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日本という名の異世界

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 外観は百パーセントお菓子で出来ているこの城だが、地下にある扉だけは重たい鉛で出来ていた。中には高価な物を保管しているのだろうか、人族の力では到底開けそうにもない大きな扉だ。 

 ミントは指を鳴らす。すると扉は大きな地響きを立て、難無く開いた。 

 扉の先には奇妙な形をしたフラスコ。銅金属で出来た大鍋。瓶詰めされた毒々しい色をした液体。獣の部位や眼球などなど、キメラでも生み出そうとしておるのか、そこには悪魔のキッチンが広がっていた。 

「私は式術研究のスペシャリスト。透視系魔道具の性能を追求した結果。偶然、異世界の存在を目視で覗き見る事に成功したの」 

 ミントは自分の研究成果を吾輩に見せたいのだろう。ウキウキしたスキップを踏みながら棚の奥へと物を取りに向かった。

 そして、部屋の奥にある水晶玉を手にミントは戻ってきた。 


 水晶玉の中には大きな赤眼の眼球が封入されている。それは猫よりも鋭く恐ろしい瞳だ。血走る眼球がギロリと吾輩を睨んだ。

怖い!

動物の仏さん達が散らかる内装と相まって吾輩の恐怖を助長した。 

 そんな吾輩の感情をつゆ知らず、ミントは鼻歌交じりに紫色の液体を目薬のように水晶玉に垂らす。

 すると水晶玉は悲鳴を上げ、瞳孔が開いた。 

 ミントは「見て」と吾輩に水晶玉を差し出す。吾輩は恐る恐る、眼球の中にある水晶体をのぞき込んだ。 

「おおお、美しい」

 中にはこことは違う世界の映像が映っていた。青い空。青い海。美しい山岳。そして山を超え農作業の盆地を抜けると見えてくる、ビルが乱立する近代都市。そして数多の人族の群れが四方八方に歩いている。

 間違いない。ここ、魔法界とは違う異世界の映像がそこには映っていた。 

「確かに異世界だ。随分と文明が発展している世界だ」 

 ミントはこくりと頷いた。 

「日本と呼ばれる、人族の文明が栄えた世界」 

 ミントは過去の研究を楽しそうに語った。 

 なんでも点眼薬を調合し、式術で周波数を合わせ、数多の異世界を観察し、研究し続ける事約三年。ミントは数々の異世界をのぞき込み、解析処理をした結果。日本と呼ばれていた異世界の中で、アルフィーノメタルと同じ性質を持った金属を発見したそうだ。 

 しかも、そのアルフィーノメタルは路上に落ちてたり、なんと容器の梱包に使ったり、はたまた、自国の通貨に利用したりと、魔法界と比べたら採掘量は桁違い。まさに夢の世界だったそうだ。 

 これは神様の吾輩から見ても偉業な事であった。異世界間を天界を通さず覗き見る事など、異例中の異例。神以外で異世界の存在を認知した、第一人者と言えるだろう。 

 だが、ミントと言う人物は覗き見る事では満足できない強欲の化身でもあった。 

 「この日本からアルフィーノメタルを持ち帰る。その為にもマダナイ。あなたの力を貸して欲しいの」 

 説明は長くなったが、これがミントが目指している目標である。 

 ミントが言うに、異世界の情報を確認出来たと言う事は、異世界とこの世界を繋ぐ物さえあれば、何等かの方法で異世界を往復する事が出来るかも知れないとの事。今はそれに人生を捧げ、研究をしているとの事。 

「あたしは異世界を覗き見る事は出来ても、こちらから見るだけで万物の理に逆らう事はできない。だから、万物の理に逆らえる存在をずっと探してた。そして遂に昨夜、神様を捕まえたって訳」 

 ミントは目を輝かせて己の夢を語る。そして吾輩の存在を幾年待ち望んだかを語りに語る。……っちょっと待て。神様を捕まえただと? 

「お主、まさか吾輩がこの世界に来ることを知っていたのか?」 

「ありゃ、間違えた、あたしは倒れていたあなたを救っただけよ」 

 悪女は言葉を濁し、白々しい顔を見せ、鋭利な八重歯を光らせた。 

 謀ったな! 

