34 / 57
第三夜 この世は不思議なことばかり!
34
しおりを挟む
そして、人形はジルニトラの手に戻りウルリカに渡される。
たったそれだけ。
あっという間の出来事だった。
「なんてこと……あんなぐちゃぐちゃになっていたものが、こんな一瞬で……」
「貴女が伝説の黒き竜、魔法の神ツィルニトラ! ああ……伝説は、本当に……本当だったんデスね……」
「さあて、アタシはそんな大層な存在になった覚えはないんだけどねえ……」
汀の母も、ウルリカの父親も、その力量の差に愕然とした様子だ。
がくがくと震えて跪いたウルリカの父親に、ジルニトラは困ったように笑みを浮かべる。
そんなジルニトラに代わって、ヴィクターが一歩進み出た。
「伝説かどうかよりも、まずは娘の無事を確認してはどうだ。こちらとしては可紗の呪いも解いてもらわねばならない」
「そ、そうデシタ! ウルリカ、具合は……」
「呪いが消えてるわ」
どこか、力の抜けたような声だった。だが、それは問う父親の言葉を遮るようにして短く、はっきりと響いた。
ウルリカは渡された人形を見つめている。
釘で確かに刺したはずの人形は、まるで新品かのように傷一つない状態だった。
「……可紗」
ゆるゆると顔を上げたウルリカが、左手を伸ばしてきたので可紗はなんとなしに同じように左手を差し出して、手を繋いだ。
その瞬間青い光が手首に集まり、霧散する。
「これで、いいわ……」
「……え? これで? 大丈夫なの?」
可紗は確かめるように何度か手首を見て、ジルニトラとヴィクターを見て、汀を見て、そして最後にウルリカに視線を戻した。
周りの反応からも大丈夫なようだと判断した可紗は、うなだれるウルリカの手を取って握手した。
「ありがとう、明石さん!」
「……ないよ、ワタシが巻き込んだのよ。アンタ、馬鹿じゃないの……?」
「えっ、だって約束を守ってくれたわけだし」
「……可紗……その、ゴメン。ゴメンナサイ」
「え?」
「巻き込んで、ゴメンナサイ……!!」
ボロボロと泣き出して、お気に入りだと言っていた人形を抱きしめたウルリカは大きな声で可紗に何度も謝罪を繰り返し、両親に抱きしめられた。
わんわん声をあげて泣くウルリカに、今日はもう落ち着いて休ませた方がいいとジルニトラが告げたことで彼らは何度も頭を下げながら去って行く。
汀はなにかを言いたげだったが、なにも言わなかった。
ただ、彼は可紗を支えるように肩を抱くヴィクターのことを見ていたようだ。
ジルニトラと汀の母親が、少しだけ言葉を交わしてなにかを約束しているようだったが、可紗はただウルリカの去って行ったほうをぼんやりと見ていた。
ウルリカが両親に抱きしめられている姿が、可紗の目に焼き付いている。
それを、羨ましいと思った自分に彼女は少しならず動揺していた。
(不安だったんだろうな、明石さんも、ご両親も。……そりゃ、そうだよね)
死ぬかもしれない、そういう思いがあったからこそ藁にも縋る思いでこの場に来ていたのだろうと、可紗は思う。
死ぬということは、もう二度と会えない。当たり前の挨拶もできないし、笑うことも怒ることも、ごめんと謝ることだってできない。そ
こから逃れることができたのだから、きっと彼らは今とても幸せに違いない。
(お母さんがいたら、私も……叱られていたのかな)
羨ましい。
その感情に気がついて、可紗はそれを認めたくなくて目を閉じた。
そうしたところでなにかが変わるわけではなかったが、なんだか少しだけ楽になった気がするのだ。
「可紗」
「……ヴィクターさん」
声をかけられて、目を開ける。
穏やかに微笑むヴィクターが、可紗の頭を優しく撫でた。それが心地良くてされるがままにしていると、また撫でられる。
「迂闊だったが、ちゃんと友人のために動いたことは褒めてやらないとな」
「……うん」
「ジルニトラも、もう話し合いが終わりそうだ」
「うん」
当たり前のように、ヴィクターが手を繋ぐ。
そしてジルニトラのところへ、二人は歩き出す。
それが何故か、先ほどのウルリカ親子の様子に似ていて可紗は笑った。
「なんか、家族みたいだね」
「なにを言っている」
「え?」
「お前も言ってたじゃないか。おれたちは、家族だって」
おかしそうに笑ったヴィクターに、可紗は思わず顔を赤らめた。
聞かれていたという部分と、ああそうだ、彼らが家族なのだと自分でも発言していたのに、勝手に落ち込んでいたという部分が恥ずかしくてたまらない。
「ああ、可紗。蛟のご一家とは、また後日ご挨拶をすることになったからその時は案内してくれるかい?」
「はい、勿論」
「それじゃあ、帰ろうかね。アタシたちの家へ」
「はい! あ……あの、帰ったらジルさんに渡したいものがあるんですよ」
