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口寄せ口紅、古賀玲奈編
春風
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「かかってこいやーー! 春風ーー! セブンティーンー!」
舞台袖の幕から覗いて見える観客席にはそれはそれは数多のお客様が犇き合い。皆さんライブの始まりを今か今かと待ち望んでいました。ボルテージが上がった常連のお客様達は会場を盛り上げる為に昇天の舞。通称「春風コール」と呼ばれる、生み出された必殺技を披露し始めるのです。会場からは地響きと掛け声が起こります。
以前からカッコイイ技名とは思っていたのですが、いつも舞台裏からお客様の声を聞くだけで、一体何をやっているのかは未だ謎のままです。
今日は年に一度のハロウィン。支配人様の意向により、この日はコスプレ衣装と銘打って大々的に宣伝。お陰様で会場は超満員です。
今日の私の衣装は斑模様のケモ耳、斑模様の肉球、斑模様の尻尾と今巷で噂される熊掃除郎さんをモチーフに作られた擬人化衣装。こんな可愛い衣装を私なんかが見に纏って罪はないのでしょうか? 肉球も熊耳も可愛いを通り越して尊すぎます。
ですが私、普段熊さんの足と熊さんの肉球が付けて歩いていないもので、熊さんの歩き方など私に分かるはずもございません。事前に熊さんの気持ちになって全身全霊で踊ってみたのですが、やはり一朝一夕では上手く行かず、リハーサルでは歩幅の間隔を間違え、大いに転んでしまいました。
失敗による不安が私の緊張となって襲いかかり、今現在。心臓がバクバクで口からお昼に食べた肉まんが飛び出てきそうな状態です。ホラー映画を見ていた方がまだ落ち着いて居られそうです。
緊張が拭い切れない私は目を瞑り。震える手と心を落ち着かせる事に専念していました。すると、どちら様が暗転の最中、私の肉球をがっしり掴み。私を連れ去ってしまったのです。
「何してるの!? 玲奈! みんな下手《しもて》よ! もう本番五分前! 急いで!!」
うぬぬ? どうやらまたやってしまったようです。マネージャーの春子さんは私を下手に誘導してくれました。眉間に眼鏡が食い込むんではないかと思う程に目に力を入れている春子さん。顔を見れば怒っているのは一目瞭然です。ううう、ごめんなさい。
「玲奈! 早く早く、手を乗せて!」
下手では私を除いた春風のメンバーが円陣を組んで私の到着を待っていました。
「すいません」
「OK、OK、気にすんな!」
ドラキュラ伯爵になっていたリーダーの沙也加さんが私の頭をヨシヨシして下さります。
私は十六人皆の手に覆いかぶさるように肉球を添えました。
そしてライブを始める前に必ず行うのは。春風の儀。
「季節は秋でも!」
「心はいつも小春日和!」
「今日と言う日に!」
「花を咲かせろ!」
「険しい頂き!」
「危険な山道!」
「それでも春を!」
「夢見る乙女!」
「己の道は!」
「己で作る!」
「突き進め!」
「我ら!」
「「春風セブンティーン!!」」
非常灯の照明さえ落ちて、暗転の中静まり返るステージ。お客様も演者さんもPAさんも、誰もが息を呑みます。そしてついに私達のステージの幕が上がりました。
大音量の伴奏。一斉に光出す照明。そしてお客様のはち切れんばかりの歓声。
「みんなー! いくよーー!」
リーダーの沙也加さんの掛け声と共に次々と舞台袖からステージ走り込む春風セブンティーンの皆さん。そして私達のライブが始まります。
〇
あ、遅くなって申し訳ございません、読者様。始めまして。観客席から見て左から二番目、肉球を振って踊るのが私、古賀玲奈十七歳です。
このライブハウスと呼ばれるステージが私が所属する。アイドルグループ「春風セブンティーン」の専用劇場、通称春劇場です。
二年前、東京、名古屋、大阪、福岡と四都市同時にアイドルを発足するプロジェクト、「四季折々セブンティーンプロジェクト」
私は高校受験の合間と忙しい中でしたが、 小さい頃から憧れだったアイドルを目指し、オーディションを受ける事を決め、なんと合格を頂きました。
そして今現在、福岡で活動する春風セブンティーンの一メンバーとして勉学に励みながら週末はアイドル活動しております。
