上 下
2 / 4

しおりを挟む
 翌日。
 まさか本当に来るとは思っていませんでした。

 正装のイスハーク・ヴァヤジャダン将軍が、町の洋裁店に来るとか誰も思わないじゃん……?
 誰だよこの人の容貌が恐ろしいって。もしかして美貌が過ぎて恐ろしいってこと? それなら同意するわ!
 青と黒が入り交じった髪、顎髭は綺麗に剃り落とされたらもうナイスミドルのお出ましですよ。それがパリッとした軍服に身を包んでいて……多分体格が良いんだろう。服に着られているっていうか、その服の下はさぞかし逞しいんでしょうねって雰囲気が……嫌私は痴女か。

 そんな男性が花束を持って立っていた挙げ句に私を見てぱっと笑顔を見せるとか!
 なんだあの恋する男の目! そうですね、求婚されてたんだった!

 ドアを開けた瞬間、閉めそうになったよね!!
 それを堪えた私、偉いと思うんだ……。
 あと鼻血が出なかった点も褒められていいと思うんだ……。

 そこからはあれよあれよと話が進んで、なんと両親は私の嫁入りに大賛成。
 えっ、ちょっとまってバツが三つもついてる男に嫁がせるのをなんの躊躇いもナシってどういうことなの両親よ。
 
 我、汝らが愛する娘ぞ?

 父の「いやー、そんなにまで情熱的にこんな平凡なうちの娘を求めていただけるなんて!」とか、母の「女は求められてこそっていうけれど、こんな素敵な方に平凡なうちの娘が見初められるだなんて……!」とかちょっと待てオイって三度見したわ。

 夫婦揃って平凡っていうんじゃない!
 自分が一番平凡ってわかってるけど、親の口から聞くとかダメージひどすぎるわ!!

 私の意見など殆ど聞かれずに嫁入りの段取りを話す両親を止めたのは、なんとヴァヤジャダンさまだった。
 好感度爆上がりしますよ……でもまだほら、初恋もまだなのに嫁入りはしたくないっていうかですね。
 そんな私を見て、彼は微笑んだ。

 「セリナ嬢の気持ちもありましょう、まずは互いに親交を深めたいと思います。どうかご両親には手間をおかけいたしますが、我が家にて歓待をさせていただきたい」

 ヴァヤジャダンさまのその言葉に、うちの両親は一も二もなく賛成した。
 そしてその日のうちに私は豪邸に招かれたのだ。

(私の意見は、どこへ……?)

 それでもまあ、ヴァヤジャダンさまはとても紳士だった。間違いなく、紳士。
 昨日の唐突な求婚はともかく、ちゃんと無理強いすることなく翌日正装でご挨拶に来てくれて手土産の花束も忘れず、身分差もあるのにうちの両親に対しても礼節をもって接してくれた。
 そして私に視線を向けては甘ったるく微笑むことも忘れない。ヒゲのせいでよくわかんないけども。
 
(その日のうちに嫁いでこいと命令することだって許される身分なのに、私の気持ちを考えて親交を深めよう、だなんて)

 悪い人じゃないのかも知れない。そう思った。

 だってこの世界、親が決めた結婚相手がいたなら子どもの意見なんて無視だ。
 恋愛結婚だって認められているけど、親が反対されたら駆け落ちするしかない。でも駆け落ちしたカップルが見知らぬ土地で受け入れられるってこともない。
 そういう意味では大変閉鎖的なのだ。

 今まで両親は私が『子どもだから』『跡継ぎだから』ということでまだ結婚相手を探していなかっただけで、もうちょっと修行が進んだら婿を見つけてきてたんだろうなと頭では理解している。

(……それなら、お母さんが言っていたように『求められてこそ』の方がいいのかな。なんでかはよくわかんないけど、好いてくれているみたいだし)

