上 下
7 / 56

第6話 自戒の誓い

しおりを挟む
 どうして婚約者のいる相手に手を出してはいけないのか。
 何故、自分たちだけでなく家族まで咎められるのか。

 アトキンス嬢はそういったことを切れ切れに口にしました。
 今にも崩れ落ちてしまいそうな彼女を支える殿下も、また同じような表情でこちらを見ています。
 
「それは当然のことながら、倫理の問題は大前提ですが……先ほども申し上げましたが、これは契約なのです。契約に横槍を入れるものを排除しようとする、周囲に対してもそれを態度で示さねばワーデンシュタイン公爵家に対する信頼を損ねるのです」

「だが、そんな……恐ろしい真似をしなくとも良かったはずだ!」

「ええ。ですから私も婚約者として・・・・・・言葉を尽くしたつもりです。ただ、それで諫められないのであれば実力行使が伴うというものですわ、殿下。まあ、私は何もしなかったのですが……」

 殿下はまだ王位を継ぐ者として教育を受けている分、私の言いたいことを理解なさっているのでしょう。
 個人的な感情はともかくとして。
 おそらくは、王子という身分と学生という立場、それらによって守られていることから考えが甘くなっているのでしょうが……むしろその分、厳しい目を周囲から向けられているとどうしてわからないのかしら?

 そこが私には理解できませんでした。

(まあ、殿下も私のことが理解できないのでしょうからおあいこというやつなのでしょう)

 他人同士、わかり合うために言葉を尽くすものだと私は教わって参りましたが……殿下はそれを怠ったのです。
 私が声を発し、話し合いを求めても幼い頃から否定と拒否しか示さなかったのですから致し方ありません。

 王家に忠誠を尽くす公爵家の一員として、良い婚約者であろうと努力はしてまいりました。
 ですが私もまた人間なのです。
 努力が一つも実を結ばねば、悲しくだってなるでしょう?

「確かに私は殿下の好みの女性ではなかったのでしょう。未来の王太子妃として、殿下の補佐を務めるべく学ぶことは多く、異性としての魅力に乏しかったやもしれません」

「そ、そうだ! だから私はカリナを……」

「けれど、それならば事前にご相談いただければよろしかったのに」

 そうです、こんな大問題を起こす前にご相談いただければ。
 アトキンス嬢に対して高位貴族の令嬢になれるよう教育を施した上で縁組みを考え、殿下の婚約者候補に名を連ねていただき陛下に納得していただければ婚約者を交代させることもできたかもしれません。

 力関係やその他諸々、厄介なことはございますが……それでも殿下のお心を無視してどうしようなど思うほど、高位貴族の当主たちも鬼ではございません。

「全ては、道理を通していただければそれで済みましたのに」

「そ、そんなはずはない! お、お前が王太子妃の座を、未来の王妃の座を狙って純真なカリナを妬んだのだろう!? 私の愛を得られないがために!! 公爵はわかってくれるはずだ!!」

「……確かに父は愛妻家として有名で、私の母を病気で亡くして以降も再婚することがなく今に至ります。ですが、一つ言わせていただけると」

「なんだ!」

「アトキンス嬢をご実家ごと排斥するよう提言したのは、父ですわ。私はそれを拒否したのです。……だからこそ、今先ほどコリーナ様にも叱責をいただくようなことになってしまいましたが」

 あの時、私が二人を見守ってあげましょうなんて言わなければ、このような事態にはならなかったのでしょう。
 私の甘さが、このような事態を招いたのだと思うと反省しかありません。

 本当に、今日の卒業生たちには申し訳ないことをしてしまったと思います。
 これまでも私に対し、もっと毅然とした態度で片付けるべきであると言ってくれた方もいます。
 放置するのであれば、そのリスクを考えるべきだと苦言を呈してくださった方もいます。

「ロレッタ・ワーデンシュタインは愚かな自分を省みて、これより家のために尽力すると誓います。どうぞ皆様、証人になってくださると嬉しいわ」

 王子の婚約者として築いた名誉も、人脈も、この失態で失われたと考えましょう。
 私はこれよりマイナスからのスタートだと自戒して、ワーデンシュタイン公爵家の跡取りとして学んでいかねばならないのですから。
しおりを挟む
感想 45

あなたにおすすめの小説

二度目の婚約者には、もう何も期待しません!……そう思っていたのに、待っていたのは年下領主からの溺愛でした。

当麻月菜
恋愛
フェルベラ・ウィステリアは12歳の時に親が決めた婚約者ロジャードに相応しい女性になるため、これまで必死に努力を重ねてきた。 しかし婚約者であるロジャードはあっさり妹に心変わりした。 最後に人間性を疑うような捨て台詞を吐かれたフェルベラは、プツンと何かが切れてロジャードを回し蹴りしをかまして、6年という長い婚約期間に終止符を打った。 それから三ヶ月後。島流し扱いでフェルベラは岩山ばかりの僻地ルグ領の領主の元に嫁ぐ。愛人として。 婚約者に心変わりをされ、若い身空で愛人になるなんて不幸だと泣き崩れるかと思いきや、フェルベラの心は穏やかだった。 だって二度目の婚約者には、もう何も期待していないから。全然平気。 これからの人生は好きにさせてもらおう。そう決めてルグ領の領主に出会った瞬間、期待は良い意味で裏切られた。

人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜

清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。 クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。 (過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…) そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。 移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。 また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。 「俺は君を愛する資格を得たい」 (皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?) これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。

【完結済】次こそは愛されるかもしれないと、期待した私が愚かでした。

こゆき
恋愛
リーゼッヒ王国、王太子アレン。 彼の婚約者として、清く正しく生きてきたヴィオラ・ライラック。 皆に祝福されたその婚約は、とてもとても幸せなものだった。 だが、学園にとあるご令嬢が転入してきたことにより、彼女の生活は一変してしまう。 何もしていないのに、『ヴィオラがそのご令嬢をいじめている』とみんなが言うのだ。 どれだけ違うと訴えても、誰も信じてはくれなかった。 絶望と悲しみにくれるヴィオラは、そのまま隣国の王太子──ハイル帝国の王太子、レオへと『同盟の証』という名の厄介払いとして嫁がされてしまう。 聡明な王子としてリーゼッヒ王国でも有名だったレオならば、己の無罪を信じてくれるかと期待したヴィオラだったが──…… ※在り来りなご都合主義設定です ※『悪役令嬢は自分磨きに忙しい!』の合間の息抜き小説です ※つまりは行き当たりばったり ※不定期掲載な上に雰囲気小説です。ご了承ください 4/1 HOT女性向け2位に入りました。ありがとうございます!

悪役令嬢、猛省中!!

***あかしえ
恋愛
「君との婚約は破棄させてもらう!」 ――この国の王妃となるべく、幼少の頃から悪事に悪事を重ねてきた公爵令嬢ミーシャは、狂おしいまでに愛していた己の婚約者である第二王子に、全ての罪を暴かれ断頭台へと送られてしまう。 処刑される寸前――己の前世とこの世界が少女漫画の世界であることを思い出すが、全ては遅すぎた。 今度生まれ変わるなら、ミーシャ以外のなにかがいい……と思っていたのに、気付いたら幼少期へと時間が巻き戻っていた!? 己の罪を悔い、今度こそ善行を積み、彼らとは関わらず静かにひっそりと生きていこうと決意を新たにしていた彼女の下に現れたのは……?! 襲い来るかもしれないシナリオの強制力、叶わない恋、 誰からも愛されるあの子に対する狂い出しそうな程の憎しみへの恐怖、  誰にもきっと分からない……でも、これの全ては自業自得。 今度こそ、私は私が傷つけてきた全ての人々を…………救うために頑張ります!

森に捨てられた令嬢、本当の幸せを見つけました。

玖保ひかる
恋愛
[完結] 北の大国ナバランドの貴族、ヴァンダーウォール伯爵家の令嬢アリステルは、継母に冷遇され一人別棟で生活していた。 ある日、継母から仲直りをしたいとお茶会に誘われ、勧められたお茶を口にしたところ意識を失ってしまう。 アリステルが目を覚ましたのは、魔の森と人々が恐れる深い森の中。 森に捨てられてしまったのだ。 南の隣国を目指して歩き出したアリステル。腕利きの冒険者レオンと出会い、新天地での新しい人生を始めるのだが…。 苦難を乗り越えて、愛する人と本当の幸せを見つける物語。 ※小説家になろうで公開した作品を改編した物です。 ※完結しました。

そのご令嬢、婚約破棄されました。

玉響なつめ
恋愛
学校内で呼び出されたアルシャンティ・バーナード侯爵令嬢は婚約者の姿を見て「きたな」と思った。 婚約者であるレオナルド・ディルファはただ頭を下げ、「すまない」といった。 その傍らには見るも愛らしい男爵令嬢の姿がある。 よくある婚約破棄の、一幕。 ※小説家になろう にも掲載しています。

お姉さまが家を出て行き、婚約者を譲られました

さこの
恋愛
姉は優しく美しい。姉の名前はアリシア私の名前はフェリシア 姉の婚約者は第三王子 お茶会をすると一緒に来てと言われる アリシアは何かとフェリシアと第三王子を二人にしたがる ある日姉が父に言った。 アリシアでもフェリシアでも婚約者がクリスタル伯爵家の娘ならどちらでも良いですよね? バカな事を言うなと怒る父、次の日に姉が家を、出た

元カレの今カノは聖女様

abang
恋愛
「イブリア……私と別れて欲しい」 公爵令嬢 イブリア・バロウズは聖女と王太子の愛を妨げる悪女で社交界の嫌われ者。 婚約者である王太子 ルシアン・ランベールの関心は、品行方正、心優しく美人で慈悲深い聖女、セリエ・ジェスランに奪われ王太子ルシアンはついにイブリアに別れを切り出す。 極め付けには、王妃から嫉妬に狂うただの公爵令嬢よりも、聖女が婚約者に適任だと「ルシアンと別れて頂戴」と多額の手切れ金。 社交会では嫉妬に狂った憐れな令嬢に"仕立てあげられ"周りの人間はどんどんと距離を取っていくばかり。 けれども当の本人は… 「悲しいけれど、過ぎればもう過去のことよ」 と、噂とは違いあっさりとした様子のイブリア。 それどころか自由を謳歌する彼女はとても楽しげな様子。 そんなイブリアの態度がルシアンは何故か気に入らない様子で… 更には婚約破棄されたイブリアの婚約者の座を狙う王太子の側近達。 「私をあんなにも嫌っていた、聖女様の取り巻き達が一体私に何の用事があって絡むの!?嫌がらせかしら……!」

処理中です...