隣にいられる瞬間があるのなら、辛いことだって受け入れよう。それが、私の幸せの形だから。
 
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