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本編

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「「ぐすっ…」」

「…まただ」


 洗濯かごを抱え歩いている私の耳に入ってきた子どもの泣き声。ここ最近洗濯干場に向かう途中の茂みから聞こえてくるようになった。
 子どもが泣いているのだから本当は声をかけるべきなのだろうが、私は声をかけないで通りすぎている。気にはなるが泣いているであろう子どもは私より遥かに身分の高いお方なのだ。私のような貧乏貴族出身のメイドなどが声をかけていい相手ではない。それに無礼を働いたと言われてクビにでもされたら困る。
 申し訳ないと思いながらも仕方ないと自分に言い聞かせ茂みの横を通りすぎようとしたのだが


「もうやだぁ…」
「やりたくないよぉ…」

「…はぁ、仕方ないか」


 泣き声だけでなく悲しみに染まった声まで聞こえてきては知らんぷりなんてできない。それに私はこの子ども達が泣いている理由を知っている。そしてその解決方法も知っている。

 私は近いうちに新しい仕事を探さなければと思いながら声のする茂みに近づいた。


「…公子様、公女様」

「「!?」」


 突然声をかけたので驚かせてしまったようだがそのおかげか涙は止まったようだ。


「驚かせてしまい申し訳ございません」

「…だいじょうぶ」
「…ないてたのないしょにして」


 公子様と公女様は涙を拭いながら地面から立ち上がった。まだ五歳だというのに泣いている姿を晒すまいとこんな茂みに隠れて泣いていたのだ。


「もちろん内緒にしますのでご安心ください」

「…じゃあぼくたちいくね」
「…ぜったいないしょだよ?」


 そう言って立ち去ろうとした二人を私は失礼だと思いながらも呼び止めた。


「お待ちください。お二人はお稽古のことで泣いていらっしゃったんですよね?」

「なんでしってるの?…あっ!」
「どうしてわかったの?…あっ!」


 二人はうっかりしゃべってしまったとばかりに慌てて口に手を当てた。


 (お二人は双子だから見た目もしゃべり方も似ているのね)


 公子様と公女様は双子だ。見た目は父親である公爵様譲りのブロンドヘア、母親の公爵夫人様譲りの緑の瞳をしている。美形であるお二人から産まれた公子様と公女様は五歳にも関わらずとても美しい。


「どうしてかは秘密ですがよろしければ私に公子様と公女様のお悩みを解決する手伝いをさせていただけませんか?」

「「…」」


 二人はお互いの顔を見合せ戸惑っているようだ。


「あ、失礼いたしました。そういえば自己紹介がまだでしたね。私はこちらでメイドとして働いておりますイリア・ユグラドと申します」

「メイドさん?」
「イリア?」


 キョトンとしている表情が非常に可愛らしい。


「はいそうです。お二人はお稽古が自分に向いてないとお思いなのではないですか?」

「「…うん」」


 私が先ほどから言っているお稽古とは剣と魔法のことを指す。
 この国では貴族の嗜みとして幼い頃から剣と魔法を学ぶことが当然とされている。五歳である公子様と公女様も数ヶ月前から学び始めたのだが初歩的なことすらまだ何も習得できずにいるのだ。普通なら数ヶ月学べば何かしら習得できているはずなのにそれができていない。だから二人はお稽古を受けたくないと泣いているのだ。

 ではどうして私がその悩みを解決できるのかというと、私は今学んでいるお稽古が二人には向いていないことを知っているからだ。

 先ほど剣と魔法は貴族の嗜みと言ったが剣を学ぶのは男性であり、魔法を学ぶのは女性だとこの国の長い歴史の中で自然とそのようになってしまったようだ。なので公子様は剣を、公女様は魔法を学ばれているが上手くいかない。それもそのはず、公子様には剣の才能はないが魔法の才能があり、逆に公女様には魔法の才能はないが剣の才能があるからだ。それにどちらも将来大賢者や剣聖と呼ばれるようになるほどの才能を持っている。このままその才能を燻らせるのは非常にもったいないと思うのだ。


「では私と秘密の特訓をしましょう」

「ひみつ?」
「とっくん?」

「はい。これは私達三人の秘密です。どうされますか?」

「…ひみつのとっくんをしたらじょうずになる?」
「…おとうさまにもひみつ?」

「きっと上手になります。そうですね、公爵様にも秘密にしてください」


 二人は顔を見合わせ頷いた。


「「やる!」」

「ありがとうございます。では早速始めましょうか」

「「はーい!」」


 そして私達三人は秘密の特訓を開始したのだった。


 (秘密って言っておいたからすぐにバレないだろうけど、バレた時のために次の仕事探しておかないとな。それに根本的な解決はできていないしどうするかなぁ。自らクビ覚悟で公爵様に突撃するとか?…それはナシだな)






 そんなことを考えていたのがいけなかったのか秘密の訓練を始めて三日後、公爵様の執事に特訓が見つかり私は今公爵様の執務室にいる。


 (いつかはバレるとは思っていたけど三日でバレるとか早すぎるよぉ!まだ次の仕事だって見つけてないのに…)


 執務室には公爵様と私、それに特訓を見つけた執事の三人だけだ。私は公爵様の机の前で頭を下げたまま立っている。


 (てかさっきから一言もしゃべらないんですけど!?え、かなり怒ってるの?ごめん母さん、ノエル。私ここで終わるかも…)


「頭を上げなさい」


 公爵様が口を開いた。いきなりで驚いたが公爵様の指示に従って私は頭を上げた。


「!…はい」


 頭を上げると目の前にはブロンドヘアに青い瞳の美しい男性、ローガン公爵様が私を見据えていた。


「!」


 メイドとして働き始めて三年経つが公爵様の姿をこんなに近くで見るのは初めてだ。私はあまりの美しさに驚いてしまったが、公爵様はそんな私の反応など気にせずに話し始めた。


「なぜ君はここに呼ばれたのか分かっているか?」


 公爵様のあまりの美しさに思考停止していた私だったが公爵様の言葉に我に返った。


 (そうだった!現実離れした美しさに意識が飛んじゃってたけどそれどころじゃなかった!)


 私は急いで口を開いた。


「は、はい、分かっております!私はメイドの分際で公子様と公女様に秘密の特訓と称して洗濯干場近くの茂みで剣と魔法をお教えしていました!これがバレたらクビになることも分かっていたのでお二人に秘密にするように強要しました!そしてそちらの執事さんに見つかってしまいました!本当に申し訳ございませんでした!けれどどうか次の仕事が見つかるまであと七日、いえ三日でいいのでこちらで働かせてください!私には養わなくてはならない母と幼い弟が…」

「ストップ!」

「はいっ!」


 一生懸命説明をしていたのだが公爵様に止められてしまった。なぜ?


「君の言い分は分かったから一旦止まってくれ。ダリス、この者にちゃんと説明したのか?その割には全く理解できていないようだが」


 執事さんの名前はダリスさんというらしい。それに全く理解できていないとはどういうことだろうか。


「は、はい。こちらに向かう途中にきちんとご説明したはずなのですが…」


 そう言ってダリスさんは私をちらりと見たが説明なんてされただろうか。


 (…そういえば見つかっちゃってからは次の仕事のことしか考えてなかったかも。今思えばダリスさんに何か話しかけられていたような気が…。ここはとりあえず謝っておこう!)


「も、申し訳ございません!気が動転していたので多分話を聞いていませんでした!」

「…はぁ、仕方がない。それなら今から質問することに正直に答えるように」

「…正直に答えたらすぐクビにはしませんか?」

「とりあえずクビにするしないは後で決めるから今は質問に答えるんだ」

「分かりました…」


 どうやら今すぐクビにはならなそうだが一体何を聞かれるのだろうか?


「どうして公子に魔法を公女に剣を教えていたのだ」

「!」


 (なるほど!それは当然の疑問だ!うーん、この質問に答えるには私の秘密を話さないといけないんだけどどうしたものか…)


「…」

「どうした。何か理由があるからわざわざ教えたんだろう?」

「…えっとその、理由はお話ししますがその内容は必ず秘密にしてくださると約束していただけますか?」


 公爵様に嘘を吐くなど恐ろしくてできそうにないし、どうせ近いうちにクビにはなるのだ。ちゃんと理由を話せば公子様と公女様の将来に役立てるかもしれないし、私の家は貧乏でお金に困っているが嘘を吐いてまで手に入れたお金を家族のためには使いたくない。それに公爵様は誠実なお方だと聞く。正直に答えれば私の秘密は守ってくれるだろう。私は自分の矜持と公爵様の誠実さを信じることにした。


「…いいだろう」

「ありがとうございます。えっとダリスさんは…」

「ダリスは私がこの屋敷で一番信用している人間だ。心配はいらない」

「…分かりました」


 ついに私の秘密を話す時がきた。


「私は【鑑定眼】を持っています」

「なっ!【鑑定眼】だと!?」

「はい」


 そう言って私は自分の長い前髪を上げた。そして【鑑定眼】を発動する。私の瞳は青から黄金
 に変化しているはずだ。
 ちなみに今は公爵様を鑑定させてもらった。うん、健康状態異常無し!


