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九:取り残されたくない

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 チャイムが鳴って教師が授業を終えるのと同時にガタガタと立ち上がる生徒が出て、叱責が飛ぶが軽い謝罪で笑いが起こる。
 やれやれというような教師の呆れ顔を他所にようやくやってきた昼休みに待ってましたと言わんばかりの学生たちが思い思いに廊下に出たり、学食に向かうなり、教室内でグループ同士で弁当を広げるなどごく当たり前の光景が広がる。

 そんな中、紬は紡たちと中庭に移動して四人で芝生に座る。
 中庭はそれなりの広さがあり、日当たりが良いために弁当持参の学生たちの姿がちらほら見える。
 
 普段から紬は紡の希望によってこうして外で食事をすることが多かった。
 兄弟なのだから用意された弁当の内容が変わることもなく、授業の内容や部活、バイト、そんなごく普通の会話をしてその場その場で誘われる友人によって残りの休み時間を過ごしていた。
 そこに花梨が加わって、その時間がだんだん苦痛になってきたのは紬の中で言葉にすることができなくて、辛いものだった。

(……一人増えるだけで、全然違うモンだな)

 前を見ないようにして、卵焼きを口の中に放り込む。
 自分の向かい側には紡と花梨が仲睦まじく弁当の中身を好感しながら笑い合っている姿があるからだ。
 今まではそれを目に入れないようにするために自分の食事に集中して、後はただ会話に相槌を打つばかりだった。
 だが雫が加わったことで会話に幅が出る。

 それによって、紬は仲睦まじい二人を眺めて、心の内にあるどろりとしたものを感じることが僅かながら減った気がしたのだ。

「――でね、数学の山下がさぁ」

「そういやこないだバスケ部が――」

 別に会話はおかしなこともない。
 ごく普通の、学生同士のものだ。
 二人が付き合っているからと言って見せつけるように嫌味な言動をしたりなどするはずもなかったし、どちらかと言えばろくに緯線も合わせずに上の空な自分が嫌な奴だよなと紬は思う。
 それでも、彼なりに自分を抑え込むことで必死だったのだから許して欲しいと紬は思う。その考え方もまた、自分勝手なものだと知った上で。

 ちらりと自分の隣を見れば、花梨の話に笑う雫がいる。
 彼らの視線が今は彼女に向いていてくれることは、最近昼休みが重荷でしかなかった紬にとって本当に救世主のようにすら思えるのだから現金なものだった。

(……昼メシの味、まともに感じたのなんて久しぶりだな)

 残しておいた唐揚げを頬張る。
 冷えて若干パサついたそれを噛み締めながら、ちらりと紡を見れば彼は最後の卵焼きに箸をつけたところで、ふと目が合って笑われた。
 ああ、そうだ。
 顔はそっくりなのに、こうして食べ物の好みは違う。
 だけど、好きな食べ物は一番最後に食べる、そんなところは似ている。

(なんで俺たち、双子だったんだろうな)

 そんなどうでもいいことを、胸の内で呟くのももうこれで何度目なのか。

 幼い頃は、そんな疑問なんて一度も持たなかった。
 むしろなんで自分たちは別人なのだろうと不思議に思ったこともあった。
 それは双子特有の感覚というよりは、紬と紡の仲の良さからくる感覚だったのだろう。

 だがそれは当然のごとく、成長するにつれずれてきた違い・・で否が応でも知ってしまう真実だ。
 それを残念に思いながら当然のこととして受け入れて、お互いを認めてきたものをいつのまにか存在に対して疑問符を浮かべてしまう。
 どうしてそうなってしまったのか、そう思ったところで紬は無自覚に、昏い笑みを浮かべた。

 答えなんて、わかり切っている。
 恋をして、その恋が破れたからだ。
 そしてその相手が、他でもない紡だったから。

「紬くん?」

「えっ」

「あ、あのね? クッキー食べるって聞いたんだけどね、もしかしてまた具合悪い?」

「いや……ぼうっとしてただけだ。どこも悪くねぇよ」

 雫が話しかけていてくれたことにまるで気が付かなかった。
 自分の考えに没頭しすぎていたのかと思うとバツが悪くて、小さな声で「心配かけて悪かった」と言えばそれまで心配そうにしていた雫も、紡も花梨も、ほっとしたように笑った。

(……こんなにいいやつらなのに)

 彼らも、自分のように何かを抱えることなんてあるだろうか?
 その笑顔の下で、苦しむことがあるんだろうか?

 自分だけが苦しんでいるのは、不公平だと思う。
 その反面、同じように苦しんでいて来るのならどうやって乗り越えたのか聞いてみたい。
 紬の中で、奇妙な気持ちが膨れ上がるが結局声にはならなかった。

「クッキー、美味いな」

「ほんと!?」

「お、おう」

「雫はお菓子作りが得意なんだよね~、あたしはそういうのダメ。ちまちましてるんだもん! あっ、でも食べるのは好きだからまたよろしくね!!」

「うん、次はカップケーキとかにしようかなって思ってるよ」

「あたし! あれっ、あれがいい。バナナのとかチョコのがいい!」

 花梨が注文を付け、雫が笑って頷く。
 広げられたクッキーを齧って、紬は小さく息を吐き出した。

(……結局あの手紙のこともなんもわかんねえし、俺もみんなに心配かけてるだけだし、……ほんと、どうしたらいいんだろうな)

 そういえば、と紬はふと思い出す。
 クラスメイトの誰かが、見たと言っていなかったか。
 紡と花梨が喧嘩をしていたとかなんとか。

 こうして笑い合っているのだから、きっとなんでもないことだったんだろう。
 だけれど、羨んでばかりいる紬の見えないところでやっぱり彼らも何かを抱えているのだろうか。

 そう思うと、少しだけ安心で来た。

 自分だけじゃない。
 自分だけが、取り残されているわけじゃないんだ、と。

 だがその感情こそが、嫌なものだと紬は再び気が付かないふりをするのだ。
 認めるには格好悪い、認めるには苦すぎるその感情は、小さな子供が迷子になった時のようなそんな、行き場のない不安だから。

「なぁ紬」

「なんだよ」

 それ以上考えたくなくて、甘いクッキーをただ美味しいと味わうために手を伸ばした紬に紡が声を掛ける。

「……ほんとに、大丈夫か?」

「大丈夫だって言ってるだろ。お前こそ、今度のテストこそ大丈夫だろうな」

「そ、そういうのはずるくね!? いや、確かに次やばかったら補習だけど」

「おふくろが呼び出しだけは勘弁しろって言ってた」

「まじか! ……まじかぁ」

「おい、マジでそこまでヤバいのかよ!?」

「ちょ、ちょっとだけ。ちょっとだけだ!」

 慌てる紡が顔を引きつらせる。
 それに対してやばそうなのはどの教科だと詰め寄った紬に、花梨と雫も顔を見合わせる。

「現国だろ、古文だろ、英語だろ、数学とあと世界史もやべえ」

「多すぎるだろ! まじで!」

「紡ってホント、高校入ってからマジで赤点ギリギリか補習しかないもんね……」

「そ、そうなの……?」

 結局次のテストまでに勉強会を開こう、そうなったことに紡がうなだれたところでチャイムが鳴った。
 大慌てで教室に戻る中、紬はそんな彼を見て、笑ったのだった。
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