 豪邸の中には使用人がちゃんといて、私たちはよくわからないテーブルマナーに四苦八苦しながらも食べたこともないような豪勢な料理に舌鼓を打ち、見たこともないような美術品に目を丸くして……大体一週間くらい過ごした気がする。

 その間もヴァヤジャダンさまは、ずっと両親と私に話を振ってくれたり、不自由がないか案じてくれたりしてくれた。
 演技とは到底思えなくて、私もチョロいなって自分で思いつつ彼の人柄に惹かれていった。

 気がつけば、イスハークさまって呼ぶようになっていた。

(この人なら、いいかも)

 だってそうじゃない?
 将軍職にあるから危険は隣り合わせだろうけど、隣国とのいさかいも落ち着いた今はそう出陣だってないはずだし、そう思えば国家公務員で食いっぱぐれはなさそう。
 噂だと随分畏れられているみたいだけれど、そのおかげかこの家で過ごす分には静かで来客も少なそうだし……社交界ってやつとも縁遠いとなれば、庶民出身の私としては願ったり叶ったりだ。

 つまり、理想的な夫なのでは……?

 となると、問題はやはり今までの結婚相手だ。
 なにかしら嫌なことがあったりしたから離縁しているのだと思う。
 夫婦になるのだとしたら、私だって避けられない。

「イスハークさま」

「セリナ嬢」

「今日は、どうしてもお話ししたいことがあって」

「なにかな?」

 小娘を前におどおどとする大男というのはなんとも笑いを誘うんだけど、そこはぐっと我慢した。
 だってほら、私にとっても大事なことだからね?

「ここ数日、共に過ごさせていただいて、イスハークさまのお人柄を知りました。それで、結婚を受けても良いかと思ったのです」

「おお……!」

「ですが!」

 喜んで両手を広げ、私を抱きしめようとするのを手を前に出して突っぱねる。
 いや、なんだ大型犬か? 可愛いな?
 でもまだダメだ! ステイでお願いします!!

「ご結婚、なさってたんですよね。前の奥さまたちの話を、聞きたいんです」

「ま、えの、妻……ですか。それは……」

「行方不明だとか、イスハークさまが処断したのだとか、そんな噂があることも知っていますが違うと思っています。ですから、どうして離婚したのかを知っておきたいのです」

「……なぜか、聞いても」

「だって」

 離婚理由によってはそれって私にもあるかもしれないことじゃない?
 例えば性格の不一致とか、好みの不一致とか。
 浮気とかなら論外だがな!

 イスハークさまが奥さんに満足できず浮気して、それを次の妻にした……とかだったら申し訳ないけど私もお断り申し上げる。

(あっ、でもそれなら普通教えないか。私の大馬鹿野郎!)

 信じてるからって言われて真実を告げる必要はないんだよ!
 どうしてそこに思い至らなかった……!!

 私は動揺を必死に飲み込んで、そっとイスハークさまを見上げた。

「……最初の妻は、戦から戻る俺が恐ろしい、と言って去りました」

「え……」

「二人目の妻は、調停を結んだ後も小競り合いが絶えず、それに駆り出されあまり帰れずにいたところ、別れを切り出されました」

「ええ……」

「そして、三人目は」

 イスハークさまが、言葉を続けようとして飲み込んだのを見て私も思わず息をのみました。
 彼は辛そうな表情から深々と溜め息を吐き出して、地を這うような声を出しました。

「……金を持って、情夫と逃げたのです……!」

「えええ……」

 ちょっと思ったよりも酷い内容だな?
 まだ浮気とかの方が良かったな? いや、三人目は浮気だった。

「いずれも、紹介されるままに結婚したゆえに互いに思い入れがなかったことが起因しているのだろうとは思ったし、一人目と二人目に関しては俺が悪かったのだろうと反省もしている。だから、今度は……愛し、愛される関係になりたいと、思って」

 しょんぼりとする大男。
 ああ、これが嘘でもきゅんとしちゃった以上、私はチョロインと呼ばれても構わない!

