愛に死に、愛に生きる

玉響なつめ

文字の大きさ
上 下
2 / 3

(妻視点)

しおりを挟む
(どうしちゃったんだろうか、うちの旦那様)

 ミラ=アンネ・ファルムド・ケラーリン。
 とある小説の悪役令嬢の一人で、速攻退場した人物に生まれ変わったと知ったのは最愛の陛下から罪を突きつけられ彼の護衛騎士であるアラン・カサルニィ様のところへ下賜されると宣言された瞬間だった。

 突然記憶の波に攫われた意識はとんでもない情報量に限界を迎えたし、あの時ぱったりと倒れることができたのはとても幸いなことだったと思う。
 じゃないと私は『なんでだよ!!』と大声でツッコミを入れた挙げ句に陛下に向かって罵詈雑言を吐いていたと思うから。

 そんなことになってたら、死罪もんだったよね。
 実家にも迷惑がかかるところだったわ。

 とはいえ、陛下が私を嵌めたこともなにもかもを知っているのも、私が転生者として記憶を取り戻したからに他ならない。

(でもねえ~、あんまりだと思うのよ。他にやりようなかったの? 本当に?)

 私の母親世代で人気を博したという恋愛小説の『愛に燃ゆる』というものがあった。
 内容は低位貴族の令嬢として生まれ育った天真爛漫な主人公が父親の仕事に同行して王都にやってきた際、お忍びで来ていた王太子と出会う幼少期から始まる。
 互いの身分を超えて愛を育んだ二人だが、国王の突然の崩御から王太子は王となる。
 もはや二人は別れるしかないと覚悟を決めた主人公だが、側室として召し上げられ困惑していると王に密かに告げられるのだ。
 どうしても妻に迎えたいが国内を荒れさせるためにもいかない。
 貴族たちを納得させるためにも、どんなことがあろうと僕を信じて正しく妃として学び、過ごしてほしい……そう国王となった恋人に言われ、主人公は他の妃たちの度重なるイジメにも耐え抜き愛を貫くという内容だ。

 言ってみれば不遇主人公がそれでもハイスペ男子に一途に愛され、最後は正義が勝つといったありきたりストーリーである。

 そんでいじめっ子の中で最初に脱落する脇役、それこそが私なワケだが……私としては下賜された件について、別に気にしちゃいなかった。
 正直なところ国王陛下は顔がいいけどタイプではないし、一途に想っていたミラの気持ちを受け取ると言いながら見向きもしないいけ好かない男だ。
 角が立たないやり方は他にもあったろうっていう話なんだよね。

(そりゃミラもちょっとばかり行き過ぎたところはあったと思うよ)
 
 私が私が私がー!! って突撃するばかりじゃあの御方も辟易しただろうさ。
 でもミラの気持ちは、どこまで行っても純粋だった。ただただ陛下のことが好きだったのだ。

 だからこそ、主人公を大事にするあまりミラをあっさりと捨てられる陛下に私は好意を抱けない。

 新しい旦那様、つまりアラン様は私の事情を少しは哀れに思っているのか、子爵家としてはそれなりに裕福とはいえ好きにしていいという太っ腹な発言の他、愛さないと宣言しておきながらあれこれと私が過ごしやすいよう便宜を図ってくれていることはすぐに理解できた。

 ただ、私は記憶を取り戻してからどうしていいのかわからなくて、初めのうちはぼんやりしていたんだよね。
 だって前世の趣味ってランニングだったんだけど、この世界の淑女、しかも人妻はそんなことしちゃいけないし……家の敷地内だろうとそんなことをした日には何を言われるものかわかったもんじゃない。
 しかし壊滅的とも言える料理音痴だし、音楽なんて興味ないし、刺繍? ナニソレ、絵心も裁縫もできれば見たくもない。

 ……いや、技術そのものはこの体に馴染んでいるからやろうと思えばできるけど。
 でも気持ち的には触りたくもないんだよね。

(園芸……そうね、園芸くらいならいいか。それなら外に出る理由にもなるし、ただぼんやりするよりは健康的でしょ!)

 そう思って家庭菜園……はまだハードルが高かったので育てやすい花を手に入れてもらって育てていたら、何故か旦那様に話しかけられたのである。
 いやここ最近私のことを避けずにこっちの様子を見ているな~とは思っていたけど、久々に話しかけられてびっくりしたわ。

 夫だってのにそんな声だったっけ? とか思った私も私だなと思った程だ。
 しかもその内容が内容だった。

『俺が今まで見て来た貴女は、そんな人ではなかったはずなのに。どうして変わったんだ?』

 どうして。そりゃ中身が変わったんですもの。
 以前のミラはもういないのよ。でもそれを伝える術を私は知らない。

 前世を思い出したなんて言えるはずもない。
 じゃあどうして前世を思い出したんだっけ? ってなると、あれだ、国王陛下のせいだよね。

 だめだ、あれもこれも悪い答えしか出てこないじゃないか!
 これで頭がおかしくなったとか反省していないと思われて修道院送りになんてされるわけにはいかない。私の三食昼寝付きライフが台無しなのだ。