登場曲、「春風ファンタスティック」が流れると、例え今日だけのコスプレ衣装とは言え私達は全力で歌い、全力で踊ります。自慢になってしまいますが、メンバーの皆さんはとてもダンスがお上手です。何度も練習を重ねて極めたフォーメーション。最初はぎこちなかった踊りも今では皆キレッキレです。私だって負けてられません、今日は熊の姿ですが踊りに踊ります。
結成当時は歌もてんでんバラバラだったのですが、今では音程もハモリだってばっちりです。
私の歌唱パートは一曲に一カ所あるかないかですが、それでも任されたからには全力の笑顔と声でステージの魅せるのです。
〇
「皆ー! 今日はありがとーー!」
十二曲、セットリスト通りに全楽曲を歌い終えるても鳴りやまないお客様の声援。私も失敗をせずに踊れて心が安堵しました。
ですが秋は台風が多い季節です。突然、PAさんからインカム越しに「その場で待機」の指示は入りました。
「え?」
メンバーの皆さんはとりあえず指示に従い、裏手にハケる事なく、じっとその場で待機しています。私も肉球内部に滴る汗を必死に我慢し、呼吸を荒くしたまま、沈黙の中観客席を見つめ、指示を待ちました。こんな大人数が居る前で沈黙待機なんて今まで一度もありません。
お客様達から不安の表情が伺えるように、居心地の悪い空気がヒシヒシと伝わって、今にも逃げ出したい気持ちがこみ上げてきました。
「どうなってるの?」
メンバー皆さんからも不安な声が漏れます。そんな中、観客席二階。通称VIPの間と呼ばれる席がライトアップされ、そこにはワイングラスを片手におかめのお面を被ったスーツの男性がアンティーク調の高級そうなソファーにふんぞり返って座っていました。
「でたーー! おかめ支配人だーー!」
メンバーの皆さん。観客席の皆さん。このステージにいる誰しもが息を吞み驚いていました。それもそうです、支配人が登場する事なんて春風セブンティーンが結成されて今まで一度もありません。毎度毎度、謎のⅤTRと言う奇妙な映像を送りつけ、私達はそのノルマを達成する事で存続を掛けて活動してきました。そのお陰でここまで有名になったと言う事もあるのですけども、その無責任ぶりなやり方にメンバーの皆さんは余り良い顔を見せていないのが現状です。
「や。皆元気? 支配人のおかめです」
「ブーブー」
観客席のお客様がまるで私達メンバーの気持ちを代弁しているかのように、親指を地面に突き付けてブーイングを巻き起こしていました。
お客様にも、私達にも知らされていなかった、予想外の演出。メンバーの皆さんにも動揺の顔が伺えました。
「なに? なにが起こるの?」
「この度一周年、二周年と続き、もうすぐ三周年と言う所まで迎える事が出来た四季折々セブンティーンプロジェクト。最初は無揃いなリンゴのように、観るに耐えない春風セブンティーンでしたが、今では可憐に美しく、満を持してリスナー様に御見せ出来る所まで来れた思っております。これも全てはお客様のご声援のお陰です」
「リーダーの沙也加ちゃんが皆をまとめて来ただろ!」
「皆全力で頑張って来たんだ!邪魔するな!面野郎!」
「握手券もチェキ撮影券も高すぎるんだよ馬鹿!」
「消えろ! 無能運営!」
まるで親を殺されたかのような恨みクレームの嵐ですが、支配人はなんのその。まるで天界に召される神のような余裕振りを見せ、仮面の裏の口を開きました。
「時は満ちました! 我々セブンティーンは更なる高みに行く時が来たのです!」
おかめ支配人がワイングラスを掲げると、ステージ中央のスライドモニターに大きな文字がドン! と浮かびあがり、音声と映像が流れ始めました。
「東京! 冬風セブンティーン! 名古屋! 秋風セブンティーン! 大阪! 夏風セブンティーン! そして福岡! 春風セブンティーン! 彼女達の活動の更なるステージ! 四グループを代表メンバーを集めた合併グループ! 四季セブンティーンを発足することをここ宣言します!」
「な、なんだって?」
「合併グループ?」
会場は驚きと興奮の歓喜で溢れていました。支配人はマイク片手に演説を始めました。
