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3頭追うものは……なんちゃら。

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立てば貧血、歩くも貧血、依頼を受ければ名探偵。

寝室で目を覚ました倫子さん。昨夜は髪のオイルケアを忘れていた。

その為、倫子さんの頭はハゲタカの巣と見間違えてしまう程、無惨なヘアースタイルに変身していた。

しかし、倫子さんは知ったこっちゃないと思い立ち。低血圧体質の体を必死に起こし、初起動のガンダムのように勇ましく立ち上がった。

そしてダマスク調のカーテンを開き、小窓を縦にスライドさせ、外の光と空気を招き入れる。

外からは最近起床の遅い太陽さんが海岸から顔を出していた。

太陽さんは暗かった空をグラデーションカラーに染める。オレンジから紫を経由し、次第に清んだ蒼色へ。

そして、太陽さんは波風立てずにまだ寝ているであろう海岸くんにそっと毛布を掛けていた。それは白い無地柄のカーペットのような朝靄。ふわふわして、さぞ気持ち良さそうだ。

(……眠い)

まだ半分夢の中にいた倫子さん。光合成をするかの如く両肩を伸ばし、大きく背伸びをして、あくびと一緒に深呼吸をする。

すると、秋風に乗った金木犀の香りが倫子さんの鼻先をかすめた。桃に似た甘い匂いはお腹を空かせた彼女の脳を起こした。

「さて、朝食にしようかしら」

窓から入ってくる外気を少し肌寒く感じた倫子さん。椅子に掛けてあったノルディック調のカーディガンを羽織ると、パジャマのまま玄関を開き、玄関先の石階段の麓に置いてある小箱から宅配牛乳を受けとる。

そして一本の瓶牛乳を開き、飲みながらUターンし、自宅に戻ろうとした瞬間。早朝の静けさを打ち消す鋭い弾丸のような声が背後から飛び込んだ。

「おはようございまーす! 倫子さん!」

「ぶヴぇ!ゴホゴホゴホ!」

倫子さんは驚いた拍子に飲んだ牛乳が気管支に誤嚥してしまい、盛大にむせる。

喉の痛みで怒りに駆られた倫子さんは声の主を睨みつけようと振り返った。

そこにはメイクもパッチリ決めた可愛い女子大生が立っていた。

早朝と言うのにこれからデートにでも行くかと思わせる、生足をさらけ出し、あざとくパニエが入ったパステルカラーのふんわりスカート。見覚えのある彼女に思わず倫子さんは再び驚いた。

「菫ちゃん!? どうしたのこんな朝っぱらから?」

彼女は菫ちゃん。倫子さんの姪っ子にあたる女子大生だ。恋愛依存体質であり、このシリーズ作品屈指のトラブルメーカーでもあり、安易に事件を起こしてくれる著者お気に入りのキャラクターだ。

「もう、何言ってるんですかー。昨夜にちゃんと連絡入れましたよ!」

「……どうせ昨夜未明なんでしょ? 私を言葉で出し抜こうなんて十年早いわ。」

すると、菫ちゃんは苦い顔して謝罪する。

「はは……バレましたか。ごめんなさい。朝三時くらいに送らせて貰いました。今回は時間も無かった為、無理も承知と思いますが……どーしても相談にのって貰いたい事があったんです!」

「相談ってやっぱり……男?」

「はい。男です。」

倫子さんは小さくため息をすると、言葉を濁した。

「……恋愛関係のいざこざ話ってさ。朝すると胃もたれしない? 私的には頭が冴えてるお昼のランチ時くらいが丁度いいんだけど。」

「いえいえ! 私がダメンズばかりに引っかかる馬鹿な女と思って貰っては困ります! 今日は浮気や不倫や二股とか、そう言ったドロドロしたやつじゃありません! とても健全でフレッシュな御相談です!」

