ある女教師の憂鬱

翠乃古鹿

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噂の女教師⑤

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 授業が始まり、慌ただしさの中でいつもの日常が戻ってきた事に安堵した。
 案の定、その日の昼休みは池尻先生と高津先生の質問ぜめにあった。
 知子はそうなる事を予想して、事前に用意しておいたのが功を奏した。
 二人に見せた結婚式の写真は二年前のものだったが、時期も同じで、知子の髪型が当時と変わらなかったのが幸いした。
 式場で友人たちと撮った写真を見て、
「本当に結婚式だったんだ。てっきり渋谷さんとの婚前旅行だと思ったのに。アハハ」
 池尻先生が茶化すように笑うと、
「ところで、渋谷さんは、どの人?」
 高津先生までが笑いながら聞いてきた。
「やめてくださいよ二人とも」
 二人と話していると、知子の不安は杞憂のような気がしてくる。
 午後の授業を終え、職員室のドアを開けると、数人の男性教師たちが知子の姿を見て慌てたように自分の席に戻って行った。
 一瞬、嫌な違和感を感じたが、明るく声をかけてきた高津先生の笑顔に、モヤっとしたものが吹き飛んだような気がしたが……。
「知子先生のお土産、もうみんなに配っちゃったけど、よかったかしら?」
「もちろんです。地域限定ってあるだけで、変わりばえのしないお土産ですけど、皆さんで食べてください」
 そう言って席に戻ろうとした知子に、
「ちょっと、放課後いいかしら……」
 と、高津先生は意味ありげな目を向けた。
「いいですよ、どうかましたか?」
「うん、ちょっとね……後で話すわ」
 席に戻った知子は、自分の手が震えている事に気づいた。
 おそらく、変態女の噂が高津先生の耳にも入ったのだろう。
 もしかして、彼女は何か気づいたのかもしれない……。
 さっきの男性教師たちも、卑猥な知子の噂話をしていたに違いない。
 それが事実だという後ろめたさに、職員室全体が、知子の挙動を監視しているような錯覚に襲われた。
「大丈夫ですか、綱島先生?」
 突然、隣の男性教師に声をかけられた。
「え、ああ、沼部先生……すみません。大丈夫です……」
 厳つい顔をした沼部先生が、心配そうな顔でごま塩頭を掻いていた。
「生徒たちのくだらん噂など、気にすることはないですよ。一体、誰が根も葉もない噂を流したんだか……」
 どうやら彼は、変な噂話を耳にした知子が気に病んでいたのだと思ったらしい。
「心配して頂いて、ありがとうございます。大丈夫、噂になんか負けませんから」
 知子は調子を合わせるように、努めて明るく答えた。
「それは良かった」
 沼部先生は厳つい顔をほころばせた。
 誰が根も葉もない噂を流したか……。
 そう言った沼部先生の言葉に、知子は若い用務員・長津田を思い浮かべた。
 長津田は、全裸で交差点を渡る知子を見ているらしい。だとすれば、渡りきった所で排尿する知子の姿も見ているかもしれない。
 朝の廊下で二人の用務員が話していた内容は、おそらくその事だろう。
 顔見知りの男に見られた恥ずかしさが再びよみがえり、身体が熱くなった。
 授業開始のチャイムが鳴り、職員室に残された知子は、湧き上がる淫らな思いに耐えきれずトイレに駆け込んだ。
 そこは女子トイレではない。
 小便器が立ち並ぶ男子トイレは、知子の被虐的な背徳感を一層刺激する。
 授業が始まったばかりのトイレに、誰かが用を足しに来る事はほとんどない。
 一番奥の個室に入ると、そこは外界から遮断された自分だけの世界だ。
 知子は、淫らな妄想の中で服を脱いだ。
 妄想の相手は用務員の江田と長津田だ。
 二人の前で全裸になった知子が股を開き、女の秘穴を広げて見せる……老練な江田と若い長津田……彼らとのセックスは、知子にどんな悦びを与えてくれるのか……。
 男性器を模した淫具をポーチに忍ばせていた知子は、用務員室で肉便器となった背徳的な自虐の自慰で果てた。
(見つからないうちに、出なくちゃ……)
 そう思った矢先、人の話し声が聞こえた。
「駅前に現れた裸の女って、綱島先生にそっくりだったって話し、本当かな?」
「本当なら俺も見てみたかったが、鷺沼先生に似てたって話しもあるぜ」
「まさか……本人ってことはないよな」
「それはないな。鷺沼先生は、結構遅くまで職員室にいたからな。俺も一緒にいたし」
「それじゃあ、綱島先生は? 確か、その日は休みだったよな?」
「それもないな。彼女は、友人の結婚式だったはずだぜ。池尻先生がやたら騒いでいたしな。土産ももらってるだろう」
「あ、そうか……長野からここまでじゃ、だいぶ遠いいか……」
「当たり前だ。そんな事、あるわけないさ。もしもその変態女が、鷺沼先生か綱島先生なんてことになったら、学校中大騒ぎで、大変な事になっちまうよ」
「どれもそうだ。あるわけないか……でも、綱島先生に似た変態女、見たかったな」
「ハハハ、俺は、鷺沼先生に似た変態女を見てみたいぜ」
 二人が出て行った後も、知子はしばらく動くことができなかった。
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