「……私と一緒で、あなたが幸せになれるなら」

「幸せになれる。セリナは、俺の身を案じてくれる優しさを持っていた。何者かも知らずとも、大勢に疎まれた俺に笑顔を向けてくれた、そんなセリナと共に幸せになりたい……!」

「イスハークさま」

 こうして、私はイスハーク・ヴァヤジャダンの妻となったのだ。
 
 結婚してからも、彼は満点の夫だった。
 私の実家への融資をしてくれたことも大変ありがたかった。跡取りは弟子を雇ってそこから見つけるらしい。
 大店にいきなりしないあたりは、父も堅実なのか小心者なのか……後者だな、多分。

 おはようからおやすみまで彼は大変紳士だった。
 彼を畏れる人たちが理解できないくらいに、まるで蜂蜜漬けの生活だ。
 いや、新婚なんだからこのくらい当然?

 でも、そんなある日のこと。

「すまない、どうしても外せない用があるんだ。三日程度で帰ってくるから……家の、特別な部屋の鍵は君に預けていこう。用事はいつも通り使用人にやってもらうんだよ」

「はい、イスハーク」

「ああ、それと。この鍵束の中に一つだけ小さい金色の鍵があるだろう? それは決して使ってはいけないよ」

「……? わかりました」

 あれ?
 なんか私、似たようなことを聞いたことがあるような……。なんだっけ?

 それじゃ、と急ぎ足で出て行った夫の背中を見送って、私は首を傾げたのだった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】私の見る目がない?えーっと…神眼持ってるんですけど、彼の良さがわからないんですか?じゃあ、家を出ていきます。

西東友一
ファンタジー
えっ、彼との結婚がダメ? なぜです、お父様? 彼はイケメンで、知性があって、性格もいい?のに。 「じゃあ、家を出ていきます」

嘘つきと呼ばれた精霊使いの私

ゆるぽ
ファンタジー
私の村には精霊の愛し子がいた、私にも精霊使いとしての才能があったのに誰も信じてくれなかった。愛し子についている精霊王さえも。真実を述べたのに信じてもらえず嘘つきと呼ばれた少女が幸せになるまでの物語。

乙女ゲームの悪役令嬢になったので こちらから婚約破棄いたしますわ!

柚子猫
ファンタジー
「婚約破棄ですわ。わたくし、アナタとの婚約を破棄させていただきます!」 昼下がりの王宮の庭園で、私は大きな声でこう宣言した。 だって転生者だし、こんなところで死刑は御免だわ。 でも、王子さまも、ゲームのヒロインも……なんだか変なんですけど!?

聖女やめます……タダ働きは嫌!友達作ります!冒険者なります!お金稼ぎます!ちゃっかり世界も救います!

さくしゃ
ファンタジー
職業「聖女」としてお勤めに忙殺されるクミ 祈りに始まり、一日中治療、時にはドラゴン討伐……しかし、全てタダ働き! も……もう嫌だぁ! 半狂乱の最強聖女は冒険者となり、軟禁生活では味わえなかった生活を知りはっちゃける! 時には、不労所得、冒険者業、アルバイトで稼ぐ! 大金持ちにもなっていき、世界も救いまーす。 色んなキャラ出しまくりぃ! カクヨムでも掲載チュッ ⚠︎この物語は全てフィクションです。 ⚠︎現実では絶対にマネはしないでください!

絞首刑まっしぐらの『醜い悪役令嬢』が『美しい聖女』と呼ばれるようになるまでの24時間

夕景あき
ファンタジー
ガリガリに痩せて肌も髪もボロボロの『醜い悪役令嬢』と呼ばれたオリビアは、ある日婚約者であるトムス王子と義妹のアイラの会話を聞いてしまう。義妹はオリビアが放火犯だとトムス王子に訴え、トムス王子はそれを信じオリビアを明日の卒業パーティーで断罪して婚約破棄するという。 卒業パーティーまで、残り時間は24時間!! 果たしてオリビアは放火犯の冤罪で断罪され絞首刑となる運命から、逃れることが出来るのか!?