「ホントに~?」

「もう! ホントです! と言うか、やっぱり朝は頭が冴えませんかね? そんな事もあろうかと、私、朝食にサンドウィッチ作って来たんです! 」

菫ちゃんは腕に掛けていた鴇色ハンドバックの中から手作りのサンドウィッチを取り出した。

倫子さんの舌の好みを熟知している菫ちゃん。サンドウィッチの隙間から溢れ出ていたのは甘ーい生クリームと酸味の効いたフルーツポンチだった。

「あらいいわね♡ サンドウィッチ。……仕方ないわね。じゃあ、朝食がてら聞いてあげましょう。」

「やったー! 実は今気になる人がいるんですけど。誰と付き合えば良いか倫子さんにご教授が欲しかったんです」

「……誰と?」




二人は自宅のリビングに腰掛け、朝食のサンドウィッチを食べ始める。そして、菫ちゃんは事が起こった経緯を話し始めた。

菫ちゃんは大学の友達の友達の友達のその又友達の友達の紹介により、先月合コンに参加し、三人の男性と連絡先を交換した。

固有名詞を使うと著者もややこしくなるので、この際、人名はアルファベットで記載しておく。男達のプロフィールは以下の通りだ。

A氏、身長178センチ、やせ型、理系眼鏡、顔は凛としたイケメン。(菫ちゃん談)東大医学部三回生

B氏、身長185センチ、細マッチョ、爽やかイケメン。大学四回生で野球部に所属しており速球150キロが投げれる剛腕ピッチャーだ。ドラフト三位指名により、来年プロ野球入りを果たす。

C氏、身長167センチ、東京藝大の一回生、肌綺麗、ちょっとショタ系。昨年の藝祭で海外の投資家がC氏の作品を高く評価し、出展作品の次回作を五百万で買い付け予約され話題になった将来有望な作家だ。

「〇×▲◇………」

倫子さんの眉間には皺がより、脳裏には様々なツッコみが入る程、男達の高スペックが露呈していた。

菫ちゃんは彼らに見立てた三つのサンドウィッチを並べ、倫子さんに尋ねた。

「この三人から誰と付き合ったら良いと思います?」

「……あ゛い?」


倫子さんと読者をも敵に回してしまうような贅沢な悩みだが、これが今回の依頼内容だ。

菫ちゃんの外観は容姿端麗、異性にとてもモテる。だが、プレイガール&束縛体質で性格に難ありの菫ちゃん。

そんな彼女の素顔をつゆ知らず、男達は彼女の策略にまんまとハマり、現在菫ちゃんに好意を抱いている。

三人の男を手玉に取る技量。恋愛だけに関して言えば菫ちゃんは諸葛亮並みの策士であり、コキンちゃんのように腹黒い。彼女がこれまで数多の男性をとっかえひっかえして来た理由もここにある。

しかし、その菫ちゃんにとってもこの男性三人は魅力的に見えたのだ。その為、今回は三人を天秤に掛けると言うイレギュラーな事態が起こってしまった。

通常運転の菫ちゃんなら、合コンと言う名のビュッフェでは目星となる一人だけを狙うように動いていたはず。しかし並べられたのが、トリュフ、フォアグラ、キャビアとなれば話は違う。

「いつもなら何の迷いもないんですけど、今回だけは一人を選びきれなかったんです。」

そこで菫ちゃんは、今回倫子さんに相談しに来たと言う訳だ。


この数週間、男達とのSNS上のやり取りを見て、三人の中で一人だけ、良い男性を選んで欲しいと言う。

話を聞いていた倫子さん。不機嫌な顔をしながらサンドウィッチをむしゃむしゃ頬張った。

「めんどくさ……。これって私を頼らなくても、菫ちゃんが自分の気持ちに素直になって一人選べば解決するくない?」

「やだ、素直になったら、私、三人ともに付き合っちゃいますよ♡」

「ははは……ですよねー。」っと若干引いた倫子さんはスマホを預かり、菫ちゃんと男性達とのSNS上のやり取りを確認する。



確認する事、数十分。

「なにか……分かりましたか?」

「う~ん。とりあえず一番衝撃を受けているのが菫ちゃんのあざとさね。この返事の『ありがとぉ♡』なんて、私なら死んでも出来ないわ。」

「そんな事いいんですよー!それは私なりの愛嬌なんです!」

「やっぱり男って皆、こんなあざとい女に弱いのかな……」

「何、自信失くしてるんですか!? てかそれ、私の前で言うの失礼くないですか?」

倫子さんはSNSのやり取りを全て確認し、ため息をついて結論を出した。

「確認した結果……わかんないという事が解ったわ」

回答を聞いて口を開け、愕然とする菫ちゃん。

「えー! 頼みますよ! 倫子さん! 私、なんの為にこんな朝から相談に来たと思ってるんですか!?」

ムカチーンと頭にきた倫子さんは眉間に皺を寄せ、理由を説明する。

「あのね、言っとくけど、推理の基本ってのは人の言動を信用しない事なの。こんな文章なんて時間があれば戦略的に何でも書けちゃう訳じゃん。口説こうと思ってる女子に対して、悪い素性なんて隠して当たり前。だから送受信のタイムラグとかからおおよその性格を読み解いてみたけど、現時点で良し悪しの判断をするには判断材料が足りないのよ。」