「四季セブンティーンはなんと! ネットTVにて専門チャンネル開設! 全国テレビ放送で深夜に冠番組が決定! 全国のセブンティーングループ劇場を! 春夏秋冬! それぞれ三ヶ月間! 毎月一回のスペシャルライブを開催!」
「「おおおおおー!」」
数々のサプライズ企画の発表により、観客もメンバーの皆さんの興奮は最高潮。私も心躍らせていました。
……ですが、甘い話には裏があるとはおばあちゃんが教えてくれたように、裏には苦汁と言う苦みが待っていました。
「そして! ここからが一番の重大発表! 来る春! セブンティーン全グループよる、四季セブンティーン選抜総選挙を行います! 全セブンティーングループ六十八名の中から人気票が多い上位十七名補欠十七名を四季セブンティーンの正規メンバーにし! 残りの半数は総選挙を期に解散とさせて頂きます!」
「「ええええー!」」
支配人様の言っている事が理解出来なかった私はただただその場で傍観していました。
観客席のお客様達は歓喜とショック入り混じる不思議な光景だったのは覚えています。
選挙に勝ち残れなかったらアイドルを強制引退。
この発表を下に、半年後、私のアイドル人生は岐路に立たされる事になったのです。
〇
ライブが終わりメンバーの皆さんと楽屋裏の更衣室へ。いつもはここで明るく黄色い声が飛び交い、「お疲れー!」とワチャワチャタイムが繰り広げられるのですが、今日は違いました。ライブが終わった達成感はどこ吹く風。皆さん総選挙の話で持ち切りで度々怒鳴り声が入り乱れていました。
「今までの練習は何だったのよ!」
「まだまだ春風はこれからだって言うのに!」
「半分残って半分解散!? 酷過ぎでしょ!? 腹立つわ、あのお面カチ割ったろか!」
ゾンビ姿の岬ちゃん、血塗れナースの絵里香ちゃん、鬼の角が生えた愛華ちゃんの仲良し三人組は自身の汗を拭きながらおかめ支配人に対しての暴言を連呼しておりました。
ハロウィン衣装が恐怖を演出し、冗談でも少し怖いです。
皆さんが不機嫌を振りまくる最中、一際冷静なキョンシー姿の和葉ちゃんがリーダーの沙也加さんに尋ねていました。
「リーダーはこの選挙どう思います?」
ドラキュラ伯爵姿の沙也加さんは鋭い八重歯を外し答えました。
「運営が言った方針に私達は従うしかない。選挙をすると決まったからには選挙に向けて全力に取り組むだけだ」
私は総選挙の仕組みがイマイチ呑み込め無かったのでこの機会に沙也加さんと和葉ちゃんに尋ねることにしました。
「選挙ってどういう流れで投票するんですか?」
すると、二人はまるでツチノコを見つけたかのように目を丸くして教えてくれました。
「玲奈、聞いて無かったの? 年末に春夏秋冬同時リリースするセブンティーンのシングルCD。私達は春風サンセット。その中に付属されてある、投票券でネット投票してもらう仕組みよ」
「全セブンティーンメンバーから上位三十四名が決まるわけだ」
すると沙也加さんは椅子から立ち上がり、腕を振り上げ、メンバーの皆さんの視線を集めました。
「皆聞け! 私達はまだ終わった訳ではない! 春風組が他の組を圧倒し、十七人全員メンバー入りを果たせばいいだけの事! 不可能ではない! その為に我々は最前を尽くすんだ!」
「そうよ! 皆で頑張れば絶対行けるって!」
「皆で頑張ろう!」
「「おおー!」」
春風セブンティーンのメンバーは活気に溢れていました。私もやる気を胸に拳を上げ、高らかに声を張りました。
沙也加さんの掛け声で皆さんの気持ちが不満からやる気に替わりました。
〇
私は自宅に帰る荷自宅を済ませていると、帰り掛けに和葉ちゃんが私を呼び止めるように声を掛けてきました。
「玲奈ちゃん。ちょっといい?」
「はい?」
「玲奈ちゃんは実家組だけど、明日からは毎晩メンバーで集まって寮中で本格的な練習をしようと思うの。玲奈ちゃんも寮に泊まり込みで練習しない?」
私は言葉を濁しました。
実は、お母さんに、学問を疎かにしてはいけないと、お母さんの目の届く範囲でアイドル活動を了承してもらっていたのです。実家からの通学や、アイドル活動もその条件です。
その約束を守っているからアイドル活動が出来ているのです。
ですが、事情が事情です。今を踏ん張らないと私の夢はここで散ってしまいます。
後悔だけはしたくない。答えは自ずと決まっていました。
