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口寄せ口紅、古賀玲奈編

口寄せ口紅

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おばあちゃんが私の心の中から姿を消して数日。三年生の卒業式は終わり、私達は残りの二年生をカウントダウンのように過ごしていました。 

 革靴を履いて、お弁当の入ったカバンを持って家の玄関を開けると、いつものように雄二君がアシベンと戯れていました。 

「おはよう。もう留年は確定しているのに、毎朝学校に来るなんて偉いな、僕なら来年春まで来ないよ」 

 私は歩きながら彼に答えました。 

「行っても行かなくても学費は掛かるんです。来年、雄二君も受験生だし。今の内に勉強を教えて貰わないと」 

「止めてくれ。まだ受験の話は聞きたくない。息が詰まる」 

「医学部ファイト!」 

「畜生め……って自分の事はどうなんだよ。玲奈はこれからどうするんだい?」 

「どうするって、来年は二年生をしながらバイトに明け暮れますかね。学費少しづつでもお母さんに返したいし」 

「違う、その話じゃない。進路だよ進路。卒業したら、玲奈はどうするんだい?」 

「まだ二年生ですし、気が早いです。んー、卒業したら、何処か地元の企業の就職先でも探すと思います」 

「……え?」 

 雄二君は足を止め、驚いた表情で固まっていました。 

「もうアイドルは目指さないのか?」 

「何を言っているんです? もう終わったんです」 

 雄二は黙ってその場で考え込んでいました。 

「………」 

「ほら、早く行かないと学校遅刻になりますよ」 

 プルプルプル……プルプルプル 

 いつもの河川敷を通る頃、私のスマホの着信がなり、手に取り画面を確認すると、春子マネージャーの文字が見えました。 

 通話ボタンを押すと春子さんの鼻息が荒い声がこちらにも伝わって来ました。 

「玲奈! 今度は舞台のオーディションのお話! これは玲奈だから演じられるラッキーな役だわ! 取ったも同然よ!」 

 私はため息交じりに春子さんの熱意を遮断し、想いの内を打ち明けました。 

「春子さん……。私、事務所辞めるんです。今まで挨拶出来て無くてすいません。これまで本当にありがとうございました。今度正式に退所届けを持って行きますので……失礼します」 

「え……? 何言ってるの!? ちょっと待って! 玲奈! 話を聞きなさい!」 

 私は春子さんとの電話を切って再び歩き出した。 

「マネージャーさんからは何て電話だったの?」 

「はて。オーディションの話とか言ってましたかね。もう関係ないんですけどね」 

 彼は歯を食い縛り、私の前に立ちはだかって通せんぼしました。 

「どうしたんです? 雄二君」 

「春子さんは玲奈の可能性を見てるのに、なんで玲奈は諦めてるんだ? もう本当に未練はないのか?」 

「何度も言わせないで下さい。私は諦めたんです」 

「人に邪魔されて、努力が報われなかったらって、簡単に諦めちまうのかよ。情けない。玲奈は弱い女だな」 

 彼の心ない言葉に私は怒りがこみ上げました。気付けば手を上げ、雄二君の頬をはたいていましました。 

「雄二君には何も分かりませんよね。私がどれだけの思いで諦めたか知らないでしょ?」 

「諦めた理由なんて知らねぇよ! これまで必死に足掻いてる玲奈を見てきたから言ってるんだ!」 

 何も知らないでぬけぬけと言わせておけば。私だってこんな決断したくはなかったんです。 

「アイドルは才能があって運もある選ばれた人たちが活躍する世界なんです! 私みたいなメンタルが弱い芋女じゃ無理な世界だんですよ! どれだけ頑張ったって報われない。悪知恵が働いて、皆を欺いてまでも夢を叶えたいって言う人達がやっと叶えられる世界なんですよ!」 