「なるほど……じゃあ、結局私は誰に決めればいいんですか?」

「だから、情報収集がてら一回この三人とそれぞれデートして来てよ。」

「え? デートですか?」

すると、倫子さんは木目調のテーブルの上にあるメモ紙を一枚切り取り、菫ちゃん宛に文章を書いた。


「はいこれ、この書かれている内容をデート前とデート中に実行して欲しいの。この対応で男の素性は大体分かるから」

「ほ、ホントですか? ……了解しました! じゃあこの内容通りに三人とそれぞれデートに誘ってみます!」




そして二週間後。


「倫子さん!三人とそれぞれデートに行ってきました! 言われた通り、全て実施しました!」


「オッケー。さーて、答え合わせと行きましょう」


倫子さんが菫ちゃんに出した課題は以下の通りである。

一、男とツーショット写真を撮る。(断られた場合、三回粘りなさい。最悪、隠し撮りソロショット)
二、中途半端なタイミングで連絡を絶ち一日返さない。(もし三回以上催促されたら返す。)
三、あえて男にデートプランを立てさせる。(何処へ行きたいかは匂わせても良いが決定権は男)
四、ホテルは誘われたらあえて断る。(付き合っても無いのに男と寝たら恵姉『ママ』に言いつけるからね♡)


まずA氏。


デート当日は映画観賞。ランチにフレンチを嗜み。ショッピングモールにてアクセサリーをプレゼントしてくれたらしい。

「ホテルにも誘って来なかったし案外紳士的な人でした、」

「で、ツーショット写真は?」

「それが……相性アプリとか写真を撮ろうと試みたんですが、ちょっと断られたと言いますか、写真は撮れませんでした。」

「ふーん。じゃあ。ソロの写真は撮れた?」

「これです。」

倫子さんは画像を見るや否や、自身のスマホで画像を撮ると、A氏を画像検索に掛けた。

「便利な世の中よね。類似検索をすれば、ある程度素性を探れる。デートの際に写真を拒否する人は、証拠としてなる物を残さないようにしている傾向があるわ。」

「ホントですか?」

「芸能人だって皆そうでしょ? そのスマホも二台目かもしれないわね。……ほら、言ってる先から見つけちゃいけない画像が引っかかったわ、この人は絶賛浮気中みたいね。彼女さんのお友達と思われる人が二人にプレゼントした画像が上がってるわね。」

「嘘~~。」

さあ気を取り直して、B氏は?


「この日は東京ドームシティで一日デート。レストランに行きました。」

「その顔から察するに何かあったわね。」

「はい、夜。凄い良い感じになってホテルに行こうってなったんです。私も凄く行きたかったんですけど、あえて考えたさせて欲しいと答えたら、何がいけなかったの?って質問を繰り返してきました。そして、機嫌が悪そうな顔してその日は別れました。」

「なるほどね、一応相手の立場を考えれる男か見たかったけど、駄目そうね。女の子の日だってあるんだから、相手の女性に対してそんな事も考えられない男は私はお勧めしないわね。」


ではC氏は?

「完全なる受動系でした。プランも私に決めていいっていってくるし、返事返さないでいると連絡が途絶えてしまいました。」

「アーティスト系って結局自分の好奇心が最優先ってタイプが多いからね。。この手のタイプを繋ぎとめるのは至難かもね」

どちらかと言うと、グイグイ来てくれるタイプの男性が好みの菫ちゃんにとって、C氏は相性が悪かったようだ。




「さあ、私の調べた結果。今回、菫ちゃんの相性の良い男性は居なかったみたい。。まぁ、いいじゃない! 最悪クリスマスが来ても私が一緒にケーキ食べてあげる☆」

「それとこれとは違うんですよ!はーあー。何処かにいないかな~。私の手を引いてくれる男性……。」


この日の夜。二人は理想の男について熱く語り、楽しい時を過ごした。


「じゃあ、帰りまーす。」


玄関扉、押土の取っ手を押そうとしたら、なんと、扉が勝手に開き、菫ちゃんは力が空回りし、グデン!っと玄関に転げてしまった。

「痛ったーい!」

「すいません。大丈夫ですか?」

菫ちゃんの手を引くコートを羽織った男性。

年は二十台前半。

菫ちゃんの瞳にはイケメンで大人な男性に映っていた。

「ありがとうございます。」

「あら、小太郎。今日はなんの用?」

「この前の事件のお礼にと、お菓子持ってきました。」


「サンキュー、菫ちゃんも食べて行く?」

倫子さんの質問に我に返った菫ちゃんは慌てて返事を返した。


「いえ、いえ!私はもう帰ります。」


三人の男性とは見事に撃沈した菫ちゃん。

彼女は頬を赤らめ自宅の方向へとスキップを踏みながら歩いていく。

「良い人見つけちゃったー!」

菫ちゃんは転んでもただじゃ起きない。
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