「おや、なんだろうね。楽しみだ」
ジルニトラが笑顔で、ヴィクターとは反対側の可紗の手を取った。
まるで小さな子どもみたいだと思うとおかしくて、照れくさいけれど振りほどく気にはなれなくて、可紗はくすくす笑った。
そんな彼女に、二人は不思議そうな顔をしたけれど楽しそうな可紗につられて二人も笑い出したのだった。
たったそれだけ。
あっという間の出来事だった。
「なんてこと……あんなぐちゃぐちゃになっていたものが、こんな一瞬で……」
「貴女が伝説の黒き竜、魔法の神ツィルニトラ! ああ……伝説は、本当に……本当だったんデスね……」
「さあて、アタシはそんな大層な存在になった覚えはないんだけどねえ……」
汀の母も、ウルリカの父親も、その力量の差に愕然とした様子だ。
がくがくと震えて跪いたウルリカの父親に、ジルニトラは困ったように笑みを浮かべる。
そんなジルニトラに代わって、ヴィクターが一歩進み出た。
「伝説かどうかよりも、まずは娘の無事を確認してはどうだ。こちらとしては可紗の呪いも解いてもらわねばならない」
「そ、そうデシタ! ウルリカ、具合は……」
「呪いが消えてるわ」
どこか、力の抜けたような声だった。だが、それは問う父親の言葉を遮るようにして短く、はっきりと響いた。
ウルリカは渡された人形を見つめている。
釘で確かに刺したはずの人形は、まるで新品かのように傷一つない状態だった。
「……可紗」
ゆるゆると顔を上げたウルリカが、左手を伸ばしてきたので可紗はなんとなしに同じように左手を差し出して、手を繋いだ。
その瞬間青い光が手首に集まり、霧散する。
「これで、いいわ……」
「……え? これで? 大丈夫なの?」
可紗は確かめるように何度か手首を見て、ジルニトラとヴィクターを見て、汀を見て、そして最後にウルリカに視線を戻した。
周りの反応からも大丈夫なようだと判断した可紗は、うなだれるウルリカの手を取って握手した。
「ありがとう、明石さん!」
「……ないよ、ワタシが巻き込んだのよ。アンタ、馬鹿じゃないの……?」
「えっ、だって約束を守ってくれたわけだし」
「……可紗……その、ゴメン。ゴメンナサイ」
「え?」
「巻き込んで、ゴメンナサイ……!!」
ボロボロと泣き出して、お気に入りだと言っていた人形を抱きしめたウルリカは大きな声で可紗に何度も謝罪を繰り返し、両親に抱きしめられた。
わんわん声をあげて泣くウルリカに、今日はもう落ち着いて休ませた方がいいとジルニトラが告げたことで彼らは何度も頭を下げながら去って行く。
汀はなにかを言いたげだったが、なにも言わなかった。
ただ、彼は可紗を支えるように肩を抱くヴィクターのことを見ていたようだ。
ジルニトラと汀の母親が、少しだけ言葉を交わしてなにかを約束しているようだったが、可紗はただウルリカの去って行ったほうをぼんやりと見ていた。
ウルリカが両親に抱きしめられている姿が、可紗の目に焼き付いている。
それを、羨ましいと思った自分に彼女は少しならず動揺していた。
(不安だったんだろうな、明石さんも、ご両親も。……そりゃ、そうだよね)
死ぬかもしれない、そういう思いがあったからこそ藁にも縋る思いでこの場に来ていたのだろうと、可紗は思う。
死ぬということは、もう二度と会えない。当たり前の挨拶もできないし、笑うことも怒ることも、ごめんと謝ることだってできない。そ
こから逃れることができたのだから、きっと彼らは今とても幸せに違いない。
(お母さんがいたら、私も……叱られていたのかな)
羨ましい。
その感情に気がついて、可紗はそれを認めたくなくて目を閉じた。
そうしたところでなにかが変わるわけではなかったが、なんだか少しだけ楽になった気がするのだ。
「可紗」
「……ヴィクターさん」
声をかけられて、目を開ける。
穏やかに微笑むヴィクターが、可紗の頭を優しく撫でた。それが心地良くてされるがままにしていると、また撫でられる。
「迂闊だったが、ちゃんと友人のために動いたことは褒めてやらないとな」
「……うん」
「ジルニトラも、もう話し合いが終わりそうだ」
「うん」
当たり前のように、ヴィクターが手を繋ぐ。
そしてジルニトラのところへ、二人は歩き出す。
それが何故か、先ほどのウルリカ親子の様子に似ていて可紗は笑った。
「なんか、家族みたいだね」
「なにを言っている」
「え?」
「お前も言ってたじゃないか。おれたちは、家族だって」
おかしそうに笑ったヴィクターに、可紗は思わず顔を赤らめた。
聞かれていたという部分と、ああそうだ、彼らが家族なのだと自分でも発言していたのに、勝手に落ち込んでいたという部分が恥ずかしくてたまらない。