 そう、妃じゃなくなったから面倒くさい勉強はないし子爵家って言っても夫は大体お城詰めで陛下の護衛に立っているから社交をそこまでする必要も理由もないから引きこもり生活しててオッケーだし、高位貴族じゃないから使用人も最低限、そのおかげで人目を気にすることなく土いじりしたり鼻歌なんぞ歌っても許される環境!
 それが神様にお祈りを捧げて慈善事業に走り回って規則正しい生活で慎ましやかに生きろとか無理でしょ、無理ゲーってやつですよ!!

 私は必死で考えた。
 そうしたら、何故だからするりと答えが出た。

「アラン様。わたくしが変わったというのであれば」

 ぎょっとする。
 自分の声なのに、まるで自分のものじゃないようで。

 でも、どこかでわかっていたのかもしれない。
 これはミラ・・の言葉だって。
 
「あの日、わたくしは愛を失ったのです。ですから――」

 私の中には今でもミラが抱いていた、苛烈なまでの陛下への愛情とその思い出がたくさんある。
 私はそれをどうでもいいものとして思えるけれど、ミラにとっては全てだったものだ。
 どんなにつれなくされようとも、上辺だけの優しさや笑顔であっても、彼女にとって陛下は何者にも代えがたい、ただ一人の恋しい人だった。

 それを失ったのだ。
 失ってしまったのだ。
 
「あの日、わたくしは死んだのです。愛を失ったミラは、何も持たぬ者へと生まれ変わる以外、なかったのですわ」

 するりと出ていった言葉は、ミラのものだった。
 だけど私はそれを受けてようやく全部を受け止められた気がした。

(そうだよね、ミラ。悲しかったよね。もう何もかもがどうでもよくなっちゃったよね)

 陛下が愛してくれないなら。
 陛下が求めてくれないなら。
 陛下が、陛下が、陛下が。
 渦巻く感情が、涙となって零れていった。

 私のものじゃない、私の涙が零れていった。

 これ以上ミラの・・・涙を見せたくなくて、私は旦那様に一礼してその場を後にする。
 自室に戻ってひとしきり泣いて落ち着いたところに、旦那様がやってきて驚かされた。

 これまでこんな風に私の部屋を訪れたことなんてなかったのに、どうして?
 やっぱり泣いてしまったから騎士として慰めに来たんだろうか。

「その……」

「はい、なんでしょうか」

 だとしたら慰めなんて『私は』必要としていないんだけどな。
 泣いたらスッキリしたし、もうミラとしての思い出もしっかり過去にできそうだし。

 それならこれからの仮面夫婦ライフを楽しんだ方が勝ち組だと思う。
 そんなことを考えていたら、旦那様がとんでもないことを言ってきた。

「……俺と夫婦になってくれないか」

「もう夫婦ですが」

「あーいや、そうじゃなくて」

 何言ってんだこの人。
 私が目を瞬かせていると、彼も言葉を探すようにしてから私を見た。
 こんなにも真っ直ぐに彼が私を見たのは、もしかして夫婦生活始まって数ヶ月経つけれど初めてのことじゃなかろうか?

「……愛し愛される夫婦になりたいんだ。そのために、これから挽回させてくれないか」

「え、なんで!?」

 思わず言ってしまって酷い沈黙が訪れたとしても、きっと私は悪くないと思うんだ。
 その後、呆気にとられた旦那様をおいてその場を逃げ出してしまったけれど、まあ……うん。

 やっぱり私は悪くないと思うんだ! 思わせてよ!!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

側近女性は迷わない

中田カナ
恋愛
第二王子殿下の側近の中でただ1人の女性である私は、思いがけず自分の陰口を耳にしてしまった。 ※ 小説家になろう、カクヨムでも掲載しています

七つの夜に甘やかされて、堕とされました

玉響なつめ
恋愛
鳴海莉子は新米社会人として疲弊していた。 仕事は忙しいわ彼氏にはフラれるわでツイていない彼女は、ある夜占い師から妙なおまじないを教わる。 理想の人に夢で出会えるなんて子供じみたおまじないを、酔っ払って試してみたところ……? これは頑張り屋さんでしっかり者と周囲から目される女性が、自分の理想の(筋肉を持った)包容力ある男に堕とされる物語。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

貴方の子どもじゃありません

初瀬 叶
恋愛
あぁ……どうしてこんなことになってしまったんだろう。 私は眠っている男性を起こさない様に、そっと寝台を降りた。 私が着ていたお仕着せは、乱暴に脱がされたせいでボタンは千切れ、エプロンも破れていた。 私は仕方なくそのお仕着せに袖を通すと、止められなくなったシャツの前を握りしめる様にした。 そして、部屋の扉にそっと手を掛ける。 ドアノブは回る。いつの間にか 鍵は開いていたみたいだ。 私は最後に後ろを振り返った。そこには裸で眠っている男性の胸が上下している事が確認出来る。深い眠りについている様だ。 外はまだ夜中。月明かりだけが差し込むこの部屋は薄暗い。男性の顔ははっきりとは確認出来なかった。 ※ 私の頭の中の異世界のお話です ※相変わらずのゆるゆるふわふわ設定です。ご了承下さい ※直接的な性描写等はありませんが、その行為を匂わせる言葉を使う場合があります。苦手な方はそっと閉じて下さると、自衛になるかと思います ※誤字脱字がちりばめられている可能性を否定出来ません。広い心で読んでいただけるとありがたいです

王太子殿下が好きすぎてつきまとっていたら嫌われてしまったようなので、聖女もいることだし悪役令嬢の私は退散することにしました。

みゅー
恋愛
 王太子殿下が好きすぎるキャロライン。好きだけど嫌われたくはない。そんな彼女の日課は、王太子殿下を見つめること。  いつも王太子殿下の行く先々に出没して王太子殿下を見つめていたが、ついにそんな生活が終わるときが来る。  聖女が現れたのだ。そして、さらにショックなことに、自分が乙女ゲームの世界に転生していてそこで悪役令嬢だったことを思い出す。  王太子殿下に嫌われたくはないキャロラインは、王太子殿下の前から姿を消すことにした。そんなお話です。  ちょっと切ないお話です。

婚約者に好きな人ができたらしい(※ただし事実とは異なります)

彗星
恋愛
主人公ミアと、婚約者リアムとのすれ違いもの。学園の人気者であるリアムを、婚約者を持つミアは、公爵家のご令嬢であるマリーナに「彼は私のことが好きだ」と言われる。その言葉が引っかかったことで、リアムと婚約解消した方がいいのではないかと考え始める。しかし、リアムの気持ちは、ミアが考えることとは違うらしく…。

無能だと捨てられた王子を押し付けられた結果、溺愛されてます

佐崎咲
恋愛
「殿下にはもっとふさわしい人がいると思うんです。私は殿下の婚約者を辞退させていただきますわ」 いきなりそんなことを言い出したのは、私の姉ジュリエンヌ。 第二王子ウォルス殿下と私の婚約話が持ち上がったとき、お姉様は王家に嫁ぐのに相応しいのは自分だと父にねだりその座を勝ち取ったのに。 ウォルス殿下は穏やかで王位継承権を争うことを望んでいないと知り、他国の王太子に鞍替えしたのだ。 だが当人であるウォルス殿下は、淡々と受け入れてしまう。 それどころか、お姉様の代わりに婚約者となった私には、これまでとは打って変わって毎日花束を届けてくれ、ドレスをプレゼントしてくれる。   私は姉のやらかしにひたすら申し訳ないと思うばかりなのに、何やら殿下は生き生きとして見えて―― ========= お姉様のスピンオフ始めました。 「体よく国を追い出された悪女はなぜか隣国を立て直すことになった」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/465693299/193448482   ※無断転載・複写はお断りいたします。

結婚して5年、初めて口を利きました

宮野 楓
恋愛
―――出会って、結婚して5年。一度も口を聞いたことがない。 ミリエルと旦那様であるロイスの政略結婚が他と違う点を挙げよ、と言えばこれに尽きるだろう。 その二人が5年の月日を経て邂逅するとき

俺の妖精すぎるおっとり妻から離縁を求められ、戦場でも止まらなかった心臓が止まるかと思った。何を言われても別れたくはないんだが?

イセヤ レキ
恋愛
「離縁致しましょう」 私の幸せな世界は、妻の言い放ったたった一言で、凍りついたのを感じた──。 最愛の妻から離縁を突きつけられ、最終的に無事に回避することが出来た、英雄の独白。 全6話、完結済。 リクエストにお応えした作品です。 単体でも読めると思いますが、 ①【私の愛しい娘が、自分は悪役令嬢だと言っております。私の呪詛を恋敵に使って断罪されるらしいのですが、同じ失敗を犯すつもりはございませんよ?】 母主人公 ※ノベルアンソロジー掲載の為、アルファポリス様からは引き下げております。 ②【私は、お母様の能力を使って人の恋路を邪魔する悪役令嬢のようです。けれども断罪回避を目指すので、ヒーローに近付くつもりは微塵もございませんよ?】 娘主人公 を先にお読み頂くと世界観に理解が深まるかと思います。

処理中です...