「じゃあ! なんでムキになって泣いてんだよ。悔しいからじゃねぇのかよ! 簡単な口で諦めたなんて自分に嘘ついてんじゃねーよ!」 

 私の目には無意識に大粒の涙が溢れていました。悔しいに決まっています。悔しいけど諦めるしかなかったんです。私の気持ちを知った口して語らないで下さい。 

「五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い!」 

 私は何度も何度も雄二に向け拳を振り上げました。ずっと溜めていた、春風セブンティーンに対しての悔しい気持ち、妬ましい気持ちを込めて。私は何がいけなかったんですか? 私は頑張ってきました。全てを犠牲にしてでもアイドルを目指したんです。少しでも報われてもいいじゃないですか! おばあちゃんは何度後悔しろと言っていましたが、こんな後悔なんて二度としたくありません。何度も何度も何度も自問自答を重ねるようね私は雄二君を叩きます。 

 雄二君はそんな私の抱きしめながら黙って私の拳を受け止めていまいた。 

 もう手に力が入りません。でも鬱憤なんて微塵も晴れてくれません。私はその場に泣き崩れました。 

「いいんだよ、それで。自分に嘘を付いてまで我慢するなんて玲奈らしくないんだ。せめて何でも話せる僕の前だけでも素直でいればいいんだよ。あと僕は玲奈にアイドルを続けろっと言っている訳じゃない」 

「え?」 

「春子さんだって玲奈に女優の道がある事を提案してくれた。歌って踊れるだけがアイドルじゃない。夢は人生の積み重ねで変えていいと思うんだ」 

「……どういう事?」 

「諦めても構わない。逃げたって構わない。でもこれからの長い人生、前を向いて生きなきゃ生きるのが辛いだろ? だからこそ人には新しい夢が必要なんだよ。旅行に行きたいって言う小さな夢でも大金持ちになりたいって言う大きな野望でも、どんな目標でもいいから玲奈には夢をもち続けて欲しいんだ」 

「雄二君……」 

「これが僕が玲奈に願う一生のお願いだ。今まで百個の願いを叶えたんだから。一つくらい、ワガママ言ってもいいだろ?」 

 雄二君は眼鏡を縁を親指で上げると照れながら私に笑顔を見せました。 

「SNSのファンや、元メンバーが、側から見たら玲奈を憐れんで見るかも知れない。でも玲奈には玲奈の目標が出来て、玲奈の中で諦めじゃなければいいんだよ。僕の知ってる玲奈はバカで間抜けで頭の中がピーマンみたいに空っぽで変な作戦ばっかり立てて、人に迷惑をかけまくる、それなのに優しすぎるせいで気を配り過ぎて、メンタル擦り減らして、自分を犠牲にしても、それでも相手を思いやる。ホント大マヌケの馬鹿で……優しい子なんだ。そして常に夢を追っている僕の最高のアイドルなんだよ」 

 不器用に褒める言葉を並べながら、私を励ます雄二君。彼はどんな願いよりも私を想い、願ってくれました。この一生のお願いに答えなければ今まで散々コキ使った罰が当たりそうです。私は涙を誤魔化す為に思わず笑ってしまった。 

「はは、私の何を知ってるいるんですか。簡単にアイドルに替わる夢なんて見付けられる訳ないじゃないですか。なんなんですかその願いって。当てつけですか? ……今は、まだ、この先どう生きていけばいいか分かんないです。……でも私を信じて見捨てないでくれている、雄二や春子さんやおばあちゃんの言葉を信じてみようと思います」 