「ああ、可紗。蛟のご一家とは、また後日ご挨拶をすることになったからその時は案内してくれるかい?」
「はい、勿論」
「それじゃあ、帰ろうかね。アタシたちの家へ」
「はい! あ……あの、帰ったらジルさんに渡したいものがあるんですよ」
「おや、なんだろうね。楽しみだ」
ジルニトラが笑顔で、ヴィクターとは反対側の可紗の手を取った。
まるで小さな子どもみたいだと思うとおかしくて、照れくさいけれど振りほどく気にはなれなくて、可紗はくすくす笑った。
そんな彼女に、二人は不思議そうな顔をしたけれど楽しそうな可紗につられて二人も笑い出したのだった。
0
お気に入りに追加
96
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー
汐埼ゆたか
キャラ文芸
准教授の藤波怜(ふじなみ れい)が一人静かに暮らす一軒家。
そこに迷い猫のように住み着いた女の子。
名前はミネ。
どこから来たのか分からない彼女は、“女性”と呼ぶにはあどけなく、“少女”と呼ぶには美しい
ゆるりと始まった二人暮らし。
クールなのに優しい怜と天然で素直なミネ。
そんな二人の間に、目には見えない特別な何かが、静かに、穏やかに降り積もっていくのだった。
*****
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
※他サイト掲載
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~
イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」
どごおおおぉっ!!
5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略)
ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。
…だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。
それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。
泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ…
旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは?
更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!?
ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか?
困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語!
※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください…
※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください…
※小説家になろう様でも掲載しております
※イラストは湶リク様に描いていただきました
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
今日から、契約家族はじめます
浅名ゆうな
キャラ文芸
旧題:あの、連れ子4人って聞いてませんでしたけど。
大好きだった母が死に、天涯孤独になった有賀ひなこ。
悲しみに暮れていた時出会ったイケメン社長に口説かれ、なぜか契約結婚することに!
しかも男には子供が四人いた。
長男はひなこと同じ学校に通い、学校一のイケメンと騒がれる楓。長女は宝塚ばりに正統派王子様な譲葉など、ひとくせある者ばかり。
ひなこの新婚(?)生活は一体どうなる!?
生贄の花嫁~鬼の総領様と身代わり婚~
硝子町玻璃
キャラ文芸
旧題:化け猫姉妹の身代わり婚
多くの人々があやかしの血を引く現代。
猫又族の東條家の長女である霞は、妹の雅とともに平穏な日々を送っていた。
けれどある日、雅に縁談が舞い込む。
お相手は鬼族を統べる鬼灯家の次期当主である鬼灯蓮。
絶対的権力を持つ鬼灯家に逆らうことが出来ず、両親は了承。雅も縁談を受け入れることにしたが……
「私が雅の代わりに鬼灯家に行く。私がお嫁に行くよ!」
妹を守るために自分が鬼灯家に嫁ぐと決心した霞。
しかしそんな彼女を待っていたのは、絶世の美青年だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる