ある女教師の憂鬱

翠乃古鹿

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露出の日まで③

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 知り合って一カ月も経つのに、渋谷の仕事のことはおろか両親や兄弟がいるのかさえ知らない知子に、池尻先生は半ば呆れたような笑顔で肩をすくめた。
「そうか……聞いてないのね。でも、知子先生の方から、もう少しアプローチしてもいいと思うけどな……」
「……でも……」
 知子が渋谷と手を繋いで歩いたのも、今日が初めてなのだ。しかもそれは、駅のプラットホームから改札口までの短い間だ。
 そのことを池尻先生に告げると、彼女は、
「えっ……嘘でしょ」
 と、驚いたように箸が止まった。
 手を繋いで歩いたのは初めてだが、渋谷とのセックスは何度もしている……と、知子は心の中で彼女に言いかけた。
 すると彼女は、
「こんなこと聞いたら悪いけど……友達として聞くね。もしかして知子先生、男の人とお付き合いしたことある?」
 と、声を潜めて聞いてきた。
「……」
 何と答えたら良いのだろう……男性に告白され、何度かデートの経験はあるが、付き合ったというほどではない。
 だが、キスやセックスの経験は池尻先生をはるかに超えるだろう……でもその相手は、知子にとって大切な人ではない。知子を欲情のはけ口とする男たちだけだ。
 返事に言い淀む知子に、彼女はハアとため息をつくと、指で額を押さえた。
「なるほどね。それで分かったわ。渋谷さんが業を煮やして、知子先生の額にキスした訳が。きっと、駅で偶然出会った振りをして、知子先生を待っていたのよ」
「業を煮やしてって……」
 彼女は勘違いをしていると、喉まで出かかったが、知子には言葉が見つからなかった。
 今ここで裸になって、渋谷から手渡された卑猥な下着姿を見せれば……所々にキスマークをつけた身体を見せれば、頭の良い彼女のことだ、おそらく全てを悟るだろう……。
 知子は疼くような露出の衝動に駆られた。
「高校の同級生ってことは、高校時代のお友達で、渋谷さんのことを知っている人はいないの? 待ってるだけじゃ良い人は離れて行っちゃうわよ。積極的に情報を集めなきゃ」
 勘違いしてるとはいえ、知子を心配して応援しようとしてくれる友人に、頭の中で手を合わせた。
「わかった。そうするわ、ありがとう」
 彼女に調子を合わせて、うなずきながら明るく答えた。
 その後は、彼女の恋話に花を咲かせているうちに昼休みが終わった。
 二時間おきに襲って来る子宮を震わす振動は、知子に淫らな背徳の衝動を誘う。
 その度にトイレに駆け込むことで、知子の心の均衡が保たれていた。
 職員室ではちょっとした騒動があった。
 ベテランの駒沢先生が所持していた老眼鏡が、丸い筒状のケースごと紛失したのだ。
 先生が高齢だったこともあり、どこかに置き忘れたのだろうという事になり、誰かが盗んだのではと考える者はいなかった。
 放課後のチャイムが鳴ると、先生たちも帰り支度を始めた。
「一緒に帰りましょ」
 池尻先生が知子に声をかけてきた。
 週末は一斉帰宅日で、宿直の先生以外は生徒も先生も学校に居残りは禁止だ。
 池尻先生とは駅の改札口で別れた。
「それじゃまた来週。知子先生、頑張って」
 と、彼女は意味ありげに笑うと、小さく手を振ってバス乗り場に向かった。
 知子は、いないとは分かっているが、朝の痴漢プレイで出会った男たちの姿を電車のホームで探した。
(良かった。さすがに居ないわよね……)
 居ないと分かるとホッとしたが、その反面で何かを期待している自分がいた。
 満員電車に乗り込むと、今度は本当の痴漢が現れるのではないかと気が気ではない。
 今の知子は、ほとんど下着をつけていないのも同じだ。痴漢の手がスカートの中に入り込んで来たら、尻の穴が異物でふさがっているのも分かってしまうだろう。
 痴女の変態女だと思われて、痴漢たちに何をされるか分からない……スカートをはぎ取られ、裸にされるかもしれない……こんな所で犯されたら……。
 幸いにも痴漢の被害に遭わなかったが、淫らな妄想が知子を襲っていた。
 カバンの中に、コンドームをかぶせた眼鏡ケースが入っているのを思い出した。
 …………
 知子が帰宅した時には、夜の十時を過ぎていた。
「お帰りなさい。遅かったわね」
 いつもなら、もう布団に入っているはずの母が起きていた。
「あら、まで起きてたの。遅くなるって連絡したじゃない。無理して起きてなくてもいいのに……」
「ううん、もう歯も磨いて、これから寝るところよ。おやすみなさい」
 おそらくは、帰りの遅い娘を心配して待っていたのだろう。知子は、自分が肉便器と呼ばれる女になってしまった罪悪感に、心の中で母に詫びた。
「私もシャワーを浴びたらすぐ寝るわ。おやすみなさい」
 母が自分の部屋に入って明かりを消したのを確認すると、知子は浴室の鏡に映る自分の姿に問いかけた。
「私……これから、どうなってしまうの?」
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