「うん、きっとそれが正解だよ。じゃあ玲奈の活躍を信じてる人に電話を掛けなおさなきゃね」 

 雄二君は私の手を引いて立ち上がらせてくれました。 

「うん」 

 私は直ぐに春子さんに電話を掛けます。 

「先ほどの電話すいません、玲奈です。春子さんお願いします! 私にもう一度チャンスをください! ……えっ? オーディション? 今から?」 

 春子さんから提案されるオーディションの話。そしてなんと今すぐ来て欲しいと言う急な話。いきなりの出来事に流石に気が動転してしまいます。 

「ど、どうしよう? 雄二君」 

 雄二君は笑顔で私の背中を押しました。 

「また忙しくなりそうだね。学校には玲奈は休みますって伝えておくから、遠慮なく行っておいで!」 

「わ、わかりました、行ってきます!」 

 春風は沢山の桜の花びらまき散らして私の背中をそっとおします。 

 温く、時には冷たく、それでも心に新春という新しいスタート与えてくれるのです。 

 私は走ってオーディションに向かう途中、河川敷の橋を渡ると、橋の中央から雄二君に感謝の言葉を告げました。 

「雄二君ー!ありがとーーー!」 

 雄二君の後ろ姿に募る思い。 

 この感情の正体に気付くのは、もう少し私が大人になってからの話です。 

 私の感謝が、この橋の上からでは彼に届いたかどうか分かりません。 

 彼は学校へ歩き、私はオーディション会場に足を走らせ、二人は別々の道を歩みだしました。 

 

 〇 

 

 当日いきなり呼び出されたオーディション。会場はなんと演劇の劇場でした。あまりの突然の連続なので春子さんも現場に間に合うかわかりません。劇場に辿り着くと、入り口に一人の男性が立っていました。 

「いた! 古賀玲奈さーん!」 

 男性は私を見るなり、慌てて私に駆け寄ってきました。 

「は、はい? どちら様ですか?」 

「申し遅れました。前回のオーディション。映画「頑張るクイナは夢を見る」で監督をさせて頂いた。江上竜平と申します」 

 名刺を受け取って思い出しました。この人は前回のオーディションの時におばあちゃんに合いの手を入れるように質問していた監督さんです。 

 私は監督とエレベーターに乗り、オーディションが行われている劇場の部屋へと向かいました。 

「今は映画の監督もさせて頂いておりますが、元は舞台監督を手掛けておりまして、来年から予定している舞台、「月物語」は、三ヶ月を掛け全国の劇場を周るって行うミュージカル舞台なんですけど、脚本が凄く良くて、どうしても作品として形に作りたくて、私のワガママだったんですが、何とかスポンサーから資金を集める事で、今回やっと形になる舞台なんです。その月物語の中でキーパーソンとなる博多弁を流暢に喋る女子高校生の役があるんですが。この前のオーディションで玲奈さんを見て、気の強い博多弁が役の印象とあまりにもマッチしていたんです! 履歴を見たら過去にアイドルをやっていた実績も書いてあったし、この役は歌える玲奈さんが絶対良いって閃いたんです! ……ですが、私の独断では決定する事は出来ません。プロデューサーやスポンサーも納得させなければいけないません。ですから今日。あまりにも突然でしたが、今から皆の前で玲奈さんの演技を見せて欲しいんです!」 

「……は、はい」 

 監督さんの熱い熱弁に反射的に返事をしてしまいましたが、急過ぎる話の展開に思考が追いつけません。嫌、絶対無理ですよ。なにせあの時オーディションで見せていたのは私ではなく、梅おばあちゃんです。もうルージュは無くなってしまったんです。おばあちゃんが私の中に現れてくれる事なんて二度とありません。私に自信もなにもあったものじゃないです。 

 監督さんに案内され、部屋に入ると、目付きの悪いプロデューサー。スポンサー会社のお偉い様。演出やスタッフの方々、総勢十五人が私を凝視しました。 

 極度の緊張で溢れる冷や汗、震える手足、視線を前を向けるだけで逃げ出したくなる緊張感。私は渡された台本のセリフに目を通し、何度も心で読み返して緊張を紛らわせました。 

「それでは玲奈さん。お願いします」 

「っはい!」 

 監督が私を呼びます。私は立ち上がり、緊張のあまり声が裏返って返事をしてしまいました。目を通したセリフの紙、力んだ手で文字が寄れます。心も整理がつかず、ぐちゃぐちゃです。 

 駄目だ! ……頭の中真っ白! 

 私が諦めようと思ったその時、ふと心の中におばあちゃんの声が聞こえました。 

「チャンスはいつ転がってるか分からん。だから掴める時に掴みに行く、迷うくらいなら、考えず進めばよか」 

 頭に中に振ってくる。あの時のおばあちゃんからの言葉。耳に残った魔法の言葉は私から自然と緊張感を取り除いてくれました。 

 私は二秒目を瞑り、深呼吸して目を開き、真っ直ぐ前を見つめました。 

 ……やってやる! 

 私の中に残るあの日のおばあちゃんの幻影。 

 記憶の限り照らし合わせ、持てる力を信じ、私は彼らの求める役を演じました。 

 

 〇 

 

 あれから二年後 

 朝七時になると予備校の寮では寮内アナウンスが鳴り響き、強制的に起こされる。 

 僕はベットから起きると歯を磨き、顔を洗い、着替えを済ませると食堂に足を運んだ。 

「雄二君。おはよう」 

「あ、藤波君。おはよう」 

「今日の朝飯なんだろうな~」 

 予備の寮で出会って仲良くなった、藤波くんと一緒に食堂のいつもの席に座った。 

「そういやこの前の模擬試験の結果どうだった?」 

「Bプラス判定、このまま行けば入試は五分五部って所かな?」 

「凄いなー雄二君。僕も二浪なんて絶対したくないし、負けてらんねー」 

 食堂の窓際に備え付けてあるテレビ。僕ら予備校生は食事する食事をする時間だけテレビを見る事が許される。まぁいつも空気程度で、見てはないんだけど。 

「ねー! 皆ー! チャンネル変えていいー?」 

 ミーハーな女子達は食堂に居る皆の返事を待つことなく、テレビのチャンネルをニュース番組から勝手に地元の情報番組に変えた。 

 テレビに映っていたのは地元のイベントの紹介や、新規店舗の紹介など、地元のおすすめをする情報番組。途中途中、何度も天気予報を交えたり、世間での朝の忙しさをヒシヒシと感じさせる。 

 僕は耳だけテレビに傾け、目の前の朝食を食べていた。 

「では三十秒ピーアールの時間です。今日は劇団海の紹介です。ではどうぞ!」 

 女の人の声で必死に演劇の宣伝をしている声が耳に入った。たった三十秒の宣伝でお客さんが来てくれる気になるのだろうか? そんな事を思いながら目の前の食事に手を付けていると、アナウンサーの方が劇団員の方に質問を尋ねた。 

「劇団員には現役高校生の方にもいらっしゃるんですよ? 学問と演劇の両立大変じゃないですか?」 

「はい、言ってしまえばあれなんですけど、とっても大変です」 

 僕は聞き覚えのある声に思わず目を向けテレビ画面に釘付けになった。そして驚きのあまり、箸で掴んでいただし巻き卵を落としてしまった。 

 間違いない、玲奈だ。 

 彼女は笑顔でアナウンサーの質問に回答していた。 

「やっと三月で通信制の高校を卒業できるので、来年は仕事に集中して役者として飛躍出来たらと思います。あと、毎年、自分に言い聞かせている事があるんですけど……どんな小さな夢でもどんな小さな目標でも、前を向いて持ち続けれる。私でいようと思っています」 

 彼女がモニター画面越しに魅せる笑顔はまるであの時の春風セブンティーンのステージを見ているようだった。 

 玲奈の映像が終わり、画面がスタジオに戻ると、僕は落とした厚焼き玉子を拾い上げ、手洗い場で軽く濯ぐと口に頬張り、力強く噛み締めた。 

 僕は食器を片付けると、すぐに教室へ向かい、参考書と格闘しながら勉強に明け暮れる。 

 年が明ければ一次試験が始まる。それまで玲奈の舞台はお預けだ。 

「二時間目の獣医師先行の生徒はC棟の二十五号室へだって、雄二君」 

「ありがとう」 

 医師は医師でも獣医師。これが親に反抗して討論して決めた、自分で見つけた僕の新しい夢。 

 アイドル。それは憧れの存在。 

 僕は深呼吸し、シャーペンを握り。己に気合を入れる。 

「よし、やるぞ」 

 僕のアイドル《憧れ》を追っかける人生はまだ始まったばかりだ。 

 