「…」


 公爵様は黙ってしまった。それもそうだろう。私の秘密である【鑑定眼】は非常に珍しい能力だ。この能力は生まれつきのものなので努力して身に付けられるものではないし遺伝もしない。
【鑑定眼】持ちが生まれるのは数十年に一度ともいわれているほど稀な能力なのだ。私の能力を知っているのは母と亡くなった父だけ。弟にはまだ教えていない。【鑑定眼】は発動の際に瞳の色が変わってしまうので、少しでも眼に印象が残らないように前髪を長くしている。
 この力が公になれば自分も家族も危険にさらされる可能性が高い。なので無礼を承知で公爵様に秘密にしてもらうようにお願いしたのだ。


「私の【鑑定眼】で公子様には魔法の才能が、公女様には剣の才能があることが分かりました。それこそ大賢者や剣聖と呼ばれるようになるほどの才能をお持ちです。しかしこの国では男性は剣を女性は魔法を学ぶのが常識とされているのでどうにかして少しでもお二人のお役に立てればと思ったのです」

「…だから隠れて特訓をしていたのか」

「はい。根本的な解決は私一人の力では無理ですが、お二人のやる気が出てお稽古に前向きに取り組めたらいいなと思い余計なお世話だと分かってはいましたが剣と魔法を教えました」

「そういうことだったか。…二人は稽古を嫌がっていたのか?」


 (うっ、公子様と公女様に内緒にするって約束したんだけどさすがに誤魔化せないよね…。ごめんなさい!)


「…はい。茂みに隠れて泣いておりました」

「!…そうか。私は父親なのに気づいてやれなかった」


 どうやら公爵様にショックを与えてしまったようだ。私はなんとか公爵様を励まそうとした。


「で、でもお二人が言っていましたよ!私達のお父様は世界一のお父様だって」

「あの二人が…」


 公爵様の表情が明るくなったようでひと安心だ。


「公爵様…」


 ダリスさんが声をかけたことにより公爵様は今の状況を思い出したようだ。


「!ゴホン。…それともう一つ聞きたいことがある。なぜ君は剣も魔法も教えられるのだ?魔法は君がユグラド伯爵家の令嬢だから教えることができたのは分かる。でも剣も教えていたんだろう?なぜだ?それにそもそもなぜ伯爵令嬢がうちの屋敷でメイドなんてしているんだ?見習い侍女ならまだ理解できるがなぜメイドなんだ?」


 公爵様はもう一つと言いながら沢山の質問をしてきた。ただすべての質問に対する私の答えは一つだ。


「なぜと言われましても貧乏だったからとしかお答えできません」

「は?」

「えっと、まず私が剣と魔法どちらも教えられるのは家が貧乏なので買い物や娯楽などにお金を使う余裕が全くなかったからです。幼かった私が退屈しないように父が剣を母が魔法を教えてくれました。他の家では家庭教師を招いて学ぶのですよね?でも我が家にはその余裕もなかったので父と母に教わりましたが暇潰しとお稽古の一石二鳥になりました」

「おぉ…」

「それとこちらでメイドとして働かせていただいているのも家が貧乏だからです。ユグラド伯爵家は祖父の代に起きた水害で借金まみれになってしまいました。なんとか父の代で借金は返済できたのですが三年前に父が亡くなりまして借金は無くとも生活が苦しかったのです。家には母と幼い弟しかおりませんので私が働きに出たというわけです」


「な、なるほど…」


「あ、なぜ侍女ではなくメイドなのかはその時にローガン公爵家で出てた求人がメイドしかなかったからです。それでも他の家で侍女になるよりも公爵家でメイドになる方が給金が良かったんです!こうして働かせていただけて感謝しています!」

「…」

「?あの公爵様?」

「…君はなぜそんなに才能を持っているのにそれを活かそうとは思わなかったんだ?」


 しばらくの間黙っていた公爵様から問われた。確かに私はとても珍しい【鑑定眼】を持っているし剣も魔法も扱うことができる。それに身分も貧乏と言えど一応伯爵令嬢なのでメイドとして働く以外にも選択肢は沢山あった。だけど私はこうしてメイドとして働くことを選んだ。


「それは…、私がこの世で一番大切なのものが家族だからです」

「!」

「もし私が【鑑定眼】持ちだと触れ回れば王家を始め沢山の貴族家が私を囲おうとするでしょう。けれど私が選択を間違えれば家族が危険にさらされるかもしれない。それに剣を使えたところでこの国で剣を握るのは男性と決めつけられています。下手に剣を扱えることを知られたら貧乏伯爵家など貴族達から白い目で見られてしまうでしょう。将来ユグラド伯爵家を継ぐ弟の障害にはなりたくないのです」