 捕獲される野生動物の気持ちが少しだけ解った気がした。 

「なにわともあれ、猫の恩返しと行こうじゃない。異世界からレアメタルを持ち帰る手助けをしてもらおうかしら」 

 こうして吾輩とミントによる、異世界間での物資の輸送実験が始まった。 

 

〇 

 

 吾輩は再び下界から天界に通ずる雲の糸を昇り、則天門の入口に辿り着いた。そこには一日ぶりに見る、皺くちゃな万年亀の神様が鼻提灯を大きく膨らませ、夢の中で門番をしていた。 

「おはよう。所沢氏」 

「おや? 貴君はマダナイではないか、二千年ぶりかね。しばらく見ないうちに随分と大きくなったな、成長期か?」 

 相変わらずスットんきょーな老い耄れ亀である。皮肉には皮肉で返す。それが吾輩だ。 

「ははは、子猫ちゃんと恋が実る前に我が身が腐っちまったよ。体重は自己ベスト更新中。てか所沢氏、昨晩ぶりの再会だぞ」 

「ノッホッホ。そうだったか、一日でそのワガママボディに仕上げてくるとは、流石、ワシが見込んだ愉快痛快底無しのバカ猫だ。で、貴君は天界に戻るのか? なら帰るついでに下界の土産話を少し聞かせてはくれんか? ワシは娯楽に飢えておる」 

「たった半日のネタだしな。えっと、魔女に体を縛られ、身柄を拘束され、首輪を繋がれ、体を玩具にされた事くらいしかねぇな」 

 所沢氏は驚きの余り、咳き込んで笑っていた。 

「スーパーエンジョイしてるではないか! 玩具にされたくらいって……。流石、ワシが見込んだ底無しのバカ猫だ。欲が留まる事を忘れ、そっちの趣味にも手を出したとなれば恐れ参る。もう、ワシが貴君に教えれる事は亀甲縛り位しか残っておらぬぞ」 

 どうやら所沢氏はそっち系らしい。 

「すまん、与太話はここまでにして、急いで則天門を別の下界に繋いでくれ」 

「ん? まだ下界へ行くのか。貴君の下半身も元気よのー」 

「その下半身を元気にする為に行くんだよ。所沢氏。これから度々二つの下界を往復しないといけないんだ。もし、妻が吾輩を探す為に、則天門に足を運んで来たら何とか誤魔化してくれ」 

「ほーケーオーケー、了解した。貴君も忙しいの。だが光陰矢の如し、月日は秒速で過ぎ行く。青春を楽しめバカ猫よ、それでは則天門を貴君の望み行く下界に繋ぐぞ」 

「あんがとさん」 

 吾輩は所沢氏に手を振り、則天門を後にし、日本と呼ばれる下界に降り、ミントの言われるがまま異世界資源の輸入実験を進めた。 

 
〇 


 吾輩は日本の人里離れた河川敷きに辿り着いた。 

 ここなら何を持って行っても見つかるまい。 

 まずはと思った吾輩は、川岸に転がっていたペットボトルの蓋。くしゃくしゃになったレシート。不法投棄の冷蔵庫。錆びついた自転車など大小区別せず、様々なマテリアルを則天門を経由して魔法界へ搬送を試みた。 

 だが、それらは全て魔法界に付いた途端、全て塵となって消えてしまう。 

 何度チャレンジしても塵になってしまう。 

 吾輩は神故に、則天門を経由すれば異世界間を自由に行き来する事が出来る。だが、物を持ち運ぶとなれば話は別だ。下界の物を移動したとしても籍を置いているのはあくまで元の世界。例え則天門を経由してレアメタルを移動したとしても、そのメタルは魔法界に着いた途端、塵となって消えてしまうのだ。 

 実験は失敗かと思われた。 

 だが、研究者とは失敗と言う概念を持っていないらしい。 

 ミントは諦め切ると言う表情は一切見せずに、吾輩に命令を下し続けこき使う。 

 何か一つでもと、草木や花、川の水、小石、などなど。様々な物を魔法界に輸送を試みるも、失敗を繰り返していた。その数、異世界を往復する事、約二百三十回にのぼる。 

「あんたゾンビなんだから疲れないはずよ! さあ! 次々! 何か持って帰れるまで帰って来ちゃ駄目よ!」 

 クソったれ。神使いが荒いってレベルじゃない。ゾンビでなければ三回は死んでおるぞ。 

 

〇 

 

 月日は数ヶ月が経ち、吾輩は輸送実験を繰り返していた。もうありとあらゆる物を運んだ気がする。不本意だが吾輩の活躍により、河川敷きはゴミ一つ落ちていない綺麗な河になってしまった。 

 もう落し物すら見付けるのも大変になり始めた頃。夜目を使って夜通し作業を行っていた事もあり、巷では熊の着ぐるみを来た怪人が河の清掃を行っていると人族に噂され始めていた。 

 後日分かった事だが、気付けば世間では「熊のゴミ狩り」や、「熊掃除郎」と言う不名誉な通り名が付き。証拠である動画がSNSに拡散され、グリズリーが冷蔵庫を運ぶ様が愛おしくも異質であると話題になり、噂は全国区へと広がっていったそうだ。 

 そして、ある日の早朝。 

 吾輩がいつものように物を探そうと河川敷を歩いていると、とある報道記者や、慈善団体が吾輩に対話を求めて来たのだ。 

「あなたはどうして河川敷を掃除しているんですか?」 

「あなた何者なんですか?」 

「どうして熊の格好をしているんですか?」 

 うぬぬ。あまり事を大きくしては、この世界の管理する管理神に居場所がバレ、捕らえられた暁には妻に身売りされるかも知れない。 

 吾輩は仕方なしに現場を離れ、別の作戦に移行する事にした。 

〇 

「何やってるの。実験はまだ終わってないわよ!」 

「だが、これ以上騒ぎを大きくしてはマズイ」 

 イレギュラーな事態に見舞われ、仕方なしに吾輩達は輸送実験を中断した。 

 そしてミントは考え、別の方法を模索する。 

「魔法がもし日本で使えるなら輸送方法に打開策を見出せるかもしれない」 

 改めて説明するが、ミントが適用されている万物の理は魔法界の理である。なのでミントの魔法は魔法界でしか使えない。 

 だが、吾輩の体に掛けられた死霊式術は魔法界を出て、日本に行っても消える事が無かった。というか、消える可能性があったなら、無暗に吾輩を異世界に送り込むなと言いたい。 

 これは吾輩の体内に流れる魔力がどの世界の理にも適応できる神のみが与えられた器と言う事。 

 ミントは考え、一つの仮説に辿り着いた。吾輩が魔法界の魔法を覚えれば日本と言う世界で魔法が使えるかも知れないと言う結論だ。 

 その事に着手したミントは、日本で吾輩の魔法が使えるのかと言う実験を始めた。 

 と言っても、吾輩はやる気など毛頭ない。脳に魔法を覚える容量など残っておらぬ。 

 その為、ミントの魔法指導をサボりにサボり、愛想を付かされた頃。ミントが考えた、一つの案を試す事にした。 

「名づけて魔道具作戦!」 

 吾輩の体内に流れる魔力と言うエネルギー。それをミントが吸収魔法で抽出し、その魔力を媒体にミントが魔道具を生成し、作った魔道具が日本で使えるのかと言う実験だ。 

 これなら吾輩を媒体に魔道具が生み出される為、万物の理が天界になるはず。 

 つまり、メイドイン天界の魔道具が完成されれば、日本でも使用する事が出来るのでは? と言う目論見だ。 

 

〇 

 

 そして数日が経ったあくる日。ミントが吾輩の魔力を媒体に作った杖を吾輩は持ち。実験に取り掛かる。 

 吾輩はいつも通り則天門に行き、いつも通り所沢氏にお願いし、いつも通り人里離れた日本に向かった。 

 そして誰も居ない、深夜に魔道具を発動させる。 

 ミントが言うにはこの魔道具の発動条件は以下の演唱だそうだ。 

「めらめりめるめれめろりろん」 

 センスがぶっ飛んでいる。 

 謎の呪文なのは十分承知。吾輩だって恥ずかしいのだ。この際ツッコミは不在で行こう。 

 舌を噛み、十回中、三回は失敗したが、苦節半年。初歩的な火の魔法だが、見事、現地日本で魔法が使える事を証明した。 

 これは魔法使いとしては小さい一歩だろうが、我々にとっては大きな一歩だった。 

「よっしゃー! どんどんテストするわよ!」 

 火、水、土、風、雷、と属性系魔法も問題なく使える事が分かり、事は順調にいくと思っていた。 

 だが、又しても問題が生じた。 

「ダメだ、やっぱり消えてしまう」 

 転送系式術を込めた魔道具を使い。魔法を経由して日本の物を輸送する実験を行った結果。魔法界に物が届いた瞬間。再び物は塵となって消えてしまう事が分かった。 

 転移魔法が使えても、万物の理の籍が元の世界のままだと消えてしまうようだ。 

 これでは例え現地で魔法が使えても、最終目的であるアルフィーノメタルの輸入が出来なければ意味がない。事態はまた振り出しに戻ってしまった。 

 吾輩は心が完全に折れていたが、やはり研究者とは諦めると言う言葉が脳に無いらしい。 

「試せる物は何でも試すわよ」 

 

〇 

 

 そして月日は経つ事早ニ年。 

 吾輩を奴隷のように使い、転送魔法を繰り返す事、はや四千五百八十二回。ミントの強欲な情熱に振り回され過ぎて、正直もう投げ出したい気持ちを通り越し、呆れていた。 

 ミントが言うに、ゾンビは一切の苦痛を受けないと言ったが、精神的ダメージは確実に吾輩の中に蓄積されている。 

「もう、諦めろよ、きっと無理なんじゃないのか?」 

「いや、絶対に方法はある。考えうる条件を全てやってから次を考える」 

 この娘は頭のネジが外れている。その情熱をもっとまともな商売に使えばいいものの。チャレンジするのはいいが、働かされるこっちの身も考えてくれなきゃ困るぞ。 

 溢れるため息。零れる不満。これではニャンニャンハーレムライフは百年後くらいになりそうだ。 

「早く下界の子猫ちゃんをナンパ出来ればいいのにな……」 

 吾輩は不満を口走った。 

「ナンパ?」 

「ああ、すまぬ、ただの戯言だ、気にするな」 

「……ナンパ。まって、そう、ナンパよ、ナンパすればいいんだ! どうしてこんな簡単な事に気付かなかったの! マダナイ、たまには役に立つじゃん」 

「はぁ?」 

「ナンパ! そう、現地民をナンパすればいいのよ! 日本の民に交渉してアフィーノメタルを貰えばいいのよ!」 

「交渉……?」 

 ミントは指を鳴らし、古びれた書物を召喚し吾輩に見せた。 

「契約式術って言う、相手が居ないと発動しない式術があってさ、古来、貿易や商人が主に用いていた式術でもあるんだけど。この式術はお互いの条件を提示し、誓約を交わす事で絶対遵守させる事が出来る、誓約の魔法。これを使ってマダナイが日本の誰かに交渉を依頼し、万物の理を交換する契約式術を結べば、日本のアルフィーノメタルを持って帰る事も出来るかもしれないわ」 

 言っている意味が分からないが、要約すると、日本の現地民とアルフィーノメタルを物々交換すると言う事。その際に契約式術を発動し、万物の理を書き換える事が出来れば輸出が可能との事。なんで、もっと早くに浮かばんのか。努力もアイディアが閃かなければ報われないとはまさにこれの事。 

「だが待てよ、それでは日本の民と取引をする必要があるのだろ? アルフィーノメタルは高価な品物なんだ。それをよこせと言うなら、それ相応に似合うだけの対価を相手にも提示しないといけないのではないか?」 

 ミントはマントを翻し、魔法の力で宙を舞い、高い所から吾輩を見下ろした。 

「私は式術研究の第一人者よ。私が最高のおもてなしをするなら最高の魔道具をプレゼントするに決まっているわ。マダナイの魔力を媒体に最高の魔道具を売ってアルフィーノメタルを手に入れるのよ。と言う訳で急ぐわよ! マダナイ! 今から日本の現地民の為に魔道具を作るから、魔力を寄こしなさい!」 

 停滞していた異世界資源輸入計画。少しだが雲間に見える希望の光。その光に温められた吾輩は、失っていたやる気を少しずつ取り戻していた。 

 

〇 

 

 どんな魔道具が日本の民に喜ばれるかわからない。ミントは観察魔法で数年に渡って集めてきた日本のデータを元に、魔道具を作り上げる。悪魔のキッチンはフル稼働。危ない液体をフラスコに混ぜ、熱で溶接。圧縮して合成。何をやっているかは分からないが、ミントは目を輝かせながら、煤まみれで、手足と頭を働かせていた。 

「よし完成。マダナイ。この魔法の消しゴム、おのれ消しゴムを人間と取引して、まずは交渉相手が使用できるかを確認してきて。もし使用の確認が取れたら、交渉で手に入れた日本の物を持って帰れるかもテストして」 

「了解、成功するといいな」 

 ミントは煤まみれの顔をこっちに向け、吾輩に笑みを見せた。相変わらず鋭い八重歯は白く輝いている。 

「わたしは諦めの悪い女。これが駄目なら次を考えるまで。さ、グズグズしてないで、さっさと行って!」 

「うげ! 痛いな~。まあ、任されよ」 

 吾輩はミントに背中を押されたが、不快には思わなかった。やはりゾンビなんだな。 

 吾輩は託された魔道具を持って颯爽と日本を目指した。 

 

〇 

 

 読者の諸君。ご清聴どうもありがとう。やっとですが、ここからが本編の始まりである。苦節二年と半年。とても長い長いプロローグになってしまったが読んで頂けた事に感謝する。この回顧録は、吾輩がハーレムを築く為に日本で人間との交渉を重ね、ミントに振り回されて奮闘した日々の記録であり、魔道具を手にした人達の波乱万丈な人生の記録である。 

 煩悩による煩悩の為の煩悩が書き記した密輸回顧録。 

 はじまり、はじまり。 
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