「わかりました。来週から、泊まり込みの準備をしてきます」
私は覚悟を決め、お母さんに相談する事なく、首を縦に振りました。
舞台袖の幕から覗いて見える観客席にはそれはそれは数多のお客様が犇き合い。皆さんライブの始まりを今か今かと待ち望んでいました。ボルテージが上がった常連のお客様達は会場を盛り上げる為に昇天の舞。通称「春風コール」と呼ばれる、生み出された必殺技を披露し始めるのです。会場からは地響きと掛け声が起こります。
以前からカッコイイ技名とは思っていたのですが、いつも舞台裏からお客様の声を聞くだけで、一体何をやっているのかは未だ謎のままです。
今日は年に一度のハロウィン。支配人様の意向により、この日はコスプレ衣装と銘打って大々的に宣伝。お陰様で会場は超満員です。
今日の私の衣装は斑模様のケモ耳、斑模様の肉球、斑模様の尻尾と今巷で噂される熊掃除郎さんをモチーフに作られた擬人化衣装。こんな可愛い衣装を私なんかが見に纏って罪はないのでしょうか? 肉球も熊耳も可愛いを通り越して尊すぎます。
ですが私、普段熊さんの足と熊さんの肉球が付けて歩いていないもので、熊さんの歩き方など私に分かるはずもございません。事前に熊さんの気持ちになって全身全霊で踊ってみたのですが、やはり一朝一夕では上手く行かず、リハーサルでは歩幅の間隔を間違え、大いに転んでしまいました。
失敗による不安が私の緊張となって襲いかかり、今現在。心臓がバクバクで口からお昼に食べた肉まんが飛び出てきそうな状態です。ホラー映画を見ていた方がまだ落ち着いて居られそうです。
緊張が拭い切れない私は目を瞑り。震える手と心を落ち着かせる事に専念していました。すると、どちら様が暗転の最中、私の肉球をがっしり掴み。私を連れ去ってしまったのです。
「何してるの!? 玲奈! みんな下手《しもて》よ! もう本番五分前! 急いで!!」
うぬぬ? どうやらまたやってしまったようです。マネージャーの春子さんは私を下手に誘導してくれました。眉間に眼鏡が食い込むんではないかと思う程に目に力を入れている春子さん。顔を見れば怒っているのは一目瞭然です。ううう、ごめんなさい。
「玲奈! 早く早く、手を乗せて!」
下手では私を除いた春風のメンバーが円陣を組んで私の到着を待っていました。
「すいません」
「OK、OK、気にすんな!」
ドラキュラ伯爵になっていたリーダーの沙也加さんが私の頭をヨシヨシして下さります。
私は十六人皆の手に覆いかぶさるように肉球を添えました。
そしてライブを始める前に必ず行うのは。春風の儀。
「季節は秋でも!」
「心はいつも小春日和!」
「今日と言う日に!」
「花を咲かせろ!」
「険しい頂き!」
「危険な山道!」
「それでも春を!」
「夢見る乙女!」
「己の道は!」
「己で作る!」
「突き進め!」
「我ら!」
「「春風セブンティーン!!」」
非常灯の照明さえ落ちて、暗転の中静まり返るステージ。お客様も演者さんもPAさんも、誰もが息を呑みます。そしてついに私達のステージの幕が上がりました。
大音量の伴奏。一斉に光出す照明。そしてお客様のはち切れんばかりの歓声。
「みんなー! いくよーー!」
リーダーの沙也加さんの掛け声と共に次々と舞台袖からステージ走り込む春風セブンティーンの皆さん。そして私達のライブが始まります。
〇
あ、遅くなって申し訳ございません、読者様。始めまして。観客席から見て左から二番目、肉球を振って踊るのが私、古賀玲奈十七歳です。
このライブハウスと呼ばれるステージが私が所属する。アイドルグループ「春風セブンティーン」の専用劇場、通称春劇場です。
二年前、東京、名古屋、大阪、福岡と四都市同時にアイドルを発足するプロジェクト、「四季折々セブンティーンプロジェクト」
私は高校受験の合間と忙しい中でしたが、 小さい頃から憧れだったアイドルを目指し、オーディションを受ける事を決め、なんと合格を頂きました。
そして今現在、福岡で活動する春風セブンティーンの一メンバーとして勉学に励みながら週末はアイドル活動しております。