【完結】特別な力で国を守っていた〈防国姫〉の私、愚王と愚妹に王宮追放されたのでスパダリ従者と旅に出ます。一方で愚王と愚妹は破滅する模様

岡崎 剛柔
ファンタジー
◎第17回ファンタジー小説大賞に応募しています。投票していただけると嬉しいです 【あらすじ】  カスケード王国には魔力水晶石と呼ばれる特殊な鉱物が国中に存在しており、その魔力水晶石に特別な魔力を流すことで〈魔素〉による疫病などを防いでいた特別な聖女がいた。  聖女の名前はアメリア・フィンドラル。  国民から〈防国姫〉と呼ばれて尊敬されていた、フィンドラル男爵家の長女としてこの世に生を受けた凛々しい女性だった。 「アメリア・フィンドラル、ちょうどいい機会だからここでお前との婚約を破棄する! いいか、これは現国王である僕ことアントン・カスケードがずっと前から決めていたことだ! だから異議は認めない!」  そんなアメリアは婚約者だった若き国王――アントン・カスケードに公衆の面前で一方的に婚約破棄されてしまう。  婚約破棄された理由は、アメリアの妹であったミーシャの策略だった。  ミーシャはアメリアと同じ〈防国姫〉になれる特別な魔力を発現させたことで、アントンを口説き落としてアメリアとの婚約を破棄させてしまう。  そしてミーシャに骨抜きにされたアントンは、アメリアに王宮からの追放処分を言い渡した。  これにはアメリアもすっかり呆れ、無駄な言い訳をせずに大人しく王宮から出て行った。  やがてアメリアは天才騎士と呼ばれていたリヒト・ジークウォルトを連れて〈放浪医師〉となることを決意する。 〈防国姫〉の任を解かれても、国民たちを守るために自分が持つ医術の知識を活かそうと考えたのだ。  一方、本物の知識と実力を持っていたアメリアを王宮から追放したことで、主核の魔力水晶石が致命的な誤作動を起こしてカスケード王国は未曽有の大災害に陥ってしまう。  普通の女性ならば「私と婚約破棄して王宮から追放した報いよ。ざまあ」と喜ぶだろう。  だが、誰よりも優しい心と気高い信念を持っていたアメリアは違った。  カスケード王国全土を襲った未曽有の大災害を鎮めるべく、すべての原因だったミーシャとアントンのいる王宮に、アメリアはリヒトを始めとして旅先で出会った弟子の少女や伝説の魔獣フェンリルと向かう。  些細な恨みよりも、〈防国姫〉と呼ばれた聖女の力で国を救うために――。

【完結】拾ったおじさんが何やら普通ではありませんでした…

三園 七詩
ファンタジー
カノンは祖母と食堂を切り盛りする普通の女の子…そんなカノンがいつものように店を閉めようとすると…物音が…そこには倒れている人が…拾った人はおじさんだった…それもかなりのイケおじだった! 次の話(グレイ視点)にて完結になります。 お読みいただきありがとうございました。

どうやらお前、死んだらしいぞ? ~変わり者令嬢は父親に報復する~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「ビクティー・シークランドは、どうやら死んでしまったらしいぞ?」 「はぁ? 殿下、アンタついに頭沸いた?」  私は思わずそう言った。  だって仕方がないじゃない、普通にビックリしたんだから。  ***  私、ビクティー・シークランドは少し変わった令嬢だ。  お世辞にも淑女然としているとは言えず、男が好む政治事に興味を持ってる。  だから父からも煙たがられているのは自覚があった。  しかしある日、殺されそうになった事で彼女は決める。  「必ず仕返ししてやろう」って。  そんな令嬢の人望と理性に支えられた大勝負をご覧あれ。

処理中です...