〇 

 

「玲奈ー! ライター冷蔵庫の傍にあるから取ってー!」 

「はーい!」 

 今日は玲奈の父。英治が無くなって十七回忌。その準備をする為、玲奈の母、明子はロウソクを取り出そうと仏壇の引き出しを開けた。 

「あれ?」 

 引き出しの中からロウソクと一緒に発見した。一枚の封筒。 

 明子は封筒を手に取り確認する。すると表面には「明子へ」裏面左下には「梅より」と書かれてあった。 

「お母さん……」 

 明子は咄嗟におばあちゃんの遺言書だと思い、すぐさま封筒を開け中身を確認した。中に入っていた一枚の手紙。その手紙を取り出すと、引っ張られるように一枚の包み紙が落ちた。 

「? 何かしら……」 

 包み紙の中には桑の実色をした粉のような物。そして手紙には、「好きな人に会うなら今日一番のおめかしをする事。あとは玲奈にこの手紙を見せれば分かる」とだけ書いてあった。 

「? どういう事?」 

「お母さーん、ライターあったよー」 

 玲奈がライターを持っておばあちゃんの部屋に入って来たので明子は尋ねた。 

「玲奈……。これ、おばあちゃんからの手紙が見つかったわ」 

「え?」 

 玲奈はおばあちゃんの手紙の内容と包み紙を見て何かを理解したのか、急に頬を緩めて笑った。 

「ははは! おばあちゃん、いつの間に削り取ってたの? あーー! ヤラれたー!」 

「え? 一体どういう事?」 

 驚くお母さんをよそにニヤリと笑みを浮かべる玲奈。 

「いいから! いいから! お母さん、お洒落な服に着替えて!」 

「えええ?」 

 お母さんは玲奈に言われるがまま、自身の出来る一番のお洒落な服装で化粧台の前に座った。 

「ねぇ、一体どういう事なのよ?」 

「もうすぐ分かるって!」 

 玲奈がニヤニヤしながらお母さんのメイクを仕上げていく。 

 アイライン、マスカラ、チーク、アイシャドー、ファンデーション。春子さんから教わったこれからの舞台で使う沢山のメイク道具を駆使して、玲奈はお母さんを綺麗にしていく。今時の流行りのメイクをベースにあまり濃ゆくならないようにアレンジして。 

「目を瞑って」 

 目元を仕上げる為、玲奈の呼びかけにお母さんは目を瞑った。そして何気なく玲奈はお母さんに質問する。 

「お母さん……お父さんってどんな人だったの?」 

「えーー言いたくない」 

「いいじゃん! 十七回忌なんだし、今日くらい教えてよー!」 

「そうね……今日だけ特別よ。そうねー不愛想で、不器用で、言葉はキツイけど、私の事を思ってくれる優しい人だったわ」 

「カッコ良かった?」 

「そうねーもう一度会ったら。又ホレちゃいそうなくらい、カッコイイ良い人だったわ」 

「良いな~」 

 お母さんのメイクを終わらせた玲奈は最後に包み紙に包まれた桑の実色の粉を取り出しお母さんの唇に塗った。 

「よし、出来た。お母さん。お父さん。目を開けて」 

「!?」 

 明子は鏡に写る自身をジッと見つめていた。 

【うそ、英治さん……そこにいるの?】 

 鏡越しに見つめ合う二人。会話の内容は二人の間しか聞こえない。 

【明子……。相変わらず綺麗だな。また一目惚れしちまうよ。】 

「ばか……」 

 鏡に写る明子の目から流れ落ちる涙。 

 それはお父さんが流した涙なのか、お母さんが流した涙なのか。 

 答えは二人だけにしか分からない。
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