登場曲、「春風ファンタスティック」が流れると、例え今日だけのコスプレ衣装とは言え私達は全力で歌い、全力で踊ります。自慢になってしまいますが、メンバーの皆さんはとてもダンスがお上手です。何度も練習を重ねて極めたフォーメーション。最初はぎこちなかった踊りも今では皆キレッキレです。私だって負けてられません、今日は熊の姿ですが踊りに踊ります。
結成当時は歌もてんでんバラバラだったのですが、今では音程もハモリだってばっちりです。
私の歌唱パートは一曲に一カ所あるかないかですが、それでも任されたからには全力の笑顔と声でステージの魅せるのです。
〇
「皆ー! 今日はありがとーー!」
十二曲、セットリスト通りに全楽曲を歌い終えるても鳴りやまないお客様の声援。私も失敗をせずに踊れて心が安堵しました。
ですが秋は台風が多い季節です。突然、PAさんからインカム越しに「その場で待機」の指示は入りました。
「え?」
メンバーの皆さんはとりあえず指示に従い、裏手にハケる事なく、じっとその場で待機しています。私も肉球内部に滴る汗を必死に我慢し、呼吸を荒くしたまま、沈黙の中観客席を見つめ、指示を待ちました。こんな大人数が居る前で沈黙待機なんて今まで一度もありません。
お客様達から不安の表情が伺えるように、居心地の悪い空気がヒシヒシと伝わって、今にも逃げ出したい気持ちがこみ上げてきました。
「どうなってるの?」
メンバー皆さんからも不安な声が漏れます。そんな中、観客席二階。通称VIPの間と呼ばれる席がライトアップされ、そこにはワイングラスを片手におかめのお面を被ったスーツの男性がアンティーク調の高級そうなソファーにふんぞり返って座っていました。
「でたーー! おかめ支配人だーー!」
メンバーの皆さん。観客席の皆さん。このステージにいる誰しもが息を吞み驚いていました。それもそうです、支配人が登場する事なんて春風セブンティーンが結成されて今まで一度もありません。毎度毎度、謎のⅤTRと言う奇妙な映像を送りつけ、私達はそのノルマを達成する事で存続を掛けて活動してきました。そのお陰でここまで有名になったと言う事もあるのですけども、その無責任ぶりなやり方にメンバーの皆さんは余り良い顔を見せていないのが現状です。
「や。皆元気? 支配人のおかめです」
「ブーブー」
観客席のお客様がまるで私達メンバーの気持ちを代弁しているかのように、親指を地面に突き付けてブーイングを巻き起こしていました。
お客様にも、私達にも知らされていなかった、予想外の演出。メンバーの皆さんにも動揺の顔が伺えました。
「なに? なにが起こるの?」
「この度一周年、二周年と続き、もうすぐ三周年と言う所まで迎える事が出来た四季折々セブンティーンプロジェクト。最初は無揃いなリンゴのように、観るに耐えない春風セブンティーンでしたが、今では可憐に美しく、満を持してリスナー様に御見せ出来る所まで来れた思っております。これも全てはお客様のご声援のお陰です」
「リーダーの沙也加ちゃんが皆をまとめて来ただろ!」
「皆全力で頑張って来たんだ!邪魔するな!面野郎!」
「握手券もチェキ撮影券も高すぎるんだよ馬鹿!」
「消えろ! 無能運営!」
まるで親を殺されたかのような恨みクレームの嵐ですが、支配人はなんのその。まるで天界に召される神のような余裕振りを見せ、仮面の裏の口を開きました。
「時は満ちました! 我々セブンティーンは更なる高みに行く時が来たのです!」
おかめ支配人がワイングラスを掲げると、ステージ中央のスライドモニターに大きな文字がドン! と浮かびあがり、音声と映像が流れ始めました。
「東京! 冬風セブンティーン! 名古屋! 秋風セブンティーン! 大阪! 夏風セブンティーン! そして福岡! 春風セブンティーン! 彼女達の活動の更なるステージ! 四グループを代表メンバーを集めた合併グループ! 四季セブンティーンを発足することをここ宣言します!」
「な、なんだって?」
「合併グループ?」
会場は驚きと興奮の歓喜で溢れていました。支配人はマイク片手に演説を始めました。
「四季セブンティーンはなんと! ネットTVにて専門チャンネル開設! 全国テレビ放送で深夜に冠番組が決定! 全国のセブンティーングループ劇場を! 春夏秋冬! それぞれ三ヶ月間! 毎月一回のスペシャルライブを開催!」
「「おおおおおー!」」
数々のサプライズ企画の発表により、観客もメンバーの皆さんの興奮は最高潮。私も心躍らせていました。