「…それならなぜ公子と公女に特訓をさせたのだ」

「私の家は貧乏伯爵家ですがローガン公爵家は違います。筆頭公爵家としての権力、財力、名誉があり、それに王家との仲も良好と聞きます。公爵様が力添えしていただければ男性は剣、女性は魔法というこの国の考えを変えることができるのではないかと思うのです。それに本当にお二人の才能は素晴らしいものです。その才能を見つけてしまった私は見て見ぬふりをすることができませんでした」


 始めは悩んで声をかけずにいたが、今は職を失いそうになっていても声をかけてよかったと思っている。たった三日だけだったがお二人の笑顔を見ることができた。私の力が誰かの役に立てたことが嬉しかったのだ。


「…君の言い分はわかった。もちろん君の秘密も守ると約束する。このあとは指示があるまで自分の部屋で待機するように」

「!は、はい!分かりました。失礼いたします」


 どうやら今すぐクビは免れたようだ。公爵様から退室を求められたので部屋を出ようと扉を開けると公子様と公女様が目の前にいた。


「「イリア!」」


 私の名前を呼びながら二人が私の足に抱きついてきた。


「こ、公子様?公女様?どうされましたか?」


 私は戸惑いながらも二人と目線を合わせるためにしゃがみこんだ。


「イリアやめちゃうの?」
「イリアいなくなっちゃうの?」


 どうやら私が仕事を辞めてしまうのか気になってやって来てようだ。私はどう答えようかと考え正直に話すことにした。


「い、今すぐには辞めないと思いますが近いうちには…」

「「いやー!」」


 すると二人は嫌だと言いながら泣き出してしまった。


 (え、ど、どうしよう!?辞めないですなんて嘘は吐けないし…。誰か助けてっ!)


 そんな私の願いが叶ったのか公爵様がこちらに来てくれたようだ。


「ラル、メルどうしたんだ?」

「おとうさま、イリア、やめちゃうの?」
「わたしたちのせい?」

「!お前達のせいではないぞ。それにまだ辞めると決まったわけではないからな」

「「ほんとう?」」


 公爵様はそう言いながら二人の頭を撫でた。二人は公爵様の言葉で少し落ち着いたようだ。


 (それにしても公爵様は本当にご家族を大切にされているのね。表情がとても優しくて素敵…ってこんな時に私は何を考えているの!?)


 ハッと我に返ると公子様と公女様が不思議そうに私の顔を見ていた。


「イリアどうしたの?」
「イリアかおまっか!」

「な、なんでもないですよ!」

「さぁ二人ともそろそろ部屋に戻ろう。君も部屋に戻りなさい」

「えぇー、イリアといっしょがいいー!」
「イリアといっしょー!」

「え、えっと…」

「こら、二人ともわがままを言ってると今日のおやつは無しだぞ?そろそろおやつの時間なのにいいのか?」

「おやつ!」
「たべる!」


 どうやら意識を私からおやつに向けることに成功したようだ。
 私が公爵様の意外な一面を見て驚いているうちに公子様と公女様はダリスさんと一緒に部屋に戻っていった。


「…公爵様は素敵なお父様ですね」

「ゴホン、君も部屋に戻りなさい。指示があるまで待つように」

「!は、はいっ!この度は申し訳ございませんでした!失礼いたします!」


 私は慌ててその場を後にしたが、ついうっかり口から出てしまった言葉は聞こえてしまっただろうか。もしそうだとしたら恥ずかしい。聞こえていないことを願いながらしばらくの間私は自分の部屋で悶々として過ごすのだった。






 あれから七日後、私は今公爵家の訓練場に立っていてる。そして目の前には可愛らしい双子の姿が。

「それではラルクス様メルリナ様、始めましょうか」

「「はーい!」」


 私はクビになることなく、なぜかメイドから家庭教師へとジョブチェンジを果たしたのだ。


 (どうなることかと思っていたけどクビにならないどころか私がお二人の家庭教師になるなんて!しかも給金は以前の数倍!母さんとノエルに美味しいものを食べさせてあげられる!公爵様本当にありがとうございます!)


 それと正式にラルクス様に魔法を、メルリナ様に剣を教えることも許されたのだ。


 (この国の常識を変えるのに時間はかかるだろうけどきっと公爵様ならお二人のために頑張ってくれるだろう)


「きょうはなにやるのー?」
「きょうはなにおしえてくれるのー?」

「ふふ、今日はですね…」


 そしてこの日から訓練場には双子と家庭教師の楽しそうな声が響くのであった。




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