……ですが、甘い話には裏があるとはおばあちゃんが教えてくれたように、裏には苦汁と言う苦みが待っていました。
「そして! ここからが一番の重大発表! 来る春! セブンティーン全グループよる、四季セブンティーン選抜総選挙を行います! 全セブンティーングループ六十八名の中から人気票が多い上位十七名補欠十七名を四季セブンティーンの正規メンバーにし! 残りの半数は総選挙を期に解散とさせて頂きます!」
「「ええええー!」」
支配人様の言っている事が理解出来なかった私はただただその場で傍観していました。
観客席のお客様達は歓喜とショック入り混じる不思議な光景だったのは覚えています。
選挙に勝ち残れなかったらアイドルを強制引退。
この発表を下に、半年後、私のアイドル人生は岐路に立たされる事になったのです。
〇
ライブが終わりメンバーの皆さんと楽屋裏の更衣室へ。いつもはここで明るく黄色い声が飛び交い、「お疲れー!」とワチャワチャタイムが繰り広げられるのですが、今日は違いました。ライブが終わった達成感はどこ吹く風。皆さん総選挙の話で持ち切りで度々怒鳴り声が入り乱れていました。
「今までの練習は何だったのよ!」
「まだまだ春風はこれからだって言うのに!」
「半分残って半分解散!? 酷過ぎでしょ!? 腹立つわ、あのお面カチ割ったろか!」
ゾンビ姿の岬ちゃん、血塗れナースの絵里香ちゃん、鬼の角が生えた愛華ちゃんの仲良し三人組は自身の汗を拭きながらおかめ支配人に対しての暴言を連呼しておりました。
ハロウィン衣装が恐怖を演出し、冗談でも少し怖いです。
皆さんが不機嫌を振りまくる最中、一際冷静なキョンシー姿の和葉ちゃんがリーダーの沙也加さんに尋ねていました。
「リーダーはこの選挙どう思います?」
ドラキュラ伯爵姿の沙也加さんは鋭い八重歯を外し答えました。
「運営が言った方針に私達は従うしかない。選挙をすると決まったからには選挙に向けて全力に取り組むだけだ」
私は総選挙の仕組みがイマイチ呑み込め無かったのでこの機会に沙也加さんと和葉ちゃんに尋ねることにしました。
「選挙ってどういう流れで投票するんですか?」
すると、二人はまるでツチノコを見つけたかのように目を丸くして教えてくれました。
「玲奈、聞いて無かったの? 年末に春夏秋冬同時リリースするセブンティーンのシングルCD。私達は春風サンセット。その中に付属されてある、投票券でネット投票してもらう仕組みよ」
「全セブンティーンメンバーから上位三十四名が決まるわけだ」
すると沙也加さんは椅子から立ち上がり、腕を振り上げ、メンバーの皆さんの視線を集めました。
「皆聞け! 私達はまだ終わった訳ではない! 春風組が他の組を圧倒し、十七人全員メンバー入りを果たせばいいだけの事! 不可能ではない! その為に我々は最前を尽くすんだ!」
「そうよ! 皆で頑張れば絶対行けるって!」
「皆で頑張ろう!」
「「おおー!」」
春風セブンティーンのメンバーは活気に溢れていました。私もやる気を胸に拳を上げ、高らかに声を張りました。
沙也加さんの掛け声で皆さんの気持ちが不満からやる気に替わりました。
〇
私は自宅に帰る荷自宅を済ませていると、帰り掛けに和葉ちゃんが私を呼び止めるように声を掛けてきました。
「玲奈ちゃん。ちょっといい?」
「はい?」
「玲奈ちゃんは実家組だけど、明日からは毎晩メンバーで集まって寮中で本格的な練習をしようと思うの。玲奈ちゃんも寮に泊まり込みで練習しない?」
私は言葉を濁しました。
実は、お母さんに、学問を疎かにしてはいけないと、お母さんの目の届く範囲でアイドル活動を了承してもらっていたのです。実家からの通学や、アイドル活動もその条件です。
その約束を守っているからアイドル活動が出来ているのです。
ですが、事情が事情です。今を踏ん張らないと私の夢はここで散ってしまいます。
後悔だけはしたくない。答えは自ずと決まっていました。
「わかりました。来週から、泊まり込みの準備をしてきます」
私は覚悟を決め、お母さんに相談する事なく、首を縦に振りました。
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